夏油傑と思い出の子
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拝啓夏よ、君が恋しい。
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幼い頃からそれらは当たり前のように世界を構成する一住人として夏油の傍らに存在していた。
だがしかし、普通 それらは人には見えも聞こえもしないものであるらしく、親も親戚も医者も誰もそれらを見えやしなかった。テレビや絵本の中には当たり前のように似たものが描かれていたとしても、彼等にとっては空想上の生き物にしか過ぎず、幼い夏油傑の怯えに満ちた苦悶の感情は理解されずに、しかし手を出すこともままならずにそっとされておくしか無かったのであった。
子供とは得てして無邪気で残酷だ、集団の輪から外れて怯えていたり、善意でその遊具は使わない方がいいと言えば 邪魔をされた、空気を乱した、異分子だと除け者にされあっという間に子供が生み出す子供によってルールが敷かれた小さな社会孤立する。教師すらも手に余るように声は掛けども、悪いのはそちらだと理解をせずに優しげに残酷な事実を言い渡す。
幼い夏油は子供ながらに、この世のどこにも居場所が無い と世界から孤立して息を吸うだけで精一杯であった。
友達の居ない小学校生活、登下校では誰も自分と手を繋ぎたがらない。体育の時間ではペアになろうとすれば溢れ、学校内に居る未知のそれらに怯えていたらクラスメイトの少年達に笑われた。
つまらない日々だった、一度だって楽しいと思えない学校生活だった、勉強がいくらできたって見えないものに怯えれば人気者にはなれなかった。
そうこうしているうちに夏休みがやってくる、授業で育てた朝顔を持ち帰らなきゃいけないのは大変だけれど、それよりも友達が居ない学校に行かなくていい事実に安堵した。
夏休みの間はお家で家族と過ごそう、近所の一人で住んでいるおばあさんは毎日挨拶してくれていたから、その人にはたまに挨拶出来たらいいな。ラジオ体操に出て、家に帰ったら宿題をして、そしたら本を読んだりするのだ。
そう夢膨らむ予定を組み立てて望んだ夏休み3日目のことであった。
その日はとくに暑くって、蝉が朝からうるさすぎるくらいであった。
ラジオ体操の帰り道、近所に住む年上の少年が探検に誘って来たのだ。何故僕を?という気持ちと誘われた喜び、せっかくだから行ってみたい気持ちが混ざっていた、年上の少年は「無理だったら全然気にしないで」と言ってくれた。その言葉にこの人なら付いて行っても大丈夫かもしれない、自分も皆に混ざって遊べるかもしれないという淡い期待が湧いてくる。
だから何度も首をコクコクと縦に振り同意を示した。じゃあお昼の後に■■の公園に集合ね!と少年は軽やかにラジオ体操会場から帰って行く。それを期待を込めた眼差しで見つめて夏油は見送った、握りしめてしまったラジオ体操のカードにはシワが寄っていた。
探検、と言ってもせいぜい町内の普段行かない場所に行ってみたり、藪の中を棒切れを持ってすすんでみたりする程度であったが、年上の少年達に混ざって真っ青な空の下、暑さに耐えながら汗を流して歩き回るだけなのに夏油には経験したことの無い楽しさを感じていた。
年上の少年は面倒見が良いらしく、夏油や他の子供達にも声を掛けたり水分を補給させたりと活躍していた、夏油は探検隊の後ろの方から集団にトコトコ付いて行き、まだ自転車を持っていない夏油では普段歩いて行かないような場所に足を踏み入れるドキドキにTシャツの裾をキュッと掴んで気持ちを抑えていた。
ああ、楽しい夏休みだ。はじめて小学校に上がって楽しいと思えた。もしかしたらだけれど、これから毎日…毎日ではなくても、時々、たまに、こうして他の子に混ざって遊べるかもしれない。そうしたら、学校でも、もしかしたら…。
夏油は興奮で周りが見えていなかった。着いていくのに精一杯で、自分が今どこに居るか把握していなかった。そんな現実を認識しないままに焦る気持ちを抑えながらも、聞かずにはいれなかった。また、僕と遊んでくれるかと。
期待を込めて顔を上げる、そこで目に入る。
古びた鰻の寝床のような解体予定のアパート、人の住まなくなった鬱々とした汚い壁の家屋、草が伸びきった整備されていない通路。
その奥、二階の窓から見下ろすギョロギョロとした目、目、目。
ヒクリッと喉の奥が鳴る。
気付いてしまえば最後、見える見える異形の未知が。ズル… ズル… と何かが這いずる音がする、ドアの内側からけたたましい笑い声が聞こえてくる。
夏油は動きを止めた、夏油だけが動きを止めてしまった。
皆は笑っている、丁度水分補給が終わって次に行こうか なんて愉しげに話して歩を進め始める。
待って、待ってお願い行かないで、どうしよう動けない。動いてはダメだと夏油の中で危険のシグナルが点滅する。
しかし、そんなことはお構い無しに彼等は先を行く。年上の少年が夏油に気付き「どうしたー?行くぞー?」と声を掛けるが夏油は目を瞑って動かなかった。
言ったのは、誰であっただろうか。
夏の暑さの中、冷え々とした声で誰かが言った「あーあ」
あいつ、また嘘っこしてる
その言葉を切っ掛けに、他の子供も口を出る。気を引こうとしてる、変な子、やめりゃいいのにさ 「だから友達いないんだよ」
夏油はいっぱいいっぱいだった。その瞬間、何もかもが嫌になって泣きたくなった。だが、声を出せない。怖くて指の一本も動かせやしない、違うのに、皆が見えないだけだと言うのに、確かにそこに居るんだ、誰か気付いて。助けて。
年上の少年は困ったように、気まずそうに少年達を宥めて夏油を見る。「家に帰った方がいい?」と優しく気を使って声を掛けてくれた。夏油はその声になんとか首をか細く小さく縦に振って答える。
それを確認した後に、年上の少年は言った。
「そっか、じゃあ俺達はまだ遊ぶから、またね」
そうして少年達は歩を進める、キャラキャラと眩しく笑いながら行ってしまう。
夏油は思わず目を開いてそちらを見てしまった、そして理解する。
置いて行かれたのだと。
自分が、おかしな子だから。おかしい物は、はみ出た物は捨てられる。
こんなにも暑いというのに、蝉も鳴いているというのに、夏油の身体はカタカタと震え、頭から氷水を被ったように四肢の末端まで一気に冷えていく。
泣きたいのに、泣けない。動きたいのに、動けない。
一人ぼっちで置いて行かれてただ立ち尽くす他無かった。
はくはくと喘ぐように息をして、暑さを照り返す地面を見つめる。
蝉の音だけしかしなかった。
もしかしたら、このまま…ずっとこのままここで誰かが来るまで居なければいけないのかもしれない、誰が?一体誰がこんな所に来ると言うのか。
じゃあどうしたら良いのだ、ああ…探検になんて来なければ良かった。最初から期待なんてしなければこうはならなかった。夏休みの間、ずっと大人しく家に居れば良かった。こんなことなら、僕は、はじめから…
暗く暗く思考が沈む、呪いの巣窟を前にして一人立ち尽くす。
指の一つも動かない、このまま僕はアレに食われてしまうのか。そう思い、とうとう泣き出しそうになった時であった。
「熱中症になっちゃわないかしら?」
ねえ、と 後ろから声がした。
その声はその質問だけで暑さも寒さも怖さも消し飛ばした、高めの清んだ音、暗くない 怖くない いじわるじゃない音。夏油はその声にすがるように振り向いた。
バッと勢い良く必死に振り向いたものだから汗が飛ぶ、その汗の向こうに彼女は居た。
空色のワンピースに大きなツバをした帽子を被り、片手には小さな手提げカバンを持って居た。
幼くも、美しい少女であった。
長い睫毛で縁取られた瞳の色は珍しいクリームソーダのような色をしていて、黒い髪は長く三つ編みにしていた。ツンッと澄ました形の良い鼻と、薄い唇をした桃色の小さな口、スラリとした手足は程よく柔らかそうであった。
夏油は先程までの感情や状況を忘れただただ少女を眺めていた。
何も言わない夏油に疑問を持ったのか、日焼けなんて知らないような滑らかな右手を夏油の顔の前でフリフリと振る。「手遅れ?」と首を傾げて聞いてくる。
夏油はそれにハッとして、それからどうしようかと動きをまた止めた。
見掛けない子だ、だからと言って今までのように言えば結果は明らかだろう。過度な期待をしてはいけない、傷つくのは自分である。だからと言って何を言えばいいのだろうか、一人にはなりたくない、出来ればここから離れたい、でもどうやって?
夏油は散々悩んだ挙げ句に下唇を巻き込むように噛んで沈黙してしまった。
少女は夏油をよく観察した後にその視線を夏油の後方、汚く寂れたアパートへ向ける。
そしてゲェ…と言うような顔をして夏油に向き直った。
「こんなところに居たら駄目よ、それともあそこに用事があるの?」
その反応に夏油はまさかと思った、考えるより先に口から言葉が出る。
「見えてるの…?」
少女はそれに小さく首を縦に振って肯定を示した。
驚きと戸惑いが一気にやってくる。
見えている、見えているのだ、自分と同じものが。同じ、世界が。
ゆっくり瞬きを3つ、その後に夏油はハー…と息を大きく吐き出し今度こそポロポロと涙を溢した。
無言で目の前で泣き出した少年を静かに見つめ、少女は少年の意思を確認せずに汗をかいた手を取った。
「行きましょう、私のおばあちゃんの家で麦茶を飲みましょう」
とても暑い日だった。空は真っ青な晴天で、蝉は五月蝿すぎるくらいの大合唱、未知との恐怖に怯えて冷たくなった身体はしかして 少女の手のひらから伝わるぬるい温度で徐々に温かさを取り戻していった。
これは夏油傑と期間限定の友人の話である。
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幼い頃からそれらは当たり前のように世界を構成する一住人として夏油の傍らに存在していた。
だがしかし、普通 それらは人には見えも聞こえもしないものであるらしく、親も親戚も医者も誰もそれらを見えやしなかった。テレビや絵本の中には当たり前のように似たものが描かれていたとしても、彼等にとっては空想上の生き物にしか過ぎず、幼い夏油傑の怯えに満ちた苦悶の感情は理解されずに、しかし手を出すこともままならずにそっとされておくしか無かったのであった。
子供とは得てして無邪気で残酷だ、集団の輪から外れて怯えていたり、善意でその遊具は使わない方がいいと言えば 邪魔をされた、空気を乱した、異分子だと除け者にされあっという間に子供が生み出す子供によってルールが敷かれた小さな社会孤立する。教師すらも手に余るように声は掛けども、悪いのはそちらだと理解をせずに優しげに残酷な事実を言い渡す。
幼い夏油は子供ながらに、この世のどこにも居場所が無い と世界から孤立して息を吸うだけで精一杯であった。
友達の居ない小学校生活、登下校では誰も自分と手を繋ぎたがらない。体育の時間ではペアになろうとすれば溢れ、学校内に居る未知のそれらに怯えていたらクラスメイトの少年達に笑われた。
つまらない日々だった、一度だって楽しいと思えない学校生活だった、勉強がいくらできたって見えないものに怯えれば人気者にはなれなかった。
そうこうしているうちに夏休みがやってくる、授業で育てた朝顔を持ち帰らなきゃいけないのは大変だけれど、それよりも友達が居ない学校に行かなくていい事実に安堵した。
夏休みの間はお家で家族と過ごそう、近所の一人で住んでいるおばあさんは毎日挨拶してくれていたから、その人にはたまに挨拶出来たらいいな。ラジオ体操に出て、家に帰ったら宿題をして、そしたら本を読んだりするのだ。
そう夢膨らむ予定を組み立てて望んだ夏休み3日目のことであった。
その日はとくに暑くって、蝉が朝からうるさすぎるくらいであった。
ラジオ体操の帰り道、近所に住む年上の少年が探検に誘って来たのだ。何故僕を?という気持ちと誘われた喜び、せっかくだから行ってみたい気持ちが混ざっていた、年上の少年は「無理だったら全然気にしないで」と言ってくれた。その言葉にこの人なら付いて行っても大丈夫かもしれない、自分も皆に混ざって遊べるかもしれないという淡い期待が湧いてくる。
だから何度も首をコクコクと縦に振り同意を示した。じゃあお昼の後に■■の公園に集合ね!と少年は軽やかにラジオ体操会場から帰って行く。それを期待を込めた眼差しで見つめて夏油は見送った、握りしめてしまったラジオ体操のカードにはシワが寄っていた。
探検、と言ってもせいぜい町内の普段行かない場所に行ってみたり、藪の中を棒切れを持ってすすんでみたりする程度であったが、年上の少年達に混ざって真っ青な空の下、暑さに耐えながら汗を流して歩き回るだけなのに夏油には経験したことの無い楽しさを感じていた。
年上の少年は面倒見が良いらしく、夏油や他の子供達にも声を掛けたり水分を補給させたりと活躍していた、夏油は探検隊の後ろの方から集団にトコトコ付いて行き、まだ自転車を持っていない夏油では普段歩いて行かないような場所に足を踏み入れるドキドキにTシャツの裾をキュッと掴んで気持ちを抑えていた。
ああ、楽しい夏休みだ。はじめて小学校に上がって楽しいと思えた。もしかしたらだけれど、これから毎日…毎日ではなくても、時々、たまに、こうして他の子に混ざって遊べるかもしれない。そうしたら、学校でも、もしかしたら…。
夏油は興奮で周りが見えていなかった。着いていくのに精一杯で、自分が今どこに居るか把握していなかった。そんな現実を認識しないままに焦る気持ちを抑えながらも、聞かずにはいれなかった。また、僕と遊んでくれるかと。
期待を込めて顔を上げる、そこで目に入る。
古びた鰻の寝床のような解体予定のアパート、人の住まなくなった鬱々とした汚い壁の家屋、草が伸びきった整備されていない通路。
その奥、二階の窓から見下ろすギョロギョロとした目、目、目。
ヒクリッと喉の奥が鳴る。
気付いてしまえば最後、見える見える異形の未知が。ズル… ズル… と何かが這いずる音がする、ドアの内側からけたたましい笑い声が聞こえてくる。
夏油は動きを止めた、夏油だけが動きを止めてしまった。
皆は笑っている、丁度水分補給が終わって次に行こうか なんて愉しげに話して歩を進め始める。
待って、待ってお願い行かないで、どうしよう動けない。動いてはダメだと夏油の中で危険のシグナルが点滅する。
しかし、そんなことはお構い無しに彼等は先を行く。年上の少年が夏油に気付き「どうしたー?行くぞー?」と声を掛けるが夏油は目を瞑って動かなかった。
言ったのは、誰であっただろうか。
夏の暑さの中、冷え々とした声で誰かが言った「あーあ」
あいつ、また嘘っこしてる
その言葉を切っ掛けに、他の子供も口を出る。気を引こうとしてる、変な子、やめりゃいいのにさ 「だから友達いないんだよ」
夏油はいっぱいいっぱいだった。その瞬間、何もかもが嫌になって泣きたくなった。だが、声を出せない。怖くて指の一本も動かせやしない、違うのに、皆が見えないだけだと言うのに、確かにそこに居るんだ、誰か気付いて。助けて。
年上の少年は困ったように、気まずそうに少年達を宥めて夏油を見る。「家に帰った方がいい?」と優しく気を使って声を掛けてくれた。夏油はその声になんとか首をか細く小さく縦に振って答える。
それを確認した後に、年上の少年は言った。
「そっか、じゃあ俺達はまだ遊ぶから、またね」
そうして少年達は歩を進める、キャラキャラと眩しく笑いながら行ってしまう。
夏油は思わず目を開いてそちらを見てしまった、そして理解する。
置いて行かれたのだと。
自分が、おかしな子だから。おかしい物は、はみ出た物は捨てられる。
こんなにも暑いというのに、蝉も鳴いているというのに、夏油の身体はカタカタと震え、頭から氷水を被ったように四肢の末端まで一気に冷えていく。
泣きたいのに、泣けない。動きたいのに、動けない。
一人ぼっちで置いて行かれてただ立ち尽くす他無かった。
はくはくと喘ぐように息をして、暑さを照り返す地面を見つめる。
蝉の音だけしかしなかった。
もしかしたら、このまま…ずっとこのままここで誰かが来るまで居なければいけないのかもしれない、誰が?一体誰がこんな所に来ると言うのか。
じゃあどうしたら良いのだ、ああ…探検になんて来なければ良かった。最初から期待なんてしなければこうはならなかった。夏休みの間、ずっと大人しく家に居れば良かった。こんなことなら、僕は、はじめから…
暗く暗く思考が沈む、呪いの巣窟を前にして一人立ち尽くす。
指の一つも動かない、このまま僕はアレに食われてしまうのか。そう思い、とうとう泣き出しそうになった時であった。
「熱中症になっちゃわないかしら?」
ねえ、と 後ろから声がした。
その声はその質問だけで暑さも寒さも怖さも消し飛ばした、高めの清んだ音、暗くない 怖くない いじわるじゃない音。夏油はその声にすがるように振り向いた。
バッと勢い良く必死に振り向いたものだから汗が飛ぶ、その汗の向こうに彼女は居た。
空色のワンピースに大きなツバをした帽子を被り、片手には小さな手提げカバンを持って居た。
幼くも、美しい少女であった。
長い睫毛で縁取られた瞳の色は珍しいクリームソーダのような色をしていて、黒い髪は長く三つ編みにしていた。ツンッと澄ました形の良い鼻と、薄い唇をした桃色の小さな口、スラリとした手足は程よく柔らかそうであった。
夏油は先程までの感情や状況を忘れただただ少女を眺めていた。
何も言わない夏油に疑問を持ったのか、日焼けなんて知らないような滑らかな右手を夏油の顔の前でフリフリと振る。「手遅れ?」と首を傾げて聞いてくる。
夏油はそれにハッとして、それからどうしようかと動きをまた止めた。
見掛けない子だ、だからと言って今までのように言えば結果は明らかだろう。過度な期待をしてはいけない、傷つくのは自分である。だからと言って何を言えばいいのだろうか、一人にはなりたくない、出来ればここから離れたい、でもどうやって?
夏油は散々悩んだ挙げ句に下唇を巻き込むように噛んで沈黙してしまった。
少女は夏油をよく観察した後にその視線を夏油の後方、汚く寂れたアパートへ向ける。
そしてゲェ…と言うような顔をして夏油に向き直った。
「こんなところに居たら駄目よ、それともあそこに用事があるの?」
その反応に夏油はまさかと思った、考えるより先に口から言葉が出る。
「見えてるの…?」
少女はそれに小さく首を縦に振って肯定を示した。
驚きと戸惑いが一気にやってくる。
見えている、見えているのだ、自分と同じものが。同じ、世界が。
ゆっくり瞬きを3つ、その後に夏油はハー…と息を大きく吐き出し今度こそポロポロと涙を溢した。
無言で目の前で泣き出した少年を静かに見つめ、少女は少年の意思を確認せずに汗をかいた手を取った。
「行きましょう、私のおばあちゃんの家で麦茶を飲みましょう」
とても暑い日だった。空は真っ青な晴天で、蝉は五月蝿すぎるくらいの大合唱、未知との恐怖に怯えて冷たくなった身体はしかして 少女の手のひらから伝わるぬるい温度で徐々に温かさを取り戻していった。
これは夏油傑と期間限定の友人の話である。
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