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巨乳と汗と涙の結晶

ぎょえーーー!!!

現在私は腐臭溢れる廃寺にて、キセル片手に見えないけど背後に居るっぽい傑さんと一緒に逃げ回っております!
何故なら、呪霊が思ったより強くて厄介で私じゃ話にならなかったからです!我、無力である!!

流石は信仰を受けていた呪いだ、人が山という人間では敵うはずの無い偉大な存在を崇め敬い、恩恵を願いし心から生まれてしまった神であった存在は、己を見捨てた人間に容赦が無かった。

響き渡る轟音は雷鳴の音であり。
揺れ穿つ大地は怒りの証。
漂う腐臭は、腐り果てた信仰の果て。
ここにあるのは神では無く、正しく呪いであった。

そんなわけで、現在帳の中は天変地異のオンパレードである。
強い雨粒で全身は濡れ、嵐吹く中脚を前に動かそうにもそれすら難しい。稲光の走る中を何とか駆け抜けても、地割れに竜巻、オマケに腐臭と鼓膜を痺れさせる呪いの絶叫。もうこうなりゃ槍が降って来ても驚かないぞ。

一応ね、ちゃんと勇猛果敢に呪霊に挑んだんですよ、しかしマチ針体型の私は初手吹雪でパンツ丸見えになりながらスカートおっ広げて吹っ飛ばされたわけです。見えないスタンド状態の傑さんが咄嗟に受け止めてくれなければ吹雪かれるままに無様を晒していただろう、あの乳神様もたまには役に立つものだ。


てなことで、七海さんが嵐の中一人戦闘中である。
私は何とかあの呪いにアクセスして、一瞬でも天変地異を止められないか画策中だ。
しかし、アクセスしようにも向こうがこちらに興味を持ってくれなければどうにもならないのがこの術式の特徴。深淵を見る時は深淵もこちら側を見ていなければならない、その前提が無ければ始まらない。
何度も葉っぱを吸ってアクセスを試しみるも、肺を痛くするばかりだった。

な、泣きそう〜!いつの間にか膝擦り剥いてるし、もうやだ、お家に帰りたい。

チクショウ…今頃伏黒くん達は先生の金で寿司でも食ってるんだろ、ふざけんな、私だって寿司屋にあるラーメンが食いたい!握りはいいからデザートとサイドメニューだけ食わせろ!初手チーズケーキ!休憩にわらび餅!シメはメロン!お持ち帰りでコーヒー追加!!

「お寿司食べたいよーーー!!!」
「ほら、次の葉っぱ詰めなさい」
「葉っぱはもう嫌だーーー!!!」

ニコチンもタールも含まれてないけど、だからって煙吸ってるごとには変わらないんだから、そろそろしんどい。
うんしょ、うんしょ…嫌々と紅茶の葉っぱをキセルに詰める。

てか、やっぱりムカつくな!?
私がこんなに雨やら泥やらを被ってグショグショドロドロ擦り傷だらけになってる時に、幸せな時間を過ごしてる奴が居るって現実にムカつく。
許せねえ…他人の幸せなんて知ったこっちゃないよ、私が辛い時は皆も苦しめ…皆で苦しめば寂しくない……ハッ!いかんいかん、感情がマイナスに片脚突っ込んでた。
こ、こうなりゃ自棄っぱちだ!あの呪いの動きを止められりゃ何だっていいんでしょ!?だったらもう、力を貸してくれそうな奴に片っ端からアクセスしていきゃあいいじゃん!
え、天才の発想かな?目には目を、歯には歯を、呪いに転じた神には真なる神を。
うむ、これでいこう!

若干頭がクラクラしてきた中で思い付いた策を、私はまた傑さんの「落ち着きなさい!」という声を無視して強行した。

煙を吸って、荒れ狂う天へと向かって捧げるように祈りを込めて吐き出す。


疑似天啓術、発動。


大いなる真理への接触開始。

宇宙の根本原理、解読。

恐怖、怒り、悲嘆をリセット。

星に祈りを、神に誓いを、人に救いを。



地獄、極楽、奈落に住まいし者達よ、私の声を聞くがいい。


「汝、神の意思なりや」


さあ、深淵に潜む神々よ、お前の友を救いに来い。








天を仰ぎ見る。

空高くに現れた星空から這い出て来た、無定形のグネグネとした塊を視界に捉えた七海は、そのおぞましさに一瞬吐き気を催した。

蛇のような皮膚の表面はテラテラと油のように光っており、ギリシア神話の怪物、ゴルゴンのようにうねる髪は一本一本が恐ろしく長く太い。
ギョロギョロと動き回る複数の眼球の一つが七海を見た瞬間、彼は動きを止めざるおえなかった。

本能的に察する。

今、動けば、死ぬ。

口の中に溜まった唾液すら飲み込めず、瞬きすら躊躇う程の至上の狂気が心の底から沸き立ってくる感覚を覚える。
生理的嫌悪と、感じたことの無い新しい恐怖。
災厄だ。あれは、ここにあってはならないと、脳が警報を打ち鳴らし、状況の理解を拒んだ。

そして、それは呪霊も同じであった。

いっときは神として成り立つことすら成し得た、山に縛られ人に捨てられた呪いは、己が成り立ちよりも古く、深く、濃い、上位存在に立ち向かうことなど出来なかった。
いつの間にか、あれ程荒れ狂うように吹いていた風は止み、静かな雨だけがまるで呪霊の流す涙のように振っていた。


恐れよ。

畏れよ。

慄れよ。


人よ、呪いよ、恐怖と苦痛と悲嘆に喘げ。
真の名を示そう、これなるは、


「スファトリクルルプ!!!」


少女がその名を叫べば、呼応するように無数の髪が暴れうねった。
空高くから降り注ぐ鳴き声は救済のための讃歌の如く、走らす視線は何者をも逃さない。

ゆっくりと大地へ向けて伸ばされた不定形の腕や指先は、七海の身体を無視して、その向こうに位置した呪いを包み込むように掴んだ。
悲鳴すら挙げずに蛇の皮膚のような手の中へと招かれ、溶けていく。

人が神を求める心から成り立っていた呪いは、人が求めたことにより降り立った神によって呑まれていった。

だがそこに先程まで感じたような苦痛は無く、永劫と狂気で満ちた手の中は、暖かさと安堵で出来ており、山に縛られた呪いはその身に溜まった汚泥のような呪力を溶かしていった。


雨が止む。

高い空には星が瞬き、異類異形の神が救済の唄を歌いながら揺蕩っていた。


そして、キセルから煙が消える頃、空には平穏が戻ったのであった。
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