番外編
最近のお兄ちゃんは夜寝る時に私を抱き締めて眠っている。
というのも、私は身体の構造の関係上かなり冷たい身体をしているので、お兄ちゃんだけでなく夏は皆の保冷剤変わりになっているのだ。
五条くんも高専で会えば「いたいた、僕の氷枕ちゃん」とくっついて涼んでくるし、訓練終わりの生徒達からも手を貸して欲しいと頼まれオデコやほっぺたに手を添えてあげたりなどしている。なんと、あの七海くんでさえも暑さに限界を迎えた時は「すみません、少しよろしいですか」と手を借りてひんやり加減を味わってくるのだ。夏の私、需要がありすぎる。
こちらとしては良い迷惑に他ならないが、皆辛い思いをしているのだから仕方無い。私だって少しくらいは皆のことを気にしているのだ。普段は全然どうでもよく思っているけど。
そんなわけで朝、ヒンヤリ抱き枕こと私に引っ付き虫になっている兄をなんとか引っ剥がした私は支度を整え先に家を出た。
お兄ちゃんは三十分くらい布団の中でグダグダやってるから毎回置いてっている、何故なら我が研究所には夏油くんの敷いた法によって「朝礼」が存在するからだ。今や我が研究所は彼の独裁国家だ、私の研究所なのに…。
片道数十分の通勤を終え、研究所へやって来ればそこには何故か高専の生徒である真希ちゃんと恵くんが居た。
二人は呪具を持っており、私に気付くと声を掛けて来る。
「姫さん、刃こぼれ直せるか?」
「全然直せるけど……ってなに?二人して変な顔して…」
真希ちゃんに呪具の刃の部分を見せられ、それをよく見るために少し二人に近寄れば顔を顰められた。
どうしたどうした、折角の美人さんが台無しだぞ。いや、美人は怒っても悲しんでも美人ではあるのだが…でもお兄ちゃんと顔の似ている二人にはやはり澄ました顔をしていて貰いたい。私はお兄ちゃんの澄ました顔が大好きだから。
私よりも背の高い二人を少し見上げるように首を傾げれば、二人は顔を見合わせ視線だけで会話をしていた。
おい、私を仲間外れにするなよ、本気で泣くぞ。私が泣いたら灰原くんが召喚されるんだからな、あんなに可愛くても灰原くんは怒る時は怒るんだからな…結構心にクる怒り方するんだぞ…。体験者談。
「なに、どうしたの?言いたいことあるなら言ってくれなきゃわかんないよ」
「いや、博士…なんつーか…」
恵くんが視線を反らしながら苦い顔をして言い淀む。私はそれに対抗して視線の先に回り込み、ムッとした顔をしてみせた。
それでもまだ口を割らない恵くんに、私は痺れを切らし詰め寄った。
「自白剤投与するぞ!!」
「待て待て姫さん、私から言うから落ち着けって」
「ムッ、仕方無いなぁ…」
恵くんの口から言えないことならば仕方無い、ここは大人として譲歩してやろう。
して、何故二人揃って妙な顔をしていたのかね?
私が話を聞く姿勢を取れば、真希ちゃんはいやそ〜な顔をしながら口を開いた。
「姫さん、あんたオッサンくせぇんだよ」
「……は、え!?か、加齢臭!?!?私が!?」
「あー、違う違う。姫さんが加齢臭放ってんじゃなくて、あんたと住んでるオッサンのな…」
「私、オッサンと住んでるの!?いつから!??」
え!?なにそれ怖い!!怖いよ!!だって身に覚えがないんだもん!!
子供達も成長し各々自由にやってる今、私の家に住んでいるのはお兄ちゃんだけだ。あとは灰原くんがちょこちょこ様子を見に来て掃除やら何やらをしてくれたり、たまに夏油くんが仕事を持ってやって来て、作業スペースのように使ったりそのまま寝泊まりしたりしているが…そのくらいだ。だから我が家にオッサンなんて居な…………いや、そういえばお兄ちゃんはもう良い歳だったな……忘れていた…。
何せ息子の恵くんがこの歳だ、そりゃお兄ちゃんも歳を取るよな。
え……じゃあ、お兄ちゃんから加齢臭がするってこと…?
私は慌てて自分の身体をクンクンクンクン鼻を鳴らして嗅いでみた。
駄目だ、わからん。全然わからん。
一緒に住んでいるから慣れてしまったのだろうか、イマイチわからん。でも二人には臭いが分かるんだよね?ど、どうしよう…ここ最近ずっと抱きまくら変わりにされていたけど、もしかして皆私のことクセェなって思ってたってこと!?やだ、最悪…今すぐ割れたい…。
「そ、そんなに臭いかな!?」
「ぶっちゃけ親父の汗の臭いしますね」
「自壊します!!!」
「博士、落ち着いて下さい」
「さよなら!!直哉くんによろしく!!!」
「落ち着けって言ってんだろ」
これが落ち着いてなどいられるものか!
私は気付いてしまったのだ…ここ最近灰原くんが微妙に冷たかったのは絶対にこのせいだ…そして夏油くんが無言で彼が使っている香水を顔面目掛けて噴射してきたのもこのせいだ……あと硝子ちゃんからも「シャワー浴びてる?」って聞かれたな…うわ控え目に言って粉になりたい、海に撒いてくれ。
「シャワー浴びればいいだけの話だろ、あと親父のことは追い出して下さい」
「前から思ってたけど、姫さんって感覚鈍いよな。あとアイツのことは家から追い出せ」
「二人とも…お兄ちゃんに当たり強くない?」
なんで?もしかしてお兄ちゃん、あんまり好かれてない?体育教師みたいなこともしてるのに?
自分の臭いも気になるが、兄と子供達の仲も心配になってきた。とりあえず、あとでシャワーを浴びて誰かに服を借りよう。
私が二人に何故お兄ちゃんに当たりが強いのかと尋ねれば、先に真希ちゃんが喋り出した。
彼女はあまりにもサラッと、まるで当たり前のことであるかのように私の髪を一房手に取りこう語る。
「そりゃあ私ら姫さんこと好きだからな、あんな男に周りウロつかれたら良い気はしねぇだろ」
「へっ、ほへ…?好、え??え!?」
「人間じゃなくても照れると顔赤くなるんだな」
「照れてないもん!!!」
照れてない!!!顔が赤いのは血流の乱れではなくこれは私の中に含まれる成分の一つクロムによる効果で、光の波長を一部吸収、反射したことによって起きる変色現象であってだね……。
「恵、良かったな。私らもワンチャンありそうだぞ」
「いや、俺は別にそういうんじゃないんで…」
「そうだぞ!恵くんと私は家族なんだから!!」
可愛い可愛い甥っ子なんだから変なこというな!!
そんな思いを込めて仲の良さを見せつけるべく恵くんを抱き締めた。むぎゅっ!オラァッ!仲良しファミリーに不要な感情を持ち込もうとするな!それはそれとして私も真希ちゃんのことは大好きだぞ!あとでハグしてやる!!
「博士、臭いんで離れて下さい」
「君のお父さんの匂いなんだから我慢して!」
「それが一番嫌なんだよ」
そ、そんな……これがお年頃ってやつなのか…?
そういえばミミちゃんナナちゃんもある時から「あの人のパンツと一緒に洗濯しないで、ママはいいけどアイツは嫌」「ぶっちゃけ敵」「ママ、いつ夏油様と結婚するの?」「早く結婚して、アイツ追い出して私達と夏油様で暮らそ」…って言ったりしてたな…。
あれ…?やっぱりお兄ちゃん子供達から目の敵にされてない?ていうか今更だけど本当に臭いのか?
そこでピンッと来たことが一つ。
そういえば、遺伝子の近い者同士は互いの体臭に嫌悪感を抱く場合があったはずだ。生物として近親相姦による禁忌的血の交わりを避けるための防衛システムの一環として、そういうものがあるとか。
久しく忘れていたがそういえば血の近い生物ってのはそういう本能に訴える嫌悪が存在していたな。
私自身がもはや生物として正しく機能していないから忘れていた。
そう思うとふむ、なるほど…恵くんも真希ちゃんも、生物として正しく機能している状態ということか。
「なるほどな…これは新しい研究に使えるヒントになるやもしれん…」
「いい加減離れて下さい、本当臭いんで」
「臭くなければいいの?」
「…………まあ…」
恵くんの照れ臭そうな返事に思わずニッコリ。真希ちゃんもこれにはニヤニヤ。
私は大人しく離れ、二人に呪具を専用の作業台に置いて来るよう伝えた。
「シャワー浴びて下さいね、あと服も出来れば着替えて下さい」
「分かったよ恵くん、灰原くんに着換え頼みに行ってくるね」
「あとあんまアイツに好き放題させんなよ、こっちが腹立つから」
「ご指摘ありがとう真希ちゃん、二人共今日も頑張ってね」
話もそこそこに私は羽織っていた白衣を脱ぎながら、灰原くんを探すためにその場を後にした。
は〜、まったく…お兄ちゃんのせいでえらいこっちゃだ。これは帰ったら物申さねば。
でも、まあ…一緒に寝れるのはこの上ないくらい幸せなわけなので、これはもう私が毎朝シャワーを浴びてから出勤する他無い…というのが結局の結論だ。
夏って好きだけど同じくらい嫌な季節だな、お兄ちゃんが引っ付いてくれる口実があることはプラスだが、汗が気になるのはマイナスだ。
はあ…身体に消臭機能搭載出来ないかな…研究、しようかなあ…。
というのも、私は身体の構造の関係上かなり冷たい身体をしているので、お兄ちゃんだけでなく夏は皆の保冷剤変わりになっているのだ。
五条くんも高専で会えば「いたいた、僕の氷枕ちゃん」とくっついて涼んでくるし、訓練終わりの生徒達からも手を貸して欲しいと頼まれオデコやほっぺたに手を添えてあげたりなどしている。なんと、あの七海くんでさえも暑さに限界を迎えた時は「すみません、少しよろしいですか」と手を借りてひんやり加減を味わってくるのだ。夏の私、需要がありすぎる。
こちらとしては良い迷惑に他ならないが、皆辛い思いをしているのだから仕方無い。私だって少しくらいは皆のことを気にしているのだ。普段は全然どうでもよく思っているけど。
そんなわけで朝、ヒンヤリ抱き枕こと私に引っ付き虫になっている兄をなんとか引っ剥がした私は支度を整え先に家を出た。
お兄ちゃんは三十分くらい布団の中でグダグダやってるから毎回置いてっている、何故なら我が研究所には夏油くんの敷いた法によって「朝礼」が存在するからだ。今や我が研究所は彼の独裁国家だ、私の研究所なのに…。
片道数十分の通勤を終え、研究所へやって来ればそこには何故か高専の生徒である真希ちゃんと恵くんが居た。
二人は呪具を持っており、私に気付くと声を掛けて来る。
「姫さん、刃こぼれ直せるか?」
「全然直せるけど……ってなに?二人して変な顔して…」
真希ちゃんに呪具の刃の部分を見せられ、それをよく見るために少し二人に近寄れば顔を顰められた。
どうしたどうした、折角の美人さんが台無しだぞ。いや、美人は怒っても悲しんでも美人ではあるのだが…でもお兄ちゃんと顔の似ている二人にはやはり澄ました顔をしていて貰いたい。私はお兄ちゃんの澄ました顔が大好きだから。
私よりも背の高い二人を少し見上げるように首を傾げれば、二人は顔を見合わせ視線だけで会話をしていた。
おい、私を仲間外れにするなよ、本気で泣くぞ。私が泣いたら灰原くんが召喚されるんだからな、あんなに可愛くても灰原くんは怒る時は怒るんだからな…結構心にクる怒り方するんだぞ…。体験者談。
「なに、どうしたの?言いたいことあるなら言ってくれなきゃわかんないよ」
「いや、博士…なんつーか…」
恵くんが視線を反らしながら苦い顔をして言い淀む。私はそれに対抗して視線の先に回り込み、ムッとした顔をしてみせた。
それでもまだ口を割らない恵くんに、私は痺れを切らし詰め寄った。
「自白剤投与するぞ!!」
「待て待て姫さん、私から言うから落ち着けって」
「ムッ、仕方無いなぁ…」
恵くんの口から言えないことならば仕方無い、ここは大人として譲歩してやろう。
して、何故二人揃って妙な顔をしていたのかね?
私が話を聞く姿勢を取れば、真希ちゃんはいやそ〜な顔をしながら口を開いた。
「姫さん、あんたオッサンくせぇんだよ」
「……は、え!?か、加齢臭!?!?私が!?」
「あー、違う違う。姫さんが加齢臭放ってんじゃなくて、あんたと住んでるオッサンのな…」
「私、オッサンと住んでるの!?いつから!??」
え!?なにそれ怖い!!怖いよ!!だって身に覚えがないんだもん!!
子供達も成長し各々自由にやってる今、私の家に住んでいるのはお兄ちゃんだけだ。あとは灰原くんがちょこちょこ様子を見に来て掃除やら何やらをしてくれたり、たまに夏油くんが仕事を持ってやって来て、作業スペースのように使ったりそのまま寝泊まりしたりしているが…そのくらいだ。だから我が家にオッサンなんて居な…………いや、そういえばお兄ちゃんはもう良い歳だったな……忘れていた…。
何せ息子の恵くんがこの歳だ、そりゃお兄ちゃんも歳を取るよな。
え……じゃあ、お兄ちゃんから加齢臭がするってこと…?
私は慌てて自分の身体をクンクンクンクン鼻を鳴らして嗅いでみた。
駄目だ、わからん。全然わからん。
一緒に住んでいるから慣れてしまったのだろうか、イマイチわからん。でも二人には臭いが分かるんだよね?ど、どうしよう…ここ最近ずっと抱きまくら変わりにされていたけど、もしかして皆私のことクセェなって思ってたってこと!?やだ、最悪…今すぐ割れたい…。
「そ、そんなに臭いかな!?」
「ぶっちゃけ親父の汗の臭いしますね」
「自壊します!!!」
「博士、落ち着いて下さい」
「さよなら!!直哉くんによろしく!!!」
「落ち着けって言ってんだろ」
これが落ち着いてなどいられるものか!
私は気付いてしまったのだ…ここ最近灰原くんが微妙に冷たかったのは絶対にこのせいだ…そして夏油くんが無言で彼が使っている香水を顔面目掛けて噴射してきたのもこのせいだ……あと硝子ちゃんからも「シャワー浴びてる?」って聞かれたな…うわ控え目に言って粉になりたい、海に撒いてくれ。
「シャワー浴びればいいだけの話だろ、あと親父のことは追い出して下さい」
「前から思ってたけど、姫さんって感覚鈍いよな。あとアイツのことは家から追い出せ」
「二人とも…お兄ちゃんに当たり強くない?」
なんで?もしかしてお兄ちゃん、あんまり好かれてない?体育教師みたいなこともしてるのに?
自分の臭いも気になるが、兄と子供達の仲も心配になってきた。とりあえず、あとでシャワーを浴びて誰かに服を借りよう。
私が二人に何故お兄ちゃんに当たりが強いのかと尋ねれば、先に真希ちゃんが喋り出した。
彼女はあまりにもサラッと、まるで当たり前のことであるかのように私の髪を一房手に取りこう語る。
「そりゃあ私ら姫さんこと好きだからな、あんな男に周りウロつかれたら良い気はしねぇだろ」
「へっ、ほへ…?好、え??え!?」
「人間じゃなくても照れると顔赤くなるんだな」
「照れてないもん!!!」
照れてない!!!顔が赤いのは血流の乱れではなくこれは私の中に含まれる成分の一つクロムによる効果で、光の波長を一部吸収、反射したことによって起きる変色現象であってだね……。
「恵、良かったな。私らもワンチャンありそうだぞ」
「いや、俺は別にそういうんじゃないんで…」
「そうだぞ!恵くんと私は家族なんだから!!」
可愛い可愛い甥っ子なんだから変なこというな!!
そんな思いを込めて仲の良さを見せつけるべく恵くんを抱き締めた。むぎゅっ!オラァッ!仲良しファミリーに不要な感情を持ち込もうとするな!それはそれとして私も真希ちゃんのことは大好きだぞ!あとでハグしてやる!!
「博士、臭いんで離れて下さい」
「君のお父さんの匂いなんだから我慢して!」
「それが一番嫌なんだよ」
そ、そんな……これがお年頃ってやつなのか…?
そういえばミミちゃんナナちゃんもある時から「あの人のパンツと一緒に洗濯しないで、ママはいいけどアイツは嫌」「ぶっちゃけ敵」「ママ、いつ夏油様と結婚するの?」「早く結婚して、アイツ追い出して私達と夏油様で暮らそ」…って言ったりしてたな…。
あれ…?やっぱりお兄ちゃん子供達から目の敵にされてない?ていうか今更だけど本当に臭いのか?
そこでピンッと来たことが一つ。
そういえば、遺伝子の近い者同士は互いの体臭に嫌悪感を抱く場合があったはずだ。生物として近親相姦による禁忌的血の交わりを避けるための防衛システムの一環として、そういうものがあるとか。
久しく忘れていたがそういえば血の近い生物ってのはそういう本能に訴える嫌悪が存在していたな。
私自身がもはや生物として正しく機能していないから忘れていた。
そう思うとふむ、なるほど…恵くんも真希ちゃんも、生物として正しく機能している状態ということか。
「なるほどな…これは新しい研究に使えるヒントになるやもしれん…」
「いい加減離れて下さい、本当臭いんで」
「臭くなければいいの?」
「…………まあ…」
恵くんの照れ臭そうな返事に思わずニッコリ。真希ちゃんもこれにはニヤニヤ。
私は大人しく離れ、二人に呪具を専用の作業台に置いて来るよう伝えた。
「シャワー浴びて下さいね、あと服も出来れば着替えて下さい」
「分かったよ恵くん、灰原くんに着換え頼みに行ってくるね」
「あとあんまアイツに好き放題させんなよ、こっちが腹立つから」
「ご指摘ありがとう真希ちゃん、二人共今日も頑張ってね」
話もそこそこに私は羽織っていた白衣を脱ぎながら、灰原くんを探すためにその場を後にした。
は〜、まったく…お兄ちゃんのせいでえらいこっちゃだ。これは帰ったら物申さねば。
でも、まあ…一緒に寝れるのはこの上ないくらい幸せなわけなので、これはもう私が毎朝シャワーを浴びてから出勤する他無い…というのが結局の結論だ。
夏って好きだけど同じくらい嫌な季節だな、お兄ちゃんが引っ付いてくれる口実があることはプラスだが、汗が気になるのはマイナスだ。
はあ…身体に消臭機能搭載出来ないかな…研究、しようかなあ…。