このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

番外編

春が過ぎて、梅雨の近付く6月の始まり頃。
長袖は少しばかり暑いし、半袖は朝方などやや寒く感じるしで、私にとっては着る物一つ選ぶにも中々大変な時期であるのだが…やはり筋肉こそが唯一の正解だとでも言いたいのか、兄はこの時期からバリバリ半袖だった。

率直に申し上げましょう、ズルい!!!
ズルい、ズルい、ズルい!!!筋肉ズルい!!
生まれつきなのか、はたまた自分の身体で実験をしすぎたせいか、私は貧弱な筋肉しか持っていない。我が唯一の友である五条くんなんか、私のパンチに対して「無下限使うの勿体無いくらい雑魚」と、笑って言う程だ。
さらには我が部下代表である夏油くんも、私が重たい箱を持ち上げようとしている時など、暫く背後で私の滑稽な頑張りを「貧弱だな」と、笑顔で見守ってきたりする。いや、そこは手伝えよ、すぐに。なにわろてんねん。
ついでに我が可愛い妻は、私がパンチをすればニコニコしながら「先輩のパンチ、猫パンチみたいで可愛いですね!」と言ってくるし、重たい荷物を持ち上げられず、仕方無く引き摺っていればすぐに駆け付け「こういうのは妻の役目なんで!」と、選手交代してくれる。優しい。大好き。最強親友コンビも少しは見習え。それが無理なら悔い改めよ。

と、いうような具合である私と違い、私の二人居る兄は両者共に筋肉ムキムキであった。

甚壱お兄ちゃんは私を背中にぶら下げながら鍛錬出来るし、甚爾お兄ちゃんは私を片手で担いで走れる。
かたや私はと言えば、呪力を目一杯身体中に流し込んで、やっとこ直哉くんを押し倒せるくらいだ。
まあ、直哉くんを押し倒せるだけの力があれば良い気もするにはするが、やはりお兄ちゃんの一人や二人担げるようになりたいではないか、妹として。

「ってことで、今日は私も訓練に参加するよ!」
「怪我する前に帰った方が良いだろ、絶対」

そんなこんなで、私は自主的に学生達が訓練をしているグラウンドにやって来たのだった。
胸を張って意気込みを表明すれば、真希ちゃんから心配されてしまった。

「大丈夫!怪我はしないよ、割れるだけ!」
「それが一番困んだよ」
「ハッハッハッ」
「笑って誤魔化そうとすんな」

大丈夫大丈夫、割れても灰原くんが修復してくれるから。
彼、今じゃ私の修復のスペシャリストだからさ。
この前なんて、五条くんが悪ノリして私にプロレス技掛けて来て、加減を間違えて脚をビッキリバッキリやっちゃったけど、灰原くんがすぐに何とかしてくれたから。アロンアルファで接着してくれたから。

「は?じゃあ、まさか今その脚って…アロンアルファでくっついて…」
「いや、流石に交換したよ。膝から下だけ」
「つくづく便利な身体だな」

その通り、私の身体は大変便利なのです。
だから訓練もきっと行える、目指せお兄ちゃんお姫様抱っこ!

私から仕事に戻る意思が見られないと感じられたらしい真希ちゃんは、何だかんだと言いながらもウォーミングアップから教えてくれた。
任務以外で身体をちゃんと動かすなんて、いったいいつぶりだろうか。
夏油くんなんかは、仕事の合間合間に運動している様子をたまに見掛けるが、私と言えば朝から晩まで研究三昧の毎日。生憎、私の肉体は運動不足による筋力低下が見られるような身体ではないのだが、それはそれとして時たま動かし方を忘れたりはする。
例えば、こんな風に。

「あれ、走る時って、どうやったら速く走れるんだっけ…?」
「腕振れ、腕!」
「こう?」
「膝上げろ、膝!」

いつもお兄ちゃんに飛び付く時の助走でしか走らないから、マラソンのフォームを忘れてしまった。
えっと、膝を上げて?腕を振って?それで…?

「真希ちゃん!これであってるー!?」
「あってねえよ、何だよその兵隊みたいな歩き方」
「あれー?」

しっかり膝を上げて、腕を大きく振りながら走ったのに違ったらしい。
遠くでこちらを見守っている恵くんも、私のあまりの出来てなさっぷりに眉間を揉んでいた。

とうとう側まで寄ってきた真希ちゃんが、あれやこれやとフォームを整えてくれる。
まさに手取り足取りな状態、なんて不甲斐無い大人なんだろうか。

「もっと力抜いて、あと頭下げんな」
「う、うん」
「姿勢良くな」
「…うん」

な、なんか………あの、従妹にこんなこと思うのもアレなんだけど……真希ちゃんから香る、そこはかとない"お兄ちゃんみ"にちょっとドキドキしてきちゃった…。
いやだって、だって!言葉遣いもだけど、体質も似ているし、目付きとか…笑った時の口角の上げ方とかも似ていて…やべ、めっちゃときめいちゃう。そんな、私には可愛い妻と愛しい兄がいるのに…!

ドキドキしながら腰を捕まれ姿勢を直され、脚に触れられ、下を見ようとすれば顎を掬われ「前見ろ」と言われ…。
わーーーん!!!無理ーー!!女の子になっちゃうーー!!!性自認的な意味ではなく、身体が女の子になっちゃう!!子宮を作りたくなる!!ホルモンバランス崩れる!!

「おい、余計なこと考えんな、怪我すんぞ」
「は、はわわ……」
「なに赤くなってんだよ、馬鹿」

はわわわわわわ〜〜〜!!?!?!?
私、もしかして攻略されてますなの〜〜〜!?!?

こ、こんなのお兄ちゃんにもされたことないし、言われたことないんだけど。
もしかして真希ちゃんって第三のお兄ちゃんだったりするのかな?私のお兄ちゃんスキスキセンサーがすんごく反応してるんだけど、どうなんですか?

いや、駄目だ、落ち着け私、しっかりするんだ。
真希ちゃんは真衣ちゃんのお姉ちゃんでしょ、私より何個年下だと思ってるの。
何なら恵くんより一個年上なだけじゃん、しかも親戚、従妹、小さな頃から知ってる子じゃないか。何を今更……いまさら……………

「ま、まって、触らないで、ドキドキしちゃう!!」
「触らないとフォーム直らないだろ」
「あ、ダメっ!」

もうフォームとかどうでもいいから!そもそもよく考えたら、鍛えたくらいじゃ身体の性質なんにも変わらないから!より強い炭素繊維を研究で作り出して、それを移植する手術とかしないと何も変わらないから!!

だからもういい、もういいです!
真希ちゃん、絶対面白半分でからかってるでしょ!大人のトキメキを弄ぶな!ガチ恋するぞ!粘着するぞ!私の粘着は凄いんだからな……自分の死を利用してでも相手を幸福にしようとするからな…私には前科があるんだ、侮るなよ…。

真希ちゃんに腰を抱かれながら慌てふためいていれば、遠くの方からこっちの様子を見ている人影を発見した。

あ、あれは……!あの今の時期から半袖を着ているムキムキ人間は…!!

「お兄ちゃんッッッ!!!!」
「うるさっ」
「お兄ちゃん助けて!!!このままじゃ私、真希ちゃんの女になっちゃう!!!」
「チョロすぎだろ」

違うから!!断じて違うから!!チョロくないから!!
私がクソチョロを発揮するのは、お兄ちゃんみを感じた時だけであってだねぇ………あ、いやでも可愛い子も好きなんだけどね、乙骨くんとか狗巻くんとか、伊地知くんも可愛いよね、可愛い子には弱いんだ、私。

でもチョロくはないから!!
夏油くんや五条くんからベタベタ触られても、鬱陶しいな…としか思わないから!
これはそう、真希ちゃんが全面的に悪い!!!

私は足掻く。
大人のプライドと、二十年以上積み重ねてきたお兄ちゃんへの愛を裏切らないために。

そう、これは愛の試練だ。
私がこの先もお兄ちゃんを愛し続けると誓えるかどうか、きっと神様はそこを見極めるためにこのような試練をお与えになられたのだろう。

神は、乗り越えられない試練は与えないという。
ならば乗り越えてみせるとも、妹として、兄への愛のために!!!


「あんなのより私にしておけよ」
「はわわわわ〜〜〜!!」


やっぱ無理ですなの〜〜〜!!!(即落ち2コマ)

気付いたら口から「大好き〜!!」という鳴き声が出ていた。
顔を覆ってその場にしゃがみ込めば、上から真希ちゃんの堪えるような笑い声が降ってくる。
ああ、畜生舐めやがって。責任取らせるぞ。

唸りながらしゃがみ込んで、これ以上無様を晒さないようにしていれば、いきなり背後から脇に手を入れられヒョイッと抱き上げられた。
爪先が地面から離れ、プラプラと揺れる。
かと思えば、クルリと身体の向きを変えられた。
視界の先には兄の顔、兄は随分と呆れた顔をして私を見ていた。

「お前、雑食過ぎるだろ」
「ちが、お兄ちゃん、これには深い訳が!」
「ガキに迷惑かけんな、迷惑掛けるなら俺だけにしとけ」

あぅ……………仰る通りで………。

指摘されて、真希ちゃんの貴重な時間を私に使わせてしまって申し訳無い気持ちが込み上げてきた。
そうだよね、迷惑掛けるならお兄ちゃんだけにしなきゃだよね。お兄ちゃんは私がお兄ちゃんを殺そうとした時も、殺せないから変わりに私が死んだ時も、私がお兄ちゃんとの約束を後回しにした時も、いつも許してくれたもんね。
うん、他の人…それもうら若き従妹にまで執着しようとするのは…一先ず、やめておこう。

頭に上っていた熱が下がり、兄に抱えられたままの状態ながらも、私は真希ちゃんに「邪魔しちゃってごめんね」と謝った。

「別に、暇ならいつだって相手するぜ、可愛いお姫様」
「だめだやっぱ好きだ執着していいかな?死んだら身体くれない?」
「じゃ、私は訓練戻るわ」
「あーん!待って待って待って!!約束させてよー!」

こちらに背を向け去って行く真希ちゃんに手を伸ばすも、兄も無言で歩き出してしまったせいで私達の距離はどんどんと引き離されていってしまった。

ジタバタ腕の中で藻掻けば、「落とすぞ」と脅される。
私はムッと苛立った顔をして、お兄ちゃんの頭に一発お見舞いしてやった。

ポコッ!

「全く痛くねえ、弱すぎだろ」
「お兄ちゃんが頑丈過ぎるんだよ!」
「お前は脆すぎるけどな」
「だから強くなろうと思ってだね…」

たまには身体を動かそうとしたけど失敗した…ということを伝えれば、兄は何を言っているんだコイツは…とでも言いたげな顔をしてきた。

「だ、だからさぁ…お兄ちゃんを抱えられるくらい強くなりたいなぁって…」
「は?」
「お姫様抱っこだよお姫様抱っこ!したいの!」
「こうか?」

お姫様抱っこをしたいと言えば、すぐさま横抱きにされた。
いや、嬉しいけど!雑に担がれるのには慣れているが、慣れてるからと言って丁寧に運ばれたくないわけでは無くて……でも違うんだよ!私が、お兄ちゃんに、したいの!私がされるのは違うの!
お兄ちゃんを抱き上げて「羽のように軽いね」って言いたいんだよ、ロマンなんだよ。

しかし、どれだけ言おうとも兄はまともに聞いてはくれなかった。これは多分、何か言ってんなあくらいにしか聞いていない。十中八九伝わっていない。

クソ〜!いつか絶対絶対逞しい身体を手に入れて、お兄ちゃんをお姫様抱っこしてやるからな!

「首を洗って待ってろよ…」
「死ぬまでは待っててやるよ」

よし、そうと決まれば研究だ!自分の身体で人体実験だ!
待ってろ未来、この天才様が不可能を可能に変えてやるからな!

それはそれとして、お姫様抱っこされるの嬉しい!!お兄ちゃん大好き!!
23/27ページ
スキ