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弟によって神格化されそうになっているのだが…2

月へ行ける手段が見つかってしまった。

と言っても、まだ確定的な話ではなく、これはあくまで机上の空論だ。
実際、どれくらいのエネルギーが必要なのかは全く未知数だし、そもそもこの肉体では行けないだろうから、そのへんの問題も後々考えていかなければならない。

だがしかし、大きな一歩に他ならないだろう。
地球に飛来してからかなりの年月が経過したが、まさか人間になってはじめて可能性を得られるとは。
呪いという存在は、実に不可思議で面白い。
人間になるまでは意識しなかった分野のことではあるが、これは中々に興味がそそられる分野なのではないか?まあ、興味は湧くが、だからと言って同じ呪いでも呪具の整理作業は相変わらずつまらないわけで。

資料室から借りてきた、信仰と呪いに関する参考資料を手に持って廊下を歩く。

最近になって、周りの方々から多数ご指摘頂いたため、作業用に着ていたクソダサジャージを卒業した。
クソダサジャージを買ってしまった経緯は、確かどっかの安い服が沢山売ってるお店で、適当に手に掴んだ物を買ったと記憶している。
買ってから気付いたのだが、五条くん曰く「燃えるゴミの袋の文字みたいな色」したジャージは、なんとなんと、ズボンの横部分に黄色いラインが入っていたのだ。
確かにこれは…少しダサいかもしれんな……と私も思ったのだが、想像以上に皆からダサいと思われていたらしく、ご指摘の声が多数寄せられたのだった。

なので、現在は別の作業服を着ている。
同じ服屋で買った、白地に『世界征服』とプリントされたTシャツが今日の作業着だ。とても着心地が良くて気に入っている。

のだが、しかし……

「いや、それはそれでダサい」
「え」
「姉ちゃん、オシャレって概念持ち合わせてる?」
「……そ、そんなにか…」

資料を持って歩いていたら、弟の親友である五条悟くんに捕まった。と思ったら、ファッションについて駄目だしされた。

私だってオシャレくらい知っているとも。
こう見えて実は野生生物ではなく、れっきとしたお年頃のヒューマンなのだ。そりゃあ、オシャレくらい…くらい…。

「でも結局、着やすい方が良くない?」
「着やすくてデザイン良いもんなんて沢山あるじゃん」
「そういうのを買いに行くための服がまず無くて…」
「傑に買わせりゃいいじゃん」

なんでもかんでも弟を頼るのは良くないって、最近思い始めたところなわけで…。

「あ」だの「う」だの、意味の無い母音を呟きながら苦し紛れに言い訳をしようとするも、上手いこと交わせる文句も出てこず、断念して口を噤む。

そうこうしていれば、今度は私が抱える資料に気付いたらしい五条くんが、ヒョイッと一冊資料を持ち上げる。
「ふーん…」という、なんとも気の抜けた声を出しながら、興味薄そうにペラペラと捲りながら尋ねてくる。

「そういや、傑のせいでめちゃくちゃ光ったんだって?」
「うん、信仰パワー」
「まあ姉ちゃん人間じゃないしな、それくらいあるよな」
「うん……………えっ!?」

今……え?いま、なんか凄いこと言われたような?
聞き間違いでなければ、悟くん、私が人間じゃないとか言ってなかった?

高い位置にある、丸いサングラスの向こうにある瞳を見たくて顔をあげる。
目線が合うと、パチパチと瞬きをするので、私も同じように瞬きを数回した。

パチクリ、パチクリ。
この行動に、意味はとくに無いだろう。
しかしなんとなく心が通じ合う。

「私が人間じゃないって、なんで知ってるの?」
「最初に見たときから」

マジか…………最初っからバレていたのか…凄いな五条悟、流石我が優秀なる弟が認めし人間。

それにしても、そうか…バレていたのか…別にバレても困ることはたいして無いのだが、何となく気恥ずかしいような気がする。
まるで、誰にも見せたことの無い身体の部分を見られたような気持ちだ。
つまり、いやんエッチって言いたくなるような気分である。

でも、知ってるとはどれくらい知っているのだろうか?
そんなことはしないと思うが、もしもNASAに突き出されてしまったらどうしよう。傑くんと離れ離れになっちゃう。悲しい。

傑くんと離れ離れにされる想像をしたら、何だか気分がへこんでしまった。
だって傑くん、私の身の回りのこと大抵何でもやってくれるし、私が他人と上手くお喋り出来ないと毎回助けてくれるし、私が脱走しても最後には仕方無いなって許してくれる。
他にも、嫌なことを言われたら言い返してくれるし、何となく上手くいかなかった料理も文句を言わずに食べてくれたりもする。
こんなにも尽くしてくれる存在、他に居るだろうか?絶対居ないだろう。
傑くんが居なくなったら、途端に生活水準が下がりそうだ。

あれ?もしかして、こう思ってしまうことも、傑くんの計画の一部だったりするのかな?
ほらあの子、定期的に私と結婚すると言い出したりするし…いつも準備は念入りにするタイプだし……。

ま、まあ……助かってるのは事実だから、いいか。
気付かなかったことにしよう…。


流れで気付かなくて良いことに気付いてしまった私は、悟くんから目線を外し、唇をキュッと引き結んで言葉を飲み込んでみた。
そうすれば、私の態度に何かあったかと疑問に首を傾げられる。

何でも無いよ、ただやっぱりもうちょっと傑くん離れは頑張ろうかなと思っただけだよ。

「気付かないフリしてた方が良かった感じ?」
「あ、え?いや…」
「でも最初見た時はさ、ちょっと警戒したんだよな」
「う、うん…」

私が弟の下準備の可能性に悩んでいるとはいざ知らず、悟くんは思い出話をし始めた。

曰く、最初に見た時は、人間に擬態したエイリアンとかだと思って興奮したらしい。
流石の御三家もエイリアンは初めてで、これは要観察だなと警戒しながら見ていたとか。

エイリアンか……当たらずも遠からずだな…。

「でもさ、見てて気付いちまってさぁ…」
「なにに?」
「この変なの、放っておいたら地球に適応しきれずに死ぬなって」
「し、死ぬ……」

なんだか、とても失礼なことを言われているでは?

「多分、地球侵略しに来たんじゃなくて、間違えてやって来たマヌケなんだろうなって思ったワケ」

なんだか、ではなく、とんでもなく失礼なことを言われているのだが。

もしも私が悪いエイリアンで、君の言葉に腹が立って本性を現したらどうするつもりなんだ。
ちょっぴり腹立たしく感じた私は、ムッとした表情で言い返す。

「私が悪者だったら、今の言葉で地球に隕石が衝突してたよ」
「そしたら姉ちゃんも粉々じゃん」
「あ……たしかに…」
「これからも大人しく人間ごっこしてなって」

人間ごっこね。
ごっこを続けられるほど器用でもないせいか、最近色々ボロを出している気がするが、まあ時が来るまでは続けるつもりだ。

悟くんが私から奪った資料をこちらにポンッと戻し、これで話は終わりかと思えば、彼はいきなり長い身体を折りたたむように屈んで、私の耳元に唇を寄せてきた。
さらりと髪を耳にかけられ、息を吹き込まれるように喋り出す。

「傑には言わねぇでおいてやるからさ」
「くすぐった…」
「これからも俺と仲良くしてね」

俺の目が届く範囲で。


脳が痺れるような声でそんなことを言われ、背筋がゾワゾワとして一歩二歩とその場から後退した。

悟くんの、目が届く範囲で。

それは要するに、やはり監視対象であることを示す一言だった。


つ、ツラい………弟からは何かしらの長期的心理掌握を施されており、弟の友人からは監視対象として見られている。
もう終わりだ、私なんにも悪いことしてないのに、どうしてこんなことに…。

やはり、早く高専から独り立ちすべきなのかもしれない。
ストレスの無い生活へ向け、私は資料を胸に抱きしめてその場から走り去った。
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