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弟によって神格化されそうになっているのだが…

全力で廊下を走り、とにかく誰かに言わなければと人を探していれば、前方から悟が歩いて来たので引っ捕らえて肩を揺さぶった。

どうしても誰かに言いたかった。
この事実を、現実を。

「姉さんと結婚したんだ!!!」
「ハイハイ幻覚幻覚、お疲れ様〜」
「違うんだ!!!」

本当に、今回は、違うんだ!!!

悟を掴む片手を外し、自分の口元を指差す。

「キスしてくれたんだ!!姉さんが!!!」
「妄想楽しいでちゅね〜」
「おい、あまり私を馬鹿にするなよ」
「あ"?」
「お"?」

言って分からない奴は殴って分からせるしか無いって聞いたのだが、それは今この瞬間のことを言っているんだよね、きっと。
互いに顔を突き付けあってメンチを切る。

妄想では無い、確かに姉さんと私は結婚したんだ。
婚姻届けだって一緒に書いた、今思い返せばあれが私達夫婦の初めての共同作業だった。
そして私達は抱き締め合い、姉さんは私にそっと口付けしてくれた…。

ほら、結婚しているじゃないか。
どこからどう見ても籍を入れている。
私の記憶は間違ってなどいない、それを今ここで、悟を分からせることで証明してみせる。

先に手を出したのはどちらだったか…廊下の中心で私達は取っ組み合いの喧嘩を始めた。
握り締めた拳で悟を殴り付ければ、彼のしていたサングラスが吹っ飛ぶ。
悟の脚が私の腹のど真ん中を蹴り、私はその脚を掴んでぶん投げた。
すぐに飛び起きた悟が私の左頬を殴り、お返しに一発私も入れる。
ただの殴り合いじゃ埒があかないと判断した我々は、互いに身体に呪力を纏わせていく。

そうして互いに床を蹴った。
バキッと廊下が割れる音がして、互いに拳を合わせた瞬間、呪いを含んだ風がブワリと巻き上がる。
ピキッ、ビキッ、窓や壁にヒビが入り、ガタガタと窓枠や扉を揺らした。
そのまま一発、二発、と拳を合わせ、次こそ顔面に入れてやると意気込んで脇を締め直した瞬間だった。

背後から声がした。

「……あの、何してるの」
「ねえさッ!」

バキッ。

思いっきり、右頬に拳がめり込む。
衝撃により、そのまま身体が後方へと吹っ飛んでいく。
ああマズい、姉さんにぶつかる!と思ったが、流石と言えばいいのか…姉さんはぶつかる寸前の私の身体に向けて人差し指を向けると、ピッと払うように悟の方へ指を振った。
瞬間、今度は悟の方へと身体が吹っ飛び、彼を巻き込んで廊下にゴロゴロと転がる。

術式を使われたのだ、恐らく引力操作だろう。
姉さんにぶつからずに済んだが…しかし、この頬にムチュッと当たる感触は…。
その事実に気付いた私と悟は、両者共にハッとして、互いにバッと距離を取る。
私は頬を、悟は口元を抑えた。
そして、

「オッエ"!!!ふざけんなよマジで!!」
「それはこっちの台詞だ!!」

互いに吐き気を催す。
私は袖口で一生懸命頬を擦り、悟も似たようにゴシゴシと拭う。
ふざけるな、なんでこんな……ハッ、そうだ姉さんが居たんだった。
背後を振り返り、私は叫ぶように言う。

「浮気じゃない、浮気じゃないんだ、これは事故で…!」

パチパチパチパチ。
姉さんは何も言わず、無表情で拍手をする。

「拍手すんな!!」
「拍手しないでくれ!!」
「おい、真似すんなよ!」
「してない、そっちが…!」

というか姉さんに荒い口調で指摘をするな!!!
さっきから何なんだ、私と姉さんの仲を認めようとせず、挙げ句にはあんな…思い出したくも無い事故まで……私はただ、親友である悟に事実を事実として認めて貰い、祝福して貰いたかっただけだというのに。

拭い切れぬ不快感と、親友から得られなかった理解に落ち込みそうになっていれば、こちらに近付いて来た姉さんが聞く。

「今日はなんの喧嘩?」
「傑が…」
「悟が…」

「うん、一人ずつね」と姉さんは私達に正座をさせて話を聞いてくる。まるで事情聴取のように。
勿論私は一切嘘など付かずに語ってみせた。

「だから、私は姉さんと結婚をしたことを報告しただけであって…」
「なるほど…」
「悟が認めてくれないだけで…」
「ふむ…」

両者の話を聞き終えた姉さんは、探偵のように顎に指を掛けて暫く悩んだ。
そうして、暫しの後、姉さんは「まあ、なんだ…」と話出す。

「傑くんが私に書かせたのは進路調査票だし、私が傑くんの口の端っこにキスしたのは、君が帰り道ずっとしろしろ言っていたからなんだけど…」

「その事実は何処に消えてしまったのかな?」と、首を傾げ、こちらを見下ろす姉さんの瞳にはアリアリと「しょーもないな」と書かれていた。

言われた事実を思い出し、スンッと真顔になる。
隣に正座していた悟が、「うわっ、いきなり真顔になんなよ!」と驚いていたが無視した。

そういえばそうだったような気がする。


あの家から帰る途中、私はわざとらしくむくれながら姉さんに散々我儘を言っていた。

「私には普段キスしてくれないのに、させてもくれないのに」
「不測の事態だから致し方無くだよ」
「私にはしてくれないの?」
「50回くらい聞いたよそれ…」

あからさまに面倒そうな声で言いながら、「帰ったらね…」と草臥れた声で姉さんは約束してくれたのだった…。


私はそのあともずっと拗ねていて、それに困った姉さんが結局折れてキスをしてくれた。
姉さんからしてくれたという事実と、言われた言葉に頭が熱暴走をはじめ、誰かにこの事実を伝えたい必死さからこんなことになってしまった。

だがしかし、果たして私は悪いのだろうか?
開き直りと言われればそれまでだが、しかし、そもそも姉さんが謎発光をして、それによって呼び出され、名前も知らない子供にキスをさせる現場に居合わせるなどということが無ければ私は姉さんの帰りを大人しく待っていたはずだ。
もっと言えば、姉さんが休日に友人(私は認めない)と遊びに行くことが無ければ、任務の終わった私と午後にのんびり過ごせたのに。

だから私は悪くないはずである。
あと、最終的に一緒に生きて一緒の墓に入るのは確定事項なのだから、嫌がられても困る。姉さんには私が必要なのだから、拒否するのは姉さんが苦しむハメになるんだから。

背筋を伸ばし、真面目な顔をする。
こちらを見下ろす姉さんに向けて、口を開いた。

「私は悪くない」

互いに見つめ合う。
そして、私み見ながら姉さんは悟と以下のようなやり取りをした。


「悟くんはちゃんとごめんね出来るよねー?」
「姉ちゃんごめんなさあーい」


「悟くんえらいねぇ」「まあね」「お掃除も出来るかな?」「余裕だけど?」褒められて調子に乗っている親友の声と、私ではなく他人を構う姉の声が脳内で反響する。
ザワザワと背筋を登り、頭に至ったのは怒りか嫉妬か、それとも独占欲か焦燥か。
気付けば私は立ち上がり、額に青筋を浮かばせながら声を荒らげていた。

「姉さん!!私だってごめんなさい出来るよ!!!見縊らないでくれ!!」
「いや、見縊ってはいないが…」

「どうどう」と、暴れる馬を宥める時の声掛けをしてくる姉さんは、きっと素で深く考えずやっているのだろうが、こちらを人扱いしていない感じが腹立たしく思えた。
私を馬鹿にしているのか?さっきのキスだって弄んだんだ、酷い、私の純情を玩弄して…翻弄するのもいい加減にして貰おうか。

腰の引けている姉さんを、目をかっぴらいて真顔で見下ろす。

よくも気を持たせるようなことばかりしてくれたな…これ以上思い通りになってたまるか。
今ここで結婚(幸せハピハピ新婚ルート)するか、もしくは結婚(泣いても叫んでも離さない監禁ルート)するか、第三の選択肢として結婚(冥婚)するか選んでくれ。

「…姉さん、責任を取ってくれ」
「と、言いますと…?」
「結婚しよう」
「…………悟くん、今だ!」

姉さんの掛け声に合わせ、悟が膝に力を入れて飛び上がりながら私に向けて拳を突き出して来る。

だが、しかし。

「正気に戻れ最強パ、」
「姉ラブカウンター!!」

ゴスッ!

突き挙げられた拳に掠るように、ギリギリを攻めたタイミングで放たれたるは愛と怒りを込めたカウンターパンチ。
悟の頬にめり込ませ、そこにさらに力を入れる。
思いっきり真上から床に向けて右拳を打ち落とせば、悟は冷たく汚れた廊下に身を沈めた。

残念ながら、そう何度も同じ技は通用しない。
これでも私は特級でね、姉さんより強いんだ。場数だって私の方が踏んでいるだろう。
そもそも姉さんはこういった、肉対戦については詳しくないと私は知っている。


だが、この思い込みは後に間違いだと知ることになる。
調子に乗っていたのは他でもない、私の方だったのだ。
神たる姉の実力を見誤り、あまつさえ傲っていた。
自分は姉より優れているのだと錯覚していた。

そんな私に、天罰は下った。


姉さんは一度天を仰ぐように上を向き、フゥと息を吐き出すと、「あんまり得意じゃないんだけどな…」と言ってから右脚を引き、腰を落として左手を握り締めて前に突き出した。
右手を顎の下で固定し、左手を一定のリズムで小さく縦に揺らす。

まさか、私と戦うつもりなのか?肉弾戦で?
馬鹿な、これでも私は特技が格闘技と言っても過言では無い程には鍛えている身、ましてや姉さんより遥かに体格も身長も恵まれた男だ、戦った所で結果など分かりきっている。

それに、愛しい姉さんに手を上げるなんてそんなことが出来るわけ…。


「私の術式は…一般相対性理論を元にした、E=mc2(イー・イコール・エムシー・にじょう)の計算式を用いた術式である」


語りだした姉さんの拳の先が小さく光り出す。
これは、まさか、術式の開示?
そんな、そこまで本気なのか?
というか、私は今まで何度か一緒に任務へ赴いた事があるが、一度だって術式開示などしている場面、見たことが無い。

困惑する私を他所に、姉さんは術式開示を続ける。


「エネルギーと質量の等価性を計算によって導き出し、それを現実の現象として結果を打ち出す」


普段のふわふわとした雰囲気から一変、眼光を鋭くし、挑発的な笑みを浮かべた姉さんは言った。

「重力による時間の歪みすら導き出せるこの術式に、君の拳は敵わない」
「………後悔しても知らないよ」

ここまで言われてしまえば、引き下がるわけには行かなかった。

これは意地と意地を張り合った、愛の試練だ。
そろそろ私だって認めて貰いたい、唯一ただ一人、私一人を愛してくれると言って欲しい。
姉さんを傷付けることはしたくないが、しかし、この一撃の後に私達の愛の花壇に花が咲くならば受けて立つ他無いだろう。

覚悟を決め、同じように拳を構える。


ここに、第一回夏油姉弟による、愛と信仰の決闘が始まったのだった。
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