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番外編

バレンタインです。
古くは聖ヴァレンティヌスにまつわる祭り事であり、現代では愛を伝える日にチェンジし、さらには日頃の感謝とかを伝えることもあるとか無いとか……。

そんな日らしいので、私も一応チョコを用意している。
禪院家に居る方の兄には一昨日のうちに宅急便でチョコを贈っておいた。「可愛い妹からのバレンタインのチョコだぞ♡お返しには研究資金の提供を求む」という手紙も同封しておいたので、お返し問題の抜かりも無し。
一緒に居る方の兄には、朝一番に渡しておいた。散々手作りのをあげると言ったが、絶対普通のにしろと言われたため、市販の良い感じのチョコを渡す羽目になった。
あとは適当に事務室にお好きにどうぞとチョコ菓子を置いておいたし、硝子ちゃんにボンボンを渡して、子供達にも一人一人あげて、残るは………。

この時期になると、彼は毎年朝からずっとソワソワしていた。
チラチラとこちらを見ては、声を掛けるとパァッと表情を明るくして期待の籠もった視線を分かりやすく向けてくる。
別にいいけどさ、でも少しは好意を隠すとかしないもんかね。まあ、兄へのラブを全く隠すつもりの無い私には言う権利無いけど。

ってことで、今年もしっかり灰原くんにチョコを渡した。
四角い箱に入ったリボンでラッピングされた普通のやつである。お兄ちゃん達のを買うついでに買ったやつだ。正直、学生時代から毎年あげているので、特別でもなんでも無いだろうに、彼はそれでも喜んで受け取ってくれた。

「ありがとうございます!大切に食べます!」
「うん、あの…いつもありがとうね」

……な、なんか改めて感謝するの恥ずかしいな〜!?
思ったよりむず痒い、何処に目線をやれば良いか分からない。
チラリと見た灰原くんは、それはもう嬉しそうに微笑みながら、目尻を緩ませ幸せそうに私を見つめていたので、思わずゆっくりと視線を逸した。

とんでもない奴だよ全く……君がここまで愛情深い奴だとは思わなかった…。

言ってしまえば、私は愛情というものが分からない。
親どころか、家の者達は皆私も嫌っていたし、今も嫌っている。懐いてくれている従弟の変り者、直哉くんだって随分捻くれているから、あれは愛情とはカウントしない。甚壱お兄ちゃんは確かに私の面倒を見てくれるが、あれも愛情からくるものでは無い。
甚爾お兄ちゃんは…あの人だけが、唯一気紛れとはいえ私を愛してくれた、唯一の人だ。

だから、私はこんなの知らなかった。
この世界に、こんなに純粋に、真っ直ぐに、貴女のことが大好きなんですと、訴えてくる人が居るなんて知らなかった。

正直に言ってしまうと、私には荷重だ。
私は自他共に認める程のイカれた奴だ、自分で自分の身体をグチャグチャにして、人間をやめて、鉱物を可愛がって、他人に認められようとも分かり合おうともせず、ただひたすら己が欲求を満たすために研究を続ける研究馬鹿だ。
そんな奴の一体何が良いと言うんだろう。
まったくもって、私の妻は理解に苦しむ思考をしている。

視線を右往左往させながら、私は白衣を意味無く触って喋り出す。

「あー、それで…お返しは、」
「はい、研究資金ですよね!」
「………いや、研究資金はいい」
「…え?」

う…………言い辛すぎるよ〜!!
もう、なんでこんな…!こんなに私が心をザワめかせなけりゃならないんだ!先輩やぞ、上司やぞ、なんで私が灰原くん相手にこんな…。
クソッ、覚えてろよ灰原雄……この苦しみは、いつかお前を改造することで昇華してやるからな………。

グッと一度拳を握り、唇を引き結ぶ。
そうして、若干の嫌気が差して来ながらも、私はこのどうやっても勝てない後輩に先輩としての威厳とプライドを持って言ってみせた。

「お、お返しはさ………君が、私にあげたい物でも…いいよ、今年は…」
「せ、先輩……」
「こ、今年だけ!今年だけだよ!あと別に研究資金でも全然かまわな、」
「先輩〜〜〜!!!」

ガバチョッ

覆い被さるように灰原くんに抱き締められ、バランスを崩すも、背中と腰に回った腕にグッと力を込められ抱き込まれる。
こちらから彼の表情は全く見えず、何を思いどんな表情をしているかは一切分からなかった。
だが、囁くような声で「せんぱい…」と私を呼ぶ声が聞こえ、込み上げてくるよくわからない感情を堪えるために眉間にシワを寄せた。

「先輩…ありがとう…」
「大袈裟だよ」
「でも、僕本当に嬉しくて」

それは良かったね……うん、良かった。
どうやら間違えて無かったらしい、これで合っていたらしい。

愛とか恋とかはよくわからないし、私には必要の無い物だけれど、それを求めている者に、それっぽい物を差し出すことなら可能なのだと、私は学んだ。

灰原くんは私に見返りを求めないようにしているけれど、本当は欲していたはずだ。そうじゃなければ、バレンタインをこんなに楽しみにしているわけがない。
この事実に気づけるまで数年かかってしまった、まっく…天才が聞いて呆れる。

満足したのか、身体をゆっくりと離した灰原くんは、笑顔で言う。

「先輩、何食べたいですか?」
「へ?たべ…?」

え、なに?
ちょっと待って、話が分からない。どうしよう、天才なのに妻の話が分からない。
いきなり何?食べたい?お返しのことか?
えっと、お返しには飴が良いかクッキーが良いかみたいな話であってる?

いきなりの何食べたいかという質問に、思わず首を傾げ、「たべ…?え?」と聞き返してしまう。

「ホワイトデーまでに七海に色々美味しそうなお店聞かなきゃ!」
「あ、そういう…へぇ……」

マジかよ灰原くん、ご飯でいいのかよ。
私、もっとアレなお返しが来るかもしれないという覚悟の上で言ったのだけど。
何か凄い健全なお返しをされそうなんだけど。
浅ましい己の発想が恥ずかしい、それと同時に流石私の作品だ…製作者の予想を上回る結果を出してくるとは…という感嘆が湧き上がる。

いや、やっぱり恥ずかしいな。
眩しい笑顔に疲れてくる。

「どうかしました?」
「ああ、いやうん…今日も君は可愛いなって」
「先輩の妻なので!」

理由になってないよ、でも可愛いからいいよもう。

「仕事に戻ろっか…」
「七海に報告だけしてもいいですか?」
「どーぞどーぞ」

今年も無事にチョコは配り終えたな。
でも、何だろう…この疲労感は……来年は何か対策を練っておかないと。
来年は覚えてろよ、目に物見せてやるのでね。
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