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夏油傑による姉神信仰について

「でね、甚爾さんは競馬をしていてね、私が当てたら凄く喜んでくれてね」
「殺そうか、そいつ」
「お礼にって悪い人の情報くれて、それを報告したら先生が褒めてくれて、」
「殺そう」
「だから、友達になって良かったな〜って」
「殺す」

殺す。

殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す。

許さない、私の姉さんに付け入り財布扱いしているゴミめ、万死に値する。

はじめての友人にやや興奮気味で、いつもよりも沢山喋ってくれる姉さんは可愛い、嬉しそうに友人について報告し、ドリンクバーについて事細かに描かれたスケッチブックを笑顔で見せながら「今度行ったら、お姉ちゃんが傑くんにジュース淹れてあげるからね」と言ってくる姉さんは、控え目に言って天使だ。
もしかして私達は付き合っていて、姉さんは彼女だったんじゃないかと錯覚してしまうくらいには、今日の姉さんの可愛さは暴力的だった。

だが、話の内容で私は正気を保つ。

やはり365日24時間いつでも何処でも姉さんの側に居るべきだった。
こんな事になるくらいなら、姉さんを閉じ込めて私だけが愛せるようにしておくべきだった。
後悔が募る、己の不甲斐無さに心が痛んだ。

私のせいだ、私がちゃんと私の神(もの)を管理していなかったせいで、こんなことに…。

最早殺すだけじゃ飽き足らない、あらん限りの苦痛を与え、この世に生まれて来たことを後悔させてやる。
そいつはそれだけのことをしたのだ。だって姉さんは唯一神なのだから、神を侮辱するなど、楽園追放よりも重い刑罰が必要だろう。

「姉さん、私にもその友人とやらに挨拶させてくれないかな?」
「お金払えば会ってくれるかな…」
「大丈夫だよ、私が全て払うから」

全ての罪を清算させてやる、その命を持ってして対価を支払って貰おうか、ゴミめ。









一目見た瞬間から殺意が煮え滾り、私は自分の衝動を抑えられなくなった。
姉が「あ、甚爾さん」と男の名前を呼んだ時にはもう頭は真っ白で、次に目が覚めると地面に転がっていた。

何故。

空はよく晴れており、たなびく雲が日差しを柔らげる。
そよぐ風、鳥の囀り、それから楽しそうな姉の声…………姉さんの声?
……姉さんが、私以外と喋っている!??

ハッとして腹筋に力を入れ身体を起こし、声のした方を見れば、しゃがみ込んで何かをしている姉の横に、先程見た男が隣合っていた。

悪い夢かと思った。
何かの冗談だと思いたかった。
けれど、自身の頬を思いっきり平手打ちしても夢は覚めず、痛みだけが訴える。

痛い、頬も心も…姉さん、どうして……救ってくれ、姉さん、姉さん、姉さん。

「ねえさん…」
「あ、起きた」
「姉さん、」
「傑くん大丈夫?どうしたの?骨折れた?」

私が呼べば、男の隣に居た姉さんはすぐに立ち上がってトコトコと歩いて側に来てくれた。
今度は私の隣に腰を落とし、下から覗き込むようにこちらを見てくる。その目には心配の色が浮かんでおり、姉さんが私を心配してくれているという事実に幾らか心の痛みが和らいだが、それでもまだ辛くて悲しかった。

なので、ここが何処で他人が居るとか気にせず、姉に手を伸ばしてしがみつくように抱き付いた。
姉は拒まず、私の背を撫でるように「よしよし」と言いながら擦ってくれる。

良い匂いがする、私が買い与えているシャンプーと、毎晩手入れの時に使ってあげているヘアオイルと、姉さんの体の匂いが混ざった香りがする。
スーハー、スーハー、何度も首元で深呼吸をして、気持ちを落ち着けた。

「傑くん、ここ何処か分かる?」
「…スー…ハー……スー…ハー…」
「学校の近くの山のとこだよ、傑くんが変になったから場所変えたんだよ」
「……スーー……ん…変になった?」
「暴走したメカゴジラみたいになってた」

暴走…メカゴジラ……つまりは、エネルギーが尽きるまで暴れ回っていたと?

私が?まさかそんな、流石にそれは無いだろう。いや、姉さんの言葉を疑っているのではなく、私は私の体力や呪力量を把握しているので、そう簡単に倒れることになるはずが…

「甚爾さん、すんごい強かったんだよ、沢山スケッチしといたから後で見せてあげ、」
「は?つよかった?」
「うん、傑くんに格闘技で勝っちゃってた、凄い人だ」

うむうむ…首を縦に振りながら自分ではない別の男を称える姉の口元には笑みがあった。

私が負けた…?
姉さんの前で…?
しかも、姉さんは私じゃなくて、別の奴を称えている…?

やはり夢だ…これは悪い夢だ、そうじゃなければ可笑しい。
私は勢い良く地面に向かって頭突きをかます、ゴンッと鈍い音がして脳が痺れるくらいに痛くなる。
だが、やはり痛みが訴えるばかりで、現実は何も変わらなかった。

ゴンッ、ゴンッ、何度も頭を打ち付け、この夢から覚めろと願う。

頭上では追い打ちをかけるように、「お前の弟大丈夫か?」「さあ…」「頭打ち付け始めたぞ、止めてやんねぇの?」「んー…」という会話が聞こえて来て、とうとう涙が出そうになった。

私の物なのに。
姉さんは私の物なのに。
天から与えられた、私だけの物なのに。
何故私の心を裏切るような真似をするのか、ずっと今まで私だけだっただろう、何故今になって他人などを欲するんだ、理解出来ない。

私が居ればそれで良いだろう、だって姉さんの全ては私のはずだ、そうなるようにずっとずっと仕込んで来た。
愛するのも、愛されるのも、触れ合うのも、甘えるのも、甘やかすのも、頼るのも、頼られるのも、側に居たいと願うのも、側に居ると誓うのも、信仰も、祈りも、願うことも、願われることも、全て、全て………姉さんの全ては私だけのためにあるはずなのに。

地面に額を擦り付けたまま、奥歯をギリギリと噛み締める。

怒り、嘆き、絶望。
あらゆる負の感情が混じり合い、身体に力が入っていく。
吐き出した息は熱く、苦く、震えていた。

「なあ、お前の弟」
「姉さんに、話し掛けるな…」

膝に力を入れ、立ち上がる。
見据えた先に居る男を、恨みを込めて睨み付ける。

お前か、お前が姉さんを誑かしたのか。

「姉さんに話し掛けるな、姉さんを見るな、姉さんと同じ空気を吸うな」
「これ、さっきも言ってたな」
「うん、たまになる」
「喋るな!!!」

怒りに任せて声を張り上げれば、二人は視線を合わせて目で何かを語り合っていた。
その姿にさらに怒りと憎しみが募っていく、腹の底から沸き立つ熱を抑え切れなくなった私は、とうとう男目掛けて地面を蹴った。

だが、しかし。


ズムッ


何の前触れもなく、骨格が軋む程の重力が私の身に加算され、思わず地面に倒れ伏す。
起き上がろうとすれば、自分の動きだけがスローモーションのようになり、思う様に動けなくなった。

姉さんの、術式。
姉さんが、私に術式を使った。
私を、呪った。

理解した瞬間、それまで身の内で燃え上がっていた激情が一気に冷めていく。
変わりに芽生えた、何とも表現し難い感情が内側で渦を巻く。
姉さんが私に術式を使ったことなど今まで一度も無かった、そもそも、あの幼き日以来まともに見たことも無い。充てがわれる任務はいつも別だし、姉さんは非暴力的で不侵略的な人だから喧嘩だってしないので、本当に久々にあの術式を見た。

緻密かつ精密な計算の上に成り立つ術式は、一回使うだけでも相当疲れるだろうに、それを…私に……私を止めるために……。
ああ、これこそは女神の裁き、天使の鉄槌、姉の重さ。


はぁ…………すき、明日もがんばろ。


「傑くんやい」
「姉さん…」


黒い髪を風に遊ばせ、青空を背に私を見下ろす姉の黒い瞳は相変わらず淡白な感情が乗っていた。
本来、小事には拘ることの無い人だ。隣人が誰であり何をしていようと気にしない人が、私を見下ろし説教をしようとしている。

新しい扉が開きそうな気がした。

「私の友達に、あまり迷惑をかけないで貰えるかな」
「私は認めない、そいつは姉さんの友人には相応しくない」
「…そうかな?」

私から視線を外し、明後日の方向を眺めながら、顎に指をかけて小首を傾げる。
キラキラと日差しを受けながら、数秒考え、姉は言う。


「私の知らない世界を見て、私の知らない感情を育み生きて来た人間と対話をするのは、より世界を知れて楽しいのだけれど」


人間、世界を知る。
それは、つまり。

ふと、私は理解する。

ああ、そうか。姉さんはこの新しく出来た「友達」をただの「人間」としか見ていないんだ。
ただの人間、ただのサンプル、虫を捕まえてケースに入れて、どうやって死んで行くのか見守っているのと同じ。
いや、見守っているのではなく、観察しているだけだ。
コレクションしているだけ、いつものスケッチと変わらない。
それだけだ、それを姉は「友情」と呼称しているのだ。

では私は、私はどうなのだろう。

「弟」とは、姉の中では何に該当する言葉なのだろうか。
私は浮かび上がった疑問を口にする。


「友達が貴女の愉しみならば、私は、姉さんの何なんだ」
「ん?だいすきな子」
「え」
「え」

だい……え?なんて?


アッサリと何かを言われたような気がしたが、何と言われたのか上手く理解出来ない。
なんて言った?姉さんは今、私は貴女の何なんだって聞いた時、なんと返した?

ちゃんと働かない頭を無理矢理働かせ、記憶を漁る。
記憶が間違っていなければ、たしか…

「だい…す、き?」
「うん、大好き、傑くん大好き」
「お"っ」
「傑くんは、私の可愛くて大好きな弟よ」
「ォ"」

フワリと風が舞う。

見上げた先の女神は、私に向かって微笑んだ。

その瞬間、世界の全てが私を祝福していた。
空も、風も、水も、木々も、草花も、土も、空気も、鳥も、虫も………太陽も月も、天も地も、全てだ、この世の全てが輝き出し、私に祝福の息吹を感じさせる。

産まれてきて、良かった。
生きてて、良かった。
姉さんの弟で、良かった。

目からは自然と涙が溢れ落ち、鼓動は急加速して、首から上が暑くてたまらなくなる。
地べたに這いつくばって、情け無い姿を晒しながら、私は呼吸も忘れて手を伸ばす。

「姉さん、私も姉さんが大好きだ」
「ありがと、嬉しいなぁ」
「私も嬉しいよ、今夜はお祝いにしようか」
「苺の乗ったケーキがいい」
「勿論用意するよ、一緒に指輪も買おう」

姉が私の手を両手で包み込むように取れば、重力が元に戻る。
その瞬間、姉の手を掴みグイッと力を込めて引っ張れば、「うわぁ」と声を挙げながらバランスを崩した身体が私の腕の中へと降ってきた。
グッと受け止め、小さな身体を抱き締める。

世界よ見ているか、これこそが祝福された勝利の愛だ。
私の愛は勝ったのだ、他の全てに。
この世の何にも、私達の愛を引き裂くことは出来ないんだ。

勝利の愛に酔いしれる。
腕の中にある自分と同じ色の髪を何度も何度も優しく、確かめるように撫でた。

今日はなんて良い日なのだろうか、今が永遠になってしまえば良いのに…なんて…

「姉さん……愛し、」
「あ!ミヤマクワガタだ!!」
「え、ちょ、グェッ」
「ミヤマクワガタ見たい、捕まえる!」

両手のひらで顎を押し上げられ、そのままグニャグニャと身を捩りながら姉さんは私の腕から華麗に脱出し、藪の中へと突っ込んで行ってしまった。 


今さっき私達の愛を引き裂くことは出来ないとか言ったばかりなのに、クワガタ如きに引き裂かれてイチャつきが終了した私の気持ちを誰か救って欲しい。

この世からクワガタを消してやりたい。
クワガタ、お前も私を祝福しろ。

「ッ、姉さん!待ってくれ、スケッチブックを忘れているよ!」
「ルリミノウシコロシがなってる、とりあえず食べよう」
「とりあえずで食べるのはやめてくれ!」

訂正、全然祝福されていなかったかもしれない。

おのれ大自然、私から姉さんを奪うな、尽くを燃やすぞ。


姉さんは私のものだ。
天が私に与えた私だけのもの。
私だけの神であり、私だけの愛だ。

他の誰にも渡すつもりは一切無い。
例えそれが、この世を生み出した古き神々であろうが、他の男であろうが、姉が焦がれる月であろうが、絶対に何があっても渡しはしない。


姉さん、私の姉さん。
私の恋、私の愛、私の光。

貴女が望むのならば、世界を敵に回してでもこの愛を貫こう。
貴女の前に平伏して見せよう、祈りを捧げ、神と崇め、貪欲に救いを欲し続けよう。

それで貴女が私のものであり続けてくれるのならば、私は貴女を信仰し続けよう。

私は姉さんの、純真で純白で淡白で、限り無く自由な御心を尊く思っている。

ああ、本心だとも、嘘偽りの一切は無い。


神に、いや…姉に誓って。
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