弟によって神格化されそうになっているのだが…
いかにもな場所にはいかにもな人が集まるらしい。今日もまた一つ賢くなれた、収穫があってよかったなあ。
空きビルかと思っていた建物の裏口の扉を開いて中に入り、階段を上った先のフロアに居た武装した男は秒で甚爾さんにやられていた。
「死んでない?」
「死んでねぇ、ほら行くぞ」
近寄って突っつこうとしたら襟首を掴まれ引き摺られてしまったので、大人しく言うことを聞いておくことにした。
扉を片っ端から開いて中を改める。
人が居れば暴力で屈服させ、次から次へと流れるように非力な人間達は床に沈んでいった。
おお、可哀想に…痛かっただろうな……お家に帰ったらゆっくり休むんだよ…。
暴力、また暴力、さらに暴力、ついでに暴力、おまけにもう一個暴力。
唯一の救いは、大体ワンパンで伸している所だろうか。
だけど痛いものは痛いだろうからな、やはり平和が一番じゃなかろうか。現代人にラブアンドピースの概念ってないの?
難しいなあ人間は、どうして平和を訴えるのに、平和になれないのか。
「ここだな」と言った甚爾さんが躊躇い無く扉を開く。
その先では待っていましたとばかりに呪具を手に、部屋の中心で佇む男が一人。
「よ、」
という声が聞こえた瞬間には、ブワッと風を置き去りにして甚爾さんが突っ込んで行き、挨拶変わりにボディへ一発入れていた。
多分あれ、「よく来たな」って言いたかったんじゃないかな。
それくらい言わせてあげれば良いのに…ああ、ボコボコにされてる……。
「ギャッ」とか「ヴッ」とか、潰れたような汚い悲鳴をあげながら、男はグチャリと床に沈んだ。
呪具を回収した甚爾さんは、その場に佇み、私を見ながら「終わったぞ」と言う。
その言葉に歩き出し、近寄って行った。
血をダクダク流す男を見下ろす。
「生きてる」
「おう」
でもこのままじゃ死ぬだろうなあ…。
多分、というかきっと、甚爾さんは先程からずっと私に気を使っている。
だから半殺し状態で放置することにしたのだ。
この場ではすぐには死なない、けれど放っておけば失血死するだろう状態。
もう用は済んだとばかりに帰ろうとしている甚爾さんを呼び止め、男を指差す。
「死んじゃうけど…」
「………で?」
あ、甚爾さんがめちゃめちゃ機嫌悪くなった。
あからさまに瞳の温度が冷えてしまった。こりゃマズい。
どうしよう、どうすりゃいいのか…と悩んでいれば、ベタリと足首に何かが巻き付く感覚があり、下を向く。
そこには、血塗れの手で私の足首を掴み、ヒュウヒュウと潰された気管支で息をする男の姿があった。
か細い声で、腹から血をダクダクと流しながら助けを乞う姿に、私は無意識のうちにしゃがみこんでいた。
ひしゃげた鼻筋、グチャグチャになった前歯、歪んだ頬骨。
後ろから聞こえる、苛立ちを含んだ「おい」という声を無視して、醜く変形した顔に手を伸ばす。
「痛い?」
「ス、けて"…」
「助けてほしいの?」
「あ"ぁ」
痛みを堪え、最後の力を振り絞って首を縦に振る姿に、その時私は「これだ」と閃いた。
これだ、"これ"かもしれない。
今まで傑くんを対象に、傑くんが自主的にやっていたことだけど、これはいい商売になるかもしれない。
他人に"これ"を強制させて、"それ"に成り得たならば、それは現人神と呼べる存在に数えられるのではなかろうか。
神に成り得たならば、神であるならば、月へ行くことが出来るようになるのではないだろうか。
信者。
私が神になるために必要な存在。
私が月へ行くためのエネルギー。
信者という名のエネルギーが貯まれば、もしかしたら、月に………。
気付いた可能性に、口の端からは「ハハッ」と笑い声が溢れ落ちた。
そうか、そうか、これは…帰ったら我が優秀な弟殿に物凄く感謝をしなければな。
キスの一つでもお礼にしてやらねば。
君が居なければ、君が私を崇めていなければ、この可能性には気付けなかっただろう。
ああ、素晴らしい日だな。人生における目標が出来てしまった。
まだまだ捨てたものじゃないな、他人というやつも。
今日を人であることを捨て、神であることを目指すための第一歩の日としよう。
手始めに、この哀れで痛々しい他人を救ってみせようではないか。
「ねえ、甚爾さん」
未だ不機嫌な圧を向けてくる背後に佇む友人に声を掛け、振り返って微笑む。
泰然と、悠然と、優雅に優美に、穏やかに、不純無く。
超然的笑みを保って口を開く。
「朗報だ、月に行ける方法が思い付いたよ」
「は?」
「呪いって素晴らしいね」
感情が呪いを生み出すということは、感情はエネルギー利用出来る価値があるということだ。
例えそれが一般人には感知出来ず、理解も出来ない理論だったとしても、私は呪いの専門家、呪術師だ。呪術師であるから分かる、出来る。
信仰、その信仰の裏に存在するあらゆる負の感情、救いを欲する渇望、慰めを欲する所望。
愛欲、楽欲、我欲、色欲、渇欲、邪欲、獣欲……あらゆる欲望を飲み込み、エネルギーとして使い果たして、月へ行ってやろうではないか。
なあ、友よ。
「勿論、君も来るだろう?」
一度瞳を閉じて、瞼の裏に故郷の光を思い浮かべる。
果て遠き夢の故郷、神秘の月の色が瞳に浮かぶ。
そして、鼻歌交じりに術式を発動させる。
体内にある私の本体がE=mc2の計算を始める。
エネルギーが質量に変わることをあらわすこの計算式は実に便利だ。
この式を日常的に起きていることで説明するならば、お湯に熱エネルギーを加えた場合、質量が増えるだろう。この質量の増加こそが「エネルギーが質量に変換された」という結果だ。
この式を使い、救済を行う。
使われるエネルギーはなんでも良い、だが救済であるならば、やはり信仰だろうか。
立ち上がり、男を見下ろしながら私は言う。
「祈れ」
祈れ、求めよ、さすれば与えられん。
相対万有理論術、展開開始。
「月狂条例、第十一条、信仰告白」
夕日の向こうに月が登る。
風も無いのにフワリと浮いた髪が揺れた。
私はこの日、神としての責務を全うした。
空きビルかと思っていた建物の裏口の扉を開いて中に入り、階段を上った先のフロアに居た武装した男は秒で甚爾さんにやられていた。
「死んでない?」
「死んでねぇ、ほら行くぞ」
近寄って突っつこうとしたら襟首を掴まれ引き摺られてしまったので、大人しく言うことを聞いておくことにした。
扉を片っ端から開いて中を改める。
人が居れば暴力で屈服させ、次から次へと流れるように非力な人間達は床に沈んでいった。
おお、可哀想に…痛かっただろうな……お家に帰ったらゆっくり休むんだよ…。
暴力、また暴力、さらに暴力、ついでに暴力、おまけにもう一個暴力。
唯一の救いは、大体ワンパンで伸している所だろうか。
だけど痛いものは痛いだろうからな、やはり平和が一番じゃなかろうか。現代人にラブアンドピースの概念ってないの?
難しいなあ人間は、どうして平和を訴えるのに、平和になれないのか。
「ここだな」と言った甚爾さんが躊躇い無く扉を開く。
その先では待っていましたとばかりに呪具を手に、部屋の中心で佇む男が一人。
「よ、」
という声が聞こえた瞬間には、ブワッと風を置き去りにして甚爾さんが突っ込んで行き、挨拶変わりにボディへ一発入れていた。
多分あれ、「よく来たな」って言いたかったんじゃないかな。
それくらい言わせてあげれば良いのに…ああ、ボコボコにされてる……。
「ギャッ」とか「ヴッ」とか、潰れたような汚い悲鳴をあげながら、男はグチャリと床に沈んだ。
呪具を回収した甚爾さんは、その場に佇み、私を見ながら「終わったぞ」と言う。
その言葉に歩き出し、近寄って行った。
血をダクダク流す男を見下ろす。
「生きてる」
「おう」
でもこのままじゃ死ぬだろうなあ…。
多分、というかきっと、甚爾さんは先程からずっと私に気を使っている。
だから半殺し状態で放置することにしたのだ。
この場ではすぐには死なない、けれど放っておけば失血死するだろう状態。
もう用は済んだとばかりに帰ろうとしている甚爾さんを呼び止め、男を指差す。
「死んじゃうけど…」
「………で?」
あ、甚爾さんがめちゃめちゃ機嫌悪くなった。
あからさまに瞳の温度が冷えてしまった。こりゃマズい。
どうしよう、どうすりゃいいのか…と悩んでいれば、ベタリと足首に何かが巻き付く感覚があり、下を向く。
そこには、血塗れの手で私の足首を掴み、ヒュウヒュウと潰された気管支で息をする男の姿があった。
か細い声で、腹から血をダクダクと流しながら助けを乞う姿に、私は無意識のうちにしゃがみこんでいた。
ひしゃげた鼻筋、グチャグチャになった前歯、歪んだ頬骨。
後ろから聞こえる、苛立ちを含んだ「おい」という声を無視して、醜く変形した顔に手を伸ばす。
「痛い?」
「ス、けて"…」
「助けてほしいの?」
「あ"ぁ」
痛みを堪え、最後の力を振り絞って首を縦に振る姿に、その時私は「これだ」と閃いた。
これだ、"これ"かもしれない。
今まで傑くんを対象に、傑くんが自主的にやっていたことだけど、これはいい商売になるかもしれない。
他人に"これ"を強制させて、"それ"に成り得たならば、それは現人神と呼べる存在に数えられるのではなかろうか。
神に成り得たならば、神であるならば、月へ行くことが出来るようになるのではないだろうか。
信者。
私が神になるために必要な存在。
私が月へ行くためのエネルギー。
信者という名のエネルギーが貯まれば、もしかしたら、月に………。
気付いた可能性に、口の端からは「ハハッ」と笑い声が溢れ落ちた。
そうか、そうか、これは…帰ったら我が優秀な弟殿に物凄く感謝をしなければな。
キスの一つでもお礼にしてやらねば。
君が居なければ、君が私を崇めていなければ、この可能性には気付けなかっただろう。
ああ、素晴らしい日だな。人生における目標が出来てしまった。
まだまだ捨てたものじゃないな、他人というやつも。
今日を人であることを捨て、神であることを目指すための第一歩の日としよう。
手始めに、この哀れで痛々しい他人を救ってみせようではないか。
「ねえ、甚爾さん」
未だ不機嫌な圧を向けてくる背後に佇む友人に声を掛け、振り返って微笑む。
泰然と、悠然と、優雅に優美に、穏やかに、不純無く。
超然的笑みを保って口を開く。
「朗報だ、月に行ける方法が思い付いたよ」
「は?」
「呪いって素晴らしいね」
感情が呪いを生み出すということは、感情はエネルギー利用出来る価値があるということだ。
例えそれが一般人には感知出来ず、理解も出来ない理論だったとしても、私は呪いの専門家、呪術師だ。呪術師であるから分かる、出来る。
信仰、その信仰の裏に存在するあらゆる負の感情、救いを欲する渇望、慰めを欲する所望。
愛欲、楽欲、我欲、色欲、渇欲、邪欲、獣欲……あらゆる欲望を飲み込み、エネルギーとして使い果たして、月へ行ってやろうではないか。
なあ、友よ。
「勿論、君も来るだろう?」
一度瞳を閉じて、瞼の裏に故郷の光を思い浮かべる。
果て遠き夢の故郷、神秘の月の色が瞳に浮かぶ。
そして、鼻歌交じりに術式を発動させる。
体内にある私の本体がE=mc2の計算を始める。
エネルギーが質量に変わることをあらわすこの計算式は実に便利だ。
この式を日常的に起きていることで説明するならば、お湯に熱エネルギーを加えた場合、質量が増えるだろう。この質量の増加こそが「エネルギーが質量に変換された」という結果だ。
この式を使い、救済を行う。
使われるエネルギーはなんでも良い、だが救済であるならば、やはり信仰だろうか。
立ち上がり、男を見下ろしながら私は言う。
「祈れ」
祈れ、求めよ、さすれば与えられん。
相対万有理論術、展開開始。
「月狂条例、第十一条、信仰告白」
夕日の向こうに月が登る。
風も無いのにフワリと浮いた髪が揺れた。
私はこの日、神としての責務を全うした。