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番外編

ファッションにもコスメにも興味の無い姉さんの衣服を選ぶ基準は「ポケットがあるか無いか」だ。
ポケットが無い服は着たがらない、逆にポケットがちゃんとあれば何でも文句無く着てくれる。

ということで、休日である本日のファッションはニットのセーターに格子柄のスカート、髪型は編み込みにしたハーフアップ。
完璧な「休日の彼女」ファッションだ、我ながら良いセンスをしている。

探検以外に外出に出ることの無い姉であるが、珍しいことに出掛けたい場所があるらしく、そのため朝から叩き起こされた私は姉さんの服を選んだ次第である。

「で、何処に行きたいんだい?一緒に行くから教えてくれないかな」
「魚を見に行く」
「水族館?」
「…魚が居れば何処でも、良いんだけど……」

どうやら思い立ったが吉日とばかりに用意しようとしたらしい。

可愛らしさの無い、実用性ばかりを追求した薄茶色いリュックサックにスケッチブックを詰め込む姉さんの手を止め、話を詳しく聞くことにした。

「どうしていきなり魚を見に行きたくなったのかな」
「理由がなくちゃ行っちゃいけないのかね」
「いや、そういうわけじゃ…」
「理由なんて無いよ、そういう日もあるってだけのこと」

うんうん。

一頻り頷いた姉は、またリュックサックに荷物を詰め込む作業へと戻った。

本当に、唐突に思い付いただけらしい。
誰かと約束していたとかではないのならば良かった、そうなると着いて行くのも一苦労になる。

「姉さん、荷物は私が持つからね」
「え、傑くんも行くの?」
「………へぇ、私を置いて行くんだ、ふぅーん…そう、可愛い弟を…」

拗ねたフリをしながら、気付かれないように荷物を持って、床にペタンと座る姉の手を引いて一緒に立ち上がって部屋を出る。
そのまま「折角の休日なのに私を捨てて行くんだね」「朝から叩き起こされて、用意を手伝ってあげたのに」「悲しいなぁ」と拗ねたフリを続けながら、自室へと誘導した。

自室の扉を開き、姉を部屋の中へと招き入れ、後手に鍵をガチャリと閉める。

「…傑くんの部屋に来てしまった」
「本でも読んで待っててくれ、すぐに支度を終わらせるから」
「お、ニュートンがあるじゃないの」

うん、それは姉さんのために用意しておいたんだよ。
目論見通りにサイエンス誌を手に取った姉さんはキッチリ目次ページから読み始めた。
その隣で私は着替えを始める。

時折「ふむ」「へぇ」などの声を発しながら黙々と読み進める姉さんをチラチラと見ながら、支度を進める。
時計、財布、ハンカチ、ティッシュ、良し。その他にもカメラ、ポーチにはリップクリームや絆創膏も入れておかねば。ああそれから、いつ姉さんの生理が来ても良いようにナプキンも持って行ってあげよう。あとは変えの靴下や下着なんかも…あ、一応もしもの時のために懐中電灯も必要かもしれない、小腹空くかもだからオヤツも持って…他には…。

「……なにその荷物、夜逃げでもするの?」
「いやこれは全て姉さんを生きやすくするのに必要な物で」
「財布とケータイだけあれば良いよ」

あれもいらない、これもいらない、私の鞄から次々に物を外に出し始めた姉さんは、最終的に「カメラとポーチは私のリュックに入れておけば良い」と言って、結局荷物はリュックサック一つ分となってしまった。

「必要になったら現地調達すればよし」
「でもそろそろ姉さんは生理が来る時期だから、」
「その時はその時だ」

よっこいせ、と立ち上がった姉さんは、置いてあったリュックサックをこちらに押し付け、私の手をパシリと掴むと扉に向かって歩き始める。

「いざ出陣」
「……一緒に行ってもいいの?」
「駄目な理由が無いからね、それに傑くんが居ると絡まれる率が低くなる」
「今日も姉さんの盾となり剣となるよ」
「剣と盾は荷物になるから、できれば弟で居てよ」

振り返り、こちらを見上げて薄っすらと微笑む姉さんは、そう言って鍵をあけ扉をひらいた。

あらゆる感情が心の中を渦巻いて、言葉にならず、胃の底へと沈み積もっていく。
星のようであり、毒のようでもあるこの人に手を引かれるのは一体何度目なんだろうか。

この先もずっと、私の手を引いてくれるだろうか。

私はあと何度、この激情を飲み干すことが出来るだろうか。

いつまで、弟で居られるだろうか。
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