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弟によって神格化されそうになっているのだが…

傑くんからの信仰により、溜まりに溜まっていたらしいエネルギーが爆発して発光してしまった私であるが、あの後普通に高専へ何食わぬ顔で帰って来たのだった。
まさか誰も、私が呪詛師の仕事に付き合い、盗品に関与したとは思ってもいないだろう。
いやあ、ワルになってしまったな…遅れてやってきた反抗期なのかもしれない、ちょっとアルコールでも嗜んでみようかな。

ワルに目覚めた私が、さて次は何をしてやろうかと企んでいる時だった。
部屋まで着いて来た傑くんが「そういえば」と尋ねる。

「進路調査票は提出したのかい?」
「あ、え………えっと…」
「やっぱり出していなかったんだね。駄目だろう、先生を困らせたら」
「すみませ…」

真面目な指摘に目が覚め、テンションが落ち着く。

そういえばあったな、そんなの…。
貰ったとは思うが、興味が無さすぎて忘れていた。

進路、進路ねぇ…さっきは「神様やろっかな」とか思ったけど、それを進路調査票に書いたら絶対再提出になるし、先生を困らせてしまう。
小学生の頃は将来の夢を書く作文に、宇宙飛行士になって月に行きたいとか書いていたが、宇宙飛行士って訓練が大変らしいし、月以外に行くミッション参加したくないから無しの方向性で。
というか、正直働きたくない。
全然働きたくない、労働嫌い、養われたい。

なんて書きゃあいいんだ、呪術師やめたいってことくらいしか頭に無い。
でも呪詛師もやりたくない、色々付き合いが面倒くさそうだと感じたので。

分厚くなっているクリアファイルに挟まる書類をペラペラ捲って探せば、進路調査票が出てくる。
それを取り出し、机において見下ろしてみる。
うーむ……まったく何も浮かばない。
画家とかって書いておこうかな、こういうのって美大に進まなきゃならないのかな?それはそれでやだな。

「どうしよ」
「進路?」

隣に腰を降ろした傑くんの腕が、私の腰に回る。
ギュッと距離を縮められ、無意識のうちに側に寄りながら見上げれば、彼は目尻に嬉しさを乗せながら笑みを浮かべた。
私の手にシャープペンシルを握らせ、紙の上へと誘導する。

「ここには、専業主婦って書いておけばいい」
「え」
「私が稼ぐから心配いらないよ」

あの、えっと……その、傑くん…君の脳内では、ナチュラルに卒業後に一緒に暮らす方向性になっているの?お姉ちゃん何も聞いていないんだけど。
というか、専業主婦ってそもそも職業として認識していいものなのか?確か、書類とか書くときに、職業の欄に自分で記入する場合には専業主婦とは書かず、無職って書くのが正しいんじゃなかったっけ?
え、じゃあ仮に傑くんくんの提案を飲む場合、進路調査票に「無職」って書かなきゃいけないってこと?
絶対嫌なんだけど、格好悪すぎる。

「専業主婦やだ」
「は?」

否定を口にした瞬間、私の腰を掴む手にグッと力が入り、さらに威圧感のある重たい声が聞こえ、思わず「ヒッ…」と、喉から引きつった音が出てしまった。

そんな怒らんでもろてええか…?
いやこれ、私の進路調査票なんですよね、君のじゃないから。だから右手の上に手を重ねてくるな。無理矢理書かそうとするな。やめろやめろ、ヤクザが契約書に無理矢理名前書かせる時の手口やめろ。

傑くんの手を反対の手で引き剥がそうとする。
クソ、力が強くて全然剥がせん!
爪を立てたり揺すったりしてみるが、びくともしなかった。
まずいぞ、このままでは格好悪い進路調査票になってしまうではないか、何とかして阻止せねば。

「やめるんだ傑くん、ほら、えっと…お菓子あげるよ!」
「私は姉さんが居てくれたらそれでいいから、お菓子はいらないよ」
「姉が与える菓子が受け取れないのか!」
「じゃあ、あとで貰おうかな」

今日の傑くん、一歩も引く姿勢を見せない…だと!?
劣勢だ、負けそうだ、屈しそうだ。
そうこうしている間に、傑くんは文字を強制的に書かせる行動を再開させてしまう。
この距離で術式を使ったら、紙も机もシャープペンシルもグシャッとなってしまう。
どうしたらいいんだ、なんだか泣きそうなんだけど。

別に傑くんと暮らすことはいいんだ、本当は彼の自立や人生を考えたら全然良くないけれど。
でもその問題は一先ず置いておいて、私が嫌なのは弟に養われるということだ。
何が楽しくて可愛い弟に養われなきゃならないんだ、弟とは無条件で可愛がるもの、即ち姉である私がお小遣いをあげる側の立場であるはずなのに。
嫌だ、弟に養われる姉格好悪過ぎる。
そんなものになるくらいなら、なるくらいなら!

「じゅ、呪術師続ける!専業主婦やらない!」
「じゃあ、お嫁さんって書こうか」
「だから法律上不可能なんだって…」

進路調査票に、ミミズがのたくったような字が這っていく。
小さな声で「やだ」「やめて」と言うが、傑くんは手を離してはくれなかった。
流石に強引が過ぎる、なんだってこんな…。

「手、痛いよ…」
「すまない、あと少しだから」

横を見上げれば、真剣な眼差しをする傑くんが居て、何も言えなくなった。
……もういいよ、先生にはプリント無くしたって言うから。多分叱られるだろうけど、でもこんなのを提出するよりはマシだ。
あとでこっそりシュレッダーにでもかけてやる。

文字が書ききられ、傑くんの手がゆっくりと離れていく。
強く握られていた私の手は真っ赤になっていた。
文句の一つでも言おうと口を開くが、私が何かを言うより先に、傑くんが言葉を発す。

「私の物だから」

ゴツッと、彼の額が私の頭に降ってきて、ズルズルと降りて額と額をくっつける形となる。
至近距離にある傑くんの瞳は瞑られており、どんな感情を宿しているかは見て取れなかったが、その声からは小さな不安が感じられた。

「私の、姉さんなんだ」

背中に腕が回り、ギュッと抱き締められる。
頭が移動して、肩に乗せられる。

「私のなのに…どうして……」
「傑くん?」
「私の物じゃなくては嫌だよ、姉さん」

何かを耐えるように、祈るように呟かれたその言葉に、私は大人しく黙った。
そんなに、そんなに辛そうな声で言わなくてもいいじゃないか…君が悲しいとこっちまで悲しくなってくる。その原因が私にあるのならば、余計に。

ソロソロと傑くんの背中に腕を伸ばして、広い背中を擦ってやれば、私を抱き締める腕にさらに力が籠もった。

「あんなの、絶対再提出させられるよ」
「提出してくれるんだ」
「一応」

しようとしなかろうと、叱られることには変わらないならば、してやってもいい。
消すのも新しい用紙貰うのも面倒だし、弟の機嫌が直るなら安いものかもしれない。
そう思えるくらいには、私は君に甘い。

私がこんなにしてやるの、本当に君くらいなんだけどなぁ…伝わってないのかな…別にいいけど。

ポンポンと背中を叩いて離れることを催促すれば、ゆっくりと、名残惜しそうに傑くんの身体が離れていく。
顔を見れば、やっぱりまだ不安そうな表情をしていた。

仕方のない奴だな、でもまあ…君がずっとずっと積み重ねて来た信仰という名の愛を、私が勝手に他人にまで強制し、余計な信仰心を募ったのが悪かったのならば、それは確かに私のせいだ。
君の愛を見縊るつもりも、捨て置くつもりも無い。
ただ、私は人生を模索することは今後もやめる気は無い。

君がどれだけ私と一緒に生きたくても、私達は姉弟で、遺伝子的に一緒にはなれないのだ。それがこの星のルールなんだから仕方無い。
だから私はこんな星、嫌いなんだ。
月には、そんなルール無いのに。
ああ、面倒な世の中だ。

膝立ちになり、両の手を傑くんの頬に伸ばす。
ムイッと力を込めて顔を上げさせ、拗ねた瞳をする弟に「いいかい?」と言い聞かせるように語り掛けた。

一度しか言わないから、よく聞いておくように。

「私はね、君がいなくたって幸せでいられるよ」
「……姉さ、」
「けどね、君となら不幸になってもいいとは思っているんだよ」

それくらい、好きなんだよ。

口の端、唇に掠るくらいの位置にそっと唇を押し当ててすぐに離す。

後ろ指差されようが、非難されようが…もし、この先君か私が道を踏み間違える日が来たとしても、一緒なら堕ちていくのも悪くないと思えるくらいには、私は君を選べる。
こんなこと、この星のルールにはそぐわないのだろうけれど、でも仕方無いだろう。
私はそういうの、ルールとして理解は出来ても、感覚的にはよく分からないんだもの。

固まった傑くんを放って、今しがた書いた汚い字の這う進路調査票を手に取り逃げるように部屋を出る。
パタンと閉まった扉に寄りかかり、まあこんなもんでいいだろうと、深く息を吸い直した。


君の愛が私を月へ昇らせるための糧となることが分かった。
だから、手放すつもりは無い。
だが、月へ連れて行くつもりも無い。

ないのに…何でこんなに足が重くなるのだろうか。
月へ行こうとすればするほど、下へ下へと引っ張られている感覚がする。
重くて強い何かに縛られている。

まるで、魂を縫い付けられるかのように。

この星には、私をどこへも行けなくさせる何かがあった。
こういうのを、愛が重いって言うのかも。
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