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番外編

ハロウィンと言われて真っ先に思い浮かぶ記憶は、同級生で友人代表の五条くんの顔だ。
彼はハロウィンの季節になると何かにつけて菓子を強請り歩いている。もう良い歳なのに何してんだ…とは誰の言葉だったっけ、確か恵くんだったような…真希ちゃんだったような……つまりは、生徒にすら菓子を無心しているのだ、流石の私もちょっとどうかと思っちゃったり…。

そんなわけで、この時期の私のポケットにはお菓子が詰め込まれている。
チョコレート、キャンディ、クッキー、マシュマロ、グミ…などなど、幼児と一部の女子が喜びそうなバリエーションだ。私は一個も食べないのに、友人のためにこれだけ用意しとくとか…スペシャル律儀すぎない?誰か讃えてくれ。

今年も案の定五条くんは数日前から私の顔を見れば菓子を強請るようになった。
はいはい、チョコあげるからさっさと任務に行きな、伊地知くんったら…五条くんが駄々こねるせいで見てるこっちが悲しくなるくらい可哀想な顔してたよ。なんて言いながら背中を押して任務に行かせたのが二日前くらいの話。
そして、今日になって何処から話を聞き付けたのか、私の元には朝から色んな人がお菓子を強請りに来る珍事となっていた。

ど、どうして……いつもは大体みんな近寄って来ないじゃん…何なら顔見ただけで逃げ出す奴も居るじゃん、そんなに甘味に飢えているのか?こわ…甘味依存症は将来を考えれば早めに治すべきだと私は思うよ。
そうは思いつつも、優しくて可愛くて天才な私はお菓子を求められれば差し出してしまうのだった。

「ツナッツナ明太子〜!」
「それハッピーハロウィーンって言ってる?可愛いね〜!よし、可愛い狗巻くんには焼き菓子をあげようね」
「しゃけ!」
「いや可愛すぎ…ちょっと端っこだけでも持ち帰りたいな……」
「お、おかか!?」

ぼそっと本音を呟いたら、高速でバックステップを踏まれてしまった。
自身の身体を守るように抱き締めながら、ソロソロと後退る狗巻くんはとても可愛かったので、あとで彼について色々調べちゃお!と考えつつ微笑んでおいた。

そんなやり取りをしていると、珍しく乙骨くんもはにかみながら近寄って来たので、私はポケットの中をガサゴソ漁る。
お、どうやらこれで品切れのようだ。あとでちゃんと補充しておかないとな…う〜ん、それにしても、何かしらの陰謀を感じるくらいにはお菓子が無くなっていくなぁ。

「はい、チョコだよ。りかちゃんの分もあげとくね」
「ありがとうございます…わっ!本当にお高そうなやつだ…」
「しゃけ」

乙骨くんの反応にそうだっけ?と首を傾げる。
そもそも、この時期にお菓子を持ち歩くようになったのは五条くんのために他ならない。
彼は術式の関係上、人よりも糖分を余計に接種しないといけないとか何とかで喚いて駄々を捏ねて強請ってきたので、私はそういうことならとブドウ糖ラムネを渡したことがあったのだ。
しかし、彼はブドウ糖ラムネはどうやらご不満だったようで、そりゃあもうこれでもかとチクチク嫌なことを言われたうえに、なんと夏油くんにまで言い付けやがったのだ。
あの二人が揃うと本当にろくなことにならない。私はモンスターペアレントになった夏油くんから「悟は頑張ってるんだから、もっとちゃんと労ってあげて」と小言をこれまたチクチク言われた。
これにムカついた私は、ならば最上級のもてなしをしてやるよアホ!と意気込んだ…結果、お取り寄せの良い感じのお菓子をこの時期になると沢山買い込むようになった。ちなみに経費ではなく実費である。私、本当に友達思いの良い奴だな。

まあでも、実際買う手続きをしているのは私ではなく七海くんと灰原くんである。
毎年二人に「これで買っといて」とお金を渡し、甘ったお金はお小遣いにして良いよと言っている。ちなみにだが、灰原くんは学生時代から変わらず「先輩のために美味しいお菓子を選びますね!」と、良い子のお返事をしてくれるが、七海くんは年々「もう小遣いはいりません」「私のこと幾つだと思ってるんですか」等と不平不満を募らせていっている様子。
しかし、スーパーミラクルギガント賢い私は知っている…七海くんは何だかんだで灰原くんとお菓子を選べるのを毎年楽しみにしていると……あと、私の金だと言うことで遠慮無く自分が食べたかった物を選んでいるという事実…。強かな奴だ、昔はあんなに可愛かったのに…いや、別に昔も大して可愛くは無かったな。めちゃめちゃ無礼だった。私のこと地面に投げ捨てるような後輩だったわ。

そういうわけで、このポケットに詰め込まれたお菓子達は七海くんと灰原くんが毎年選りすぐった名だたるお菓子達なのだ!
なるほど、だから皆貰いに来ていたんだね。ハハハ、現金な奴等め…チクショウ、普段も普通に構ってよ。

空っぽになったポケットを一度ぽふっと叩く。
空気の抜けた音がして、なんだか一気に身軽になった気分だ。
さて、とりあえず私も一度研究所に戻って休息するか…と、これからの予定を脳内で確かめながら歩いていた時々だった。
前方を気怠げに歩く見知った大きな背中を見付け、私は一瞬立ち止まる。

あ、あれは……!!あの、クマのようにのそのそと歩く大きな男は……!!!

「お兄ちゃんッッッ!!!!!!!!!!!」
「うるせッ」
「お兄ちゃんーーー!!!!まってーーー!!!」

私の全力ボリュームボイスに廊下の向こうで立ち止まった身体目掛けて急発進、廊下は走るな?知らないルールですね…私が法だ従え人間共。
バタバタと足音を立てながら猛スピードで身体へ突っ込む。案の定、お兄ちゃんはびくともせずに私を受け止めてくれた。
広い背中に腕を伸ばし、ぴっちりみっちり隙間無くくっつく。へへへ…今日も変わらずお兄ちゃんの匂いがする、恵くんや真希ちゃんからは不評なこの匂いが私は好きだ。だって一番安心するから。余談だが、同じ遺伝子を持つ上の兄である甚壱お兄ちゃんは、恐らく食生活と着ているものの違いだろう…甚爾お兄ちゃんよりも良い匂いがする。なんか、こう……良い感じに熟した健康的な男の香りに、お香とかが混じった匂いがする。あの匂い、何だか眠くなるんだよなぁ…。

むぎゅっ!むぎゅっ!
これでもかと引っ付いてやれば、お兄ちゃんは私の襟首を掴んでベリッと引き剥がした。
そんなご無体な…私の求愛行動を止めるなんて酷すぎる、訴えてやるぞ。
恨みがましい視線を向ける。そうすれば、呆れたような顔をしていた兄は、何かを思い出したらしく「そういや」と話始めた。

「お前、ガキ共に食いもんタカられてんだったか?」
「い、言い方!!」
「俺にはなんかねぇのか」
「タカるな!!」

タカるにしてもハロウィンの趣旨を理解してからタカってくれ!
これじゃ本当にただ腹が減って妹にタカるだけの兄だ、いやいつも大体そうだけど、でもこのお菓子はハロウィンという行事があってこその存在なわけで…。

私はあからさまにムスッとした顔で、「ハロウィンだよハロウィン!私はタカられてるんじゃないの!」と抗議した。
すると、やっと事態を理解したらしい兄は「ああ」と一つ頷き、もう一度「で、俺のは?」と聞いてきた。

いやまあ、あげるけど。あげますけども。
と、思ってポケットに手を伸ばしたが、そこでハッとする。そうじゃん、乙骨くんに渡したら品切れになったんじゃん…三歩歩いたら忘れてしまった事実に、私は苦い表情を浮かべてしまう。
先程までの兄ならまだしも、今の兄はハロウィンを理解してお菓子を強請っているのだ。つまりは、今の私は危機的状況にあるということ。
ヤバい、悪戯される。どうしよう、お兄ちゃんの悪戯って想像出来ないんだけど…!!

一瞬の内に考えを巡らせ判断をした私は、姿勢を正しこう言った。

「一度取りに戻っても良いでしょうか!」
「駄目に決まってんだろ」
「や、やめてーー!!どうせエッチな悪戯するんでしょ、エロ同人みたいに!エロ同人みたいに!」
「何ちょっと嬉しそうな顔してんだ、しねぇよ普通に」

嘘だ!!!お兄ちゃんと言ったら元プロヒモ、その顔の良さとテクニックで数多の女の元をコロコロ転がりまくったエッチヒューマン代表選手!!
そ、そんな人間が可愛くて賢くてお兄ちゃんのことが大好きな妹への悪戯チャンスにエッチな悪戯しないなんて…そんなことある!?いや、ないね!!絶対無い!!ここから先はR-18!未成年は見ちゃダメだぞ!!

「ど、何処をどうするの!?言っておくけど私は未通だよ!何せ身体の中に接触したら被爆する元素とか詰まってるからね、最後までしたら大変なことになるよ!!」
「知ってるし、しねぇよ」
「ま、まあ……でも、手を繋いでくっつくぐらいなら…全然大丈夫だけど…」
「お前の中のエロい行為判定どうなってんだよ」

は、はわわ…!言ったら急に恥ずかしくなってきちゃった!!
ど、どうしよう…チューとかされちゃったら……に、日本の法律変える?結婚してくれるかな?してくれるよね、だってチューしたんだもん…チューしたら結婚しなきゃだよね…。

ポポポッと赤らんだ頬に自分の両手を添えて、視線を逸しドキドキと胸を高鳴らせた。
しかし、兄は冷めた瞳で大丈夫かコイツと言いたげな表情をした。この温度差よ。私でも風邪引くレベル。

「つーか、お前大量に菓子持ち歩いてんだろ?なんで一つも無いんだよ、可笑しいだろ」
「お菓子だけに可笑しいって?」
「………………」
「なんか言ってよお!!!」

無言で背を向けようとした兄のズボンの腰部分を掴む。こうすると大抵の人間は動けなくなるのだ、人権を守るために。
兄も人権を失いたくなかったのだろう、立ち止まり若干面倒臭そうな顔をした。面倒臭そうな顔をしてもお兄ちゃんは格好良い。罪深い顔だ…。
そんな顔を見上げながら、私は説明をする。

「全部みんなにあげちゃったんだよ。なんか分かんないけど、今日になったらみんなが欲しがるようになったんだよねぇ…」
「…俺は五条の坊からお前が高ぇ菓子配り歩いてるって聞いたが」
「…そういえば、二日前に五条くんから「たまには悪戯もしたいな♡」とか言われたな……」
「絶対それだろ、良かったな気付いて」

互いに顔を見合わせ、何とも言えない表情となった。
やはり五条くん。五条くんはいつも騒ぎの中心にいる。というか発端になっている。そろそろ夏油くんにクレーム入れてやろうかな…まあ多分、あの親友依怙贔屓野郎は私の味方なんてしてくれないだろうけど。

はあ…と溜め息をついて、五条くんに見つかる前にお菓子を補充してこようと兄から離れて一歩踏み出した。
しかし、兄が私の腕をグイッと掴んだため、今度は私が立ち止まるハメになる。
な、なに!?いきなり引っ張らないで!?そっちの腕最近交換したばかりだから優しく扱ってって言ったよね!?

「なに!」
「悪戯、まだしてねぇだろ」
「え……す、するの?私、全身歯型まみれにされるのだけはもう嫌なんだけど…」
「じゃあ首だけで許してやるよ」

なんで首!?というか、歯型まみれの刑がそもそも嫌なんだけど!?
身体を硬直させ、意味もなく兄を見上げる。うん、素晴らしい程の悪い笑みだ、なんて素敵な顔、大好き!いや、そうじゃなくて…。

「あの、私にも立場というものがあってですね…」
「お前は俺の妹だろ」
「うん、そうだね!立場なんてもういいや、構わん!やれ!!!」
「だから何で嬉しそうなんだよ」

だって私はお兄ちゃんの妹以外の何物でも無いからね!大好きな兄が妹の首を噛みたいというならば、喜んで首を差し出すのが役目ってもんだ。
ネクタイをシュルリとほどき、ワイシャツの首あたりのボタンを勢いよく外して首元を曝け出した。
正直に言ってしまうと、頭の冷静な部分では一体全体私はどうして誰が来るかも分からない廊下で、延々と兄と戯れているのだろうか…という思いもあった。いや、突撃したのは間違いなく私なのだけれど、こう…適度に戯れてスッキリしたら仕事に戻るつもりだったのになあ。兄セラピーが兄ハプニングに変わってしまった、まあそんな日もあるよね。

とか何とか考えていたら、首筋に衝撃が走る。
ガブッ!!吸い付かれるように歯を立てられ、ぢぅっと音を立てられる。
い、痛い…地味に痛い!こういう地味な痛みが一番嫌いなんだよなぁ…。
暫く噛み付いていた兄の顔が少しだけ離れていく。それを目で追えば、至近距離で目と目があった。それにちょっとだけドキッとするも、兄は口の端を釣り上げてニヤリと笑い、また私の首元に顔を埋めるだけだった。
二度目の痛みが襲ってくるかと思ったが、そんなことは全く無く、兄は私の首元でクツクツと声を殺して笑うばかりで何も言ってはくれない。
多分、誂われているんだろうなぁ…と思う。いや、絶対そうだな。だって今、私の顔は物凄い赤いだろうから。

「お兄ちゃんさぁ……」
「お前、期待し過ぎだろ」
「し、してないよ!もういい、お兄ちゃんなんて知らない!!」
「おい、ネクタイ」

投げ捨てたネクタイをそのままに、私は身体を捻って兄から素早く離れた。

知らない知らない知らないもーん!!!
熱くなった頬を冷やすために、風を切って全力で研究所まで走って行った。
髪はクチャクチャ、息はゼェゼェ。グズグズになった襟首など一体お前は何歳児だという有り様。
そんな状態のまま、物凄いスピードで研究所の扉を開きオフィスに突っ込めば、中で仕事をしていた夏油くんが「おかえり、遅かったね」と言いながら顔を上げる。
そして、私を見た瞬間ギョッとした顔つきになり、ガタリと席を立って近付いてきた。
近くに来た夏油くんは私を見下ろし、「…え?襲われた?」と真剣に聞いてきた。

「しらない!」
「いや、知らないじゃなくて。誰にやられたんだい?ボタンもネクタイも無くなってるじゃないか、それにこのキスマークは…」
「しらない!!!おやつ食べる!!!どいて!!!」
「ちょっと、何でそんなに怒って……いや、照れてるのか?あれは…」

困惑する夏油くんをその場に置き去りにした私は、買ったお菓子から適当な物を幾つか手に取り休息所に立て籠もった。
バタンと勢い良く扉を閉め、室内を唸りながらウロウロする。

顔が熱い、無いはずの心臓がバクバク鳴っている気がした。
チクショウ、絶対絶対私もやり返してやる。
お兄ちゃんにこれでもかと歯型をつけてやる。
ハロウィン当日は泣かせてやるんだから、覚悟しとけよ…!!
悔しさと恥ずかしさと、ちょっとの照れをチョコと一緒に胃の中に収めながら、私は固い決意をしたのだった。

ところで、きすまーくってなに?私、そんなものと遭遇した記憶無いんだけど…。
もしかして、新手の呪いだったりする?
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