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夏油傑による姉神信仰について

姉は人間として生きるのが下手くそな人だ。

どういうことかと言えば、例えば愛想笑いなどの処世術から始まり、他人に気を使うことが昔から苦手なようだ。
いや、正しくは苦手というよりも、分かっていてやろうとしない所がある。
大勢が居る所や、慣れない相手との会話も嫌っている。
破天荒に見えて内気で、思考回路が複雑で、フワフワとした雰囲気のする人なのだ。
だから、よく人間関係で苦労している。

そんな姉だが、私の親友である悟とは結構仲良くやれているらしい。

彼と姉の相性は妙な関係をしている、悟は私の姉のことをタヌキ等の普段交流する機会の無い物珍しい動物か何かだと思っており、度々ちょっかいを掛けに行っている。
この前はネコジャラシを持って姉の顔の前でフワフワ振っていた。姉はニコニコと喜んでいた、攫いたくなるくらい可愛かった。

そんな悟に対して姉は興味が向けば構うし、逆に姉の方から悟を引き連れて何処かへ向かう姿も時たま見られた。

二人が普段何をしているかと言えば、所謂「探検ごっこ」というやつだ。

高専のまわりは自然豊かな土地ばかりであり、姉は度々山の中に探検に行っているらしく、その探検中に見つけた物を私にも頻繁に教えてくれるのだが、悟に教えると大体「俺も行く!」と言い出す結果となる。
多分、この二人は精神年齢が低い部分が同じくらいある。
で、その同じ部分が妙に噛み合ってしまうらしい。
授業をサボって裏山に行っては泥や草に塗れて帰って来る。この前はどういった経緯かは不明だが、二人揃って水浸しになって帰って来た時もあった。

ということで本日も悟と姉さんは仲良く探検に行くらしい、何でもカッパを見つけに行くとか。
普段散々似たような物と戦っているだろ、何で今になってカッパなんだ、あと私も誘え。

「カッパはロマンだよ傑くん」
「姉さんがそう言うならそうなんだろうね、でも私を誘わない理由にはなっていないよね」
「私は別に一人でも良かったんだよ」
「は?俺も行くけど」

姉さんと私の会話に入ってくるな。
その思いを込めて悟を睨み付ければ、中指を立てながら鼻で笑ってきた。コイツ…よくも姉さんの前で下品な真似を…。
足を伸ばして悟の足を蹴れば、同じように蹴り返してくるので、私は更に蹴り返す。
暫くバタバタと蹴り合いをしていれば、姉さんが「カッパはさ」と宙を見ながら徐に話はじめる。

「キュウリが好きらしいから、昨日のうちにキュウリを仕掛けておいたのよ」
「姉さんが仕掛けたキュウリ?私も欲しいんだけど、何処にあるのかな?案内してくれる?」
「えっとねぇ」

よし、この流れならば私が着いて行っても問題無さそうだ。
悟は相変わらずに「すげぇキモい」等と言ってくるが無視することにした。
そもそもの話、何故姉さんがわざわざ用意したキュウリをカッパなんぞに渡さなければならないのかって話だ、私が欲しい、言ってくれれば罠のふたつやひとつ、皿を頭に乗せて甲羅を背負った姿になって幾らだって掛かるのに。

居るかどうかも分からないカッパ相手に嫉妬を募らせていれば、私が買ってあげたオレンジジュースを飲み干した姉さんが席から立ち上がった。
無言で手を差し出せば、飲み干してカラになったペットボトルを渡されるので受け取る。
小さなリュックを背中に背負い、私達に背を向けた姉さんは「では行くぞ」と言って歩き出した。

「出発進行」
「なあ、カッパ捕まえたらどうすんの?食える?」
「友達にする」
「あー、お前友達居ないもんな」
「姉さんのことお前って呼ばないでくれるか?」

あと姉さんは友達が居ないんじゃなくて、私が姉さんの友達に成りたがる奴を振るいに掛けた結果どいつもこいつも相応しく無かったから追い返してるだけだ。姉さんが悪いんじゃない、悪いのは相応しくない奴等だ。

そんな私の気持ちなど知らない姉さんは、悟の言葉を「うん、居ない」とアッサリ肯定していた。

「でも別に寂しく無いけどね」
「痩せ我慢ってやつ?」
「違うよ、本当だよ」
「強がり?」
「本当。あのね、傑くんがいるから一回も寂しくなったことなんて無いの」

何てこと無い調子で、姉は突然私の心に爆撃を投下した。



………………は。

………………え、え…………え。

あの、え、姉さん?



姉は依然として先頭を歩いている。
振り返ることも無く、感情的な部分など一切見せず、軽い足取りで進んで行く。

「傑くんが居てくれたから平気だった、ずっと平気だったよ」

漆のような黒髪を左右に揺らし、細く白い脚が前へ前へと止まることを知らずに突き進む。
姉の前に私は居ない、姉の視界に私は入っていない。
いつだって、姉は私の知らない世界ばかりを見据えて生きて来た人だ。
私の知らない世界には、勿論私なんて存在しないと、そう思っていた。

だが違った。
天上を見据え、世界の神秘に着目し、既存の概念に興味を持たない姉は、しかし、私のことを彼女を構築する世界の一部であると、確かにそう捉えていたのだ。

私はてっきり、姉さんは私のことなどただのDNAが同じなだけの人間と思っているに違いないと思っていたのに。
それくらいには、姉は私の事など振り返らずに生きて来た人だったから。

でもハズレだったらしい、姉はやはり私の考えを上回るお人だ。

いや、当然か。

神ならば、広い視界を有すだろう。
神なのだから、私のことも見ていてくれたのだろう。

私がまだまだ姉さんを理解し切れて居なかっただけのことか……

「いや待ってくれ」
「なあに?」
「それならカッパなんて必要無いじゃないか、私が居れば良いだろう」

そうだろう、そうに違い無い。

新事実発覚と共に湧き上がった疑念を突きつける。

そもそもカッパなんて意味分からない物にどうして姉さんが着目しているんだ、よしてくれないだろうか、その分私を見て欲しい。

姉さんのことを理解出来るのは私だけで良いし、私が居ればそれでいいだろう。
カッパなんていらない、必要無い。姉さんには私が居ればいい。

「姉さん、カッパ探索はやめよう」
「悟くん、カッパは尻から内臓を抜き取るらしいから気を付けるんだよ」
「思ったよりヤベェ奴じゃん、それ友達になれんの?」
「さあ……」

無視しないでくれ!!!

どうしよう、姉さんに無視されてしまった。

ショックにより思わず足を止める。
その間になんと、悟はあろうことか姉の横に並び、カッパ談義をし始めた。
姉の顔が横を向き、首を反らして上に向く。
視線は悟へ、悟の視線も姉へ、二人は和やかにカッパについて話をする。

「でね、カワウソかも知れないんだって」
「じゃあ喋れないじゃん」
「でも友好的で義理堅い所があるって本にはあったよ」
「そんな奴と友達になれんの?」
「ん〜〜〜」

ユラユラと身体を揺らしながら、悩み出した姉さんは、そのまま思考の海にドブンと浸ってしまった。
こうなると、暫く会話は通じない。待つことしか我々には出来なくなる。

ああ、姉さんに無視されたまま時間が過ぎて行く。
再び歩みを再開した私は肩を落としながらも着いて行く。
何で姉さんは私以外の人間を見るのだろう、どうして私以外の生き物に着目するのだろう。
私だけを見て、私だけを照らしてくれていればそれで良いのに。

当たり前のように頭に浮かんだのは「監」と「禁」の二文字だった。

「傑の姉ちゃんさ」
「ん?」
「あれでよく一般人の中で生きてこれたな」

「監禁」の二文字に頭を悩ませていれば、唐突にそんなことを言い出した悟が横に並んで来る。

「まあ、妙な事を言う奴は私が黙らせて来たからね…」
「ヤバすぎ」

そりゃそうだろう、だって姉さんが少しでも生きやすい世界を作ることだけが、私が唯一姉さんに出来ることなのだから。
神のような人なんだ、昔から。
そんな人に貢献出来る事実が存在するだけで、私は今日も救われる。

ああ、でも前に一度だけ人が起こすような問題を起こしたことがある。

あれは確か、私が中学生になって3ヶ月くらいの時の話だ。
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