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星を蝕む呪いの祈り

とんでも無い頭痛がして飛び起きれば、そこは見慣れた高専の寮の自室であった。

なんだかとんでもない夢を見た気がして俺は額の汗を拭う。
時計を見れば時刻は夜12時を過ぎた所。確か寝たのは…あれ、いつだったか?確か寝る前に傑と………は?

記憶を呼び起こそうとして昨日の記憶を辿れば、あり得ない思い出が浮かび上がって来た。


「さよなら、悟様!」

「極ノ番、因果巡壊船」


その声は、その姿は、自分が知るあの子の姿とは全く違う物なのに、同一人物であると何故か理解する。

待て、待ってくれ、そんな馬鹿な話があるか。
人智を越えた神の所業、呪いでは説明が付かない神秘の域。因果に干渉し、それを呪って結果を覆す。
そんなことを、一人の人間のために?俺の知らない俺のために。
何故俺に?だって俺は、養子に出されると決まったあの子に別段興味も持たずに今の今まで忘れてたというのに?

そうだ、養子。
養子に出されたのだ、確か一年前に。


「私の命が貴方の役に立つのなら、それ以上に嬉しいことなどありません」


耳の奥にこびりついた声が離れない。

任務の合間にでもあの子の元へ行かなければ、でなければ俺は、この世界は

一生あの子に呪われたままになる。




___




そうして世界は五条悟にとって都合の良い瞬間からやり直される。

時を同じくして、未来にて神秘に辿り着いた幼い子供は冷たい石造りの部屋の中、己の記憶に無い僕と再会を果たし、闇夜に逃げて行ったのであった。



___

「やだ」

プイッと音がしそうな風に首を横に振った幼女と呼ぶに相応しい外見年齢をした子供は、筋骨隆々な男が差し出した手をペチリッと叩き落とした。

「おや、何かお嫌でしたか?」

まるでいつものことだとでも言うように膝を折り、穏和な態度で問い掛ける呪いと人間の混ざり物、呪胎九相図の次男である壊相は自分の主である幼女に向けて笑みを浮かべていた。
幼女は足先で小石をカツンと蹴りながら、ムッと唇を尖らせる。

「歩くの飽きた、だっこがいい」
「それはそれは…気付かなくて失礼しました、お姫様」
「あと、明日はちゃんと宿にとまろう、ネカフェじゃ身体こわすよ、君が」
「お優しいですね、承知しました」

両手を差し出され、乞われるままに小さく儚い身体を片手で抱き上げた壊相は、しがみつく幼女の背を撫でながら歩き出す。


過去、未来、全ての時間において『壊相の全てはこの幼女の物となる』という縛りを壊れた未来にて結んでしまった壊相は、何故か石造りの部屋で自分の主と再会した。

再会した瞬間、様々な情報と記憶が濁流となって脳内を駆け巡り、その結果出した結論はその場から鎖に吊るされた幼女を抱えて逃げ去ることであった。

互いにあやふやな記憶のままに逃げ出したは良いが、全てを知る壊相とは裏腹に主である幼女は己の存在について全くよく分かっておらず、過去も未来も記憶の全てが朧気な様子で、壊相の存在にたいしても「だれおまえ」状態であった。

しかし、説明しようにも壊相も何故自分が縛りを結んだ主の過去にいきなり出現してしまったのか分からず、互いに首を捻ることしか出来なかったため、二人は一先ず「何はともあれ逃げる」ことを選択した。

あの家から逃げる。
誰にも捕まりたくないから逃げる。
逃げる他に、正しいと言える生き方が分からなかった。


と、いうことで絶賛逃亡中の二人は日本各地をグルグルと巡っていた。
今は京都にあった屋敷から離れ、千葉や埼玉、東京などの辺りをグルグルしている。

どうしたって現代日本じゃ壊相の背中は目立つ。
服を着れば蒸れるし、そもそも臭う。だが逃げるためには目立つのは良くないと、そう結論に達した主である幼女は自身の術式を使って一時的に彼の背中に宿る人面痣を「寿命」として計算、算出し、吸収することにより封印のようなことを行った。
これにより壊相は一部の技が使えなくなるという弱体化が起きたが、必要あらば主が封印を解いてくれるため甘んじて封印を受け入れた。
ので、現在壊相は普通に服を着ている。
普通に服を着て、見た目だけはわりと普通の幼女を抱いて、普通じゃない生活をしている。

「東京はあんまり近づきたくないね、呪術師も呪詛師もいっぱいいそう」
「五条悟に見つかったらすぐにバレてしまいますしね」
「その名前、なんかききたくないんだよねぇ」
「それは失礼致しました」

口元をもにょもにょとさせながら、理由の分からない不快さに身を捩る子供を落ち着かせるためにポンポンと背中を叩く壊相は、人通りの少ない暗い夜道をゆっくりと歩いた。

「あ、いやちがうよ、君のせいじゃない。多分、遠い何処かで私となにかあったんだよその人、きっと」

サラリとそう言われ、壊相は「遠い、何処か……」と繰り返すように呟いた。
脳裏に過ぎた景色は未来にて会えるはずの兄と弟の姿。

「うん、全然なにも思い出せないけどね」
「寂しいですか?」

人の心の機微をまだイマイチ理解し得ていない壊相は、親からも手を離され過去も未来も失ってしまった主はさぞかし寂しい思いをしているだろうと思ったが、当の本人はぷるぷると首を横に振り、壊相の肩に預けていた顎を離して彼を見上げた。

「君がいるからさみしくなんて無いよ、我がしもべ」

にこり、口角をキュッと上にあげ、秘色の瞳をしならせ楽しそうに薄く笑う主の表情に出会った日のことを思い出す。

「離さないでね、一人にしないで」

あの日、神でも悪魔でも良いから助けてくれと伸ばした手を掴んでくれたのは、星を呪い星を飲み、世界を歪め因果を破壊した、ただの孤独な子供だったらしい。
縋るような言葉に壊相は笑みを浮かべながら、「私を離さないのは貴女の方でしょう。私を縛っているのは他でも無い、貴女なのに」と返した。

「たしか、永劫離さないとかなんとか」
「そんなこと言ったっけ?」
「そうですよ、そう貴女が言ったのですから」
「あらまあ」

耳元でクスクスと笑われ、かかる吐息を擽ったく感じながらも、それをおくびにも出さずに壊相はこの先の人生について考える。


人生は儚い、あまりにも。

簡単に始まり簡単に終わったちっぽけな自分の命は、今は最早自分の物とは言えなくなった。
未来も過去も、この身この命全て、儚き人生の何もかもを捧げて生き延びたのだ。
悪魔でも神でも無い、人の道から逸れた星を飲む魔物に明け渡してしまったのだから、もうどうしようもないだろう。
ただの寂しい子供になってしまった主の側に寄り添う以外、どうすることも出来ないだろう。
だって「一人にしないで」と言われてしまった。一人にしたらきっと、また似たような運命を歩み、何処かの未来で似た結末に至り、誰も知らぬ陰界へ堕ちていくのだ。己が破壊した結末を抱いて。



私が真に縛りを結んだかの女は、何処かの誰かのために因果を壊し、地獄か奈落か星の裏か……何処か人の手の届かぬ底へと堕ちて行ったのだ。
こう言うのをなんと言ったか、ああ…バッドエンドだったか。
我が主は自ら望んで誰かのための希望を見出だすために、己はバッドエンドに身を投げたのだ。
健気と言えば良いのか、阿保と笑えば正しいのか私には分からないが、分からないが………もし、自分がその立場になったのならばと考える。

兄と弟の希望のために、自分の人生全てを差し出し地獄へ身を投げる。

互いが互いのためにあるならば、きっと自分は……主と同じ手段を取るのだろう。

だがしかし、残念なことに自分の命は既に兄弟達のための物では無くなってしまった。
であれば私は、主のために地獄に行く気はあるだろうか。


そこまで考え、壊相は胡桃色の小さな頭を見下ろした。
私の視線に気付いた彼の主が眠たげな声で「どうかした?」と尋ねてくる。それに対して壊相は「ああ、少々考え事を」と返した。

「考えごと?」
「私は貴女のために地獄に身を投げ出せるかどうかと」
「なんじゃそりゃ、私のためでも地獄なんて行くなよバカ」
「そうですね、あまり行きたくはありません」

壊相の回答を聞いたおねむな幼女は、足をプラプラさせながら「じゃあ行かなくていいよ」と溜め息混じりに言って目を閉じた。

「誰かのために地獄に行くなんてバカのすることだよ、自分の人生は自分のためにあるのに」
「ええ、そうですね…本当に」

何も知らない幼女はそう言い捨てて、壊相の肩に頭を預けて寝る体制に入った。
次はバカな結末など選ばないと良いですね、と彼は心の中で呟いてすぐにその思いを心の深くに沈める。

バカな結末を選んだことも、他人の人生を自分の物にしていることにも気付かず眠りについた幼女を片腕に抱き壊相は夜の中を歩き続けた。

行き着く先は、まだ誰にも分からない。



___



この世界は一人の女の犠牲によって、誰かのために始まり直した。

星の終着点で女は天を見上げる。
手を伸ばすこともせずに、自分の星を見上げ続ける。

そうして一人、蒼天の輝きを呪い続けるのだ。
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