弟によって神格化されそうになっているのだが…2
「次の任務は悟と行くことになったんだ」
「怪我しないでね」
「心配してくれるんだ?姉さんは優しい人だ…」
染み染みと言いながら、私を抱き締めてくる傑くんの背中を雑にゴシゴシと擦った。
いつも通りの一日、私はあいも変わらず内勤作業をし、片や弟は真面目に授業と任務に取り組んでいる。
全くもって不思議なのだが、傑くんはこうして私と一緒に居る時は大変良い子で可愛らしい弟で居てくれるんだが、たまに一人で居るのを見掛けると、凄い人相の悪い顔で大股開きをしてだらしなく座っていたりする。
私の前でもやってくれて構わないのになあと思うが、そうはプライドが許さないのだろう。
だから、彼は今日も可愛くて健気な弟を演じている。
私だったら絶対、息苦しさと面倒臭さで早々にダウンしてしまうだろう。
目を細め、ニコニコとしながらギュッと抱き着き、スリスリと頬ずりをする姿は何となく犬っぽい。
まあ、私は犬に懐かれたことが無いのでこれは想像に過ぎない感想だ。
だってアイツら、私のことめちゃくちゃ警戒するんだもん。
その点傑くんは良い。
吠えないし、唸らないし、毛もつかない。
たまに…暴走しちゃうこともあるけれど、思春期というやつだろう、仕方無い。
本当に自慢の良い子だ。
それなのに私は、この前は随分攻撃的な態度を取ってしまった。
唐突に、まだ謝っていないことを思い出す。
思い出してしまえば最後、何だか申し訳無い気持ちになってしまい、私は抱き締められながら名前を呼んだ。
「あの、傑くん」
「なんだい?」
「この前はごめんね」
「……なんのことだろう」
背中に回った腕が緩められ、少しだけ身体が離れる。
不思議そうに私を見つめる瞳を見れば、本当に何のことか分からなそうにしていた。
「術式、使っちゃったから」
「…ああ、廊下破壊した時のことか」
彼は納得したように二度頷き、そして優しく微笑んでみせる。
「姉さんは悪くないよ、悪いのはこの国の法律だからね」
「そ、そっかぁ…」
「そういうことなら私も姉さんに一つ、謝りたいことがあるんだ」
お次は少し困ったような、なんとも悩ましい笑みを浮かべる。
傑くんに謝られるようなことなんてあっただろうか?
むしろ、普段私の方が色々と迷惑を掛けているような気がするのだが…。
最近も、川辺を歩いていたら見つけたミゾソバの収穫を手伝って貰ったりしたからな。
首を傾げてみせれば、何故か傑くんも同じ方向へ首を傾ける。
なんだかちょっとだけ可愛い。あざとい。しかし許す。
「ほら私、鍵を返せって言われていたのに返さなかっただろ?」
「あー…」
「もしかして、忘れてたのかい?」
「忘れてた…」
そういえばそんなこともあったな、完璧に忘れてた。
確か、あの時は何だか意識がボンヤリとしていて、あの日のことをイマイチ覚えていないのだ。
そういえば鍵……私の部屋の鍵を回収するように先生に言われていたのだった。
今思い出した、どうしよ。
「………まあ、いっか…」
「返さなかった私が言うのもなんだけど、本当にいいのかい?」
「だって傑くんのことだから、スペアキー自分で作ったりしてるでしょ?」
「予備用にね、悪用はしないから心配しないでくれ」
ほら作ってあるじゃん。
回収したところで何の意味も無いじゃん。
抜かり無いにも程があるよ。
しかし、別に忘れていたことを今更掘り返すつもりはない。
忘れていたってことは、たいして重要なことでは無いということに他ならない。
私は別に、弟が勝手に部屋に入ろうが、物を隠そうが、飯を食っていようが気にしないタイプの人間なので。人間じゃないけど。
ああ、なるほど。
私はいきなり、一つ納得を得る。
こういう所が、人間っぽくないのだろう、きっと。
普通の人間が、他人に部屋を勝手に使われたりしたらどう思うかなど分からないが、恐らく否定的な意見が出たりするのだろう。
人間らしく生きるには、人間ごっこをするためには、私も「勝手に部屋入らないで」とか言った方が良かったのかもしれない。
じゃないとそのうち本当に、悟くん以外にも人間じゃないってバレちゃったりして。
エイリアンだって言われて、石投げられちゃうかも。
でもその方が、いっそ楽だったりしてね。
ボンヤリとそんなことを思っても、結局目の前の体温は捨て難く、せっかく弟から身を離したというのに今度は自分からひっついた。
ぴとっ、むぎゅっ。
トクトクと鳴り響く心音は、宇宙じゃ絶対に聞こえない。
今のうちに沢山聞いておかなきゃ。
「姉さん…どうしたんだい?」
「傑くんは、私がエイリアンだったらどうする?」
「……また、唐突だね」
頭上からクスリッと笑う声が聞こえると同時に、ゆるゆると髪を梳くように大きな手のひらが頭を撫でた。
彼は数秒黙り、「そうだな…」とまた暫く考えてから口を開く。
「それでも私は、別に全然問題無いよ」
「そうなの?」
「うん、むしろ都合が良くなる」
「…なんの?」
都合、なんの都合だろうか。
疑問に思い見上げれば、するりと優しく頬を親指で撫でられた。
「エイリアンには、人間のルールなんて関係無いだろ?」
「そうなの…かな…?」
「だから、結婚だって出来るね」
いや………あの、人間は人間としか結婚出来ないというルールもあるんじゃ…。
そうやって、自分に都合の良いルールだけ切り取るのは良くないんじゃないでしょうかね。
「エイリアンと人間は結婚出来ないと思うけど…」
「きっと研究のためにNASAだって協力してくれるよ」
NASAを味方に付けようとするな。
ニコニコと、若干ウキウキした雰囲気で傑くんは尋ねてくる。
「姉さん、エイリアンだったの?」
「いや全然エイリアンじゃない、めちゃめちゃ人間」
「なんだ、残念」
そう言って、私の旋毛にキスを落としてから今度こそ身を離す。
何故だか今日は妙に名残惜しい気持ちだ、しかしもう任務に行かなければならないのだろう、悟くんも待っているはずだ。
「じゃあ、行ってくるよ」
「うん、行ってらっしゃい」
そして、この普段と何一つ変わらない挨拶をしていた頃に戻りたい…と思ってしまうような出来事が、私の身に襲い掛かってくるのだった。
「怪我しないでね」
「心配してくれるんだ?姉さんは優しい人だ…」
染み染みと言いながら、私を抱き締めてくる傑くんの背中を雑にゴシゴシと擦った。
いつも通りの一日、私はあいも変わらず内勤作業をし、片や弟は真面目に授業と任務に取り組んでいる。
全くもって不思議なのだが、傑くんはこうして私と一緒に居る時は大変良い子で可愛らしい弟で居てくれるんだが、たまに一人で居るのを見掛けると、凄い人相の悪い顔で大股開きをしてだらしなく座っていたりする。
私の前でもやってくれて構わないのになあと思うが、そうはプライドが許さないのだろう。
だから、彼は今日も可愛くて健気な弟を演じている。
私だったら絶対、息苦しさと面倒臭さで早々にダウンしてしまうだろう。
目を細め、ニコニコとしながらギュッと抱き着き、スリスリと頬ずりをする姿は何となく犬っぽい。
まあ、私は犬に懐かれたことが無いのでこれは想像に過ぎない感想だ。
だってアイツら、私のことめちゃくちゃ警戒するんだもん。
その点傑くんは良い。
吠えないし、唸らないし、毛もつかない。
たまに…暴走しちゃうこともあるけれど、思春期というやつだろう、仕方無い。
本当に自慢の良い子だ。
それなのに私は、この前は随分攻撃的な態度を取ってしまった。
唐突に、まだ謝っていないことを思い出す。
思い出してしまえば最後、何だか申し訳無い気持ちになってしまい、私は抱き締められながら名前を呼んだ。
「あの、傑くん」
「なんだい?」
「この前はごめんね」
「……なんのことだろう」
背中に回った腕が緩められ、少しだけ身体が離れる。
不思議そうに私を見つめる瞳を見れば、本当に何のことか分からなそうにしていた。
「術式、使っちゃったから」
「…ああ、廊下破壊した時のことか」
彼は納得したように二度頷き、そして優しく微笑んでみせる。
「姉さんは悪くないよ、悪いのはこの国の法律だからね」
「そ、そっかぁ…」
「そういうことなら私も姉さんに一つ、謝りたいことがあるんだ」
お次は少し困ったような、なんとも悩ましい笑みを浮かべる。
傑くんに謝られるようなことなんてあっただろうか?
むしろ、普段私の方が色々と迷惑を掛けているような気がするのだが…。
最近も、川辺を歩いていたら見つけたミゾソバの収穫を手伝って貰ったりしたからな。
首を傾げてみせれば、何故か傑くんも同じ方向へ首を傾ける。
なんだかちょっとだけ可愛い。あざとい。しかし許す。
「ほら私、鍵を返せって言われていたのに返さなかっただろ?」
「あー…」
「もしかして、忘れてたのかい?」
「忘れてた…」
そういえばそんなこともあったな、完璧に忘れてた。
確か、あの時は何だか意識がボンヤリとしていて、あの日のことをイマイチ覚えていないのだ。
そういえば鍵……私の部屋の鍵を回収するように先生に言われていたのだった。
今思い出した、どうしよ。
「………まあ、いっか…」
「返さなかった私が言うのもなんだけど、本当にいいのかい?」
「だって傑くんのことだから、スペアキー自分で作ったりしてるでしょ?」
「予備用にね、悪用はしないから心配しないでくれ」
ほら作ってあるじゃん。
回収したところで何の意味も無いじゃん。
抜かり無いにも程があるよ。
しかし、別に忘れていたことを今更掘り返すつもりはない。
忘れていたってことは、たいして重要なことでは無いということに他ならない。
私は別に、弟が勝手に部屋に入ろうが、物を隠そうが、飯を食っていようが気にしないタイプの人間なので。人間じゃないけど。
ああ、なるほど。
私はいきなり、一つ納得を得る。
こういう所が、人間っぽくないのだろう、きっと。
普通の人間が、他人に部屋を勝手に使われたりしたらどう思うかなど分からないが、恐らく否定的な意見が出たりするのだろう。
人間らしく生きるには、人間ごっこをするためには、私も「勝手に部屋入らないで」とか言った方が良かったのかもしれない。
じゃないとそのうち本当に、悟くん以外にも人間じゃないってバレちゃったりして。
エイリアンだって言われて、石投げられちゃうかも。
でもその方が、いっそ楽だったりしてね。
ボンヤリとそんなことを思っても、結局目の前の体温は捨て難く、せっかく弟から身を離したというのに今度は自分からひっついた。
ぴとっ、むぎゅっ。
トクトクと鳴り響く心音は、宇宙じゃ絶対に聞こえない。
今のうちに沢山聞いておかなきゃ。
「姉さん…どうしたんだい?」
「傑くんは、私がエイリアンだったらどうする?」
「……また、唐突だね」
頭上からクスリッと笑う声が聞こえると同時に、ゆるゆると髪を梳くように大きな手のひらが頭を撫でた。
彼は数秒黙り、「そうだな…」とまた暫く考えてから口を開く。
「それでも私は、別に全然問題無いよ」
「そうなの?」
「うん、むしろ都合が良くなる」
「…なんの?」
都合、なんの都合だろうか。
疑問に思い見上げれば、するりと優しく頬を親指で撫でられた。
「エイリアンには、人間のルールなんて関係無いだろ?」
「そうなの…かな…?」
「だから、結婚だって出来るね」
いや………あの、人間は人間としか結婚出来ないというルールもあるんじゃ…。
そうやって、自分に都合の良いルールだけ切り取るのは良くないんじゃないでしょうかね。
「エイリアンと人間は結婚出来ないと思うけど…」
「きっと研究のためにNASAだって協力してくれるよ」
NASAを味方に付けようとするな。
ニコニコと、若干ウキウキした雰囲気で傑くんは尋ねてくる。
「姉さん、エイリアンだったの?」
「いや全然エイリアンじゃない、めちゃめちゃ人間」
「なんだ、残念」
そう言って、私の旋毛にキスを落としてから今度こそ身を離す。
何故だか今日は妙に名残惜しい気持ちだ、しかしもう任務に行かなければならないのだろう、悟くんも待っているはずだ。
「じゃあ、行ってくるよ」
「うん、行ってらっしゃい」
そして、この普段と何一つ変わらない挨拶をしていた頃に戻りたい…と思ってしまうような出来事が、私の身に襲い掛かってくるのだった。