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夏油傑による姉神信仰について.2

なんだか凄い夢を見た気がするが、毎日のことなので今日も気にせず元気にやっていこう。

寝惚けながらも顔を洗い、チンタラトロトロと準備をする。
パジャマをノロノロと脱いで制服に着替え、髪を梳かして、リュックサックの中身を確認。あ、飴が終わりそうだ、入れておかねば。

「飴…飴……どこだ…」
「飴ならこっちの引き出しだよ」

ハッ!
気付いたら勝手に部屋に入っていたらしい弟に背後を取られていた。
ポンッと肩に手を乗せられたと思ったら、にゅっと顔の横に傑くんの顔が出て来てニッコリと笑みを浮かべる。

「姉さん、おはよう」
「…おはよ」

近い、そしてムニィッと何かが背中に当たっている。
これ多分胸だ、正しくは力の入っていない胸筋。
君ねぇ、あのねぇ、朝から姉に胸を押し付けてくるんじゃないよ。しょっぱい気分になってしまったではないか。

「傑くん、当たってるよ」
「うん?」

ムイッムイッ
グイッグイッ

いや、わざとなんかい。
指摘したらさらに押し付けて来たぞ、どうなってんだ。
そんな「よく分かりません」みたいな、曖昧な顔で微笑みながら胸を押し付けてくるな。何も嬉しかない。こんなサービス精神いらない。

ムニッムニッ、グイッグイッ

「いや、ちょ、つよ…」

流石にもういいから、本人はきっとパフッ♡パフッ♡ えいっ♡えいっ♡ くらいの力で押し付けているんだろうけど、力が強いのと体重があるせいで大分キツい、ドスッドスッ!ゴンッゴンッ!と体当たりされている。闘牛に正面衝突されてるのと変わらんぞ、これは身体を支えきれない、むり、転ぶ。

朝から弟の伸し掛かり(本人からすれば可愛いじゃれ合い)に負け、私は床にゴロンッと顔から転がるハメになった。

ゴツッと良い音を立てて、額が床に当たる。
いてぇ〜、頼むから体格差考えてくれ、いつか洒落にならないことが起きそうで怖いよ。

頭上から「え、嘘、姉さん!?大丈夫かい!?どうしよう、大変だ…」と慌てる弟の声がする。
どうしようも何も、もう事は起きてしまった後である。

「見せて、ああ…赤くなってる…」
「痛い」
「すまない、私のせいで…お詫びに今日は全て私がしてあげるからね」

いやそれ、いつもじゃん。

痛みに耐えかね額を自分で擦っていれば、本人より余程辛そうな顔した傑くんがもう一度謝って来たので、これくらいは大丈夫だと伝える。

「教室まで送って行くから」
「毎朝送って貰っている気が…」
「じゃあ、先生に頼んで教室の後ろで邪魔にならないように姉さんを一日見守るよ」

参観日か?
弟が姉の保護者参観すな、という思いを込めてジットリと見上げながら視線を送れば、傑くんはニコッと笑った。
素敵な可愛い笑顔をありがとう、でもそうじゃない、やめろ、頭を撫でるな、幸せそうにするな、こちとらまだ痛いんだぞ。

朝っぱらから疲れたな…もういい、さっさと朝食を食べて教室に行こう。

リュックサックに手を伸ばせば先に傑くんの手が荷物を全て掻っ攫っていった。
仕方無く手ぶらで部屋を後にする。

「姉さん、鍵」
「あ、はい」
「いや待って、今日は私が全部やるから鍵を貸して」
「はい…」

子供って自分でなんでもやりたがる時期があるよね、いやだから何だって話なんですが。

鍵を掛けている傑くんを置いて、私はとっとと先に行くことにした。
だがしかし、すぐに追いつかれる。

「姉さん、今日の朝食はどうする?」
「共同キッチンに昨日焼いたセイボリースコーンが残ってるはず」
「……足りるかな」

私は十分足りるけど、傑くんは絶対足りないだろうね。
何せ凄い量食べるから、アニメの日本昔話でしか見たことない、てんこ盛りの丼ぶりご飯二杯は食べるものね。それプラスおかずに水分に、あればデザートも食べてる。
そんな傑くんが、私の握りこぶしより小さなスコーンとインスタントスープで満足出来るわけが無い。

「私のことは気にせず食堂に行って来なさい」
「でも、今日は…」
「気にしないで、食べたら会いに行くよ」

ション…と肩を落としながら、しかし空腹には抗えなかったらしい弟は食堂へと向かって行った。
哀愁の漂う背中だな…しかしカビる前にスコーンを食べなければならないんだ、許してくれ。

デカい図体をしょんぼりさせなが、チラッとこちらを見ては歩き、またチラッと見てくる。
いいからさっさと行け、また授業中にお腹が減って寒さと目眩を訴えることになるぞ。

こちらを気にしながら食堂へ向かう弟を見送り、私は共同キッチンの扉を開いた。
中には誰も居らず、一人冷蔵庫の扉を開いて昨日焼いたスコーンを取り出し、皿に乗せて電子レンジに入れ温めた。
既に沸かしてあったポッドのお湯を拝借し、インスタントのホウレン草スープと、ついでに無糖のヨーグルトも用意する。ヨーグルトにはハチミツを適量掛け、スプーンを一つ借りテーブルへと並べた。

飲み物は…水でいいか。


そういえば、飲み物で思い出したが、我が唯一にして初めての友は元気にしているだろうか。
あの人金無い金無いって言ってるけど、ご飯はちゃんと食べてるのかな…。

こちらから連絡したくとも、連絡先を知らないものだからどうにならない。
何故かあっちは私の携帯番号を知っているから、定期的に連絡が来るが、着歴に残るのは非通知ばかりだ。しかも電話の内容が「金貸してくれ」「ついでに飯奢ってくれ」の二択、本当に大丈夫なのか。

スコーンを口に運び、もぐもぐと食べる。
口の水分が持っていかれるが、まあまあ美味い。チーズとトマトの味がする、何だか朝から贅沢をしている気がした。
これで香りの良い紅茶の一杯でもあれば最高だったな、よし、今度水筒に紅茶を入れて、スコーンを持って散歩に行こう。きっと最高の一日になること間違い無し。


もうすぐ私は4年生だ、そうしたら実習ばかりで中々高専には居られなくなるらしい。
弟と離れるのは寂しいけど、でもあの子の成長のためには徐々に離れている時間を増やしていかなければならないのかもしれない。

何だかんだ言って、寂しがってるのは私の方なのかも。
何せ、私には本当に、弟の元以外に居場所も帰る場所も無い。

我が故郷、月は遥か遠く、空の向こうだ。

この星で唯一私が私であれるのは、弟の側だけなのだ。


そういや、リュックサック傑くんが持って行ったままだったな。
なるほど、リュックサックを人質にして絶対私が会いに来るように仕向けたのかあの子。
策士と言えばいいのか何なのか。

普通にそれくらい、口に出して言えば早いのではなかろうか。
お姉ちゃんご飯食べたら絶対来てねって。
約束くらい、幾らでもするのにな。
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