夏油傑による姉神信仰について
私の弟は、どうやら私のことがとても好きらしい。
何でこんなに好かれているのかは分からないが、この年齢になってなお、暇があればひっついてくる。
小さくて顔も声も可愛かった頃ならまだしも、身長も伸びて肩幅もイカツくなって、胸板も厚くなった今となっては、本人としてはムギュッくらいの感覚で抱き付いているつもりでも、こちらからしたらギチッと締められている感覚がするのだ、お手軽恐怖体験とは正にこの事。
今も変わらず可愛いことには可愛いのだが、如何せんそろそろ距離感を考えていかねばならぬ年齢なのではないだろうか。
「ということで、今日から傑くんとは別々で教室に行くようにしたいの」
「やだ」
「やだくない」
「やだ、むり」
しんじゃう………。
そう言いながらシオシオとその場にしゃがみ込んだ我が弟殿は、しゃがんでもでっかい。
ひっつめたお団子ヘアの頭をぽふぽふと叩くように撫でながら「人間はこんなことでは死なんよ」と言えば、制服に包まれた太くて長い逞しい腕をゆるりと伸ばしてきた。
腰に回った腕に力が入り、膝をついて私の腹に顔を埋めながら呼吸を繰り返しはじめる。
ありゃま、どうやら相当ショックだったらしい。どうしたものか。
よしよしと撫でながら、頭を働かせる。
そもそもなんでこの子はお団子ヘアなんてしてるんだろう、この髪型だと撫でた時ツルッてするから好きじゃないんだよね、私はふわふわな物が好きだ、うさぎの尻尾とか。
あと、おヘソの上でスーハースーハーするせいでムズムズする、お腹の中がウニャウニャしてしまう、助けてくれ。
それから、私のことを好きなのは分かったから、簡単に死ぬとか言わないで欲しい。死なれても困る、傑くんに死なれたら私、悲しい。
「傑くん死なないで」
「……姉さん次第かな」
「姉さんは笑ってる傑くんがすきよ」
だからほら、スハスハやめて、立って。
そう促せば、弟はすぐさまニッコリ笑って立ち上がった。
立ち上がったが、すぐにまた少し腰を折って頭を差し出してくるので、ちょっとだけ撫でてやった。ふわふわが恋しくなった。
結局、今日も昨日と変わらず弟は私の荷物を持ち、手を繋いで、寮から教室までの道を行くこととなったのだった。
朝の日差しに照らされながら、指と指を絡めるように手をギュッと繋いで並んで歩く。
俗に言う、恋人繋ぎというやつだ、この繋ぎ方の嫌な所はパッと離し辛い所にある。いざ離そうとすれば、傑くんの指があっちゃこっちゃに這って離れることを拒むため、モダモダしなければならないのだ。
こんな風に。
「教室入るから離してね」
「まだ時間あるから大丈夫だよ」
「私には朝の読書タイムがあるのに…」
「本は読まなくても死なないけど、私は姉さんから離れたら死んじゃうかも知れないのに、いいんだ?」
突然顔の距離を縮め、それまで浮かべていた笑みを消し、表情を暗くした弟はまたもや死ぬかもしれないとほざいた。
そんな簡単にお前が死ぬわけが無いだろう、私よりもよっぽど頑丈でしょ、傑くんはダンプカーにだって負けない強い子だってお姉ちゃん知ってますからね。
至近距離にある暗く淀んだ瞳をした弟の顎と頬を、空いている片手でムニュっと掴む。タコちゃんみたいになった口元に思わず少しだけ息を零すように笑えば、弟の目には光が戻って来た。
単純な奴め、姉に勝とうなんざ100年早いということを教えてやろう。
「傑くんの可愛いオデコにチューしちゃお」
えい、チュッ。
屈んでもやはりまだ高い位置にある額目掛けて、ちょいと背伸びをして唇を寄せた。
くっつく寸前でリップ音だけ鳴らして離れる。
そうすれば、先程までギチギチに結ばれていた指がスルリと解け出した。ゆっくりと傑くんの手から自分の手を離せば、晴れて両手が自由となったのだった。
パーペキな作戦だったな。どうだ、参ったか我が弟よ、参ったと言え。
「………………………」
「どうかね、参ったかね」
「…………………………」
「…あら?傑くん?」
「…………………………」
「もしもーし?ん?あれ?」
…………この子、息をしていないわ。
目の前で手を振るも返答は無く、呼吸を止めてしまった弟はそのまま膝から廊下に崩れ落ちた。
ピクリともせずに沈黙した弟を見下ろす。
あわわ、死んでしまった。
なんて事だ、本当に姉のせいで死んでしまうとは…まあこれもこの子の運命だったのかもしれない、運命ならば仕方無い、受け入れよう。
私は一人、ウンウン頷きながら弟の死体をよいしょと跨いで教室へと入って行った。
さて、清々しい朝である、こんな日は読書に限るだろうよ。
席に座り、文庫本を開き、広がる文字の世界へ没入していけば、3秒で弟のことなど忘れたのだった。
あの後、弟は珍しく遅刻をしたらしい。
まあ、たまにはそんな日もあるだろ。
私と違って、アイツは正しく人間なんだし。
何でこんなに好かれているのかは分からないが、この年齢になってなお、暇があればひっついてくる。
小さくて顔も声も可愛かった頃ならまだしも、身長も伸びて肩幅もイカツくなって、胸板も厚くなった今となっては、本人としてはムギュッくらいの感覚で抱き付いているつもりでも、こちらからしたらギチッと締められている感覚がするのだ、お手軽恐怖体験とは正にこの事。
今も変わらず可愛いことには可愛いのだが、如何せんそろそろ距離感を考えていかねばならぬ年齢なのではないだろうか。
「ということで、今日から傑くんとは別々で教室に行くようにしたいの」
「やだ」
「やだくない」
「やだ、むり」
しんじゃう………。
そう言いながらシオシオとその場にしゃがみ込んだ我が弟殿は、しゃがんでもでっかい。
ひっつめたお団子ヘアの頭をぽふぽふと叩くように撫でながら「人間はこんなことでは死なんよ」と言えば、制服に包まれた太くて長い逞しい腕をゆるりと伸ばしてきた。
腰に回った腕に力が入り、膝をついて私の腹に顔を埋めながら呼吸を繰り返しはじめる。
ありゃま、どうやら相当ショックだったらしい。どうしたものか。
よしよしと撫でながら、頭を働かせる。
そもそもなんでこの子はお団子ヘアなんてしてるんだろう、この髪型だと撫でた時ツルッてするから好きじゃないんだよね、私はふわふわな物が好きだ、うさぎの尻尾とか。
あと、おヘソの上でスーハースーハーするせいでムズムズする、お腹の中がウニャウニャしてしまう、助けてくれ。
それから、私のことを好きなのは分かったから、簡単に死ぬとか言わないで欲しい。死なれても困る、傑くんに死なれたら私、悲しい。
「傑くん死なないで」
「……姉さん次第かな」
「姉さんは笑ってる傑くんがすきよ」
だからほら、スハスハやめて、立って。
そう促せば、弟はすぐさまニッコリ笑って立ち上がった。
立ち上がったが、すぐにまた少し腰を折って頭を差し出してくるので、ちょっとだけ撫でてやった。ふわふわが恋しくなった。
結局、今日も昨日と変わらず弟は私の荷物を持ち、手を繋いで、寮から教室までの道を行くこととなったのだった。
朝の日差しに照らされながら、指と指を絡めるように手をギュッと繋いで並んで歩く。
俗に言う、恋人繋ぎというやつだ、この繋ぎ方の嫌な所はパッと離し辛い所にある。いざ離そうとすれば、傑くんの指があっちゃこっちゃに這って離れることを拒むため、モダモダしなければならないのだ。
こんな風に。
「教室入るから離してね」
「まだ時間あるから大丈夫だよ」
「私には朝の読書タイムがあるのに…」
「本は読まなくても死なないけど、私は姉さんから離れたら死んじゃうかも知れないのに、いいんだ?」
突然顔の距離を縮め、それまで浮かべていた笑みを消し、表情を暗くした弟はまたもや死ぬかもしれないとほざいた。
そんな簡単にお前が死ぬわけが無いだろう、私よりもよっぽど頑丈でしょ、傑くんはダンプカーにだって負けない強い子だってお姉ちゃん知ってますからね。
至近距離にある暗く淀んだ瞳をした弟の顎と頬を、空いている片手でムニュっと掴む。タコちゃんみたいになった口元に思わず少しだけ息を零すように笑えば、弟の目には光が戻って来た。
単純な奴め、姉に勝とうなんざ100年早いということを教えてやろう。
「傑くんの可愛いオデコにチューしちゃお」
えい、チュッ。
屈んでもやはりまだ高い位置にある額目掛けて、ちょいと背伸びをして唇を寄せた。
くっつく寸前でリップ音だけ鳴らして離れる。
そうすれば、先程までギチギチに結ばれていた指がスルリと解け出した。ゆっくりと傑くんの手から自分の手を離せば、晴れて両手が自由となったのだった。
パーペキな作戦だったな。どうだ、参ったか我が弟よ、参ったと言え。
「………………………」
「どうかね、参ったかね」
「…………………………」
「…あら?傑くん?」
「…………………………」
「もしもーし?ん?あれ?」
…………この子、息をしていないわ。
目の前で手を振るも返答は無く、呼吸を止めてしまった弟はそのまま膝から廊下に崩れ落ちた。
ピクリともせずに沈黙した弟を見下ろす。
あわわ、死んでしまった。
なんて事だ、本当に姉のせいで死んでしまうとは…まあこれもこの子の運命だったのかもしれない、運命ならば仕方無い、受け入れよう。
私は一人、ウンウン頷きながら弟の死体をよいしょと跨いで教室へと入って行った。
さて、清々しい朝である、こんな日は読書に限るだろうよ。
席に座り、文庫本を開き、広がる文字の世界へ没入していけば、3秒で弟のことなど忘れたのだった。
あの後、弟は珍しく遅刻をしたらしい。
まあ、たまにはそんな日もあるだろ。
私と違って、アイツは正しく人間なんだし。