番外編
なんやかんやで結局まともに食べられなかったアイスに、今更未練が出てきたらしい傑の姉ちゃんは、唐突に「アイス買いに行ってくる」と言って立ち上がった。
現在時刻は夜の七時、傑の部屋でゲームをしたり何だりしていた時のことであった。
「俺も食べたい、イチゴのやつ」
「分かった、行ってくるね」
と言って歩き出そうとした姉ちゃんの手を、傑が光の速さで掴み、自分の方に力を込めて引っ張った。
当然、そんなことを予期していなかった姉ちゃんは「わっ」と、情け無い声を挙げながら傾く。それを綺麗に受け止め、細っこい身体を閉じ込めるようにギュッと抱き締めた傑は「こら!」と、怒ったような可愛子ぶった声を出した。
「遅い時間に出歩いたら駄目だろ、姉さん」
「なんで駄目なの?」
「攫われてしまうかもしれないからだよ」
「攫われないよ」
「私だったら攫うよ」
「そんなぁ」
ワチャワチャ、ムギュムギュ。
姉の身体を抱き締め直し、片手同士は握り合って、頬を寄せ合う。
紛うことなきイチャつき、息を吐くようにベタベタと睦み合う姉と弟。
俺は…一体何を見せられているんだ…?
思い返せば一年生の春、あの頃からこの姉弟は隙きあらばイチャイチャとくっついていた。
…
傑の姉ちゃんと俺が出会ったのは、入学して間もない頃だった。
その頃から既に最強だった俺は、先輩達に教わることなど勿論何も無く、教師から紹介された奴等を誰一人敬うことなく過ごしていた。
そこに突如として現れた奇妙奇天烈な生命体こそ、傑の姉ちゃんである。
はじめは見間違いかと思った。
つまりは、自分の目と現実を疑ったのだ。
青々と茂る芝生の上にペタンと座りながら、俺の同級生である傑の隣で何かをしている"ソレ"は、本来であれば"ここ"に居てはならない存在だったのだから。
古くから様々な国の神話において、五穀豊穣や暴力性、睡眠サイクルや精神異常の引き金とされてきた存在、月。
神性を見出され、崇め、奉られ、畏怖の念を人間に抱かせる闇夜の光。
それの一側面とも言い表そうか、いや…一側面と呼ぶほど大層なものではない。
謂わば、呪いのなり損ないのクズ。もしくは、神様の失敗作。あるいは、哀れな捨て子。
あれはそういう存在で、本来であれば月にあるべきものだった。
それが何故か地球に居る。
まあ、地球は月の兄弟星という説もあるくらいだから…もしかしたらあのフニャフニャした、いかにもアホっぽそうなのは、間違えてここまでやって来てしまったのかもしれない。
にしてもアイツ…何をやっているのだろうか。
まさか人間相手に良からぬことでもしようとしているのか?
そう思った俺は、遠巻きに二人の様子を眺めることにした。
結果、眺めたことを早々に後悔した。
「できた!」
明るい声を挙げた月のエイリアン女は、パッと腕を上げて隣に座る傑の頭に何かを乗せた。
それは、シロツメクサで出来た花冠であった。
黒い髪の上に、何とも幼稚で可愛らしい冠がポサッと乗せられる。
ププッ、アイツ澄ました顔してる癖に、花冠なんて乗せられてやんの。
俺は同級生を誂うネタを手に入れられたと、ニヤニヤしながら喜んだ。しかし……
「姉さん…ありがとう、花冠…かんむり…ってことは、私は王様かな?」
「いや、深い意味は無いけど…」
「王として今から私が新しい法律になる、姉さんと私は今日この時を持って結婚する」
「独立国家目指さないで…」
ブチッと容赦無く引き抜かれたシロツメクサ二本を姉の左手の薬指に巻いた傑は、ニコニコと誰が見ても幸せそうに微笑みながら「はい、これで私達は永遠だよ」と言った。
正直、理解が全く追いつかなかった。
知り合って日の浅い同級生の新たな一面にドン引き、つい口元を引き攣らせる。
「姉さん知ってる?シロツメクサの花言葉はね、幸福と約束なんだって」
「傑くんは物知りだね」
「約束…だからね」
物知りだね、じゃねえよ!今すぐ逃げろ!!
傑はハイライトの消えた黒い瞳に執着と深い愛情を滲ませながら、うっとりと微笑んでいた。
誰がどう見たって絶対ヤバいのに、全く分かっていないらしい頭フワフワな姉の方は、「四つ葉のクローバーあるかなあ」と周りをガサゴソ探し出した。
だ、駄目だあのエイリアン…馬鹿だ、すんげぇ馬鹿だ。
「姉さん、四つ葉のクローバーの花言葉はね、私のものになって…なんだって」
「博識だなぁ」
「私が見つけてあげるよ」
そう言って、彼等は四つ葉のクローバーを探し始めたのだった。
俺はこの時思った。
あのエイリアンは放っておいても無害だろうけど、色々アレだから見守っておいてやろうと。
同級生が犯罪者になるのも、エイリアンが喰われるのもマズいだろ。
なんとかあの二人の距離感と執着心を改善出来ないかと、俺は頭を悩ませたのであった。
…
しかし、結局。
「アイスは休みの日に私と食べに行こう、デートだよ」
「悟くんも来る?」
「悟は来ないよ、任務があるからね」
これである。
後ろから抱き締めた姉の旋毛にキスを落としながら、ゆるゆるとだらしなく頬を緩めている傑は大層ご満悦だった。
よそでやれ、よそで。
つーかさぁ……
「俺も休みだし!仲間外れにすんな!」
「じゃあ悟くんも一緒に行こう」
人間よりエイリアンの方が優しいのマジでなんなの?
どうして傑はそんなに俺を睨むわけ?
てか、姉ちゃん半分寝てない?
この姉弟と居ると、穏やかな気持ちになれなくて疲れる。
どっちかならいいんだ、どっちかなら。
やっぱり引き離しとくべきなのかもしれない。俺の精神衛生上のためにも。
現在時刻は夜の七時、傑の部屋でゲームをしたり何だりしていた時のことであった。
「俺も食べたい、イチゴのやつ」
「分かった、行ってくるね」
と言って歩き出そうとした姉ちゃんの手を、傑が光の速さで掴み、自分の方に力を込めて引っ張った。
当然、そんなことを予期していなかった姉ちゃんは「わっ」と、情け無い声を挙げながら傾く。それを綺麗に受け止め、細っこい身体を閉じ込めるようにギュッと抱き締めた傑は「こら!」と、怒ったような可愛子ぶった声を出した。
「遅い時間に出歩いたら駄目だろ、姉さん」
「なんで駄目なの?」
「攫われてしまうかもしれないからだよ」
「攫われないよ」
「私だったら攫うよ」
「そんなぁ」
ワチャワチャ、ムギュムギュ。
姉の身体を抱き締め直し、片手同士は握り合って、頬を寄せ合う。
紛うことなきイチャつき、息を吐くようにベタベタと睦み合う姉と弟。
俺は…一体何を見せられているんだ…?
思い返せば一年生の春、あの頃からこの姉弟は隙きあらばイチャイチャとくっついていた。
…
傑の姉ちゃんと俺が出会ったのは、入学して間もない頃だった。
その頃から既に最強だった俺は、先輩達に教わることなど勿論何も無く、教師から紹介された奴等を誰一人敬うことなく過ごしていた。
そこに突如として現れた奇妙奇天烈な生命体こそ、傑の姉ちゃんである。
はじめは見間違いかと思った。
つまりは、自分の目と現実を疑ったのだ。
青々と茂る芝生の上にペタンと座りながら、俺の同級生である傑の隣で何かをしている"ソレ"は、本来であれば"ここ"に居てはならない存在だったのだから。
古くから様々な国の神話において、五穀豊穣や暴力性、睡眠サイクルや精神異常の引き金とされてきた存在、月。
神性を見出され、崇め、奉られ、畏怖の念を人間に抱かせる闇夜の光。
それの一側面とも言い表そうか、いや…一側面と呼ぶほど大層なものではない。
謂わば、呪いのなり損ないのクズ。もしくは、神様の失敗作。あるいは、哀れな捨て子。
あれはそういう存在で、本来であれば月にあるべきものだった。
それが何故か地球に居る。
まあ、地球は月の兄弟星という説もあるくらいだから…もしかしたらあのフニャフニャした、いかにもアホっぽそうなのは、間違えてここまでやって来てしまったのかもしれない。
にしてもアイツ…何をやっているのだろうか。
まさか人間相手に良からぬことでもしようとしているのか?
そう思った俺は、遠巻きに二人の様子を眺めることにした。
結果、眺めたことを早々に後悔した。
「できた!」
明るい声を挙げた月のエイリアン女は、パッと腕を上げて隣に座る傑の頭に何かを乗せた。
それは、シロツメクサで出来た花冠であった。
黒い髪の上に、何とも幼稚で可愛らしい冠がポサッと乗せられる。
ププッ、アイツ澄ました顔してる癖に、花冠なんて乗せられてやんの。
俺は同級生を誂うネタを手に入れられたと、ニヤニヤしながら喜んだ。しかし……
「姉さん…ありがとう、花冠…かんむり…ってことは、私は王様かな?」
「いや、深い意味は無いけど…」
「王として今から私が新しい法律になる、姉さんと私は今日この時を持って結婚する」
「独立国家目指さないで…」
ブチッと容赦無く引き抜かれたシロツメクサ二本を姉の左手の薬指に巻いた傑は、ニコニコと誰が見ても幸せそうに微笑みながら「はい、これで私達は永遠だよ」と言った。
正直、理解が全く追いつかなかった。
知り合って日の浅い同級生の新たな一面にドン引き、つい口元を引き攣らせる。
「姉さん知ってる?シロツメクサの花言葉はね、幸福と約束なんだって」
「傑くんは物知りだね」
「約束…だからね」
物知りだね、じゃねえよ!今すぐ逃げろ!!
傑はハイライトの消えた黒い瞳に執着と深い愛情を滲ませながら、うっとりと微笑んでいた。
誰がどう見たって絶対ヤバいのに、全く分かっていないらしい頭フワフワな姉の方は、「四つ葉のクローバーあるかなあ」と周りをガサゴソ探し出した。
だ、駄目だあのエイリアン…馬鹿だ、すんげぇ馬鹿だ。
「姉さん、四つ葉のクローバーの花言葉はね、私のものになって…なんだって」
「博識だなぁ」
「私が見つけてあげるよ」
そう言って、彼等は四つ葉のクローバーを探し始めたのだった。
俺はこの時思った。
あのエイリアンは放っておいても無害だろうけど、色々アレだから見守っておいてやろうと。
同級生が犯罪者になるのも、エイリアンが喰われるのもマズいだろ。
なんとかあの二人の距離感と執着心を改善出来ないかと、俺は頭を悩ませたのであった。
…
しかし、結局。
「アイスは休みの日に私と食べに行こう、デートだよ」
「悟くんも来る?」
「悟は来ないよ、任務があるからね」
これである。
後ろから抱き締めた姉の旋毛にキスを落としながら、ゆるゆるとだらしなく頬を緩めている傑は大層ご満悦だった。
よそでやれ、よそで。
つーかさぁ……
「俺も休みだし!仲間外れにすんな!」
「じゃあ悟くんも一緒に行こう」
人間よりエイリアンの方が優しいのマジでなんなの?
どうして傑はそんなに俺を睨むわけ?
てか、姉ちゃん半分寝てない?
この姉弟と居ると、穏やかな気持ちになれなくて疲れる。
どっちかならいいんだ、どっちかなら。
やっぱり引き離しとくべきなのかもしれない。俺の精神衛生上のためにも。