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40億年の果てに後悔を手にする話。

この時代に産まれてはじめて、私が一種の遺伝病だと考えてきた現象に「呪い」という名前が与えられた。


生命40億年。


始まりは菌の類いだったか……そこから原初の生命形態、単細胞生物がアミノ酸や蛋白質などから発生してからの話だ。
私の一番最初の記憶は、海を揺蕩う何者かであった。
そこに難しい思考や意思は備わっておらず、意識すらあやふやなまま、ただ生きて死ぬだけ。
両生類の時代、爬虫類の時代を経て、哺乳類へ成り代わり、霊長類に進化し、後ろ足で立つことを覚え、道具を使えるようになり、やがて人となった。

私は、己が輪廻の歴史を記憶している。

最初はDNAの構成要素配列の異常だと考えていた、しかし、人間は一定以上の記憶を覚えない、必要としない記憶は忘れる生き物だ。
だから、この現象には当てはまらなかった。
だがしかし、脳は未だ現代において「人類最後の未開の地」とも呼ばれる神秘の部位、DNAそのものに個人の体験談が刷り込まれていき、子孫へとコピーされていったりして、それが脳に作用しているならば……もしかすると本当に優性の遺伝子異常だったりするのかもしれない、と……ある時は考えていた。

だがしかし、その考察はある男に出会って否定される。

それが、私が唯一この世で尊敬する生命体、人間の可能性と希望を背負ったヒト、五条悟であった。


彼に出会ったのは、高専に来る2年前の話。
私は時々記憶がグチャグチャになって死にそうになるのだが、彼に出会ったのはその時であった。
田舎にある、穴が空いたトタン屋根のバス停で、一人野晒し状態で過呼吸になって喘ぎ苦しむ私をたまたま見つけた彼は、その空を切り取ってしまったかのような目を持ってして、私の呪いのことを見てくれたのだ。

私の顔を鷲掴み、涙やヨダレでグチャグチャの顔を袖口でグイグイと拭きながら、瞳を覗き込んで来た彼は「同じ奴を見たことあるけど、ここまで凄いのは流石に初めて見たな~」と楽しそうに言っていた。

「大体は自分の前世を覚えてるくらいなんだけど、ここまで酷いと最早芸術作品ね」

ウケる。
ニヤニヤと嫌らしい笑みで私の瞳を底の底まで見やってから顔を離し、顔からも手を離した彼は持論を展開した。


「これは僕の持論だけど、全ての生命にはその存在価値があると思ってる」


特別な力を持った奴にはそれ相応の役目があるのかもね、あんまり考えたこと無いけど。

君にも何か、成し遂げなければならないことがあるのかも……なんちゃって。


茶化したように言って、その後は結局話題を掘り下げることもしてくれず、この時一回きりの談義はしかし、私の長い長い植物状態に近い人生において、初めて与えられた「答え」と「次へのヒント」だった。

だから私は五条悟という人間を何処までも信頼していて、尊敬していて、大切に思っている。
正しくない在り方をしている私を見たはずなのに、それでも簡単に受け入れてくれた彼によって、私は今回の人生で初めて人間らしく生きられている。

だからもう十分だ、私はもう、十分なのだ。


高専に来てから、私はある時をもってして、自分の「先」が見えなくなった。

これが何を意味しているかと言えば、答えは簡単なこと。
私には、それより先がない。
そういうことである。

この結果を見た瞬間、私は驚くほどあっさりと現実を受け入れた。
強いて言えば、短い人生であったと思った程度だ。やっと人間らしい思考と感情に芽生えたというのに、こんなものかと。
次が無い、というのは何とも寂しく不安であるが、同時に奇妙な安堵をもたらしてくれた。

しかし、ただ一つ、心残りがある。

それは狗巻棘についてだ。
私の平坦で淡白な愛情は、彼の温度によって恋となって、最後に罪悪感となった。

何せ私はずっと植物のように、ただ生きていただけだったから、本当によく分からないのだけど、でもこれがきっと大切という感情で、幸福で。
込み上げてくるものが愛しさで、触れるだけで鳴り出す心音が恋なのだと思う。

どうかそうであれと、芽生えてすぐの心から思っている。

思っているのだ、彼のことを。
狗巻棘という、可愛い人間のことを、普通に喋ることの出来ない君を。
側には居られなくなっても、ずっと思っている。

私は、産まれて来れて本当に良かったと……君と出会えたから思えたのだ。
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