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弟によって神格化されそうになっているのだが…2

前に一度会った、甚爾さんのお友達の孔さんに医者に連れて行って貰った後、人生相談に乗ってもらった。

人間じゃないので人間のフリするのキチィです、学校でやってる仕事内容ダルいです…ボイコットしまくりです…みたいな内容のことを、ポツリポツリとコミュニケーション下手くそながら頑張って時間をかけて説明すれば、彼はしっかりと最後まで聞いて色々考えてくれたのだった。

「手っ取り早くフリーランスになるのはどうだ?」
「む、むずかしそう…」
「俺が手伝ってやろうか、金は貰うが」
「お金は、いいんだけど…その…」

お金は別にあっても使わないから良いのだが、問題は別にある。
私は超が付く程の気紛れで、突発的な放浪癖があるうえに、コミュ障なのだ。
初めての人とは全くお話出来ないし、すぐにフラフラ散歩に出掛けてしまう。
だからきっと、プロデュースを買って出てくれた孔さんにも凄く迷惑を掛けてしまうだろう。

そういったことをぽしょぽしょと、途切れ途切れに話せば、孔さんは「言うほどか?」と器用に口角をかたっぽだけ上げて言った。
私はその言葉に俯いていた顔を上げ、意味も無く瞬きを数回する。

「今だって十分話せてるだろ」
「で、でも……それは貴方が、お話が上手だからで…」
「俺が思うに、お嬢ちゃんは縛られ過ぎて来たせいで自我のコントロールが下手なんだよ」
「は、はあ…」

なんじゃそりゃ。
そんなん初めて言われたんだけど。
縛られるって、何に?重力?

「身に覚えは無いか?」

ぼんやりと言われた内容を考えていれば、孔さんは喋りながら煙草を取り出し、口に咥えて火を付ける。
細い瞳でこちらをジッと見る眼差しは、私を見ているはずなのに、もっと奥底、何処か遠くを探るような感じがした。

「あれが駄目これが駄目、何一つ自分の意思で決めることを許されない」

苦い香りの煙が上る。
私はそれを目で追い掛けながら、ただただ話を聞く。

「選択も行動も価値観も管理され、溜まった鬱憤を晴らすように急な行動を起こす」

口に咥えたタバコを離し、顔を背けて煙と共に息をフーッと吐き出すのを眺める。
彼はさらに話を続ける。

「このままじゃ駄目だと何処かで分かっているのに、長年に渡り管理されて来たおつむじゃ、無意識の内に出来ることも視野に入らなくなっている」

そういえば前に傑くんから、煙草の煙りは身体に悪いから、煙草を吸う人には近付いちゃ駄目だと言われたことを思い出す。

しかし、思い出すよりも前に身体は勝手に動いていたらしく、気付けば自分の手が自分の口と鼻を覆っていた。
それに気付いた瞬間、彼が言わんとすることが分かった。

まさか、私…………。

「まずは、正しい自我のコントロールからだな」
「…私、そんなにヤバい?」
「立派に依存してるし、洗脳されてるな」

う、うわぁ……衝撃の事実発覚。知らないほうが良かったかもしれない。

でも、昔から散歩は好きだったし、友達とか居なくても平気だったんだけどな。
あと、依存という観点から言えば、私も進んで楽だからと傑くん任せにしていたし。
もしかして、ピタゴラスイッチしてしまった結果なんじゃないだろうか。

私は他人なんてどうでも良いし、極論必要無い。自分主義の自由人、人間として生きるのが下手くそで面倒だから他人任せ。
そこに傑くんという、世話焼きかつ私を独り占めしたい!という存在が出来てしまったから、需要と供給が合致してしまい、互いに無自覚洗脳ルートに入ってしまっていたんじゃ…。

ってことは、需要と供給が成り立っているのなら、良いことなのではなかろうか。

そんなことをこんがらがってきた頭で呟けば、孔さんは「まずその考え方からやめて行こう」と言った。

「弟任せじゃ、今までと同じだ」
「今までと…」
「自分で考えて自分で選べるようになる所からスタートだな」
「…………はい…」

そうだな、その通りかもしれない。
彼の言う通りだ。

思えば、ドリンクバーだってそうだ。傑くんが毎回取りに行ってくれて、毎回オレンジジュースを渡してくれるから自分の好物はオレンジジュースなのだと思っていたし、彼が居ない時はよく分からなくなって水しか飲んでいなかった。
服だって傑くんが買ってきた物を傑くんが選んでくれていて、それを何も考えずに着ていた。だから、最近自分で買った服がめちゃくちゃ不評だった意味が分からなかった。
傑くんが「関わるのは良くない」と言った人には理由も聞かず関わらなかったし、いつの間にか傑くん以外との関わり方が分からなくなってしまったから、人の多い場所に行かないようになった。

気になる物や人は全てスケッチするだけ。
関わるのは動植物だけ。
着飾る物は全て傑くんが選んだ物のみ。

なるほど、これは確かに思ったよりも重症かもしれない。
私、全然何も考えずに生きて来たんだなあ。
そりゃ、考えるための自我が薄いんだから選択肢は少なくなる。生き辛くなっているのは結局自分が招いた結果というわけだ。

「どうしたらいいんだ…」
「まずはショッピングでもして来い、暇人と」
「買い物?買うもの無いよ?」
「買いたい物を見つけるのも練習の一つだ」

そういう物なのかと一応返事を返せば、孔さんはフンッと鼻で笑った。

いまいちピンと来ないが、大人の言うことは聞いておくことにしよう。
何だか分からんが、この人は普通に悪いとこもあるけど、平等に正しい気がする。

少なくとも、私の薄っぺらな自我よりは頼りになるだろう。




………



こうして始まってしまった私の自我取り戻しキャンペーンは、プロデューサー孔さんを筆頭に、様々な方々のお陰で一週間を迎えることとなった。

ちなみに、現在買った物はまだ何も無い。
そもそも自分が何が好きで何が嫌いなのかもハッキリしていないので、まずはもっと簡単な所からとハードルをさらに下げて貰った。

とりあえず、気付いた好き嫌いを軽くメモしておけと渡された小さな手帳をペラペラと捲りながら、ペンを回す。

えっと、今飲んでみているコーヒーショップの新作のクリームが乗ったやつは、味が沢山ありすぎてあまり好きじゃないかもしれない…と、書いておこう。
うんうん、何となくだが味については好みが分かってきた気がするぞ。
これは中々に良い傾向なのではないか…と、ポカポカお日様に当たりながら、テラス席で一人考えていた時であった。

コンッと音を立てて、机の上にドリンクが置かれる。
突然のことに驚きビクッと肩を揺らせば、上から一週間聞いていなかった声が降ってきた。


「見つけたよ、姉さん」


反射的にパッと見上げる。
そこには、私を見て嬉しそうに頬を染めて微笑む弟の姿があった。

「…傑くん」
「驚いたよ、姉さんが一人でコーヒーショップに居るなんて」

クスリッと笑いながら、彼は私の隣の椅子を引いて座った。
長い脚をゆるりと組んで、買ってきたばかりであろうドリンクに口を付ける。

一週間…一週間か、早かったような短かったような。
まあ、遅かれ早かれ見つかるとは思っていたのでそれは良いとして、それよりも傑くんが今飲んでいるのは………もしや、普通の珈琲だったりするのではないだろうか。
ぶっちゃけ、口の中が味がいっぱいになってモニョモニョしているので、口直しに一口欲しい…あ、いや、駄目駄目駄目!傑くんに頼っちゃ駄目なんだった、自分で…自分でなんとか……。

「う"〜〜ん"………」
「どうしたんだい姉さん?そんなに唸って、もしかしてお腹冷えた?私の珈琲温かいけど飲むかい?」

世話を焼かれると頼りたくなってしまう〜!駄目だ〜!!全然これっぽっちも成長出来てないよ〜!
そりゃそうだ、たかだか一週間だもんな。どうにもなってないに決まっている。

私は一度深呼吸をして落ち着きを取り戻す。
孔さんに注意されたことを念頭に置きつつ、探しに来てくれた傑くんにまずはお礼を言った。

「あの、探しに来てくれてありがとう」
「うん、姉さんが元気そうで良かった」
「でね…私、その…」
「じゃ、帰ろうか」

そう言って、傑くんは私の飲み物を手に持って立ち上がる。
「皆、心配しているよ」と言われ、さらにニッコリと微笑まれてしまえば、身体は考えるよりも先に、勝手に立ち上がってしまっていた。

無意識のうちに、「うん」と小さく頷いてしまう。
従順な私の様子に安心したのか、傑くんは私の手に飲み物を戻してから、空いた片手で私の片手をギュッと握ってきた。

極々僅かな力で手を引かれる。
勝手に足が前に出て、彼の隣を歩き出す。


………孔さんよ。
こんなの、どうすればいいんだ。


幾ら考えたって努力したって無駄なんじゃないだろうか。
だって私、今…物凄く、安心してしまっている。

これが孔さんの言う「長年に渡り管理されて来たおつむ」なんだろうな。

自分の従順さに、渇いた笑いが口からはみ出る。
それに気付いた傑くんが「どうかしたかい?」と尋ねてくる。

「……ただの思い出し笑いだよ」
「そっか、なら良かった」

いやはや、本当に笑うしかないな。

この現状は、私が小さな頃に見捨てないでと言ったせいなのか。

だとしたら、自分で自分にかけた呪いに苦しめられているわけだ。

なんだ…やっぱり悪いのは、私じゃないか。

ああ、全くもって、この世は何もかも馬鹿馬鹿しい。
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