夏油傑と思い出の子
お名前
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
時は流れ春。
桜の蕾が膨らみ始める麗らかな季節感。
夏油傑はこの春から高校一年生となる。ピッカピカの一年生である。
あのまばゆい夏から早数年、あれっきりあの、か細く頼りない態度だけは一人前のトロい生物からはついぞ何の連絡も無かった。
夢か幻のようなものにも思えた。しかし、確かに質量を伴って存在していたはずである。
両親が撮影してくれた写真の中では、少女と夏油は並んで仲良くレンズを見ていたし、少女が夏油の絵日記帳に勝手に貼り付けたシールは今はもう色褪せてしまったがまだ剥がさずに貼ったままであった。
共に観察した朝顔は枯れてしまったが、日記の中には共に過ごした日々と共に朝顔の成長具合が記されている。
食べたアイスの味は忘れてはいなかった、当時と随分味覚は変わったが 未だに時たま目に見掛けると口の中に思い出が溶けて広がる。
あの日聞いた蝉の声も未だに耳の中にこびりついて離れない。
手のぬるさも覚えたままだ、クリームソーダのような艶々の瞳も、鍵盤の上で跳ねる指先も、触れた髪も確かにこの身体が覚えている。
しかし、夏油が中学に上がる前に輝く思い出の詰まった川上家は更地になった。
その工事が始まった時の辛さと言ったら叫び散らしたいほどで、無理矢理にでも工事現場を荒らして止めたくて仕方がなかった。頼むから奪ってくれるな、やめてくれ、お願いだからどうか中止になれ。と何度も思い、しかし無情にも工事は続行され何も無い更地へと変えられた。
胸の中の何かを失った心地がした。
頼むから色褪せてくれるな と必死に思い出を手繰り寄せては埋まらない切なさに両手の指を組んで祈るように少女の名前を呟く。
あの夏の日に現れた少女のことを雲やわたあめ、そういったふわっとした物体に類似する性質を持っていると勝手に思っている夏油は、ならば雲のように風に流されふわふわと自分の元に現れてくれないかとすら思った。
しかし、あの少女は酷く遅い生き物であるため、夏油の元に飛んでくるのには一体どれがけ時間がかかるやら。さらに言えば、体力もスッカラカンのもやしなため、流されて来るとしたって到着する頃には死にかけであろう。いや、下手をしたら途中でくたばっている。そう考えると、やっぱ飛んで来なくていい…。
夏油が高専にスカウトされる頃には、夏油の中での蚕は『眩しい尊き思い出の日々の少女』から『生きているか心配な生き物』へとなっていた。
どうしよう、次に会った時に成長した自分が触れただけでプキュゥ…と潰れてしまうような生き物になっていたら…流石にそこまででは無いとは思うが、本当にメンタル以外は脆く儚く小さく弱いのだ。
自分は随分成長した、骨格は太く逞しく育ち、髪質は硬くなり、手の甲には血管が浮き上がっている。力も強くなった、身長は同い年の平均を優々と越している。
こんな自分が触れたら、もしかしたら本当にポッキリいってしまうかもしれない。そう思うと、夏油は会いたいような会うのが怖いような気持ちになる。
そんな心情を抱えながら夏油はスクスクニョキニョキ成長していく。
君に囚われた夏が忘れられない。
_____
円城蚕という人間はメンタルだけがとにかく立派で、無事に成長をした今もヒョロヒョロとした不安になるような体つきをしている。動きがトロくてノロく、他人というか世界に関心を向けていない。
音楽と本と影だけに心を砕き、自分の顔の良さを理解している。
年頃特有の夢見がちな思考は斜め上に伸びている様子。
REGALの黒くツヤツヤしたローファーを履き、膝下丈の靴下がふくらはぎを覆う。プリーツの入ったスカートは流行りに乗らずに短くせず、学ランの上にはクリーム色の大きくゆるっとしたカーディガンを羽織っていた。
こちらも同じくピッカピカの高校一年生となる。
あのドン引き人類お花畑計画発言のその後、色んな厳ついおじいさんおばあさん相手にポルターガイスト現象よろしく はてなによるビックリビックリドンドンッ(ぬるい表現)パフォーマンスを続け、私を処刑した日にゃあ世界に一つだけの花を無限に咲かせ続けちゃうぞ~!よ~し頑張っちゃうぞ~!と世界への意気込みを伝えていれば、もういいです暫く様子見にチェンジで…と結論が出たらしく、呪怨…呪術…どっちや…呪い…そう、呪いについて健やかに学び育む学校に通う許可が降りた。やったー!寮だー!大勝利である。
母との兼ね合いを考えてさっさと寮に入って生活を始めた蚕は夜蛾の仕事の空き時間に稽古を付けて貰ったり、自主的に訓練をしてみたりしていた。千里の道も一歩から、期待していた改造手術が無かったので自力で頑張るしか無いのだ…。
しかしまあ元々がレジェンドクラスのもやしっこなため、すぐにヘバってしまう。ヘバってひぃひぃ言う蚕に夜蛾がいくならんでもまだやれるだろうと発破をかけ訓練を続行させれば胃の中の物を全てリバースして白目を向いてぶっ倒れたりした。その翌日は高熱を出し、悪夢に魘されながらグスグス涙を流しオエオエと吐き戻し続けていたため夜蛾は遠い目をしてしまった、先が思いやられる。
いくらとんでも無く強大な力を持っていても本人がこれでは… 呪いは呪いでしか祓えない、あの影が一体何の呪いなのか未だ不明ではあるが、とても強く 味方につければ戦力として申し分無い、これから成長していき本人の実力も追い付いてくれば強く頼りになる呪術師になるだろう、と夜蛾は今しがた体力気力が底を尽き、目を回して口を半開きにしてぶっ倒れた蚕を見下ろして溜め息をついた。弱い…圧倒的弱さである。貧弱劣弱脆弱、吹けば飛ぶような身体ではなく 実際吹けば飛んでいく。
本人も自分の肉体の弱々雑魚っぷりに気が付いたらしく、やば…もしかして私の身体能力低すぎ…?と口元に両手を当てて目を見開いていた。改めてやった体力測定の結果を伝えると言葉もなく驚いていた。
しかも問題はまだある、彼女 術式が使えない。
正解には術式自体は存在しているが、その術式も呪力もすべて彼女の影に使い潰してしまっている状態である。 原理として、蚕の術式は『対象を選んで捨てる、もしくは選んで留める』ものである。本人曰く感覚としてはヒヨコの選別のようなものであるらしく、彼女がその選別において選んで留めたものは影だけであった。本来なら様々なものを選び取ることが出来るはずが、生来の気質と呪力量の関係が合わさり彼女は影だけを留めることしか出来ない。
それを理解した時に一番焦ったのは本人では無くそのくっついている影であった。「捨てる?捨てる?(´;ω;`)」とでも不安がるように蚕の回りをあっちにウロウロ、こっちにウロウロし、終いには蚕にベタッとくっついてモゾモゾと影…いや、闇の中へと引き込もうとしたのだから こっちが慌ててしまった。
蚕自体は「君より興味のあるものは森博嗣のFシリーズの続きくらいかしらね」と事も無さげに言って宥めていた、随分と手慣れている印象を受ける。
そうしてその日も新たに入寮が終わった生徒の色々が終わってから時間が出来たため蚕に訓練を付けていた夜蛾は、急な呼び出しを受けたため蚕に自主トレを言い付けて小走りで去っていく。その背に「頑張ってー」と投げやりな応援を投げ掛けられた夜蛾は それでも嬉しい気持ちになった。基本的に個性の強い子供や同業者を相手にしているため、やや面倒くさい所があっても素直に指示を聞き、付いて来ようと頑張る新たな教え子は可愛いものだ。
夜蛾の後ろ姿を見送り、さてやるか~と軽くその場で二、三度跳ねて走り始める。おいっちに、おいっちに とはてなを背後に揺蕩わせとっとこ学校の敷地内を走る。
頭上からはやや陰りはじめた太陽の光が照らし、風は穏やかに山の春の香りを引き連れてそよいでいた。
三つ編みが揺れるその背の後方、歩みを止めた人影があった。
桜の蕾が膨らみ始める麗らかな季節感。
夏油傑はこの春から高校一年生となる。ピッカピカの一年生である。
あのまばゆい夏から早数年、あれっきりあの、か細く頼りない態度だけは一人前のトロい生物からはついぞ何の連絡も無かった。
夢か幻のようなものにも思えた。しかし、確かに質量を伴って存在していたはずである。
両親が撮影してくれた写真の中では、少女と夏油は並んで仲良くレンズを見ていたし、少女が夏油の絵日記帳に勝手に貼り付けたシールは今はもう色褪せてしまったがまだ剥がさずに貼ったままであった。
共に観察した朝顔は枯れてしまったが、日記の中には共に過ごした日々と共に朝顔の成長具合が記されている。
食べたアイスの味は忘れてはいなかった、当時と随分味覚は変わったが 未だに時たま目に見掛けると口の中に思い出が溶けて広がる。
あの日聞いた蝉の声も未だに耳の中にこびりついて離れない。
手のぬるさも覚えたままだ、クリームソーダのような艶々の瞳も、鍵盤の上で跳ねる指先も、触れた髪も確かにこの身体が覚えている。
しかし、夏油が中学に上がる前に輝く思い出の詰まった川上家は更地になった。
その工事が始まった時の辛さと言ったら叫び散らしたいほどで、無理矢理にでも工事現場を荒らして止めたくて仕方がなかった。頼むから奪ってくれるな、やめてくれ、お願いだからどうか中止になれ。と何度も思い、しかし無情にも工事は続行され何も無い更地へと変えられた。
胸の中の何かを失った心地がした。
頼むから色褪せてくれるな と必死に思い出を手繰り寄せては埋まらない切なさに両手の指を組んで祈るように少女の名前を呟く。
あの夏の日に現れた少女のことを雲やわたあめ、そういったふわっとした物体に類似する性質を持っていると勝手に思っている夏油は、ならば雲のように風に流されふわふわと自分の元に現れてくれないかとすら思った。
しかし、あの少女は酷く遅い生き物であるため、夏油の元に飛んでくるのには一体どれがけ時間がかかるやら。さらに言えば、体力もスッカラカンのもやしなため、流されて来るとしたって到着する頃には死にかけであろう。いや、下手をしたら途中でくたばっている。そう考えると、やっぱ飛んで来なくていい…。
夏油が高専にスカウトされる頃には、夏油の中での蚕は『眩しい尊き思い出の日々の少女』から『生きているか心配な生き物』へとなっていた。
どうしよう、次に会った時に成長した自分が触れただけでプキュゥ…と潰れてしまうような生き物になっていたら…流石にそこまででは無いとは思うが、本当にメンタル以外は脆く儚く小さく弱いのだ。
自分は随分成長した、骨格は太く逞しく育ち、髪質は硬くなり、手の甲には血管が浮き上がっている。力も強くなった、身長は同い年の平均を優々と越している。
こんな自分が触れたら、もしかしたら本当にポッキリいってしまうかもしれない。そう思うと、夏油は会いたいような会うのが怖いような気持ちになる。
そんな心情を抱えながら夏油はスクスクニョキニョキ成長していく。
君に囚われた夏が忘れられない。
_____
円城蚕という人間はメンタルだけがとにかく立派で、無事に成長をした今もヒョロヒョロとした不安になるような体つきをしている。動きがトロくてノロく、他人というか世界に関心を向けていない。
音楽と本と影だけに心を砕き、自分の顔の良さを理解している。
年頃特有の夢見がちな思考は斜め上に伸びている様子。
REGALの黒くツヤツヤしたローファーを履き、膝下丈の靴下がふくらはぎを覆う。プリーツの入ったスカートは流行りに乗らずに短くせず、学ランの上にはクリーム色の大きくゆるっとしたカーディガンを羽織っていた。
こちらも同じくピッカピカの高校一年生となる。
あのドン引き人類お花畑計画発言のその後、色んな厳ついおじいさんおばあさん相手にポルターガイスト現象よろしく はてなによるビックリビックリドンドンッ(ぬるい表現)パフォーマンスを続け、私を処刑した日にゃあ世界に一つだけの花を無限に咲かせ続けちゃうぞ~!よ~し頑張っちゃうぞ~!と世界への意気込みを伝えていれば、もういいです暫く様子見にチェンジで…と結論が出たらしく、呪怨…呪術…どっちや…呪い…そう、呪いについて健やかに学び育む学校に通う許可が降りた。やったー!寮だー!大勝利である。
母との兼ね合いを考えてさっさと寮に入って生活を始めた蚕は夜蛾の仕事の空き時間に稽古を付けて貰ったり、自主的に訓練をしてみたりしていた。千里の道も一歩から、期待していた改造手術が無かったので自力で頑張るしか無いのだ…。
しかしまあ元々がレジェンドクラスのもやしっこなため、すぐにヘバってしまう。ヘバってひぃひぃ言う蚕に夜蛾がいくならんでもまだやれるだろうと発破をかけ訓練を続行させれば胃の中の物を全てリバースして白目を向いてぶっ倒れたりした。その翌日は高熱を出し、悪夢に魘されながらグスグス涙を流しオエオエと吐き戻し続けていたため夜蛾は遠い目をしてしまった、先が思いやられる。
いくらとんでも無く強大な力を持っていても本人がこれでは… 呪いは呪いでしか祓えない、あの影が一体何の呪いなのか未だ不明ではあるが、とても強く 味方につければ戦力として申し分無い、これから成長していき本人の実力も追い付いてくれば強く頼りになる呪術師になるだろう、と夜蛾は今しがた体力気力が底を尽き、目を回して口を半開きにしてぶっ倒れた蚕を見下ろして溜め息をついた。弱い…圧倒的弱さである。貧弱劣弱脆弱、吹けば飛ぶような身体ではなく 実際吹けば飛んでいく。
本人も自分の肉体の弱々雑魚っぷりに気が付いたらしく、やば…もしかして私の身体能力低すぎ…?と口元に両手を当てて目を見開いていた。改めてやった体力測定の結果を伝えると言葉もなく驚いていた。
しかも問題はまだある、彼女 術式が使えない。
正解には術式自体は存在しているが、その術式も呪力もすべて彼女の影に使い潰してしまっている状態である。 原理として、蚕の術式は『対象を選んで捨てる、もしくは選んで留める』ものである。本人曰く感覚としてはヒヨコの選別のようなものであるらしく、彼女がその選別において選んで留めたものは影だけであった。本来なら様々なものを選び取ることが出来るはずが、生来の気質と呪力量の関係が合わさり彼女は影だけを留めることしか出来ない。
それを理解した時に一番焦ったのは本人では無くそのくっついている影であった。「捨てる?捨てる?(´;ω;`)」とでも不安がるように蚕の回りをあっちにウロウロ、こっちにウロウロし、終いには蚕にベタッとくっついてモゾモゾと影…いや、闇の中へと引き込もうとしたのだから こっちが慌ててしまった。
蚕自体は「君より興味のあるものは森博嗣のFシリーズの続きくらいかしらね」と事も無さげに言って宥めていた、随分と手慣れている印象を受ける。
そうしてその日も新たに入寮が終わった生徒の色々が終わってから時間が出来たため蚕に訓練を付けていた夜蛾は、急な呼び出しを受けたため蚕に自主トレを言い付けて小走りで去っていく。その背に「頑張ってー」と投げやりな応援を投げ掛けられた夜蛾は それでも嬉しい気持ちになった。基本的に個性の強い子供や同業者を相手にしているため、やや面倒くさい所があっても素直に指示を聞き、付いて来ようと頑張る新たな教え子は可愛いものだ。
夜蛾の後ろ姿を見送り、さてやるか~と軽くその場で二、三度跳ねて走り始める。おいっちに、おいっちに とはてなを背後に揺蕩わせとっとこ学校の敷地内を走る。
頭上からはやや陰りはじめた太陽の光が照らし、風は穏やかに山の春の香りを引き連れてそよいでいた。
三つ編みが揺れるその背の後方、歩みを止めた人影があった。