このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

夏油傑による姉神信仰について.2

任務後、悟と落ち合った私は某アイスクリームショップへと来ていた。
理由は悟だ、彼が私と落ち合ってからずっと「アイス食いたいアイス食いたい」「アイスアイスアイスアイス」「食わないと死ぬ、傑は俺が死んでもいいの?」と煩かったから一緒に行ってやることにした。

本当はさっさと帰って、連絡しても全く反応の無い姉さんの様子を早く見たかった。
だが、悟と共にアイスを買いに行くことを選んだ。
私の中の悪魔と天使がそれはもう激しく口論して、私を悩ませたのだが、最終的に頭の中にフワリと雲のように現れたマイゴッドこと私の宗教、姉さんが「行ってあげればいいじゃないの」と言ったため、私は神の意志に従うことにした。

姉さんが行ってやれと言っているんだから行くしか無い、この行動にも何かきっと意味があるのだろう。神を信じよ、いや、姉を信じよ。


なので駅の近くにあるアイスクリームショップに行ったのだが、そこで我が目を疑う光景を目撃してしまった。

ピンク色を貴重とした店内、透明のケースの前に佇む一組の男女。
見覚えのある男の横で居心地悪そうにアイスの試食を渡され受け取るのは、まさに姉そのものであった。

なんで、どうしてここに姉さんが。
いや待て、それよりなんであの男が側に居るんだ。意味が分からない、どうして私以外の男と出掛けているんだ、悪い夢なのか?
横から「傑?早く行こうぜ」と言う悟の声を無視し、自分の頬を力加減せずに引っ叩いた。

バチンッ!!!

「傑!??!?」
「痛い…………」
「当たり前だろ!何やってんのマジで、疲れてる?」

いっそ疲れから来る幻覚だったならどれだけ良かったことか。
しかし、店内に居るのは確実に現実に存在する姉の姿であった。
店員に話し掛けられ色々勧められてるのだろう、困った雰囲気を出しながら肩を縮こまらせている。可愛い、今すぐ突撃して抱き締めて安心させてあげたい。

だがしかし、その姉が頼ったのは私ではなく横の男だった。
男の袖を控えめにクイクイっと引っ張り、何とかしてくれと訴えている姿に今すぐ店ごと何もかもを破壊したい程の怒りに駆られた。
ふざけるな、姉さんに頼られて良いのは私だけだ、私以外が姉さんから頼られるな消えろ、今すぐ立ち去れ。

私のただならぬ様子に気付いたらしい悟が、私を見てから店内を見、すぐに気付く。

「あれ傑の姉ちゃんじゃね?隣の奴誰だよ、彼氏?」
「次、その冗談を言ったら私は誤って東京を滅ぼしてしまうかもしれないから、発言には注意してくれ」
「じゃあアイツ何だよ」
「悪い虫」

悪い虫、害虫。
そう、姉さんという麗しく咲き誇る花に集る害虫以外の何者でもない。
そうだ、だから、早く駆除しなければ。

「行くぞ悟」と声を掛け、修羅を背負って店の扉を開く。
チリンチリンと軽やかに鳴るベルが、試合開始のゴングを思わせた。

闘志は十分、今日こそ勝つ。

店員の「いらっしゃいませ」の挨拶が聞こえる前に、姉さんの背後を取る、が、しかし…それより先に男が振り返る方が早かった。
視線がカチ合う。

怒りの眼差しをどう受け取ったのか知らないが、興味が無さそうに隣に居る姉さんに声を掛けようとしたので、その声に被さるように私の方が先に姉さんを呼んだ。

「お「姉さん」
「ん?」

私の声に、姉さんが黒い髪を揺らしながら振り返る。
上がる目線、困り眉、狼狽えた表情…それらが顕になり、私の心を鷲掴んだ。

ギュンッッッ!!!

愛した………………。

愛しさズッキュン120%。
愛する者に正気なし、恋は盲目。
愛しさフィルター2枚増し。

理性が働かない、姉さんの可愛さが私から理性を奪ったせいだ。
正気を失い、言葉を失い、怒りを失う。

どうしよう、どうしよう…………捨てられた子犬がこっちを見ているみたいだ、こんなの誰が見たって助けたくなってしまう。これは姉さんが悪い、だってあまりに可愛すぎた、こんな可愛さの前では何人足りとも抗えない、あぁ……罪…神ですら罪を犯すのだから、私達人間が罪を犯すのは当たり前。血迷ってしまうのも無理は無い。なるほど、ならばこの男を咎めることは出来ない、仕方無いか…今回は見逃してやろう……。

「だが姉さんはゆるさな、」
「傑くんお願いがあるの」
「何でも言って姉さん、私が全て解決するからね、さあ言ってくれ、私を頼ってくれ」

あからさまにホッとした表情をし、胸を撫で下ろす仕草を見せた姉さんを前に目尻が和らぎ口角が上がってしまった。

はあ……任務終わりの姉さん、身体に効くな……何でここに姉さんが居るのかを聞かなきゃいけないのは分かっているんだが、それよりも頼られている現状を優先した。
もしかしたら、先程の脳内姉さんからのお告げは「姉さんが会いたがっている」といいう意味だったのかもしれない。
従って良かった、やはり信仰こそが唯一正しい解なのかもしれない。

「あのね…」
「うん、なんだい?」
「キャラメルのやつ食べたいんだけど、このチョコのも食べたくてね…」
「余ったら私が全部食べるから、好きなのを頼んだらいいよ」

私の言葉に「ありがとう」と礼を言った姉さんに、店員が「どれになさいますか?」と接客用の笑顔で話し掛けた。
それに対して私が注文をする。そうすれば一人勝手にアイスケースを眺めていた悟も側にやって来てついでに注文した。

姉さんはチラリと隣の男を見上げ、「甚爾さんは?」と尋ねる。
そんな奴に聞かなくていいと言いたかったが、流石に店の中だと思いグッと堪えた。

「俺はいらねぇ」
「は?お前、姉さんの気遣いを無碍にする気か?」
「傑くん、ここお店の中だから…」
「お前の弟、瞬間湯沸かし器かよ」

姉さんをお前って呼ぶな!!
さっきから見ていれば、馴れ馴れし過ぎる。そもそも隣に居ること自体可笑しい、やはり許せないこの男。

怒り心頭な私とは打って変わって、悟は「で、誰なのコイツ」と姉さんに尋ねる。

「あ、えと…友達…」
「は?お前、友達になったの?俺以外の奴と」
「だから、姉さんをお前って呼ばないでくれ!」

どいつもこいつも…ふざけるな、いい加減にしろ。
姉さんに気安く話し掛けるな、それをしていいのは私だけなんだ、私だけが唯一姉さんの隣に立ち、仲睦まじく語り合える権利を持っているというのに。

そうこうしているうちにアイスが用意されたらしく、姉さんが会計に行こうとしたので「私が払うからいいよ」と言った。
悟が「俺のも払っといて」と言うので、面倒だからとりあえず一緒に払う。後で徴収は必ずする。覚えておかなければ。

会計に向かう私の後ろから小さな足音がしたので振り返れば、ちょこちょことした足取りで姉が着いて来ていた。
振り返った私の視線に気付き、こちらを見上げてきた姉さんは「あの、ごめんなさい」と謝罪を口にする。

「姉さんは謝らなくていいよ」
「でも、また傑くんに言わずに学校脱走しちゃったから」
「その話は後でしようか、とりあえずアイスを食べよう」

支払いを済ませ財布をポケットに戻し、カップを受け取る。

カップを持つ手と反対の手で姉さんの手を繋ぎ、席へと誘導した。
勿論、私の隣に。
悟と害虫男もやって来て我々の手前に腰を下ろした。

「で、何でお前が姉さんと一緒に居るのか聞いても?」
「別に理由とかねぇよ、なあ?」
「うん、たまたま」

そんなわけあるか、どうせまた金が無いとか言って姉さんの善意を利用して呼び出したんだろ、私には分かるからな。

睨み付ければ鼻で笑われる。
自然と眉間にシワが寄り、文句を言ってやろうと口を開けば、舌の上にヒンヤリとした冷たさとチョコレートの甘さが広がった。
いきなりのことにギョッとして口を閉じれば、横から「美味しいかい?」と悪戯が成功した後のような、ニンマリとした得意気な笑みを浮かべる姉さんがスプーンを揺らしていた。

瞬間、脳に速攻で届いた糖分から得た成分によりアネトウトミンが分泌され、口と頭と心に幸福が行き渡った。
脳内から幸福成分がドバドバ出ているのが分かる。
科学の力って、すごい。(※アネトウトミンなどという成分は存在しません)

ね、姉さんにあーん…されちゃった…。
これはもう、付き合っていると断言しても過言ではないのではないだろうか。

「美味しい……ミシュラン星五百…」
「キャラメルのもあげよう、あーん」
「あ、あーん……」

付き合っている。
これは、確実に、付き合っている。

いや待て………もしかしたら…新婚???



この瞬間、夏油傑の脳内に存在しない在りし日の思い出が流れ出す!!



私からの告白で晴れて恋人同士となった中学生の夏、自転車の後ろに姉さんを乗せて何処までも走ったのを覚えている。
自販機で姉さんにはオレンジジュースを、私は炭酸飲料を買い一緒に飲みながら「いつまでも一緒に居ようね」と約束した。
冬になれば寄り添って温め合い、コタツの中で互いの脚に触れ合った。姉さんは擽ったいと笑いながらも私に体重を預け、そしてそっと私の頬にキスをしてくれた。幸せだった。
バレンタインに私が他の女子からチョコを受け取ってしまったのがバレた時は大変だった。姉さんはその時初めて嫉妬をしてくれたんだが、その嫉妬心のせいで泣かせてしまったのだ。でも大丈夫、私は姉さんを誰よりも何よりも一番に愛していると伝えて、触れ合って、愛を確かめ合って、私達はより仲を深めたのだ。
春には共に手を繋いで散歩に出掛け、歩いていた時に見つけた綺麗な庭を見て、いつか結婚したら地方の静かな町で綺麗な庭を作って植物に囲まれながら暮らしたいねと、未来に思いを馳せた。
それから、色々あって…私からのプロポーズにOKをしてくれた姉さんと指輪を買って、結婚式を挙げて…ウェディングドレスの姉さん、綺麗だったな……。
勿論新婚旅行にも行った、ハワイで潜水艦に乗ったり射撃体験をしたりして、夜は照れくさそうにする姉さんを腕の中に閉じ込めて愛し尽くした。
そうして始まった新婚生活、毎日おはようのキスといってらっしゃいのキスの二つは絶対だ。帰宅するとエプロン姿の姉さんが微笑みながら玄関まで迎えに来てくれて、疲れた身体を抱き締めてくれる。
食後のデザートに出されたアイスは二種類、姉さんはチョコのを食べて、私はキャラメル味の物を食べて…姉さんが一口あげるねとスプーンを差し出すから、私は口を開いて………

「姉ちゃん俺にも一口ちょーだい」
「いいよ、あーん」
「あーん」
「見てたら食いたくなってきた、俺にもくれ」
「いいよ、はいあーん」

…………………………

「姉ちゃんに俺のもあげる、あーん」
「あーん」
「もう一口くれ」
「はい、どうぞ召し上がれ」

…………………………


…………………………
…………………………

…………………………は?

「美味しいね、傑くん………おや?傑くん?」

頭が真っ白になる感覚がした。
姉さんの言葉を反射的に肯定した所までは覚えている。

その後の事は酷く曖昧だ。
だが、一つだけ確かなのは、美味しいという言葉に釣られ、私は衝動的に姉さんに噛み付いた気がした。

誰かに叩かれ、殴られ、それ以降の記憶は無い。
だが、凄く、とても、甘かった気がする。
7/10ページ
スキ