深淵巨乳伝説
翌日、里桜高校…朝礼後。
一晩明けるよりも前、緊急事態ということで高専の術師が吉野順平を保護するよりも前に、真人の手により偽りの真実を伝えられた吉野順平は運命を悪戯に弄ばれた。
彼は自身の心と真人の言葉を信じ、自分を虐め続けていた相手への復讐を行ったのだ。
全校生徒の意識を奪い、自分を虐めていた相手…伊藤翔太を心の命ずるままに殺そうとした。
彼へ質問を投げ掛けたが、それ自体に意味など無い。もう殺すことは確定事項、イエスでもノーでも関係無い、真人によって得た手段を行使するだけ。
しかし、順平の殺意を邪魔する者が現れる。
体育館の扉を開け放ち叫んだのは虎杖悠仁であった。
彼は横たわる意識の無い生徒達を見、そして順平が一般人を一方的に蹂躙する様を見て「何してんだよ!!!」と強く吠えた。
ぶつかり合う怒りと正義はどちらが正しいとは言い難い。
順平の怒りは最もであり、彼には怒る資格があった。例え相手が呪いを知らない一般人であろうとも、呪われるに足る理由がある程に彼の怒りは真っ当だった。
虎杖の拳が順平の式神に弾き返される。
刺さる毒の槍先は怒りと真人からの教えを貫き通すための一撃だった。
この世には、救われる者も居れば救われない者も居る。
持たざる者の側には持つ者がおり、平等は存在せず、理不尽が世の常だ。
吉野順平は"呪い"を持っていたが、救われる権利には手が届かなかった人間だ。
虎杖との激闘の果て、拳を叩き込まれた身は窓ガラスを割って体勢を崩した。
痛みと敗北、それから間違いに気付き涙を流す。
彼の心からの叫びは虎杖にしっかりと届いた、けれどその時には既に遅かったのだ。
カツン、カツン…
継ぎ接ぎの呪霊が両手を広げ、階段の上から降りてくる。
軽薄な笑みを浮かべて飽きた玩具を壊すために降りてくる。
残忍な運命を振り下ろすために降りてくる。
真人を信じ切っていた順平は彼が側に居ることを、触れることを許してしまった。
呪いは人間の味方ではない。
その事実に気付いた時には既に遅く、魂の歪められた吉野順平という一人の人間は意思も思考も消え、ただ魂が尽きるまで「もう呪わない」と言ってくれた虎杖に拳を振るい続けるだけの物になっていた。
怒りも嘆きも無い、ただ振るわれるだけの拳を身に受けながら、虎杖は必死に順平に呼び掛けた。
「今治してやるから!!」
そうして彼は一筋の望みを持って呪いの王の名を呼ぶ。
「ヒヒッ、愉快愉快」
けれど、所詮は人と呪い。
呪いが人間に純粋な救いを与えるなんてことあるはずも無く、下卑た穢れた笑い声がこだまするだけだった。
虎杖の意識が怒りと後悔に染まっていく。心の底から沸き立つあり得ない程の負の感情を持ってして、彼は眼前の呪いに目を向けようとした。
しかし、彼は汚く笑う真人の後ろに"ソレ"を見てしまった。
静かに、揺蕩うように。
霧と煙がやって来る。
地獄の叫声を伴ってやって来る。
ギャアキャアキャア、ギャアキャアキャア。
一体どうして今まで誰も気付かなかったのだろうか。
何故、こんなにも近くに"こんなもの"が居たのに気付かなかったのか。
濃い乳白色の霧と煙の中から伸ばされた細く小さな手によって、かすみの一部を払われたそこから現れたのはよく知る同級生の姿だった。
昨日と同じく担任の上着を身に纏い、しかし明らかに昨日と違う表情を浮かべる。
昨日までの幼稚な笑みはどこにも見当たらず、幽霊のように薄ぼんやりと静かにこちらを見下ろす瞳には人類が未だ見たことの無いだろう、遠く遠く果ての先に存在する星々と神々の輝きを伴った光が灯っていた。
揺れる呪力はこの場に居る誰よりも深く暗いというのにいっそ眩しい程に澄んでいて、そんな彼女はしっかりと虎杖を見つめて事実を述べた。
「違うよ虎杖くん、救いを求める相手が間違ってる」
まるで幼子の間違いを正すように、ハッキリと分かりやすく、けれど余計な感情を込めずに言われた言葉に虎杖だけでなく真人も唖然と口を開いた。
救いなど最早ここには存在しない。
そんなものはじめからどこにも無かったのだ。
だから順平は死ぬ、このまま身体も魂も歪められたまま死に絶える。
一寸の救いを与えられず、助けられずに死ぬはずなのに。
それなのに、彼女は救える手段を持って来たというのか?
魂を歪める呪いに対抗出来る策を…?
突然の展開、けれど他に縋る先の無い希望。
虎杖は今度こそ期待を込めて、そして友人を信じて声を張り上げた。
「助けてくれ、順平を…助けてくれ!!!」
瞬間、虎杖が強く強く救済を願った瞬間のことだ、辺りを包み込んでいた乳色の霧は途端に晴れ、ピタリと叫声が鳴り止んだ。
そして変わりに少女の口が開き、両手が密印を結び始める。
「勿論、我が神もそれをお望みだ」
では、未来無き者の魂に捧ぐ。
招き入れるは一人分の魂、開かれる門の先で君は真の私と出会うだろう。
恵まれたる者よ、その恵みを救い無き人類に分け与えたまへ。
「領域展開、擬似邪神殿」
……それでは皆様ご笑覧あれ。
これなるは狂気と悲嘆と悦楽の真髄、一人の阿呆な人間が生み出した、神々からすればちゃちで馬鹿馬鹿しい…しかして人一人救うには十分過ぎる程の異常なる驚嘆すべき事実である。
擬似的に創り上げた神殿、祀られたるは邪神である真の自分そのもの。
信仰は、祈りは、願いは虎杖悠仁の向けた一つだけ。
それでも地獄の底で微睡む者には十分過ぎる信仰であった。
真なる彼女を崇める地獄の狂者達は狂ったように彼女が眠りから目覚めたことを喜び称える文言を口にする。
吐き気を催す雄叫びを挙げて信仰を唱える。
さあさ、皆様ご一緒に。
神よ!神よ!神よ!!
我等が偉大なる笑う狂楽者よ!!
天扇げ、闇深く、天下に狂気を灯すが良い!!
ブレスト=イア!ブレスト=イア!ブレス・ユラ・ジャイズ!!
ビーティ=ファイ-バプ・タイズ・フタグン-イア、イア、イア、イア!!
ビーティ=ファイ、ビーティ=ファイ、ビーティ=ファイ!!!
イア、イア、イア!!!
深き微睡みの門が開く。
地獄の底のそのまた向こう、古き星々の洗礼を受けた恵まれたる者が、哀れな人類の魂を迎え入れた。
夜に、堕ちる。
どこまでも、どこまでも、どこまでも…。
____
擬似、邪神殿。
ここは底、常闇を抜けて下卑た笑みを浮かべる欲深く見苦しい者だけが辿り着く夢の底、地獄、奈落、深淵の果て。
天と地の境目も見当たらない闇の中、異常な程に眩しい救いのための極彩色が輝いた。
何処からか、崩れた魂を救え救えと叩く音が聞こえてくる。
ギャアギャアギャア、ギャアギャアギャア。
地獄の狂者の救いを求める合唱は、天を超え地を超え響き渡る。
…人類皆様無いもの強請り、明日の命を強請る阿呆を我等は笑う。
地獄の闇はどこまでも、叫声は無限に続いていく。狂者の祈りは果てなく続いていく。救いの無い暗闇に延々と続いていく。涎を垂らし、喘ぎ、苦しみ、絶頂の声を挙げながら、終わりの無い邪悪は幾億と満ちていく。
鼻をつく獣臭と生臭い何かの香り、絶え間なく流れ続ける誰かの血は一体何のためのものなのか。
ここはそう、唯一この地獄の底で恵まれたる者である邪神のための神殿だ。
彼女は狂者の叫びを子守唄変わりに微睡み続ける。
その微睡みから覚めた恵まれたる者は、送り込まれた人間らしき者とたった一つの祈りのために呪いと呼ばれる力を行使した。
邪悪なる混沌への接触開始。
世界の根本原理、解読。
狂者、狂声、狂気をリセット。
呪いを捧げる、この地獄は恵まれたる者の前に不平等である。
真・天啓術
獣、化物、魂を晒せ。
「我、神の意思なりや」
さあ、この世の真実を知る私の慈悲をその魂で味わうと良い、苦痛を知る哀れな人類よ。
一晩明けるよりも前、緊急事態ということで高専の術師が吉野順平を保護するよりも前に、真人の手により偽りの真実を伝えられた吉野順平は運命を悪戯に弄ばれた。
彼は自身の心と真人の言葉を信じ、自分を虐め続けていた相手への復讐を行ったのだ。
全校生徒の意識を奪い、自分を虐めていた相手…伊藤翔太を心の命ずるままに殺そうとした。
彼へ質問を投げ掛けたが、それ自体に意味など無い。もう殺すことは確定事項、イエスでもノーでも関係無い、真人によって得た手段を行使するだけ。
しかし、順平の殺意を邪魔する者が現れる。
体育館の扉を開け放ち叫んだのは虎杖悠仁であった。
彼は横たわる意識の無い生徒達を見、そして順平が一般人を一方的に蹂躙する様を見て「何してんだよ!!!」と強く吠えた。
ぶつかり合う怒りと正義はどちらが正しいとは言い難い。
順平の怒りは最もであり、彼には怒る資格があった。例え相手が呪いを知らない一般人であろうとも、呪われるに足る理由がある程に彼の怒りは真っ当だった。
虎杖の拳が順平の式神に弾き返される。
刺さる毒の槍先は怒りと真人からの教えを貫き通すための一撃だった。
この世には、救われる者も居れば救われない者も居る。
持たざる者の側には持つ者がおり、平等は存在せず、理不尽が世の常だ。
吉野順平は"呪い"を持っていたが、救われる権利には手が届かなかった人間だ。
虎杖との激闘の果て、拳を叩き込まれた身は窓ガラスを割って体勢を崩した。
痛みと敗北、それから間違いに気付き涙を流す。
彼の心からの叫びは虎杖にしっかりと届いた、けれどその時には既に遅かったのだ。
カツン、カツン…
継ぎ接ぎの呪霊が両手を広げ、階段の上から降りてくる。
軽薄な笑みを浮かべて飽きた玩具を壊すために降りてくる。
残忍な運命を振り下ろすために降りてくる。
真人を信じ切っていた順平は彼が側に居ることを、触れることを許してしまった。
呪いは人間の味方ではない。
その事実に気付いた時には既に遅く、魂の歪められた吉野順平という一人の人間は意思も思考も消え、ただ魂が尽きるまで「もう呪わない」と言ってくれた虎杖に拳を振るい続けるだけの物になっていた。
怒りも嘆きも無い、ただ振るわれるだけの拳を身に受けながら、虎杖は必死に順平に呼び掛けた。
「今治してやるから!!」
そうして彼は一筋の望みを持って呪いの王の名を呼ぶ。
「ヒヒッ、愉快愉快」
けれど、所詮は人と呪い。
呪いが人間に純粋な救いを与えるなんてことあるはずも無く、下卑た穢れた笑い声がこだまするだけだった。
虎杖の意識が怒りと後悔に染まっていく。心の底から沸き立つあり得ない程の負の感情を持ってして、彼は眼前の呪いに目を向けようとした。
しかし、彼は汚く笑う真人の後ろに"ソレ"を見てしまった。
静かに、揺蕩うように。
霧と煙がやって来る。
地獄の叫声を伴ってやって来る。
ギャアキャアキャア、ギャアキャアキャア。
一体どうして今まで誰も気付かなかったのだろうか。
何故、こんなにも近くに"こんなもの"が居たのに気付かなかったのか。
濃い乳白色の霧と煙の中から伸ばされた細く小さな手によって、かすみの一部を払われたそこから現れたのはよく知る同級生の姿だった。
昨日と同じく担任の上着を身に纏い、しかし明らかに昨日と違う表情を浮かべる。
昨日までの幼稚な笑みはどこにも見当たらず、幽霊のように薄ぼんやりと静かにこちらを見下ろす瞳には人類が未だ見たことの無いだろう、遠く遠く果ての先に存在する星々と神々の輝きを伴った光が灯っていた。
揺れる呪力はこの場に居る誰よりも深く暗いというのにいっそ眩しい程に澄んでいて、そんな彼女はしっかりと虎杖を見つめて事実を述べた。
「違うよ虎杖くん、救いを求める相手が間違ってる」
まるで幼子の間違いを正すように、ハッキリと分かりやすく、けれど余計な感情を込めずに言われた言葉に虎杖だけでなく真人も唖然と口を開いた。
救いなど最早ここには存在しない。
そんなものはじめからどこにも無かったのだ。
だから順平は死ぬ、このまま身体も魂も歪められたまま死に絶える。
一寸の救いを与えられず、助けられずに死ぬはずなのに。
それなのに、彼女は救える手段を持って来たというのか?
魂を歪める呪いに対抗出来る策を…?
突然の展開、けれど他に縋る先の無い希望。
虎杖は今度こそ期待を込めて、そして友人を信じて声を張り上げた。
「助けてくれ、順平を…助けてくれ!!!」
瞬間、虎杖が強く強く救済を願った瞬間のことだ、辺りを包み込んでいた乳色の霧は途端に晴れ、ピタリと叫声が鳴り止んだ。
そして変わりに少女の口が開き、両手が密印を結び始める。
「勿論、我が神もそれをお望みだ」
では、未来無き者の魂に捧ぐ。
招き入れるは一人分の魂、開かれる門の先で君は真の私と出会うだろう。
恵まれたる者よ、その恵みを救い無き人類に分け与えたまへ。
「領域展開、擬似邪神殿」
……それでは皆様ご笑覧あれ。
これなるは狂気と悲嘆と悦楽の真髄、一人の阿呆な人間が生み出した、神々からすればちゃちで馬鹿馬鹿しい…しかして人一人救うには十分過ぎる程の異常なる驚嘆すべき事実である。
擬似的に創り上げた神殿、祀られたるは邪神である真の自分そのもの。
信仰は、祈りは、願いは虎杖悠仁の向けた一つだけ。
それでも地獄の底で微睡む者には十分過ぎる信仰であった。
真なる彼女を崇める地獄の狂者達は狂ったように彼女が眠りから目覚めたことを喜び称える文言を口にする。
吐き気を催す雄叫びを挙げて信仰を唱える。
さあさ、皆様ご一緒に。
神よ!神よ!神よ!!
我等が偉大なる笑う狂楽者よ!!
天扇げ、闇深く、天下に狂気を灯すが良い!!
ブレスト=イア!ブレスト=イア!ブレス・ユラ・ジャイズ!!
ビーティ=ファイ-バプ・タイズ・フタグン-イア、イア、イア、イア!!
ビーティ=ファイ、ビーティ=ファイ、ビーティ=ファイ!!!
イア、イア、イア!!!
深き微睡みの門が開く。
地獄の底のそのまた向こう、古き星々の洗礼を受けた恵まれたる者が、哀れな人類の魂を迎え入れた。
夜に、堕ちる。
どこまでも、どこまでも、どこまでも…。
____
擬似、邪神殿。
ここは底、常闇を抜けて下卑た笑みを浮かべる欲深く見苦しい者だけが辿り着く夢の底、地獄、奈落、深淵の果て。
天と地の境目も見当たらない闇の中、異常な程に眩しい救いのための極彩色が輝いた。
何処からか、崩れた魂を救え救えと叩く音が聞こえてくる。
ギャアギャアギャア、ギャアギャアギャア。
地獄の狂者の救いを求める合唱は、天を超え地を超え響き渡る。
…人類皆様無いもの強請り、明日の命を強請る阿呆を我等は笑う。
地獄の闇はどこまでも、叫声は無限に続いていく。狂者の祈りは果てなく続いていく。救いの無い暗闇に延々と続いていく。涎を垂らし、喘ぎ、苦しみ、絶頂の声を挙げながら、終わりの無い邪悪は幾億と満ちていく。
鼻をつく獣臭と生臭い何かの香り、絶え間なく流れ続ける誰かの血は一体何のためのものなのか。
ここはそう、唯一この地獄の底で恵まれたる者である邪神のための神殿だ。
彼女は狂者の叫びを子守唄変わりに微睡み続ける。
その微睡みから覚めた恵まれたる者は、送り込まれた人間らしき者とたった一つの祈りのために呪いと呼ばれる力を行使した。
邪悪なる混沌への接触開始。
世界の根本原理、解読。
狂者、狂声、狂気をリセット。
呪いを捧げる、この地獄は恵まれたる者の前に不平等である。
真・天啓術
獣、化物、魂を晒せ。
「我、神の意思なりや」
さあ、この世の真実を知る私の慈悲をその魂で味わうと良い、苦痛を知る哀れな人類よ。