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番外編

「お兄ちゃんお誕生日おめでとう!!世界で…いや宇宙で……いや、多元宇宙の中で一番愛してるよーーー!!!」

ムギュッ、ムギュッ。
ムチュッ、ムチュッ。

高専にて兄を見付けた瞬間、場所も弁えずに私は兄に走り寄り熱烈な抱擁とキスを贈った。ちなみに、キスはほっぺである。く、口と口は…したら結婚しなきゃだから…。

朝から現在午後の昼過ぎに至るまで、私は兄である甚爾の顔を見ればとにかく誕生日を祝う言葉を口にし続けている。
それはもう、相手が「そろそろいい」とうんざりする程に。
しかし、これはここ数年では最早行事化されたことであり、私の中にやめるなんて選択肢は存在していない。そのため高専に所属する者だけでなく、出入りする業者やフリーの術師にまで兄の誕生日が伝わっている始末。
いやぁ、嬉しいことだね。愛する兄が世界中から誕生日祝福されている気がする…。何なら風や木や鳥達も祝の言葉を述べている気がする。

ちなみに、今日が甚爾お兄ちゃんの誕生日であることを上兄である甚壱お兄ちゃんにも伝えている。
夜の12時きっかりに鬼電し、朝になったらFAXを送り、さらに先程も自撮り付きでメールを送った。それを甚爾お兄ちゃんに報告すると「ブロックされんぞ」と言われたが、私の経験上された場合は甚壱お兄ちゃんの携帯をハッキングすれば無問題なので大丈夫だ。あの人の携帯、セキュリティガバガバだから直接乗り込んで弄らなくてもどうにでも出来る。天才に不可能など無いのだ。天才なので。天才、なので!!!ドヤッ!!!(※甚壱はセキュリティをガバガバにしているわけではなく、諦めているだけである。)

「そんなことしてっと嫌われるぞ、俺は別に構わねぇが」
「甚壱兄さんは私を嫌わないよ!いつもお前は可愛い妹だな…って頭撫でてくれるもん!」
「妄想と現実ごっちゃにすんな」
「本当だもんッ!高い高いしてくれるもんッ!!」

高い高いしてくれるし、膝の上に寝転べば顎の下とか撫でてくれるもん。
オヤツに出たお饅頭とかお団子とか、私にくれるもん。優しいもん。
あれは絶対私のことが好きだから、私のことを特別扱いしてくれている…。そしてあの蘭太とかいうガキンチョが居なければ、もっともっと可愛がって貰えたはず。つまり、あのガキを消さなければならない…私の兄は私だけのものなのだ。

「というわけで、お兄ちゃんから預かっているプレゼントがあります」
「嘘だろ」
「これはお兄ちゃんが金を出して私が選んだので、実質お兄ちゃんからのプレゼントです」
「お前それ絶対俺へのプレゼントだっつってねぇだろ」

まあ、それは…そう。
でも私は「お兄ちゃん、欲しい物あるから買って〜!」って言っただけで、それをどうするかは言っていないので嘘は付いていない…はず!!

疑いの眼差しを向ける兄の手を引き、私は研究所の扉を開いた。
自分のデスクまで引っ張って行くと、兄は少しだけ顔を顰める。

「なんか…巣みてぇになってっけど」
「うん、ほら…年末は泊まり込みの時期だからさ…」

私のデスクの足まわりには布団やクッションが敷き詰められ、いつでも寝れるようになっている。
だが、これは私だけではなく皆大体そう。寝袋を持ち込む人や、給湯室で身体を洗う人もいる。人間の限界がここにはあった。

それはさておき、プレゼントである。
私は布団を引っ剥がして一つのガンケースを取り出すと、一度机にドンッと音を立てて置いた。
このガンケースとかいうやつ、重すぎる…!

「俺が持つ、貸せ」
「やだ!研究者の細腕ナメんな!」
「また割れるぞ」

割れても大丈夫、接着剤があるからね。
まあその場合大変になるのは皆なんだけども。いつも本当にごめんね、悪気は無いから許して欲しい。

うんしょ、うんしょ。
ガンケースを両手で運び、作業用の空き机に乗せる。
ポケットから出したマルチクロスで一度持ち手や表面を拭き、それからロックを解除してその場から一歩下がった。
さあ、どうぞ。
そんな気持ちを込めて、兄を見上げて手でガンケースを指し示す。

一度視線を合わせた兄が私から目線を外して、ガチャリとガンケースを開く。
すると、彼はすぐに目を瞠った。私はその表情を見てすぐに得意気な笑みを浮かべる。
ふふん、中々どうして心擽られる代物だろう。男の子って…こういうのが好きなんでしょう?

「…シルバーモデル、新品か?」
「勿論!サプレッサーもあるよ」

兄の眼下にあるのは、アメリカのマグナムリサーチ社が設計した、世界有数の大口径自動拳銃。
IMI デザートイーグル、
50AE、10インチバレルのシルバーモデル。サプレッサー付き。
自動式拳銃の中では世界最高クラスの威力を持つ弾薬を扱えるIMI社のデザートイーグルは、ターゲットシューティング用に開発された拳銃だ。
一部の作品では女子供が使うと反動で怪我をするなんて表現があるけど、正しい射撃姿勢で撃てば問題無く扱える。
ちょっとメンテナンスは大変だけど…慣れてる人間なら大丈夫だろう。

黒いのも格好良いけど、私はシルバーが好きだ。何故なら輝いてるから。あと私の髪色に近いから。
フフフ…お兄ちゃんの懐に潜む私色のマグナム…めちゃめちゃ良い…。ゾクゾクする。

早速手に取ったお兄ちゃんは、グルっと全体を見てから握り締めて使い心地を確認していた。
やっぱりデカい男にはデザートイーグルしかないな。似合い過ぎている。コマンドーの絵面だ。

「買うとき何か言われただろ」
「言われたけど、忘れちゃった」
「おい天才の記憶力」
「余計なことは忘れることにしてるから!」

そして、その分お兄ちゃんとの日々は事細かに記憶してるから!!昨日手を付けた食事の順番とか、一週間前に履いてたパンツの柄とか、今日もハンカチ家に忘れてきたこととか…。
全部、全部覚えているよ。大好きだから忘れない。忘れらんない、ずっと果てまで。

「お兄ちゃん、お誕生日おめでとう。あとでケーキ食べようね!」
「胃が凭れる」
「でも、恵くんが選んでくれたやつらしいよ?」
「…少しだけ食う」

なら…私も沢山は食べられないから、はんぶんこしよう。
余ったやつは皆が食べてくれるだろう、何せ若者はいつだって腹を空かせて生きているのが定番なので。
あ、一応五条くんにも声を掛けておいてあげようかな、あの人甘味大魔神だから。

ガンケースに銃を仕舞い直し蓋を閉じた兄は、こちらへ視線を戻すと私の頭をワシャワシャと雑に撫で出した。
頭を撫でられた途端、無性に嬉しくなってしまい目をギュッと瞑って抱きついてみせる。
難なく受け止めてくれた身体に頬を擦り寄せ、ヘラヘラと笑えば頬をむにりと摘んで引っ張られた。

「いひゃい!いひゃいっ!!」
「仕事しなくて良いのかよ」
「分かってるけど…もうちょっとだけ!!」
「絶対後であの団子頭に叱られんぞ」

夏油くんは私を叱るのが仕事みたいなもんだから良いんだよ。彼はそれで給料を貰ってるんだから。

ウリウリ、グリグリ。
兄の胸に頭を擦り付け、僅かな隙間も無くそうとキツく抱きついてみせる。
伝われ、私の激重執着愛情…!!死んだらお兄ちゃんの骨で人工ダイヤモンド作って指輪にして薬指に嵌めてやるからな!!覚悟しとけよ!!

私は私が尽きるまで、お兄ちゃんの誕生日を祝い続けるから。
他の誰が何を言おうが忘れようが、私が覚えているから。私が貴方の誕生を喜び続けるから。
だから、後悔なんてしないでね。私のためになるだけ長く生きて。そして沢山の思い出をちょうだい。
貴方が死んだあと、寂しくないくらいの思い出を。



___

オマケ(甚壱といっしょ)



「お兄ちゃんお金ちょうだい、拳銃買うから」

そう言って白衣をはためかせながら我が物顔で道場に入って来た妹に怯えた男達は、厳つい風体を持ちながらも震えて後退った。
出たぞ…歩く環境破壊兵器…!今度は一体何を破壊するつもりなんだ、頼むからこれ以上倫理観を捨てないでくれ…!
しかし、そんな震える男達など気にもせず兄の元へと歩み寄った妹は、そのまま立ち止まらずに兄にへばり付くように抱き付くと胸に顔を押し当て全力で喋り出した。

「ふぉふぉふぉ、もぐぐぉーー!!!」
「……分からん」
「ふぉふぉんふぉふぉふぉ、ふぉんふぉおふぉふぁふぁふぁーーー!!!」
「離れろ」

突然好奇の目に晒されることになろうと、甚壱は気にしない。
何故なら慣れているからだ。妹の面倒を見続け早二十数年…こんな程度の奇行ではたじろかない。彼は熟練の妹職人なのである。

猫の首根っこを摘むように、妹の服の襟首を掴んで持ち上げて離せば、彼女は甚壱へ向けて手足を必死に伸ばしながら訴える。

「デザートイーグル買いたいの!!」
「…お前が持ったら割れるだろう」
「使うの私じゃないから、えっと……察して!」
「………」

普段言葉を濁すことなく何でもかんでも喋る妹が言葉を濁す場合、それは十中八九禪院家にとっては忌むべき存在である男が関わっている時だ。
それをすぐに察した甚壱は、されど表情を変えることなく妹を床に下ろしてやる。

「金ならお前もあるだろう」
「研究者のポケットマネーナメるなよ!!」
「無いのか。何に使ったんだ」
「養育費!貯金!研究資金!!」

この愚妹はまたややこしい実験に大金を注いでいるのかと、甚壱はそちらの方が悩ましくなった。
一体何歳になったら落ち着くのか。いや、そもそも肉体が歳を取らないから年齢も何も無いのか。ならばこの妹は一生このままなのか……それは、かなり問題な気がする。

しかし、今対応すべきは別の問題であった。
頭を掴んでおかないと今すぐにでもくっつきだす妹を、頭…どころか顔ごと鷲掴んで遠ざける甚壱は、仕方無く「後で話を聞く」と言って対処した。

「ほんと!?絶対、絶対だよ!!?」
「…部屋で大人しく待っていろ」
「わかった!お兄ちゃんの布団でお昼寝してるね!」
「………」

そう言って下手くそなスキップをしながら道場を後にした妹の背を、男達と甚壱は疲れた表情で見送る。
台風の後のような静けさが道場内を満たすなか、事態を見守っていた蘭太が口を開いた。

「甚壱さん、布団…無事だと良いですね」
「………ああ」

それから、自分が行くまで直哉と会わなければ良いとも思った。あの二人が揃うと毎回面倒なことになるからである。

甚壱は思う。
頼むから、あの…忌まわしい男以外の男を選び身を固めてくれと。
それが駄目なら、せめて自分を巻き込むなと。

あと、布団の上でナマコを散歩させるのもやめてくれ。
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