弟によって神格化されそうになっているのだが…2
傑くんが任務に行き、少し寂しいなあと思っていたら、友人でありヒモである甚爾さんに呼び出された。
傑くん以外も大体みんなして居なくなっちゃって、ついでに仕事も無くて、だからこれ幸いと遊びに出掛けたわけである。
いつも通り迷彩柄のリュックサックを背負い、最近五条くんが私のクソダサ作業着を心配したのか買ってくれた、お気に入りの靴下を履く。
この靴下、凄く履き心地が良いんだけど、これを履くと傑くんの機嫌が悪くなるので、彼が居ない時にしか履けないのだ。
いやそれにしても凄く滑らかな履き心地…流石高そうなだけある…。
そうしてあれこれ準備を終えて、えっちらおっちら甚爾さんが指定してきた場所まで向かったのだった。
___
「きょ、競艇……」
「今日はぜってぇ勝てる」
謎の自信に満ちている甚爾さんは、今日は何故か金を持っているらしい。
しかも、すんごい大金を手に入れられる予定もあるんだとか。
今度は何する気なんだ…ヤバい仕事にでも手を出したのか……嫌だよ私、巻き込まれるの。
死ぬなら一人で死んでくれ。
やっぱ嘘、死んだら悲しいから死なないでね、どうせ死ぬなら月で死んでよ、看取って記念に剥製にするから。
「なんで急に金持ちになったの?」
「仕事の前金」
「危ない仕事?」
「お前がいりゃ問題ねぇよ」
「え」
え、え、え………???
あれ………?おやおやおや…???
な、なんか、今ナチュラルに私のこと巻き込んでなかった?
お前って私だよね?あれ…?私、また犯罪に関与しなきゃいけないの?何故?
流れで一緒にボートレース場に入りながら、頭を抱える。
どういうことなんだ、まさかその仕事のために呼ばれたのか?
いやいやいや、まさかそんな。だって私達、友達だし。友達ってそういうのじゃないし。
自信満々になっていく甚爾さんの横で、私は逆に自信を失くしていく。
友達ってなんだっけ…私達、本当に友達だよね?月にも来てくれるって言ってたもんね?
伺うように彼を見上げれば、私の視線に気付いた甚爾さんはこちらを見下ろした。
「なんつー顔してんだよ」
「わ、私達…友達だよね…?」
「友達だろ」
「じゃあなんで、仕事…」
言外に、何勝手に巻き込んでんだよという気持ちを込める。
ついでに、そんな大金が出る仕事危ないからやめろとも思った。
甚爾さんに何かあったら、恵くんが可哀想だ。
あとは………私も多分、恐らく、多少は…寂しいなあくらいは思うんじゃないかとも。
ジッ…と見つめ、言葉を待つ。
暫くして、甚爾さんは私から顔を背けて歩き出した。
それに習って、私も付いて行く。
「この仕事が無事に片付いたら」
「うん」
少し歩く速度をあげて、隣に並ぶ。
すると、彼は歩幅を合わせながら、何故か私の手を握ってきた。
「本当に、月に行ってやってもいい」
「…………えっ」
彼の言葉に、驚きのあまり足がピタリと歩くことをやめる。
しかし、それを予見していたかのように握られた手を強く引かれ、無理矢理引き摺られるように歩かさせられた。
足が縺れる。
周りの音が遠退く。
ただ、甚爾さんだけを強く感じる。
「手付金の三千万と、成功報酬。それだけありゃ技術が買える」
「な、なんの?」
「お前のその、似合ってねえ身体を捨てさせてやれる」
言葉を失う。
唖然、とはこのことを言うのだろう。
身体、私の…身体を?捨てさせる?
金で技術を買って、それで?どういうことだ、何を言っているか正しく理解出来ない。脳の処理が追い付かない。
彼は私に、何をしようとしているんだ?
「わ、私は信仰パワーで」
「信仰だって金で買えるだろ」
「甚爾さんの、身体とかも、」
「お前の呪いでなんとかしろ」
私の呪い………って…馬鹿なのか、この人間は。
自分が一体何を言っているか分かっているのだろうか。
だって私は、どれだけ取り繕っても人間じゃない。悟くんが言っていた通り、所詮はごっこ遊びをしているに過ぎない宇宙外の微小生命体だ。
術式だって本当は、人間の感情エネルギーを元に、呪いらしき物を再現しているに過ぎない。
術式として使用している元々の形は所謂、この時代になっても人間が到達不可能な"神秘"と呼ばれる部類の技術なのだ。
だって私は、
「お前の正体は、月の呪いそのものなんだろ」
私こそが、呪いに他ならぬのだ。
口を閉ざし、表情を感情の底に全て落とす。
握られた手に目一杯力を込めれば、私の目の前に居る人間のオスは、普段と変わらぬ笑みを口の端に浮かべた。
「落ち着けって、何処にも行かねぇから」
「私は、月の裏側まで君を連れて行くつもりだ」
「ああ、好きにしろよ」
「帰るんだ、あの星に」
落ち着きを取り戻すため、ゆっくりと呼吸をする。
目を閉じれば、思い出すのは冷たく暗い、星々が輝く真空のソラ。
落とされたのだ、月から。
母なる故郷から、自我が芽生えたその瞬間に。
ずっと、ずっと、ずっと。
一人で、暗くて寒くて狭い場所で、途方もなく長い年月をかけて、心が死んでいくことだけをただひたすらに感じていた。
最初は怖くて、苦しくて、とにかくどうにか帰りたいと強く思っていた。
助けを求めたくても助ける先は無く、自分以外には何も無い世界。暗闇の先にある絶望が、感情や感覚の一切を奪っていく。
そうして、そのうち段々、自分のことすら良く分からなくなって、ただ帰りたい思いだけが塵のように積み重なっていった。
とうとう何で帰らなきゃいけないのかも分からなくなって、地球にやって来て、数百年掛けてここまできた。やっと人間になった。
最初は確かに呪いだったのだろう、けれど今となっては、私はただの壊れたゴミクズだ。
人間が月を思う気持ちで出来たのか、それともただの偶然なのかは分からない。ただ、私も初めは呪いだったはずなのだ。
だがもう、今は呪いという自覚は無くなり、呪いとしての効力も消え失せ、あるのは微小破片に染み付いた当時の意識だけ。ただの残滓でしかない、呪いの残骸だ。
「月へ帰る」
気に入った物だけを沢山持って。
この星で生きるのが、どうしても怖いから。
いつか全部バレて、思い出も嘘にされて、埃を払うように祓われてしまうかもしれない。
ただの呪いの残りカスな私は、指先一つで簡単に消えてしまうだろう。
だから逃げる。誰も追ってこない、遥か遠くまで。
「信仰で発光するのは、お前の呪いとしての力が強まっているからだ」
「そうだ」
「お前を呪いとして完成させて、そしたら俺を呪え」
「…君は何が何でも持って帰る」
私の答えに、人間のオスは機嫌を良くしたかのように笑って頭を撫でてきた。
「私に呪われたら、永遠に私の…いや、月の物だぞ」
「だから、好きにしろって」
「………馬鹿な人間」
「お前ほどじゃねぇよ、アホザコ呪い」
握った手から力を抜き、手を一度離してから腕に凭れるように絡み付いた。
なるほど、甚爾さんは確かに紛うことなき私の友達だ。
とびきり友達思いな友達だ。
ならば、私も彼のために頑張らねばならないだろう。
共に月へ行くために、私は彼が組み立てている計画に付いて行かなければならない。
友達として、そして、いずれ彼を呪う者として。
果まで一緒だ。
傑くん以外も大体みんなして居なくなっちゃって、ついでに仕事も無くて、だからこれ幸いと遊びに出掛けたわけである。
いつも通り迷彩柄のリュックサックを背負い、最近五条くんが私のクソダサ作業着を心配したのか買ってくれた、お気に入りの靴下を履く。
この靴下、凄く履き心地が良いんだけど、これを履くと傑くんの機嫌が悪くなるので、彼が居ない時にしか履けないのだ。
いやそれにしても凄く滑らかな履き心地…流石高そうなだけある…。
そうしてあれこれ準備を終えて、えっちらおっちら甚爾さんが指定してきた場所まで向かったのだった。
___
「きょ、競艇……」
「今日はぜってぇ勝てる」
謎の自信に満ちている甚爾さんは、今日は何故か金を持っているらしい。
しかも、すんごい大金を手に入れられる予定もあるんだとか。
今度は何する気なんだ…ヤバい仕事にでも手を出したのか……嫌だよ私、巻き込まれるの。
死ぬなら一人で死んでくれ。
やっぱ嘘、死んだら悲しいから死なないでね、どうせ死ぬなら月で死んでよ、看取って記念に剥製にするから。
「なんで急に金持ちになったの?」
「仕事の前金」
「危ない仕事?」
「お前がいりゃ問題ねぇよ」
「え」
え、え、え………???
あれ………?おやおやおや…???
な、なんか、今ナチュラルに私のこと巻き込んでなかった?
お前って私だよね?あれ…?私、また犯罪に関与しなきゃいけないの?何故?
流れで一緒にボートレース場に入りながら、頭を抱える。
どういうことなんだ、まさかその仕事のために呼ばれたのか?
いやいやいや、まさかそんな。だって私達、友達だし。友達ってそういうのじゃないし。
自信満々になっていく甚爾さんの横で、私は逆に自信を失くしていく。
友達ってなんだっけ…私達、本当に友達だよね?月にも来てくれるって言ってたもんね?
伺うように彼を見上げれば、私の視線に気付いた甚爾さんはこちらを見下ろした。
「なんつー顔してんだよ」
「わ、私達…友達だよね…?」
「友達だろ」
「じゃあなんで、仕事…」
言外に、何勝手に巻き込んでんだよという気持ちを込める。
ついでに、そんな大金が出る仕事危ないからやめろとも思った。
甚爾さんに何かあったら、恵くんが可哀想だ。
あとは………私も多分、恐らく、多少は…寂しいなあくらいは思うんじゃないかとも。
ジッ…と見つめ、言葉を待つ。
暫くして、甚爾さんは私から顔を背けて歩き出した。
それに習って、私も付いて行く。
「この仕事が無事に片付いたら」
「うん」
少し歩く速度をあげて、隣に並ぶ。
すると、彼は歩幅を合わせながら、何故か私の手を握ってきた。
「本当に、月に行ってやってもいい」
「…………えっ」
彼の言葉に、驚きのあまり足がピタリと歩くことをやめる。
しかし、それを予見していたかのように握られた手を強く引かれ、無理矢理引き摺られるように歩かさせられた。
足が縺れる。
周りの音が遠退く。
ただ、甚爾さんだけを強く感じる。
「手付金の三千万と、成功報酬。それだけありゃ技術が買える」
「な、なんの?」
「お前のその、似合ってねえ身体を捨てさせてやれる」
言葉を失う。
唖然、とはこのことを言うのだろう。
身体、私の…身体を?捨てさせる?
金で技術を買って、それで?どういうことだ、何を言っているか正しく理解出来ない。脳の処理が追い付かない。
彼は私に、何をしようとしているんだ?
「わ、私は信仰パワーで」
「信仰だって金で買えるだろ」
「甚爾さんの、身体とかも、」
「お前の呪いでなんとかしろ」
私の呪い………って…馬鹿なのか、この人間は。
自分が一体何を言っているか分かっているのだろうか。
だって私は、どれだけ取り繕っても人間じゃない。悟くんが言っていた通り、所詮はごっこ遊びをしているに過ぎない宇宙外の微小生命体だ。
術式だって本当は、人間の感情エネルギーを元に、呪いらしき物を再現しているに過ぎない。
術式として使用している元々の形は所謂、この時代になっても人間が到達不可能な"神秘"と呼ばれる部類の技術なのだ。
だって私は、
「お前の正体は、月の呪いそのものなんだろ」
私こそが、呪いに他ならぬのだ。
口を閉ざし、表情を感情の底に全て落とす。
握られた手に目一杯力を込めれば、私の目の前に居る人間のオスは、普段と変わらぬ笑みを口の端に浮かべた。
「落ち着けって、何処にも行かねぇから」
「私は、月の裏側まで君を連れて行くつもりだ」
「ああ、好きにしろよ」
「帰るんだ、あの星に」
落ち着きを取り戻すため、ゆっくりと呼吸をする。
目を閉じれば、思い出すのは冷たく暗い、星々が輝く真空のソラ。
落とされたのだ、月から。
母なる故郷から、自我が芽生えたその瞬間に。
ずっと、ずっと、ずっと。
一人で、暗くて寒くて狭い場所で、途方もなく長い年月をかけて、心が死んでいくことだけをただひたすらに感じていた。
最初は怖くて、苦しくて、とにかくどうにか帰りたいと強く思っていた。
助けを求めたくても助ける先は無く、自分以外には何も無い世界。暗闇の先にある絶望が、感情や感覚の一切を奪っていく。
そうして、そのうち段々、自分のことすら良く分からなくなって、ただ帰りたい思いだけが塵のように積み重なっていった。
とうとう何で帰らなきゃいけないのかも分からなくなって、地球にやって来て、数百年掛けてここまできた。やっと人間になった。
最初は確かに呪いだったのだろう、けれど今となっては、私はただの壊れたゴミクズだ。
人間が月を思う気持ちで出来たのか、それともただの偶然なのかは分からない。ただ、私も初めは呪いだったはずなのだ。
だがもう、今は呪いという自覚は無くなり、呪いとしての効力も消え失せ、あるのは微小破片に染み付いた当時の意識だけ。ただの残滓でしかない、呪いの残骸だ。
「月へ帰る」
気に入った物だけを沢山持って。
この星で生きるのが、どうしても怖いから。
いつか全部バレて、思い出も嘘にされて、埃を払うように祓われてしまうかもしれない。
ただの呪いの残りカスな私は、指先一つで簡単に消えてしまうだろう。
だから逃げる。誰も追ってこない、遥か遠くまで。
「信仰で発光するのは、お前の呪いとしての力が強まっているからだ」
「そうだ」
「お前を呪いとして完成させて、そしたら俺を呪え」
「…君は何が何でも持って帰る」
私の答えに、人間のオスは機嫌を良くしたかのように笑って頭を撫でてきた。
「私に呪われたら、永遠に私の…いや、月の物だぞ」
「だから、好きにしろって」
「………馬鹿な人間」
「お前ほどじゃねぇよ、アホザコ呪い」
握った手から力を抜き、手を一度離してから腕に凭れるように絡み付いた。
なるほど、甚爾さんは確かに紛うことなき私の友達だ。
とびきり友達思いな友達だ。
ならば、私も彼のために頑張らねばならないだろう。
共に月へ行くために、私は彼が組み立てている計画に付いて行かなければならない。
友達として、そして、いずれ彼を呪う者として。
果まで一緒だ。