弟によって神格化されそうになっているのだが…
「社会見学?」
「ああ、着いて来るか?」
「んー…」
昼食に作ったあんかけ焼きそばは中々うまくいった。
白菜が売っていなかったのでキャベツで代用したが、これはこれで美味い。カラシを溶かした酢をかけて食べれば、スルスルと飲むように胃へ入っていった。
片付けをしながら、ついでに簡単に作った人参のナムルやきんぴらゴボウをタッパに仕舞ってガラガラの冷蔵庫に突っ込んでおく。
ナスの南蛮漬けとピーマンの焼き浸しも作っておこうと、包丁を持ち直した時、甚爾さんから「社会見学」の提案を頂いた。
なんでも、私の交友関係があまりに狭すぎるからと、甚爾さんの知り合いを紹介してくれるとか。
まあ、確かに交友関係は狭い。狭いというかほぼ無い、一応私が勝手に友達だと認識している猫やタヌキはいるが、あれらは人間じゃないからな…人間の友人、甚爾さんしか居ない。
台所に立つ私の足元に座り、持って来てあげた間違い探し絵本を読む恵くんを見下ろす。
「恵くん、デザートたべる?」
「…たべる」
「何処でたべる?」
「…ここ」
冷蔵庫から取り出した三連パックのプリンのうち、一つをスプーンと一緒に差し出す。
蓋と格闘する恵くんの元にしゃがみ、ペリペリと蓋を取ってやれば、彼は聞き取れないくらい小さな声でポジョポショ何かを言った。
多分、お礼の類だろう、そういうことにしておこう。
立ち上がり、包丁を持って野菜の皮を剥きながら考える。
恐らくだが、甚爾さんの職業は呪詛師だ。
私とて、ただボンヤリと弟任せに生きているわけでは無い、色々調べたり学んだりして、人間としての自分の価値観を手に入れている最中だ。
そんな中で最近調べて行き着いた情報、「術師殺し」の異名を持つ呪詛師の存在。
呪術師と敵対する立場にあり、今まで何人もの呪術師を殺してきたのだとか。
思い返せば、私と出会った時もあれ、人殺しに来てたのかも……へぇ…ふぅん……まあ、とりあえずいっか。
剥き終わった野菜をトントンと切ってはザルにまとめたり何だりしながら調理を続ける。
フライパンを取り出し、油を敷いて火を点けた。
ナスを焼く時は油は多めに…そしてアク抜きをした後は水分を良く取ること……だったように記録している。
で、だ………呪詛師である甚爾さんの知り合いってことは、アンダーグラウンドな方面の方ってことではなかろうか。
どんな奴が現れようが結局人見知りはするのだから諦めるとして、出来るならばこちらにメリットがある人間と関わりたい。
私はこのまま行けば確実に馬車馬のように労働を強いられる呪術師になってしまう。そんなの嫌だ。もっと自由に、楽しく、穏やかに生きたい。
ぶっちゃけて言うと、独立したい。
そういう方面に詳しい人だと助かるんだが…どんな奴が現れるやら……。
「気がおも……」
「……ん?」
「なんでもないよ、プリン美味しい?」
「うん」
そりゃ何よりだ。
一先ず、誘われたのだから社会見学に行ってみるか。
___
社会見学当日。
傑くんには事前に「友達と会ってくる、夕方には帰る」と言っておいた。彼はニコッと笑いながら「門限は16時だからね」と言った。
「早すぎるんじゃ…」
「ん?」
「せめて、18時…」
「過ぎたらもう遅い時間に外に出さない、覚えておいて」
私知ってる、こういうのを束縛型ヤンデレって言うんでしょ、傑くんは流行の最先端を行っているんだなあ…。
まあ別に、私も初対面の呪詛師界隈の人間と長時間一緒に居るつもりは無い。顔合わせをしたらさっさと帰る予定だ、途中で河川敷にでも寄りつつだが。
そんなこんなで無事高専を出発し、甚爾さんと合流後連れて来られたのは大きな公園だった。
なんで公園?と思えば、私のためらしい。
「お前はこういうとこの方が良いんだろ」
「………友情を感じる…」
友達とは本当に良いものだな、他者を思いやる温かさ…これこそ友情に必要不可欠なもの…良かった、毎月金払っといて。
「で、会わせたい奴とは」
「あそこで座ってる奴」
「…………ヒゲ」
「今から人見知りすんな」
いやだって、だってヒゲ、髭、生えてる。
黒いスラックスに黒いネクタイ、如何にも過ぎる、もっと周りに馴染まなくていいのか。
え……私、今からあの人紹介されるの?なんで?罰ゲーム?私なんか悪いことした?
脳内のスーパー傑くんデビルが「私が任務に行っている間に男と遊んだ罰だよ」と囁いてきた。
違うんだ、スーパー傑くんデビルよ。姉は遊んでいるのではない、人生を開拓しているだけだ。より生きやすくなれば、君ともっと楽しく一緒に居られるようになるかもしれなくて…。
しかし脳内で笑うスーパー傑くんデビルは、「私が居ればいいだろう」「私以外の頭を撫でただろう」「作りたてのご飯まで食べさせて…」とチクチク罪悪感目掛けて攻撃してくる。
「ウッ………傑くんごめんね…」
「お前、頭大丈夫か?」
「スーパー傑くんデビルが…」
「は?」
立ち止まって頭を抱えていた私であったが、唐突に新たな声が聞こえてきた。
「よう、このお嬢ちゃんが例の?」
「ああ」
近くから聞こえた声にハッとし、顔を挙げれば、思ったよりもずっと近い位置に人が居てビックリし、私は垂直に真上に飛んだ。
そのままヒュンッと風を斬るように素早く動いて甚爾さんの後ろに回り込んで隠れる。
背中にひっつき、携帯のマナーモードのようにブルブルと震えた。
「悪い、怖がらせたか?」
「いつもの事だ、なあ?」
「ピピィッ」
「今のはなんて?」
「ただの威嚇音だ」
適当なこと言うな!今のはあれだ…なんだ……自分でもよく分からん…。
とにかく、良いから私に気安い感じで話し掛けるな。もっとこう………しゃがんで、手招きしながら…チッチッチッチッチッって言ったりするレベルからはじめて欲しい。
じゃないと怖い、無理、人間よくわかんない。
甚爾さんにより、強制的に背中から引っ剥がされて、肩を掴まれグイッと男の前に突き出される。
「コイツは仲介業者の奴、ほら挨拶くらいしとけ」
「コ、コニチワ……」
「ああ、よろしくな」
スッと相手が右手を差し出してくる。
これは……えっと…………なに……???
じゅ、術式を発動させようとしているのだろうか?それとも他に何か……あ、なるほど、そういうことか!
私は肩から下げていた鞄の中から財布を取り出し、数万円を差し出した。
「いま、手持ちが…コレシカ……」
「…………おい、この絵面ヤバくないか」
「アウトだろうな、ほら金仕舞え、早く」
「え」
え、え……なんで?何か間違えた?
オロオロとしながらも、言われた通りにお札を仕舞う。
頭上からは珍しく溜息が聞こえ、思わず振り返って見上げてしまう。
そんな……だって友達って、こういう感じじゃ……。
「コイツは孔時雨、そんで今のは握手だアホタヌキ」
「あ、あほたぬき……」
アホなタヌキは可愛いと思うのだが…。
だが、そうか…そういえばあったな、握手とか言うよくわからん謎の儀式。
雑菌だらけの手同士を握り合わせるアレだよね、知ってるよ、一応。やったこと無いけど。
…………なんで握手やらされそうになったんだ?
よく分からないなぁ…人間の生態と文化は。
「それで、あの…なんで仲介の方が…?」
疑問を尋ねれば、まあ歩きながら話そうと提案されたので、公園を適当に歩き始めた。
夏だから緑が濃い、あの木陰に咲くのはなんだろう?アメリカオニアザミかな?あっちの小道にはエネコログサが生えている。欲しい、摘みたい。
「ネコジャラシあった、採ってきていい?」
「すぐ戻って来いよ」
「うん」
わーい、お許しが出たぞ。
カバンの紐を押さえながらパタパタと走り、小道に降りてネコジャラシを一本摘む。ふっくら、ふかふか、丸いシルエットが可愛らしい。
鼻と目の間らへんでフワフワと振りながら戻れば、孔さんとやらにジッと見られた。
ま、まさかコイツ…このネコジャラシを…!?
「あ、あげない!」
「ああ、いやそうじゃ無くてな」
「あっちにあるから、自分で採って来て」
「あー……これは…なるほどな…」
このふっくらネコジャラシは私のだから駄目だ、誰にもやらん。一番良いのを選んできたんだから。
ネコジャラシを守るように身体を丸めれば、孔さんは「悪かったな」と言って私の頭に手を伸ばし、一度簡単に撫でてから、曖昧な笑みを浮かべ聞いてきた。
「で…お嬢ちゃんは、この男が普段何やってるかしってるか?」
何をやっているか。
私が知っている普段の甚爾さんの生態は、競馬をやったり女の人の家に行ったりしているくらいだ。
ただ、この人が聞きたいのはそういうことでは無いのだろう。
普段、何をして金を得ているか。恐らくこれについてだろう。
勿論そんなことは知っている、人を殺しているのだ。
人を殺した金で飯を食っている。
人を殺した金で競馬をしている。
誰かが生きるはずだった明日を消して、生きている。惰性で息をしている。
少なくとも、私はこの友人に対してそう解釈している。
だから私はこう答える。
「知ってるよ、術師殺しでしょ?」
首を傾げ、無言で「だから?」と尋ねるような雰囲気を出す。
「お嬢ちゃんは呪術師だろ?」
「うん」
「殺されるとは?」
「思わない」
ジッと、孔さんよりも後ろから私の様子を伺う甚爾さんと視線が合った。
視線を甚爾さんから外し、公園の風景を眺める。
今度は恵くんを連れて来よう、フリスビーやボール、それからお弁当を持って。
甚爾さんは私を殺さないだろう。
いや、正確には"殺せない"はずだ。
「えらく自信があるようだが、その根拠は?」
「私のほうが強いから」
「それは流石に無いだろ」
ハハッと、孔さんは小さく笑ってから、自分を見上げていた私を追い抜いて先を歩いて行く。
甚爾さんも鼻で笑って、私より先を歩いて行ってしまう。
私はその場に立ち止まり、パチクリパチクリと瞬きを繰り返した。
あれ…………この感じ、もしや、これは………馬鹿に…されているのでは……。
もしかして私、人間より格下に思われてる?なんで?
一応、宇宙空間での月日を換算すれば、10億年くらいは生存を続けている生命体なんですが……。
過酷な環境下でも生き残れる、人間よりもずっと逞しい生き物なんですが…。
貴方達よりずっと、安定した精神構造を持ち、あらゆる事柄に対して様々な手段を持ち得ているんですが…。
引力と重力を操作して、本体である小惑星を地球にぶつけることも本気出せば可能なんですが。
でも…まあ、いっか。
人間って目に見えていることでしか判断出来ないし。
仕方無い、仕方無い。
今回は多目に見てやろう。
私、人間に友好的な月の者なので。
「ああ、着いて来るか?」
「んー…」
昼食に作ったあんかけ焼きそばは中々うまくいった。
白菜が売っていなかったのでキャベツで代用したが、これはこれで美味い。カラシを溶かした酢をかけて食べれば、スルスルと飲むように胃へ入っていった。
片付けをしながら、ついでに簡単に作った人参のナムルやきんぴらゴボウをタッパに仕舞ってガラガラの冷蔵庫に突っ込んでおく。
ナスの南蛮漬けとピーマンの焼き浸しも作っておこうと、包丁を持ち直した時、甚爾さんから「社会見学」の提案を頂いた。
なんでも、私の交友関係があまりに狭すぎるからと、甚爾さんの知り合いを紹介してくれるとか。
まあ、確かに交友関係は狭い。狭いというかほぼ無い、一応私が勝手に友達だと認識している猫やタヌキはいるが、あれらは人間じゃないからな…人間の友人、甚爾さんしか居ない。
台所に立つ私の足元に座り、持って来てあげた間違い探し絵本を読む恵くんを見下ろす。
「恵くん、デザートたべる?」
「…たべる」
「何処でたべる?」
「…ここ」
冷蔵庫から取り出した三連パックのプリンのうち、一つをスプーンと一緒に差し出す。
蓋と格闘する恵くんの元にしゃがみ、ペリペリと蓋を取ってやれば、彼は聞き取れないくらい小さな声でポジョポショ何かを言った。
多分、お礼の類だろう、そういうことにしておこう。
立ち上がり、包丁を持って野菜の皮を剥きながら考える。
恐らくだが、甚爾さんの職業は呪詛師だ。
私とて、ただボンヤリと弟任せに生きているわけでは無い、色々調べたり学んだりして、人間としての自分の価値観を手に入れている最中だ。
そんな中で最近調べて行き着いた情報、「術師殺し」の異名を持つ呪詛師の存在。
呪術師と敵対する立場にあり、今まで何人もの呪術師を殺してきたのだとか。
思い返せば、私と出会った時もあれ、人殺しに来てたのかも……へぇ…ふぅん……まあ、とりあえずいっか。
剥き終わった野菜をトントンと切ってはザルにまとめたり何だりしながら調理を続ける。
フライパンを取り出し、油を敷いて火を点けた。
ナスを焼く時は油は多めに…そしてアク抜きをした後は水分を良く取ること……だったように記録している。
で、だ………呪詛師である甚爾さんの知り合いってことは、アンダーグラウンドな方面の方ってことではなかろうか。
どんな奴が現れようが結局人見知りはするのだから諦めるとして、出来るならばこちらにメリットがある人間と関わりたい。
私はこのまま行けば確実に馬車馬のように労働を強いられる呪術師になってしまう。そんなの嫌だ。もっと自由に、楽しく、穏やかに生きたい。
ぶっちゃけて言うと、独立したい。
そういう方面に詳しい人だと助かるんだが…どんな奴が現れるやら……。
「気がおも……」
「……ん?」
「なんでもないよ、プリン美味しい?」
「うん」
そりゃ何よりだ。
一先ず、誘われたのだから社会見学に行ってみるか。
___
社会見学当日。
傑くんには事前に「友達と会ってくる、夕方には帰る」と言っておいた。彼はニコッと笑いながら「門限は16時だからね」と言った。
「早すぎるんじゃ…」
「ん?」
「せめて、18時…」
「過ぎたらもう遅い時間に外に出さない、覚えておいて」
私知ってる、こういうのを束縛型ヤンデレって言うんでしょ、傑くんは流行の最先端を行っているんだなあ…。
まあ別に、私も初対面の呪詛師界隈の人間と長時間一緒に居るつもりは無い。顔合わせをしたらさっさと帰る予定だ、途中で河川敷にでも寄りつつだが。
そんなこんなで無事高専を出発し、甚爾さんと合流後連れて来られたのは大きな公園だった。
なんで公園?と思えば、私のためらしい。
「お前はこういうとこの方が良いんだろ」
「………友情を感じる…」
友達とは本当に良いものだな、他者を思いやる温かさ…これこそ友情に必要不可欠なもの…良かった、毎月金払っといて。
「で、会わせたい奴とは」
「あそこで座ってる奴」
「…………ヒゲ」
「今から人見知りすんな」
いやだって、だってヒゲ、髭、生えてる。
黒いスラックスに黒いネクタイ、如何にも過ぎる、もっと周りに馴染まなくていいのか。
え……私、今からあの人紹介されるの?なんで?罰ゲーム?私なんか悪いことした?
脳内のスーパー傑くんデビルが「私が任務に行っている間に男と遊んだ罰だよ」と囁いてきた。
違うんだ、スーパー傑くんデビルよ。姉は遊んでいるのではない、人生を開拓しているだけだ。より生きやすくなれば、君ともっと楽しく一緒に居られるようになるかもしれなくて…。
しかし脳内で笑うスーパー傑くんデビルは、「私が居ればいいだろう」「私以外の頭を撫でただろう」「作りたてのご飯まで食べさせて…」とチクチク罪悪感目掛けて攻撃してくる。
「ウッ………傑くんごめんね…」
「お前、頭大丈夫か?」
「スーパー傑くんデビルが…」
「は?」
立ち止まって頭を抱えていた私であったが、唐突に新たな声が聞こえてきた。
「よう、このお嬢ちゃんが例の?」
「ああ」
近くから聞こえた声にハッとし、顔を挙げれば、思ったよりもずっと近い位置に人が居てビックリし、私は垂直に真上に飛んだ。
そのままヒュンッと風を斬るように素早く動いて甚爾さんの後ろに回り込んで隠れる。
背中にひっつき、携帯のマナーモードのようにブルブルと震えた。
「悪い、怖がらせたか?」
「いつもの事だ、なあ?」
「ピピィッ」
「今のはなんて?」
「ただの威嚇音だ」
適当なこと言うな!今のはあれだ…なんだ……自分でもよく分からん…。
とにかく、良いから私に気安い感じで話し掛けるな。もっとこう………しゃがんで、手招きしながら…チッチッチッチッチッって言ったりするレベルからはじめて欲しい。
じゃないと怖い、無理、人間よくわかんない。
甚爾さんにより、強制的に背中から引っ剥がされて、肩を掴まれグイッと男の前に突き出される。
「コイツは仲介業者の奴、ほら挨拶くらいしとけ」
「コ、コニチワ……」
「ああ、よろしくな」
スッと相手が右手を差し出してくる。
これは……えっと…………なに……???
じゅ、術式を発動させようとしているのだろうか?それとも他に何か……あ、なるほど、そういうことか!
私は肩から下げていた鞄の中から財布を取り出し、数万円を差し出した。
「いま、手持ちが…コレシカ……」
「…………おい、この絵面ヤバくないか」
「アウトだろうな、ほら金仕舞え、早く」
「え」
え、え……なんで?何か間違えた?
オロオロとしながらも、言われた通りにお札を仕舞う。
頭上からは珍しく溜息が聞こえ、思わず振り返って見上げてしまう。
そんな……だって友達って、こういう感じじゃ……。
「コイツは孔時雨、そんで今のは握手だアホタヌキ」
「あ、あほたぬき……」
アホなタヌキは可愛いと思うのだが…。
だが、そうか…そういえばあったな、握手とか言うよくわからん謎の儀式。
雑菌だらけの手同士を握り合わせるアレだよね、知ってるよ、一応。やったこと無いけど。
…………なんで握手やらされそうになったんだ?
よく分からないなぁ…人間の生態と文化は。
「それで、あの…なんで仲介の方が…?」
疑問を尋ねれば、まあ歩きながら話そうと提案されたので、公園を適当に歩き始めた。
夏だから緑が濃い、あの木陰に咲くのはなんだろう?アメリカオニアザミかな?あっちの小道にはエネコログサが生えている。欲しい、摘みたい。
「ネコジャラシあった、採ってきていい?」
「すぐ戻って来いよ」
「うん」
わーい、お許しが出たぞ。
カバンの紐を押さえながらパタパタと走り、小道に降りてネコジャラシを一本摘む。ふっくら、ふかふか、丸いシルエットが可愛らしい。
鼻と目の間らへんでフワフワと振りながら戻れば、孔さんとやらにジッと見られた。
ま、まさかコイツ…このネコジャラシを…!?
「あ、あげない!」
「ああ、いやそうじゃ無くてな」
「あっちにあるから、自分で採って来て」
「あー……これは…なるほどな…」
このふっくらネコジャラシは私のだから駄目だ、誰にもやらん。一番良いのを選んできたんだから。
ネコジャラシを守るように身体を丸めれば、孔さんは「悪かったな」と言って私の頭に手を伸ばし、一度簡単に撫でてから、曖昧な笑みを浮かべ聞いてきた。
「で…お嬢ちゃんは、この男が普段何やってるかしってるか?」
何をやっているか。
私が知っている普段の甚爾さんの生態は、競馬をやったり女の人の家に行ったりしているくらいだ。
ただ、この人が聞きたいのはそういうことでは無いのだろう。
普段、何をして金を得ているか。恐らくこれについてだろう。
勿論そんなことは知っている、人を殺しているのだ。
人を殺した金で飯を食っている。
人を殺した金で競馬をしている。
誰かが生きるはずだった明日を消して、生きている。惰性で息をしている。
少なくとも、私はこの友人に対してそう解釈している。
だから私はこう答える。
「知ってるよ、術師殺しでしょ?」
首を傾げ、無言で「だから?」と尋ねるような雰囲気を出す。
「お嬢ちゃんは呪術師だろ?」
「うん」
「殺されるとは?」
「思わない」
ジッと、孔さんよりも後ろから私の様子を伺う甚爾さんと視線が合った。
視線を甚爾さんから外し、公園の風景を眺める。
今度は恵くんを連れて来よう、フリスビーやボール、それからお弁当を持って。
甚爾さんは私を殺さないだろう。
いや、正確には"殺せない"はずだ。
「えらく自信があるようだが、その根拠は?」
「私のほうが強いから」
「それは流石に無いだろ」
ハハッと、孔さんは小さく笑ってから、自分を見上げていた私を追い抜いて先を歩いて行く。
甚爾さんも鼻で笑って、私より先を歩いて行ってしまう。
私はその場に立ち止まり、パチクリパチクリと瞬きを繰り返した。
あれ…………この感じ、もしや、これは………馬鹿に…されているのでは……。
もしかして私、人間より格下に思われてる?なんで?
一応、宇宙空間での月日を換算すれば、10億年くらいは生存を続けている生命体なんですが……。
過酷な環境下でも生き残れる、人間よりもずっと逞しい生き物なんですが…。
貴方達よりずっと、安定した精神構造を持ち、あらゆる事柄に対して様々な手段を持ち得ているんですが…。
引力と重力を操作して、本体である小惑星を地球にぶつけることも本気出せば可能なんですが。
でも…まあ、いっか。
人間って目に見えていることでしか判断出来ないし。
仕方無い、仕方無い。
今回は多目に見てやろう。
私、人間に友好的な月の者なので。