姉と私の信仰恋慕
本日はえっちらおっちら山歩き。
山ってか、林ってか…なんか、人の整備が行き届いていない場所…である。
何故こんな場所まで来たかと言えば、呪霊が湧いているらしいからだ。
産土神の成れの果て、信仰無き神の骸。
腐りかけの菊の花みたいな物だ、誰も手入れをしないから腐る他無い。呪いに堕ちるしか無い。剪定されるはずもない…そういうもの。
それをまあ、綺麗サッパリやっつけてこいって依頼だ。
何か他のとこにも他の人が同時期に同じ依頼を出してたらしいので、早いもの勝ちらしい。
というわけで、朝早くに起きて、おにぎりをニギニギし、友人とその息子にもおにぎりを託し、えっさほいさと仕事に出掛けたわけである。偉い、偉すぎ。傑くんお姉ちゃんを褒めて。
ところで昨日、何があったのかは知らないが、甚爾さんが突然「お前このままこの家に居れば?」的なことを言い出してビックリした。
私、言われるまでもなく当分居座り続ける気満々だったから、まさか許しが必要だったとは…てっきりいつまでも居て良いものだとばかり…。
そ、そうだよな…よく考えたらいつまでも友達の家にお泊りしてるのは迷惑だよな…。
でもお泊り楽しくて…帰ったら友達が居るし、友達の子供も居るし。
一応これでも気は使っているんだ。ずっと日がな一日居座るのも悪いから、夜になるまで仕事してるフリして外をプラプラしてたりだな…。いや、ちゃんと仕事ある時もあるっちゃあるけど…大体無い日が多いので…。だから大体散歩したりしていて…。
傑くんのとこ帰りたいかって聞かれたのも驚いたな。
帰れるもんなら帰ってるが、高専術師でも無けりゃ、下手に関わったら上層部に引き渡されてどうなることやら…な状態だ、帰れる訳が無い。
まあ、傑くんは私よりずっと人間として立派な子だから、多分大丈夫だろう。
人生山あり谷あり、姉あり姉なし、これも試練だと思って頑張って欲しい。
てなわけで、途中季節外れのアザミを見つけたり、ドクダミの群生地を見つけたり、ミソソバを詰んだりなどしながら目的地に近付いてきた…その時であった。
「…帳が降りてる」
こりゃマズい、先を越された。
どこの誰だか知らんが、私の獲物を横取りするとは良い度胸だな…帳ごと叩き割ってやろう。
あとついでに、新技の実験台にもなれ。
___
情報と違う。
荒ぶる産土神を前に、七海と灰原は足を止めてそう思った。
事前情報と違う。
成長した?分からない、分からないが、自分達の力では敵わぬ敵だと理解する。
既に満身創痍、呪力も底をついた。
逃げようにもそんな隙すら無く、立ち向かおうにも命が足りない。
それでも、自分達は戦わねばならない。
戦う以外に道が残されていないのだから、足を前に進める他無い。
言葉は交わさず、二人は走り出す。
暴力的としか言い様が無い、重く、苦しい、呪いの攻撃の間を縫って、足掻きを見せる。
切れそうになる意識を何とか繋ぎ止めながら、襲い来る怨嗟の数々を相手取る。
痛む肺と、痺れる手足。
攻撃した回数などとうに100を超えている、それでもまだ、まだ何か。
彼等は互いを信じ、立ち向かう。
しかし、奇跡とは得てして起きないものだ。だからこそ、人は奇跡を尊ぶのだが。
七海の足が、死線に入る。
呪霊にとって確実に敵対者を殺せる位置、即ち死の対角線。そこに七海は存在した。
それは七海自身も感じ取った。
たった一度の過ちが死を引き寄せる。
逃げられない、逃されない。これより先は無いのだと、一瞬にして理解してしまう。
目を見開き、長い一秒を見ることしか叶わない。
悪夢のような一秒を、目に焼き付けるしかない。
自身の身を庇うように手を伸ばしてきた同級生と、その同級生の命を奪うために伸ばされた邪悪な指先。
彼等は夜のように暗い帳の中、視線を交えて一秒を終えようとした。
その時であった。
夜の底に、月の雫が降ってくる。
「月狂条例、第八条、月に変わって」
お仕置きだぞ。
訪れるはずの死に被さるように、月火(げっか)の火蓋が切って落とされた。
迸る閃光が、悪夢の一秒よりも速く、鋭く、苛烈に呪霊の手を容赦無く裂いて捨てる。
あがる咆哮、いや、悲鳴。
劈くような神の怒りの悲鳴が、帳を割って入ってきた乱入者に向けられる。
一等星以外の星々の輝きをかき消す月明かりにも似た、黒髪を靡かせる小さな奇跡。
伸ばさた指先が弾き出した素粒子が、光速に匹敵する速さで呪霊に衝突する。
衝突した瞬間、質量を変換したそれは、巨大な衝撃となって衝撃波を生み出し、周囲に暴風を生んだ。
粒子加速弾。
原子や素粒子、微粒子を光速99.9999991%の速さ、エネルギーに換算すると6.5テラボルトまで加速させることが可能な技。
エネルギーを与えられた陽子は「E = mc2」にしたがって、質量が増加する。
これにより、6.5テラボルトの陽子の質量は、静止時の約7150倍の質量となって相手にぶつかるのだ。
謂わば流星群を叩き付けるようなもの。
お仕置きとは即ち、痛みを持って罰を与え、自分のしでかした罪の重さを分からせる行為。
罪には罰を、罰には苦痛を。
弾け飛ぶ素粒子が呪霊の身を爆ぜさせ、極上の痛みと惨憺たる輝きを生み出した。
しかし、それでは終わらない。
見事な着地を決めた月からの乱入者は、悠々とした足取りで後輩二人を庇うように立ち塞がると、瞳に満月を灯しながらフィナーレを飾ってみせた。
「月狂条例、第十四条、往古の月は来今の月」
鳴らした指先を伸ばし、呪霊へ向ける。
だが……………
「……………………」
「……………………」
「……………………おや?」
シーン。
残念なことに、何も起きなかった。
それはもう見事に、何も起きなかった。
まるで遅れてやって来たヒーローのような登場をし、呪霊の腕を弾き壊し、厳しい戦いを耐え抜いた後輩の前に立って威厳を見せるだけ見せておきながらのこの始末。
流石に空気を読んだのか、呪霊すら沈黙を挟んだ。
放つ予定だった新技を不発に終わらせ、カッコつけダダ滑りOBは恥ずかしそうに振り返って言う。
「失敗しちゃった、てへ」
「失敗しちゃったじゃないですよ、何やってんですかしっかりして下さい、そんなだから呪術師クビになったんですよ分かってるんですか、もっとちゃんと反省して、」
「七海落ち着いて!お姉さんもワザとじゃないから!」
ワチャワチャガヤガヤ。
そうこうしている間に彼等の頭上には、怒れる神の鉄槌が振り翳された。
頭上に広がる影を見上げ、彼等は声を揃えて「「「あっ」」」と口にした。
チュド、グワーンッ!
三人仲良くふっ飛ばされる。
後輩二人を引っ掴んで庇いながら空高くに打ち上げられた少女は、落下しながら次の一手を考える。
これより始まるは神(堕ちし者)VS神(姉)の戦い。
新たな神話の始まりである。
山ってか、林ってか…なんか、人の整備が行き届いていない場所…である。
何故こんな場所まで来たかと言えば、呪霊が湧いているらしいからだ。
産土神の成れの果て、信仰無き神の骸。
腐りかけの菊の花みたいな物だ、誰も手入れをしないから腐る他無い。呪いに堕ちるしか無い。剪定されるはずもない…そういうもの。
それをまあ、綺麗サッパリやっつけてこいって依頼だ。
何か他のとこにも他の人が同時期に同じ依頼を出してたらしいので、早いもの勝ちらしい。
というわけで、朝早くに起きて、おにぎりをニギニギし、友人とその息子にもおにぎりを託し、えっさほいさと仕事に出掛けたわけである。偉い、偉すぎ。傑くんお姉ちゃんを褒めて。
ところで昨日、何があったのかは知らないが、甚爾さんが突然「お前このままこの家に居れば?」的なことを言い出してビックリした。
私、言われるまでもなく当分居座り続ける気満々だったから、まさか許しが必要だったとは…てっきりいつまでも居て良いものだとばかり…。
そ、そうだよな…よく考えたらいつまでも友達の家にお泊りしてるのは迷惑だよな…。
でもお泊り楽しくて…帰ったら友達が居るし、友達の子供も居るし。
一応これでも気は使っているんだ。ずっと日がな一日居座るのも悪いから、夜になるまで仕事してるフリして外をプラプラしてたりだな…。いや、ちゃんと仕事ある時もあるっちゃあるけど…大体無い日が多いので…。だから大体散歩したりしていて…。
傑くんのとこ帰りたいかって聞かれたのも驚いたな。
帰れるもんなら帰ってるが、高専術師でも無けりゃ、下手に関わったら上層部に引き渡されてどうなることやら…な状態だ、帰れる訳が無い。
まあ、傑くんは私よりずっと人間として立派な子だから、多分大丈夫だろう。
人生山あり谷あり、姉あり姉なし、これも試練だと思って頑張って欲しい。
てなわけで、途中季節外れのアザミを見つけたり、ドクダミの群生地を見つけたり、ミソソバを詰んだりなどしながら目的地に近付いてきた…その時であった。
「…帳が降りてる」
こりゃマズい、先を越された。
どこの誰だか知らんが、私の獲物を横取りするとは良い度胸だな…帳ごと叩き割ってやろう。
あとついでに、新技の実験台にもなれ。
___
情報と違う。
荒ぶる産土神を前に、七海と灰原は足を止めてそう思った。
事前情報と違う。
成長した?分からない、分からないが、自分達の力では敵わぬ敵だと理解する。
既に満身創痍、呪力も底をついた。
逃げようにもそんな隙すら無く、立ち向かおうにも命が足りない。
それでも、自分達は戦わねばならない。
戦う以外に道が残されていないのだから、足を前に進める他無い。
言葉は交わさず、二人は走り出す。
暴力的としか言い様が無い、重く、苦しい、呪いの攻撃の間を縫って、足掻きを見せる。
切れそうになる意識を何とか繋ぎ止めながら、襲い来る怨嗟の数々を相手取る。
痛む肺と、痺れる手足。
攻撃した回数などとうに100を超えている、それでもまだ、まだ何か。
彼等は互いを信じ、立ち向かう。
しかし、奇跡とは得てして起きないものだ。だからこそ、人は奇跡を尊ぶのだが。
七海の足が、死線に入る。
呪霊にとって確実に敵対者を殺せる位置、即ち死の対角線。そこに七海は存在した。
それは七海自身も感じ取った。
たった一度の過ちが死を引き寄せる。
逃げられない、逃されない。これより先は無いのだと、一瞬にして理解してしまう。
目を見開き、長い一秒を見ることしか叶わない。
悪夢のような一秒を、目に焼き付けるしかない。
自身の身を庇うように手を伸ばしてきた同級生と、その同級生の命を奪うために伸ばされた邪悪な指先。
彼等は夜のように暗い帳の中、視線を交えて一秒を終えようとした。
その時であった。
夜の底に、月の雫が降ってくる。
「月狂条例、第八条、月に変わって」
お仕置きだぞ。
訪れるはずの死に被さるように、月火(げっか)の火蓋が切って落とされた。
迸る閃光が、悪夢の一秒よりも速く、鋭く、苛烈に呪霊の手を容赦無く裂いて捨てる。
あがる咆哮、いや、悲鳴。
劈くような神の怒りの悲鳴が、帳を割って入ってきた乱入者に向けられる。
一等星以外の星々の輝きをかき消す月明かりにも似た、黒髪を靡かせる小さな奇跡。
伸ばさた指先が弾き出した素粒子が、光速に匹敵する速さで呪霊に衝突する。
衝突した瞬間、質量を変換したそれは、巨大な衝撃となって衝撃波を生み出し、周囲に暴風を生んだ。
粒子加速弾。
原子や素粒子、微粒子を光速99.9999991%の速さ、エネルギーに換算すると6.5テラボルトまで加速させることが可能な技。
エネルギーを与えられた陽子は「E = mc2」にしたがって、質量が増加する。
これにより、6.5テラボルトの陽子の質量は、静止時の約7150倍の質量となって相手にぶつかるのだ。
謂わば流星群を叩き付けるようなもの。
お仕置きとは即ち、痛みを持って罰を与え、自分のしでかした罪の重さを分からせる行為。
罪には罰を、罰には苦痛を。
弾け飛ぶ素粒子が呪霊の身を爆ぜさせ、極上の痛みと惨憺たる輝きを生み出した。
しかし、それでは終わらない。
見事な着地を決めた月からの乱入者は、悠々とした足取りで後輩二人を庇うように立ち塞がると、瞳に満月を灯しながらフィナーレを飾ってみせた。
「月狂条例、第十四条、往古の月は来今の月」
鳴らした指先を伸ばし、呪霊へ向ける。
だが……………
「……………………」
「……………………」
「……………………おや?」
シーン。
残念なことに、何も起きなかった。
それはもう見事に、何も起きなかった。
まるで遅れてやって来たヒーローのような登場をし、呪霊の腕を弾き壊し、厳しい戦いを耐え抜いた後輩の前に立って威厳を見せるだけ見せておきながらのこの始末。
流石に空気を読んだのか、呪霊すら沈黙を挟んだ。
放つ予定だった新技を不発に終わらせ、カッコつけダダ滑りOBは恥ずかしそうに振り返って言う。
「失敗しちゃった、てへ」
「失敗しちゃったじゃないですよ、何やってんですかしっかりして下さい、そんなだから呪術師クビになったんですよ分かってるんですか、もっとちゃんと反省して、」
「七海落ち着いて!お姉さんもワザとじゃないから!」
ワチャワチャガヤガヤ。
そうこうしている間に彼等の頭上には、怒れる神の鉄槌が振り翳された。
頭上に広がる影を見上げ、彼等は声を揃えて「「「あっ」」」と口にした。
チュド、グワーンッ!
三人仲良くふっ飛ばされる。
後輩二人を引っ掴んで庇いながら空高くに打ち上げられた少女は、落下しながら次の一手を考える。
これより始まるは神(堕ちし者)VS神(姉)の戦い。
新たな神話の始まりである。