夏油傑による姉神信仰について
自分より二つ年上の姉は、人として生きるのが大層下手クソな人間だった。
齢6つの時、私はその頃には既に自分には見えていて他人には見えて居ないモノがこの世に存在し、それを表立って居ると表現することは、してはいけない事なのだと何となくだが理解していた。
自分が見ている世界と、他人が見ている世界は違っていて、その事実を押し付けることも、理解して貰おうと願うことも、きっといけない事なのだと、私は小学生に上がった歳に痛感したのだった。
他者と自らが感じ取る世界の違いに、孤独を募らせる日々。
誰にも理解されない、何処に行っても上手く笑えない。いや、笑えているかもしれないが、それは本心からの笑みでは無く、ただの急ごしらえで身に付けた処世術の一つに過ぎなかった。
そんな愛想笑いが板に付いて来たくらいの時、クラスメイト数人と放課後に校庭で遊んでいた時のことであった。
夕暮れも迫る時間帯、近くの寺から夕方の5時を知らせる鐘の音が聞こえ、家に帰らなければならなくなる。
名残惜しくもまた明日と手を振って帰路に着いた先、私は呪いと目を合わせてしまったのだった。
生き辛い世界を円滑に生きて行く方法の一つとして覚えたこと、呪いとは目を合わせずに生活をする。
ずっとやって来たことをその日出来なかったのは、恐らくクラスメイトに「お前も来いよ」なんて言われたのが初めてのことだったから、舞い上がっていたのだ。そう記憶している。
目を合わせたが最後、幼き日の私は家にも帰らず、ひたすらに自分にしか見えない化け物から逃げ続けることとなった。
狭い路地を抜け、畑の隅を走り、人の家の庭に足跡を残して、迫る夜を背に呪いから逃げ続ける。
あの日のことは、今でもよく覚えている。
涙と汗で顔をグチャグチャにしながら、息を切らしてガムシャラに行く宛も無く逃げ惑っていた。
この時の私はまだ幼く、このまま自分はどうにも出来ずに死んでしまうんじゃないかと思っていた。
誰にも助けを求められず、体力が尽きたら終わり。
汗も、涙も、痛む肺も、苦しい呼吸も、縺れる手足も、全てが私を絶望へと追いやっていく。
ヒックヒックとしゃくりあげながら泣き、倒し過ぎた重心に従って道路へと崩れ落ちるように転ぶ。
もうダメだ、一歩も動けない。走ることをやめて、迫る悪寒に奥歯をカチカチと鳴らしながら、自身の身体を抱き締めて痛みが来るのを耐えていた時であった。
いつの間にか空に上っていた月が、一瞬輝いたような気がした。
次の瞬間、ピキリッと音がしたかと思えば、私の周りのアスファルトが音を立てながら砕け割れ、背後でグチュリと不快な音が一度だけ鳴る。
何が起きたか分からず、依然涙を流して鼻を啜りながら怯えていれば、ポンッと優しい力で肩に触れる手があった。
ゆっくりと視線を滑らせる。
そこにあったのは、日焼けを知らない白い小さな指先。それを上へ上へと辿っていけば、そこにあったのは、まごうこと無き自分の姉の姿だった。
姉は聞く。
「傑くん、転んじゃったの?」
首を傾げながら、ヒビ割れたアスファルトの上に立ち、月の光に照らされた姉は、自身のポケットから黄緑色の可愛らしいハンカチを取り出すと、遠慮無く私のクチャクチャになった顔をゴシゴシと拭き出す。
「ピアノから帰ったらいないんだもん、探しに来ちゃったよ」
「ンググッ」
「宿題やったの?あ、今日の夕ごはんシチューだって」
温かい手のぬくもりと、心配そうな声、そういった物に強張っていた身体からは次第に力が抜け、心臓が落ち着いてきた頃、転んだ時の痛みやら安堵から、顔を拭いて貰ったばかりなのにまた涙を流してしまった。
姉の顔を見上げてボロボロと泣き出した私に、彼女は珍しく驚いた顔をした後に、しゃがみこんで抱き締めてみせた。
グッと両腕に力が込められ、汗や砂利やらで汚くなった身体に構うことなく頬を擦り寄せ背中を撫でる。
優しい声で、「怖かったね、もう大丈夫だからね」と言った姉にとうとう色々な事が耐え切れなくなった私は、しがみつくように抱き着きながら、声を荒げた。
「も、もうやだ!いやだ!!」
「うん、やだね」
「こんなの、なんで、ぼくばっかり!」
「うん、怖かったね傑くん」
「こわかった、こわかった、おねえちゃあぁん!」
よしよし、もう大丈夫だよ、お姉ちゃんがいるからね。
大丈夫、大丈夫、傑くんはよく頑張りました。
わんわんと恥じらいも無く大声を挙げて泣いたのは、記憶にある限りではその日が初めてだった。
姉は帰路に着いてからも、普段は繋がない手を繋いでくれて、私より少し前を堂々と歩き、そういう事は得意じゃないだろうに慰めるような言葉を沢山掛けてくれた。
私はこのことがあるまで、姉も見えない人達と同じ世界を見ているのだとばかり思っていたが、どうやら違ったらしい。
姉は見える側の人間だった。
しかし、彼女と私の絶対的な違いは、彼女は呪いに恐怖していなかったことだ。
曰く、大きな犬の方が怖いのだとか。
私は帰宅してからそれを聞いた時、なんじゃそりゃと思った。
どう考えたって呪いの方が怖いだろうに、姉は呪いより大きな犬や、ピエロの方が怖くて嫌いだと言っていた。
「なんでお姉ちゃんは、あれが怖くないの?」
「私の方が強いから」
「なんでお姉ちゃん強いの?」
「お姉ちゃんだから」
理由になっていない理由だったが、当時の私はこれで納得していたし、あれから10年以上経った今も「姉だから」で大体のことには納得している。
今までは良くも悪くも無かった姉弟仲だったが、これ以来私は何かにつけて姉の周りをウロチョロし、「怖い」と言って甘えれば拒まれない事が発覚して以降は拍車を掛けて姉にベッタリするようになった。
そりゃあもうベッタリ、ゾッコンである。
何せ初めての理解者にして、救世主であり、自分の手を引いて導いてくれたのだから、それはもう当たり前のように好きになっていった。
自分と同じ黒髪も、姉の髪となれば何故かずっとずっと綺麗に見えたし、家でピアノの練習をする姉の指先を暇さえあればずっと眺めていた。
姉が中学校に通う頃になっても我儘を言って一緒に寝て貰っていたし、買い物に出掛ければ絶対に手を繋いだ。
とにかく姉のことが好きで、堪らなくて、その気持ちは尊敬や憧れから、いっときは恋のように苦しくも甘い物へと形を変え、しかしさらなる進化を遂げた結果、現在はと言うと……
…
「ふふ、姉さんったら去年と同じ日に寝坊をしてる……あ、しかも朝ごはんがほぼ同じメニューだ、メモしておかなければ」
「いや、朝から気持ち悪すぎ」
同級生に気持ち悪がられながらも、私は携帯のメモ機能に姉さんについて気付いたことを書き込んだ。
そう、あの日から早10年と少し、小学校高学年から中学生時代の多感な時期にあやまって恋心へと転じた姉への好意は、進化し、最終的には信仰心に近い物へと変貌を遂げた。
行き着く所に行き着いた感がある。
姉さんは私の宗教だ、人が温かな日差しや清々しい風を愛するように、私は姉を愛している。
姉さんが居るだけで世界が輝いて見えるし、私にくれる言葉や行動は全て尊い物だ。
姉さんは私の魂を照らしてくれる光……即ち、女神である。
今日も朝から寝坊をしていた姉さんを起こしに行けば、ムニャムニャと言いながら手を伸ばして来てくれたので、私はその身体をそっと優しく抱き起こしながら全ての支度を整えて差し上げた。
控え目に言って最高の朝を過ごせたと思う、毎日これでいい、毎日寝坊してくれ。
出来ることならおはようからおやすみまで、いや、おやすみの後も一緒に居たいがそれは中々難しい。
何せ姉はもう18歳になる女性で、学校は男女別の寮住まいだし、学年が違えば関われる機会が減るばかりだ。
私はもっと姉の側で姉の放つ光を浴びていたいのに、それが出来ないのだから精神は荒む一方だ、困ったことである。
「はあ……姉さん…」
「溜め息つきたいのはこっちなんだよなあ」
「はあ………すき、今日もがんばろ」
「シンプルに今のお前めちゃめちゃ嫌い」
悟の戯言は気にしない、コイツは姉さんの素晴らしさを微塵も理解出来ない可哀想な奴だから仕方無い。
まあ姉さんの良さは私が知っていればいいんだ、何なら私だけが知っていればいい。私以外は知らなくていいし、知ったら知ったで嫌だ、許せない、無理だ、生かしてはおけない。
いや、でもまあ姉さんは難解なお人だから、やっぱり私以外が理解することは難しいんじゃないかな。
何せ姉さんは自称「月の者」らしいので。
私もそれには同意する、だってあの人は年々人間離れした感じになっていっているから。
容姿は同じ血が通っているのかと疑う程には、成長すればするほどゾッとするような美しさへと変貌していき、携える超人的オーラには思わず視線が合っただけで屈服しそうになる。何処か無機物的な感じも、重力なんて知らないような軽やかな足取りも、全てが人間と呼ぶには異質な作りであった。
悟は姉を一目見た瞬間から「変なのがいる」とタヌキを初めて見た人間みたいなことを言うくらいだし、硝子も「人間みが少ない」と称していた。
他人から見てもそんな感じな姉なので、昔から友達は出来ず、妙な奴ばかり引き寄せる。
そんな人なので、姉さんの理解者は少ない。
本人は理解されようとも、されたいとも思っていないのか、昔から変わらずフワフワした人のままだった。
そこが良いんだけどね、だからこそ私がベタベタしても何も言わないで受け入れてくれる、有り難い。
ずっとそのままで居て欲しい、ずっと私だけの美しくて尊い女神で居て欲しい。
誰かに目を付けられるなんてたまった物じゃない、そんなことになった日には、私はどうなってしまうのだろう。最早、予測も立てられない。
姉さん、私の姉さん。
私の光、私の救い、私の女神。
私の愛、私の初恋、私の月、私の世界の中心点。
誰の物にもならなくていい。
貴女はそのまま、永遠に私の心を照らし続けてくれ。
貴女が息をしているから、私は今日も笑っていられるのだ。
齢6つの時、私はその頃には既に自分には見えていて他人には見えて居ないモノがこの世に存在し、それを表立って居ると表現することは、してはいけない事なのだと何となくだが理解していた。
自分が見ている世界と、他人が見ている世界は違っていて、その事実を押し付けることも、理解して貰おうと願うことも、きっといけない事なのだと、私は小学生に上がった歳に痛感したのだった。
他者と自らが感じ取る世界の違いに、孤独を募らせる日々。
誰にも理解されない、何処に行っても上手く笑えない。いや、笑えているかもしれないが、それは本心からの笑みでは無く、ただの急ごしらえで身に付けた処世術の一つに過ぎなかった。
そんな愛想笑いが板に付いて来たくらいの時、クラスメイト数人と放課後に校庭で遊んでいた時のことであった。
夕暮れも迫る時間帯、近くの寺から夕方の5時を知らせる鐘の音が聞こえ、家に帰らなければならなくなる。
名残惜しくもまた明日と手を振って帰路に着いた先、私は呪いと目を合わせてしまったのだった。
生き辛い世界を円滑に生きて行く方法の一つとして覚えたこと、呪いとは目を合わせずに生活をする。
ずっとやって来たことをその日出来なかったのは、恐らくクラスメイトに「お前も来いよ」なんて言われたのが初めてのことだったから、舞い上がっていたのだ。そう記憶している。
目を合わせたが最後、幼き日の私は家にも帰らず、ひたすらに自分にしか見えない化け物から逃げ続けることとなった。
狭い路地を抜け、畑の隅を走り、人の家の庭に足跡を残して、迫る夜を背に呪いから逃げ続ける。
あの日のことは、今でもよく覚えている。
涙と汗で顔をグチャグチャにしながら、息を切らしてガムシャラに行く宛も無く逃げ惑っていた。
この時の私はまだ幼く、このまま自分はどうにも出来ずに死んでしまうんじゃないかと思っていた。
誰にも助けを求められず、体力が尽きたら終わり。
汗も、涙も、痛む肺も、苦しい呼吸も、縺れる手足も、全てが私を絶望へと追いやっていく。
ヒックヒックとしゃくりあげながら泣き、倒し過ぎた重心に従って道路へと崩れ落ちるように転ぶ。
もうダメだ、一歩も動けない。走ることをやめて、迫る悪寒に奥歯をカチカチと鳴らしながら、自身の身体を抱き締めて痛みが来るのを耐えていた時であった。
いつの間にか空に上っていた月が、一瞬輝いたような気がした。
次の瞬間、ピキリッと音がしたかと思えば、私の周りのアスファルトが音を立てながら砕け割れ、背後でグチュリと不快な音が一度だけ鳴る。
何が起きたか分からず、依然涙を流して鼻を啜りながら怯えていれば、ポンッと優しい力で肩に触れる手があった。
ゆっくりと視線を滑らせる。
そこにあったのは、日焼けを知らない白い小さな指先。それを上へ上へと辿っていけば、そこにあったのは、まごうこと無き自分の姉の姿だった。
姉は聞く。
「傑くん、転んじゃったの?」
首を傾げながら、ヒビ割れたアスファルトの上に立ち、月の光に照らされた姉は、自身のポケットから黄緑色の可愛らしいハンカチを取り出すと、遠慮無く私のクチャクチャになった顔をゴシゴシと拭き出す。
「ピアノから帰ったらいないんだもん、探しに来ちゃったよ」
「ンググッ」
「宿題やったの?あ、今日の夕ごはんシチューだって」
温かい手のぬくもりと、心配そうな声、そういった物に強張っていた身体からは次第に力が抜け、心臓が落ち着いてきた頃、転んだ時の痛みやら安堵から、顔を拭いて貰ったばかりなのにまた涙を流してしまった。
姉の顔を見上げてボロボロと泣き出した私に、彼女は珍しく驚いた顔をした後に、しゃがみこんで抱き締めてみせた。
グッと両腕に力が込められ、汗や砂利やらで汚くなった身体に構うことなく頬を擦り寄せ背中を撫でる。
優しい声で、「怖かったね、もう大丈夫だからね」と言った姉にとうとう色々な事が耐え切れなくなった私は、しがみつくように抱き着きながら、声を荒げた。
「も、もうやだ!いやだ!!」
「うん、やだね」
「こんなの、なんで、ぼくばっかり!」
「うん、怖かったね傑くん」
「こわかった、こわかった、おねえちゃあぁん!」
よしよし、もう大丈夫だよ、お姉ちゃんがいるからね。
大丈夫、大丈夫、傑くんはよく頑張りました。
わんわんと恥じらいも無く大声を挙げて泣いたのは、記憶にある限りではその日が初めてだった。
姉は帰路に着いてからも、普段は繋がない手を繋いでくれて、私より少し前を堂々と歩き、そういう事は得意じゃないだろうに慰めるような言葉を沢山掛けてくれた。
私はこのことがあるまで、姉も見えない人達と同じ世界を見ているのだとばかり思っていたが、どうやら違ったらしい。
姉は見える側の人間だった。
しかし、彼女と私の絶対的な違いは、彼女は呪いに恐怖していなかったことだ。
曰く、大きな犬の方が怖いのだとか。
私は帰宅してからそれを聞いた時、なんじゃそりゃと思った。
どう考えたって呪いの方が怖いだろうに、姉は呪いより大きな犬や、ピエロの方が怖くて嫌いだと言っていた。
「なんでお姉ちゃんは、あれが怖くないの?」
「私の方が強いから」
「なんでお姉ちゃん強いの?」
「お姉ちゃんだから」
理由になっていない理由だったが、当時の私はこれで納得していたし、あれから10年以上経った今も「姉だから」で大体のことには納得している。
今までは良くも悪くも無かった姉弟仲だったが、これ以来私は何かにつけて姉の周りをウロチョロし、「怖い」と言って甘えれば拒まれない事が発覚して以降は拍車を掛けて姉にベッタリするようになった。
そりゃあもうベッタリ、ゾッコンである。
何せ初めての理解者にして、救世主であり、自分の手を引いて導いてくれたのだから、それはもう当たり前のように好きになっていった。
自分と同じ黒髪も、姉の髪となれば何故かずっとずっと綺麗に見えたし、家でピアノの練習をする姉の指先を暇さえあればずっと眺めていた。
姉が中学校に通う頃になっても我儘を言って一緒に寝て貰っていたし、買い物に出掛ければ絶対に手を繋いだ。
とにかく姉のことが好きで、堪らなくて、その気持ちは尊敬や憧れから、いっときは恋のように苦しくも甘い物へと形を変え、しかしさらなる進化を遂げた結果、現在はと言うと……
…
「ふふ、姉さんったら去年と同じ日に寝坊をしてる……あ、しかも朝ごはんがほぼ同じメニューだ、メモしておかなければ」
「いや、朝から気持ち悪すぎ」
同級生に気持ち悪がられながらも、私は携帯のメモ機能に姉さんについて気付いたことを書き込んだ。
そう、あの日から早10年と少し、小学校高学年から中学生時代の多感な時期にあやまって恋心へと転じた姉への好意は、進化し、最終的には信仰心に近い物へと変貌を遂げた。
行き着く所に行き着いた感がある。
姉さんは私の宗教だ、人が温かな日差しや清々しい風を愛するように、私は姉を愛している。
姉さんが居るだけで世界が輝いて見えるし、私にくれる言葉や行動は全て尊い物だ。
姉さんは私の魂を照らしてくれる光……即ち、女神である。
今日も朝から寝坊をしていた姉さんを起こしに行けば、ムニャムニャと言いながら手を伸ばして来てくれたので、私はその身体をそっと優しく抱き起こしながら全ての支度を整えて差し上げた。
控え目に言って最高の朝を過ごせたと思う、毎日これでいい、毎日寝坊してくれ。
出来ることならおはようからおやすみまで、いや、おやすみの後も一緒に居たいがそれは中々難しい。
何せ姉はもう18歳になる女性で、学校は男女別の寮住まいだし、学年が違えば関われる機会が減るばかりだ。
私はもっと姉の側で姉の放つ光を浴びていたいのに、それが出来ないのだから精神は荒む一方だ、困ったことである。
「はあ……姉さん…」
「溜め息つきたいのはこっちなんだよなあ」
「はあ………すき、今日もがんばろ」
「シンプルに今のお前めちゃめちゃ嫌い」
悟の戯言は気にしない、コイツは姉さんの素晴らしさを微塵も理解出来ない可哀想な奴だから仕方無い。
まあ姉さんの良さは私が知っていればいいんだ、何なら私だけが知っていればいい。私以外は知らなくていいし、知ったら知ったで嫌だ、許せない、無理だ、生かしてはおけない。
いや、でもまあ姉さんは難解なお人だから、やっぱり私以外が理解することは難しいんじゃないかな。
何せ姉さんは自称「月の者」らしいので。
私もそれには同意する、だってあの人は年々人間離れした感じになっていっているから。
容姿は同じ血が通っているのかと疑う程には、成長すればするほどゾッとするような美しさへと変貌していき、携える超人的オーラには思わず視線が合っただけで屈服しそうになる。何処か無機物的な感じも、重力なんて知らないような軽やかな足取りも、全てが人間と呼ぶには異質な作りであった。
悟は姉を一目見た瞬間から「変なのがいる」とタヌキを初めて見た人間みたいなことを言うくらいだし、硝子も「人間みが少ない」と称していた。
他人から見てもそんな感じな姉なので、昔から友達は出来ず、妙な奴ばかり引き寄せる。
そんな人なので、姉さんの理解者は少ない。
本人は理解されようとも、されたいとも思っていないのか、昔から変わらずフワフワした人のままだった。
そこが良いんだけどね、だからこそ私がベタベタしても何も言わないで受け入れてくれる、有り難い。
ずっとそのままで居て欲しい、ずっと私だけの美しくて尊い女神で居て欲しい。
誰かに目を付けられるなんてたまった物じゃない、そんなことになった日には、私はどうなってしまうのだろう。最早、予測も立てられない。
姉さん、私の姉さん。
私の光、私の救い、私の女神。
私の愛、私の初恋、私の月、私の世界の中心点。
誰の物にもならなくていい。
貴女はそのまま、永遠に私の心を照らし続けてくれ。
貴女が息をしているから、私は今日も笑っていられるのだ。
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