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深淵巨乳伝説

不法侵入。

鍵開けのコツは道すがら傑さんから教わった。
わりとアッサリ室内へ侵入は成功し、私はそのまま目当ての物を手にする。

特急呪物、両面宿儺の指。

誰だよこんなもんここに置いた奴、ハエが集るだろ。
実際、私の背後では強い呪力に惹かれて寄ってきてしまった小バエが粘液の滴るロープ状の触手によって拘束されていた。

グチョグチョと不快な音を発しながら、イオドと呼ばれる眩い輝きを持つ半透明の生き物はそのまま呪霊を捻り殺した。
このまま朝までここで件の犯人が来るのを待っても良いが、両面宿儺の指が邪魔過ぎる。
これはどうしようか、やはり高専に預ける他無いだろうか…。

ああ、それにそうだ、両面宿儺の指に気を取られて忘れていたが…怪我人が居るのだった。

つう…と視線を斜め下に向ければ、血を流し倒れ込む女性が一人。
まだ息のあるその人はしかし意識は既に無く、このまま放っておけば失血死をするであろうと傑さんは判断する。

危なかった…予知夢にイオドの召喚と立て続けに術式を使用していたからか、少しばかり精神が向こう側に引っ張られ過ぎていたようだ。
パイプ無しの天啓が可能にはなったが、こうして精神性が虚ろになるのはデメリットに他ならない。嫌いなことではあるのだが、パイプは今後も使っていこう。

両面宿儺の指をスカートのポケットに突っ込み、適当に破いたカーテンで止血をしてから女性を抱き上げる。

そうして家から出て適当な場所まで行った所でふと、視線を感じた。
ニタニタと嘲るような監視する視線に一度歩みを止める。
ふう…こりゃ困った。犯人さんが釣れてしまったやもしれん。

まあしかし、ここまで予習済みな私である。今の状況、進研ゼミでもうやったから無敵ですよ。


「あのさ、真人ちゃんだよね?言いたいことあるなら聞くから出てきてくれないかしら」


隠す気の無い気配が漂う暗闇に向けて声を投げる。
そうすればすぐに彼女…いや、彼は姿を現した。

水色の髪、継ぎ接ぎの身体、軽薄そうな笑みを浮かべる顔は人間の男の形をしている。
なんだ、やっぱりあの二つのバイバインは偽物だったんだ。偽物でもあっちの方が私は好きだな、可愛かったから。
私は敵意を向けてこない相手に「こんばんは、真人ちゃん」と当たり前のように挨拶をした。そうすれば彼は同じ挨拶を返してくれる。

「こんばんは、あのさ…どうしたのその魂」
「ねー、ヤバくない?」
「ヤバすぎ、二度見しちゃったんだけど」

和やかとは言い難いが、それでもここにあったのは気軽で気さくな空気だけだった。

相手が誰なのかは十分に理解している。
彼は私を一度襲い、七海さんに傷を負わせ、罪のない一般人を沢山苦しめ、そして吉野順平を巻き込んだ。
今も殺されることなく苦しむことしか出来ない化け物にされた一般人は沢山居るのだろう。
それでもここで敵意を出してしまうのは良くない。だって今の私じゃ敵わないし、傑さんも戦うなと命じている。

だから数分間、時間を稼げればそれで良い。

彼は私に一歩二歩と近付き、それから目を覗き込むように顔をグッと寄せてきた。
背後には月が登り、小さな雲が流れている。
足元にジワジワと呪力が溜まるのを感じながら、私は真人ちゃんの目をじっ…と見返した。

彼の目には魂の在り方が見えている。
ならば、きっと今の私の魂はとてつもない状態になっているのが分かるだろう。


深く、深く、暗く。
脳裏に過ぎる赤い電撃。
今も尚聞こえてくる常闇の向こうに存在する無数の嘆きが私の魂を蝕んでいた。

歪んだ魂はもう元には戻らない、可笑しくなった頭はもうどうにもならない。
見えないものが見え、聴こえてはならないものが聴こえ、音が見え、虹が聴こえ、世界の一枚内側を知ってしまった。

天の下に在るはずの私の魂は、しかし、この天下のどこにも存在していなかった。

地獄の底で、邪神の宮殿で胡座をかいて座している。
それこそが私の本体、私の魂、私という邪悪に名を連ねてしまった者。

百万の恵まれし者が一人…阿呆船、笑う狂楽者。


世にも珍しい魂の在り方だろう。
何せ肉体はここにあるのに、魂は遥か向こうで縛られているのだから。

悪意も無く敵意も無く、ただ鑑賞されるのは別に嫌では無かった。
その感情は真人ちゃんにも伝わっているのだろう、彼は十分に鑑賞し終えると満足そうに微笑んだ。

「今なら一緒に連れてってもいいよ?お前とは仲良く出来そうだし」
「今は遠慮しておくよ、真人ちゃんおっぱい無くなっちゃったし」

誘いを断り、私は爪先を一度トンッと地面に軽く叩きつけた。
すると、ブワリッと溜めた呪力が弾け、円を描いて門を創造する。

この門は地獄巡りの最中に得た技の一つである。
わりと何処にでも行ける門が作れるが、呪力の消費量もそこそこなため一日一回が限界だ。

そうして足元に出来た門へ身を委ね、私はもう一度だけ真人ちゃんを見てからその場を立ち去った。


彼は私に仲良くなれそうと言ったが、私は全くそうは思えなかった。
だって性格悪いじゃんあの呪霊、あともうおっぱい無いし、てかおっぱい偽物だったし。
おっぱいが無くても伏黒くんみたいに優しい奴だったら友達になったけど…。

やっぱ世の中は胸だよ。
胸のデカさで全ては決まるんだよ。胸の消えたクズに価値は無いんだ。

つまり、真人ちゃんは真人ちゃんじゃなければ意味が無いんだ……グッバイ、真人ちゃん…君のこと、正直めちゃくちゃタイプだったよ。


トプンッと門に落ちる。
揺らめく星の一枚内側は、私にとっては酷く居心地が良かった。
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