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星を蝕む呪いの祈り

夏油傑(多分偽物)に優しめに叱られた私は一つ溜め息をついた。

遡ること2日前のこと、真人ちゃんの玩具にされてる罪は無いが知恵も足りて無いガキンチョを色々あって助けた私は、彼の手を引き東京の呪術高専近くまでやって来た。

右手には彼の手を、左手には一通の手紙を持って暗い夜道をちんたら歩く。
最早喋る気力も体力も無い彼、名前は何だったか…よし、よ…なんたらかんたら……まあ彼でいいだろう。名前なんて覚えてやる義理も無いし。とにかく彼は、私に手を引かれるままに俯きながらそれでも足を動かしていた。

そうして幾らか歩いた後、私は立ち止まって彼の手を離した。
左手に持っていた簡素な茶封筒を押し付けるように差し出して、自分勝手に話し出す。

「これ持って行って、門のとこでタスケテー!ってすれば何とかなるから、多分」

弱々しい力で封筒を受け取った彼は、未だ憔悴しきった風に震えた声で尋ねてくる。

「貴女も…悪い人、なんですか」
「うーん、どっちかと言えばそうかも…?」
「じゃあなんで、助けてくれたんだよ……」

軋む程に歯を食い縛りながら困惑の奥に嫌悪をちらつかせる片目が私を睨み付けた。
とは言え、私に彼をどうこう出来る手段は無い。
私に出来ることはせいぜい、罪の無い可哀想な子供を叱るべき場所へと送ってやるくらいだ。この行為だってどれ程リスクを抱えているやら、まあ…だからと言って感謝しろとも言わないが。
礼を言われたくてやってるんじゃない、私はいつだって気分に流されるがままに生きている。
己の心に素直に従ってるだけなのだ。

「だって、頑張ってる子は応援したくなるじゃん」
「………」
「私、最近流行りのチート系より君みたいなタイプのが好きよ、ほら、応援してるからあとは上手く頑張りな」

あくまでも自分勝手に、何とも締まらない言葉を持って彼の背を押し突き放す。

タッタッタッと軽い足音をわざと立て、彼から走って離れると、未だその場に留まりこちらを困惑気味に見つめる彼に向かって手を振った。

「適当に頑張れ!」

そう言って今度こそ、その場を後にする。


真人ちゃんに「寿命吸いとれそうな奴出来るかも」って言われて里桜高校まで足を向けたが、あんな魂グチャグチャマゼマゼ不恰好な命…吸収したとこで純度が低すぎて使い物になんないっての。
だったら人としてもう一度生きて貰い、命に縛りを付けて放し飼いにしてた方がまだマシだ。

何か使い道があるかもしれないし~なんて思いから誰の許可も取らずにした勝手な行為であった。
なので、叱られるのは……仕方無いっちゃあ仕方無い、何せ今の雇い主…衣食住全般を賄ってくれているのは夏油傑(偽)なのであるから。


「前にも言ったこともう忘れちゃったかい?勝手な行動は控えて欲しい」
「すみません、すみません」
「本当に反省してる?」
「してます」
「どのくらいしてる?」
「いっぱい………」

いっぱいか、ならいいよ。
なんて言って私を腕の中から解放した夏油傑はニコニコしている。
わりと力を入れられてつねられていたから頬っぺたが痛い、これは絶対赤くなっている。

「暫くはお利口さんにしていてくれるかい?出来るかな?」
「いつもわりと良い子にしてるんですが…」
「どうかな、君は突然自分の都合と気分で人を助けるからね」

うぐっ!耳が痛い!

「真人とちゃんと仲直りするんだよ」
「え、私達喧嘩なんてしてないですよ?」
「でも怒っていたよ」
「えっ」

えー!!!!!
私の反応にクスクスと笑った夏油傑は言うだけ言って去っていく。

マヒマヒ怒っちゃったの?なんで?私が可愛い顔した目隠れボーイを助けてお見送りデートしちゃったから?それとも宿儺の器殺そっ♪て誘われた時にダルいからって断ったから?それともそれとも、この前一緒に見てたフランス映画がクソ寒すぎたから?あ、もしかしてソシャゲのガチャで爆死した時八つ当たりしたから?
あーん、ゆるちて…わざとじゃないの、私だってそれはもうゲーテよりも深く悩み抜いた結果であるのだ、人間と人間性についてから、自我と自由と節度についてまで、個人と社会…生活の知恵…人生の憂鬱に至るまでそりゃもうあらゆることを悩み考えて出した結論であり、そこから導き出された結果なわけでして…。


ということを、特級呪霊御用達の自然溢れる温泉にて頭を低く低くして訴えてみた。

「ごめんね真人ちゃん」
「やだ、なんで俺が怒ってるのか全然分かってないじゃん、ばーか」

馬鹿って言った方が馬鹿だし。
てか分かるわけないだろ、他人の気持ちなんて。知ったことかよ。ナメてんのか。
いぬのきもち みたいな雑誌でもあれば話は別だけど、君だって人に自分のこと理解させる気無いのにそんなこと言われましてもって感じだ。

温泉の中でパシャパシャお湯と戯れる彼を眺めながら、さてどうしたものかと考えていれば、一つ気になったことがあり口にする。

「そうだ、宿儺の器どんな感じした?やっぱ変な匂いとかした?すっぱい匂いとか」
「変な匂いはしなかったかな、気になったなら見に来れば良かったのに、どうせ暇じゃん」
「それはちょっと……そこまで興味無いし…」
「あっそー」

とくに興味が無いことが相手にも伝わったらしく、真人はそれ以上追及をせずに次の作戦について漏瑚さんや夏油傑とあれこれ楽しそうに話始めてしまった。
私、完全に仲間外れ。仕方無いのでスニーカーを脱いで揃え、靴下も脱いで温泉に足をつけてみる。おお、あったけ。ポカポカする、水着持ってくれば良かったかもなあ。

暇になったので、そのまま暫し一人で考えに耽ることにした。

うーむ、なんとも非常に不味いことになって来たぞ。
流されるままプラプラ生きてきた私が今更言うことじゃないかもしれないが、敵対する気の無い人達と敵対し、さらには人類全体にまで被害を出さんとすることを企む方々と同位置に席を置いているこの状況…今更ながら不味いよなあ。

だって私、そもそも呪術師と戦うつもり無いし。依頼があれば人を選ばず術式使うもん。
てか、別に好き嫌いで立ち位置決めてないし、何か知らないけど記憶が曖昧だから深く考えずに生きてたらここに居ただけだ。そんな程度の奴なのだ。

だからこそ、流石にどうしたものかと頭を悩ませる。
このまま彼等と共に居ることは正解なのか、それともそろそろ独り立ちすべきなのか……。
さらなる問題は、果たして私が正しく人間として人気の世で生きれるか。

うーむ、さて………と、頭を悩ませていれば、横から「ってことだから、頼んだよ」と夏油傑から声を掛けられた。
え、何が?何も聞いてなかったんだが。慌てて「え、あ、」と状況を理解しようとしていれば、漏瑚さんに鼻で笑われた。
ひ、ひど……仲間外れにしてたのあんたらやんけ…。

「ろくに話も聞けんのか、混ざり者は」
「私に関係無い話かと思って……」
「関係無い話の席に置くわけ無かろう、そんなことも分からんのか」
「すみませ…」

えーん!チクチク言葉やだよ~!
やめてよ、意地悪言わないでよ…漏瑚さんみたいな私とは真逆の自分の思想や意思をしっかり持って生きてらっしゃる方の言葉は突き刺さるんだって、本当…しんど、泣いちゃう。ィィーーン。

「これだから目的意識の低い奴は……」
「自己啓発セミナーみたいなこと言わないで…」

思わず温泉から足を上げて体育座りの体勢を取り、膝に頭を突っ伏した。
守りの呼吸一ノ型、心を閉ざす。なんつって。

「漏瑚、あまり彼女を虐めないでやってくれ、この子も大変な子なんだよ」
「クスンクスン…ィィーーン…」
「よしよし、私が説明してあげるから今度はちゃんと聞くんだよ?」
「ウン……」

私の頭をなでこなでこと撫でくり回しながら夏油傑(偽)(ママ)は言う。

「次の作戦は君にも頑張って貰うから、気まぐれで人を救ったりしないようにね、約束出来るかな?」
「出来る」

多分。
いや分かんない、その時になってみないと何とも……。
でもいいよ、がんばるよ。

だってどうせ、この世の何処にも私の居場所は無いんだし。
ここくらいでしか、息の仕方が分からないんだから。
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