このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

弟によって神格化されそうになっているのだが…

任務からの帰宅後、部屋に戻りやる事をやってシャワーを浴びて、着替えを終えてから手土産片手に姉さんの部屋へと向かった。

ノックをしながら声を掛ければ、「開いてるよ」聞こえたので、ドアを開いて入室した。

「ただいま、姉さん」
「おかえりなさい」
「今日はどうだった?」
「んー……」

机の上にスケッチブックを広げ、手にはシャープペンシルを持つ姉さんの隣に腰を下ろす。
すぐ隣にある愛しい姉の温もりを感じ取り、疲れた身体に癒やしが染み渡った。マイナスイオン……いや、ネエサンイオンが出ている、分かる、これは絶対健康に良い。きっと次世代エネルギーにもなる。

手土産、もとい夜食に持参したコンビニで買った品を机に置く。
焼きそばパン、おにぎり、サンドイッチ………。

「今日もお腹減ってるんだね」
「…任務の後だからね」
「ちょっと待ってなさい」

そう言って姉さんが立ち上がる。
離れていく体温に少しの寂しさを覚えながら目線で姿を追えば、備え付けの冷蔵庫の元へ行き、冷蔵庫を漁りはじめた。

「炭水化物ばかりは良くないよ」

冷蔵庫の扉がパタンと閉まり、立ち上がって私の横に戻って来た姉さんは、タッパの蓋を開いて見せた。

「鶏肉とかキノコとかジャガイモとかをトマトで煮込んだやつだよ、冷たくても美味しいからお食べ」
「…姉さん………」

タッパを机に置くと、姉さんはスケッチブックを閉じてシャープペンシルを筆箱に仕舞い始めた。
そのまま近くにあったリュックサックを掴んで中に仕舞っていく。
私はその姿を見つめながら、脳内で「今のは大体結婚4年目くらいの感じだったな…」と解釈をしていた。

割り箸を手に取り、早速姉さんの出してくれた料理に手を付ける。

感謝をしながらまずは一口…………。

トマトの酸味とコンソメの風味豊かな味わいが心地良く染みた鶏胸肉はシットリとし、さっぱりとしていながら深みのある味わいだ。
共に煮込まれている玉ねぎやジャガイモにも箸を伸ばせば、こちらも煮崩れせず丁寧に煮込まれており、栄誉と愛情が身体中へ行き渡っていくのが分かった。
口の中いっぱいに広がる幸せとトマトと肉の旨味に夢中になる。

「余り物だから、全部食べていいよ」
「おいひぃ…」

美味しい、そして姉さんが優しい。どうしよう、ちょっと泣きそうかもしれない。

夏は毎年呪いが多くなる季節だそうだ。
だからだろう、ここ最近はずっと出突っ張りが続いている。
去年よりも姉さんと居る時間は減った気がして、私はそれが悲しかった。

だって私が姉さんと一緒の時間を居られないということは、その間姉さんが他の奴等から色目を使われたりしているかもしれないということに他ならないからだ…。
私の、私の姉さん…私の物を……血の繫がりもない奴がもしかしたら、話し掛けたり、同じ空気を吸ったり…姉さんの匂いを至近距離で感じたり、もしかしたらラッキーなんたらとかが起きていたら…。
許せない、そんなことは断じて許さない。許してなるものか。

姉さんは私の側で私に管理されている時が一番平和で幸せなんだ。それが覆ることなどあってはならな…

ベキッ

「あ」
「おぉ…」

力んでしまったらしく、割り箸が横真っ二つに割れてしまった。

「箸持ってくる」
「すまない…次から気をつけるよ…」
「次から…ああ、そういえば」

箸を取りに再度立ち上がった姉さんが、歩きながら喋る。

「今日、君の後輩の…冷たいのと温かいやつの二人とね、昼食を取ったんだ」
「…七海と灰原と…?姉さんが?」
「うん、ほっぺを触られたよ」
「は?」

箸を取って振り返った姉さんは、「この辺だったかな?」と、口の横をトントンっと指で叩いた。

それは………頬ではなく、口角ではないだろうか。
いやまず、何故そんな状況に?というかどっちだ、どっちが姉さんに触れた?
待て、落ち着け、しっかりしろ私、正気を保て。あの二人が姉さんに色目を使うようなことは無いはずだ、でも…もし、万が一………。

「…姉さん」
「ご飯粒取ってくれただけだよ」
「なんだ、そういうことか」
「取ってくれたご飯粒と一緒に指食べたら注意された」
「万死」

極刑。
重罪。
凶状。

怒りの日、来たれり。

己が犯した罪の数を数え、跪き、頭を垂れて悔い改めろ。
嘆き悲しみ赦しを請え……罪の意識から目を背けるな……神の…私の神の内側に侵入するなど……断じて許せない。許してはいけない、例え事故だとしてもだ。

表情はとうに失せ、据わった瞳で虚空を見つめる。
口の端からは震えた息が漏れ出て、開いていた手の指をボキボキと鳴らす。
額には血管がビキリッと浮き上がり、心が重く、深く、黒く塗りつぶされていく。

七海か…灰原か……どちらだ、私の姉さんに私の許可無く触れて…あまつさえ指を口内に侵入させた愚かな人間は…。

明日の朝日が昇る前に後悔させてやらねばならない。
先輩として、弟として、信者として、教えてやらねば。報復というものがこの世にあることを。

「どっちの、どっちの指を食べてしまったか聞いてもいいかな」
「でも私悪くないよ」
「質問にこたえ、」
「だって普段傑くんが指ごと食べさせてくるから、それのせいだもん」

…………………………身に覚えがあり過ぎる。

「あーんてしたら指突っ込んでくるんだもん、習慣付いちゃっただけだよ、私悪くない」
「そう、だね…………」

そういえばそうだった。
改めて言われてみたら、私の教育のせいだったかもしれない。

深呼吸をしてから記憶を呼び起こす。

最初にこの刷り込みを始めたのはいつだったか……始まりはそう、小学生の時だ。
確かあの時、姉さんが先に「傑くん、あーんだよ」ってチョコを差し出して来て…それを真似て、私も姉さんに同じようにやったのだ。

「ねえさん、あーん」
「あ」

パカリと開かれた口の中にソロソロとチョコを置いた瞬間、パクっと指ごと食べられた。
驚いて慌てて引き抜くと、姉さんも驚いた表情をしていたのを覚えている。
指先についた唾液と、口内の温かさ。歯の当たった時の感覚、唇の柔らかさ。幼い私を目覚めさせたその事件以降、私はわざと姉さんが指ごと食べてしまうように誘導した。
ある時は口の中で物を離すタイミングを遅らせ、またある時は「味見する?」と指先にクリームを乗せて差し出してみたり…そうこうしている内に調教…いや、教育の施された姉さんは、何の疑いも無く私の指先を口内に侵入させることを許すようになった。

だが、そうか…姉さんからしてみれば、私の指だけでなく、誰の指であろうと食べて良いという認識になってしまっているのか。これは不味い、訂正しておかなければ。

「姉さん、私以外の指は食べたらいけないよ」
「それ灰原くんにも言われた」
「え?灰原に?」
「人の指食べたら駄目だって…」

反省の色を見せる姉さんは、ショボンと肩を落としながら言った。

「傑くん、今まで指食べてごめんね…もうしないよ……」
「いや、ちょ…ちが、」
「七海くんからも次から気を付けるように言われてね、反省したんだ」
「は、反省…」

反省なんてしないでくれ!!!

いや、仮に反省したとしても、それは七海だか灰原だかの指を食べてしまったことに対して反省するに留めて欲しい。私の指は今後もパクっとして欲しい。全然悪いことじゃないんだ、私の指を食べることは。ただその、私以外の指…いや、何であろうと食べるのは良しとしないだけであって…。

隣に座る姉さんは、明らかに「失敗してしまった…」と落ち込んでいた。
眉をへにゃりと垂れさせ、瞳には後悔の念が浮かんでいる。落ちた肩から漂う哀愁が何とも言えず、私は思わずその身体を抱き寄せた。

姉さん、私の姉さん。
きっと人間関係を広げることを自分から頑張ろうとしたのだろう、けれど失敗してしまった。可哀想に、私が慰めてあげるからね。

細い身体を腕の中に囲い込み、よしよしと頭を撫でる。

「姉さんは悪くないよ、だって法律に指を食べたらいけない…なんて書いて無いだろう?」
「準強制わいせつ罪に該当するかもしれない」
「え、そうなんだ…」
「社会通念上も良くない…」

あと迷惑防止条例にも…云々……。

多分、反省して色々調べたのだろう姉さんが条例や法律についてツラツラと説明して見せた。

これは本格的にマズイ、法律を建前に出されたら何も出来なくなってしまう。愛の力で無理矢理乗り越える他ない。
何か、何か言いくるめられる理由は…。
あ、そうだ。姉さんは月の民だった、これだ!

「でもそれは地球のルールだろう?月の民である姉さんが気にすることじゃないんじゃないか?」
「………でもここ地球だよ」
「気にしなくていいよ、姉さんは姉さんのルールを貫けば良い」
「なる、ほど……?」

よし、これは何とかなったんじゃないだろうか。
危なかったな、もう少しで私が長い月日をかけて仕込んで来たことが片っ端から「これ法違反だよ」などと言われることになるところだった。

「深く気にする必要なんて無い、ただ…何をするにしても、私への連絡は忘れないように」

私の言葉に無言で頷いた姉さんは、私が買ってきたチョコレートの箱を手に取り開封する。
中を見て、自分の腹を擦り、そして箱を閉じた。
どうやら今は胃に隙間が無いらしい、ちゃんと夕御飯を食べていたようで良かった。

膝を立てて座り直した姉さんにじゃれつくように、パンを食べながら身体を傾け体重を少し掛ける。身体を斜めにした姉さんは、無言で私の頭に手を伸ばして撫でてくれた。
細く、しなやかな指先が髪をゆるゆると梳いていく。
姉さんの頭に自分の頭を寄せれば、互いの黒髪が混じり合う。
同じ色の髪がサラリと流れ、蛍光灯の光に照らされた。

明日も明後日もその先も、ずっとずっとこうしていたい。
余計なものなど間に挟まらぬよう、距離を限りなくゼロにして寄り添い合って生きていくのだ。

そのために必要なもの全て用意し、不必要なものは全部始末する。

私こそが、姉さんの世界の根底であることこそが、大切なんだ。
4/11ページ
スキ