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番外編

今日はバレンタインだ、つまり姉さんからチョコと愛を貰う日。

昨日…いや、一週間前…もっと言えば一ヶ月以上前から姉さんにチョコが欲しいアピールして来たから絶対に貰えるはずだ。
毎年「お腹いっぱいになるくらい姉さんが作ってくれたチョコが食べたい」と言っている私だが、年々食べる量が増えるため姉さんの作業量も比例して多くなる。
だが、いつもは我儘を言わない私だ、年に一回くらいは良いだろう。

朝早く、いつも通り姉さんの元へ行き、挨拶をして一緒に教室に行く。
どうやら今年は朝くれるわけじゃないらしい、焦らすなんて姉さんも技を覚えたものだ。
教室で別れ、各々授業を受ける。
今頃姉さんは何をしているだろう…チョコ、いつくれるのかな、昼食の時とか?デザートに?それとも、夕陽の差す放課後の教室で…愛の告白と一緒に…。

「傑くん、これバレンタイン…受け取ってくれる?」
キュルン、上目遣いでこちらを見上げながら気恥ずかしそうにモジモジとチョコの入っているであろう紙袋を渡してくる姉さんに、こちらも少し照れながら「ありがとう」と言って大切に受け取った。その後互いに無言になる。チラリと見れば、目線が合い、すぐに互いに顔を背ける。盗み見た夕陽に照らされた姉さんの顔は、何処までも美しかった。そんな姉さんが目をギュッと閉じて言う。「あ、あのね!これ…本命だから!」「姉さん…!」「傑くん…あっ、そんな…ここ、教室…」「誰も見てないよ、ね?」「うん…」私達は目を閉じて、そして互いに距離を縮め…………。


というようなことを考えていたら、いつの間にか放課後を過ぎて、夕飯も終わっていた。

「チョコ…………」
「傑?どうした?」
「チョコがない………」
「は?散々貰ってただろ、知らない奴から」

それは確かに貰ったんだが、そうじゃなくて私が欲しいのは姉さんからの愛がこもったチョコなんだ。
姉さんが溶かして姉さんが固めて姉さんがおいしくなあれ♡したチョコが欲しいのであって、顔見知り程度の他人から押し付けられた物の話はしていない。

私はゲームのコントローラーを床に置いて立ち上がる。
現在時刻は21時30分、このままではバレンタインが終わる。
行くしかない、姉さんの部屋に。
何が何でもチョコを貰わなければ。

「悟、すまないが私はちょっと出てくるよ」
「は?ゲームは?」
「バレンタインが優先だ」
「顔めちゃくちゃ怖いぞ」

悟に指摘され、一度深呼吸して顔をよく揉みながら廊下を歩き、姉さんの部屋へと向かう。
まさかもう寝ていたりしないよな、そしたらどうしよう、最悪チョコ欲しさに泣くかもしれない。
姉さんからチョコを貰えないバレンタインなんて滅んでしまえばいい、いや私が滅ぼす、来年以降バレンタインを口にし、2月14日にチョコ食した者を滅する。もしかしたら、それが私の使命だったのかもしれない。そのためにまさか…自ら気付かさせるために、姉さんは敢えてチョコを渡さず…?

なるほど、神の試練だったというわけか。
流石姉さん、私の浅ましい欲に塗れた思考の上を行く方……。
そんなことを考えていた時だった。

ドンッ
ゴツッ

「キャンッ」
「え」

廊下の曲がり角を曲がったら、何かにつけぶつかってそれが床に吹っ飛んだ。
下を見れば、エプロン姿の姉さんがゴロンと転がっていたのだった。

「姉さん!?」
「…痛い」

鼻を押さえて起き上がる姉さんの背中に手を添える。
今の蹴飛ばされた小動物みたいな鳴き声、姉さんの声だったのか。私としたことが不覚だ、考え事をしていたせいで姉さんの足音と気配に気付けなかった。

「すまない、考え事をしていて…」
「考えごと?」
「ああ、姉さんが神として私を導いてくれているんだなってことを」
「そうすか…」

こちらを見上げながら平べったい瞳をする姉さんをよくよく観察すれば、珍しく髪が一つに纏められており、甘い香りがする。
もしや……これは…………バレンタイン!?

そうか、姉さんは昨日確か任務があった、だから昨日のうちに用意出来なかったんだ…それで授業が終わってから作って…私が沢山食べたいって言ったから作るのに時間がかかり…なるほど、やはり姉さんは私を裏切らない。姉さんの愛、確かに届いているよ。

思わず表情筋は勝手に笑みを作り、溢れる衝動のままに姉さんの身体を抱き締め、そのまま天井に向けて高く掲げた。
私の姉さんを見ろ、世界よ。これこそが祝福だ…バレンタインって最高だ、日本の企業戦略には感謝しなければ。ありがとう、私と姉さんの愛のために存在してくれて。

「傑くん、お腹減ってる?」
「勿論、吐き気と寒気がするくらい空腹だよ」
「……それは…足りるかなぁ」

姉さんを腕に抱き直し、部屋へと向かう。
この先に姉さんが作ってくれたバレンタインチョコがあるのか、今日まで頑張ってきて良かった。
はあ、、、すき。明日もがんばろ。

姉さんが部屋の扉を開け、中に入る。
そして、机に並ぶ物を見た。
出来立ての良い香りがする…する、が…これは……

「チャーハン…?」
「スープと野菜炒めもどうぞ」

え…………?バレンタインは??
予想外の料理の出現に、困惑に足を止めた私をグイグイ引っ張り、まだ湯気の立つ料理の前に座らせた姉さんは、私を見下ろして語った。

「お腹いっぱいチョコ食べるのは身体に悪すぎるから、今年からはとりあえずお腹いっぱいになるまで飯を食わせます」
「あ、うん」
「チョコはその後にあげます」

これは………あの、何と言うか…いや、姉さんがしてくれたことにケチなど付けない。これだって姉さんが私のことを考えに考えて作ってくれたはずだ。それにぶっちゃけお腹は減っている。
卵と油でツヤツヤと輝くネギの匂いが香ばしい山盛りのチャーハンには、細かくされたチャーシューや人参が入っており、この時間の胃にダイレクトな攻撃を仕掛けてくる。
野菜炒めに使われているモヤシは決して萎びておらず、共に炒められているキャベツやきのこの色鮮さが食欲をそそった。
湯気の立つスープはワカメとゴマのシンプルな物で、チャーハンの脂っこさを良い具合にサッパリさせてくれそうだ。

無意識のうちに口内に溜まった唾液を、ゴクリと音を立てて飲み込む。
姉さん……なんて恐ろしいことを…こんなの、食べないなんて出来るはずがない。
用意されていたレンゲを手に取り、手を合わせる。

「いただきます」
「はい召し上がれ、足りなかったらラーメンなら用意出来るからね」
「ありがとう、沢山食べるよ」

沢山食べてもっと強くなって、姉さんを絶対に守れる弟になるからね。
だから来年も再来年も、この先ずっとずっと一年に一度でいいから私のためにチョコを作って欲しい。貴女の愛が続いている確認をさせて欲しい。
貴女の愛があれば、私は迷わずにいられるのだから。

よく噛み締めて感謝をしながら食事をしている私の隣に座った姉さんは、「ナイショ話するね」と、耳に口を寄せてポショポショと喋り出した。

「あのね、」
「うん」
「だいすき」
「ゲフッッッ、ハッハッ…ゴフッ…」

噛んでいたチャーハンを吹き出すのを耐えたら、鼻の方に米粒が幾つか行くのが分かった。
痛みと息苦しさに咳を繰り返し、若干涙が滲む。
大惨事となった私にティッシュを差し出す姉さんは、愉快そうにハハッと笑って私の頭を撫でた。
スルスルと髪を掻き混ぜながら頭を撫で、耳のふちをゆっくり滑って、頬にピトリと掌をくっつける。
ゆるりと余裕のある笑みを携え、私を見つめる姿に何故だか鼓動が早くなり、息の仕方を忘れてしまった。

首が熱い、背筋がザワザワする。
食欲とは別の欲求が現れ始めるのが分かり、レンゲを手から落としそうになった。

「ねえ、さん…」
「冷めちゃうからお食べ」

そう言って離れていく手に名残惜しさを感じながらも、言われた通りに食べることに集中する。

けれど、折角の姉さんの料理なのに味がよく分からなくなってしまった。
ずっとドキドキと胸の奥が鳴り響いていて、顔の熱が冷めてくれない。

どうしよう、これでは私が…恋する乙女だ…。



___

オマケ


「はい、これ」
「悪いな」

コイツは毎月俺に友達継続料金を支払っており、今日はそれを受け取る日だった。
適当に待ち合わせて、適当に飯を食い、コイツの探検に暫く付き合った後に、帰り際に茶封筒の入った袋を渡される。
毎回茶封筒を剥き出しで渡されるのだが、今回は何故か袋に入れて来たらしい。それが珍しかったから、その場で中を覗き込めば、中にはリボンのついた長方形の箱が入っていた。

「何か別のもん入ってるぞ」
「ああ、うん。それもあげる」

「友チョコだよ、ハッピーバレンタイン」と言って、渡すだけ渡してさっさと帰って行く後ろ姿を、思わず意味も無く眺めた。

アイツ、普段は人間めんどくさいとか言ってるのに、たまにこういうことするよな。
まあ、貰えるもんは貰っておくが。
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