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二.五グラムの約束

春も過ぎ、吹く風も初夏を徐々に感じるようになってきた今日この頃、皆様お元気にお過ごしでしょうか。
私、呪術生命研究所、略してMLIの所長を務めさせて頂いております、鉱物と生命の可能性について研究をしている者でございます。
ええ、そうです、鉱物と生命です。ロマンとロマンの合体です。好きな物と好きな物を合わせれば大好き理論で20年程やらせて頂いております。

さて、早速ですが本題に移らせて頂きたく思います。
私の息子と呼んでも過言では無い、愛しい兄の息子である恵くんがこの春、めでたく高専生となりました。
いやぁ、めでたい。
誠にめでたいことであります。

そんな恵くんは入学後、数ヶ月の間寂しく一年生が彼一人の時間を過ごして来たわけですが、なんとこの度新しい同級生がやって来たとか。
しかもなんと、元一般人の子だとか。
さらになんと、かの有名な呪いの王、両面宿儺の器だとか。
死刑になりそうになったとか、それが延期されたとか、部屋にエッチなポスターが貼られているとかいないとか。

母は気になることばかりです。
ああ、私の可愛い恵くんはちゃんと皆と仲良く出来ているのでしょうか。
お友達に冷たい態度を取っていないでしょうか。

その謎を探るべく、我々取材班は南米の奥地アマゾンへ………


「調査に来たよ!!!」
「うわッ!!なに!?」


ガバッ!

捕獲用ネットを両手に屋根の上から勢い良く飛び降りた私は、屋根の下らへんを歩いて来た両面宿儺の器こと、虎杖くんの上にダイブした。

もとい、落下した。

飛び降りてから気付いたが、思ったよりも高さがあったし、飛び降りた後の着地方法は考えていなかった。
データによると対象は頑丈らしいので、下敷きにすればええじゃろ!と考えていたが、目測を誤り、飛び降りた先が対象の歩いているポイントとズレてしまっていたのだった。

はい終わりでーす!
終わりだ終わりだ終わり!!

これは割れるの確定、向こう数週間業務が止まります。
ごめんね研究所のみんな…でも私は悪くないよ、私の許可無く通過予測ポイントじゃない場所歩いてる虎杖くんが悪いです。

「ああああーーー!!!割れるぅーー!!!」
「ちょ、あぶな!?」

衝撃と痛みを覚悟し、目をギュッと瞑って頭を守る体制を取ってみたが、頭を守っても別に意味が無いことに気付いてしまった時だった。
風圧を感じたかと思えば、落下した身体をしっかりと危な気無くキャッチされる。

「あぶな…あ、だいじょ?」

目を開けば、視界いっぱいにターゲットの顔が写る。
俗に言うお姫様抱っこ状態、しかも心配までしてくれている。
こ、コイツ……もしかして、めちゃくちゃいい奴では!?

彼から感じる、溢れんばかりの善性と陽の者特有の軽やかかつ晴れやかなオーラに圧倒された私は、口を開けたまま一瞬固まった。

「………………」
「あのー……」

しかし、惚けている暇など私には無いのである!
距離の近いことを良いことに、私は上体を起こして彼の顔に手を伸ばした。

ガシッ!
両手で顔を掴み、ベタベタと遠慮無く触る。
これが両面宿儺の器…!呪いの王の指を食った人間の身体…!!うーん、いいね!!

「この身体欲しい!!!」
「え、は!?」
「ちょっと色々見せて、触らせて、嗅がせて、舐めさせて!!」
「待って待って待って待って!」

抱えられている腕の中から素早く脱出し、地面に押し倒すために力を込めたがびくともしなかった。
クソッ!力あり過ぎだろ、仕方無い立ったままひん剥いてやる!!

彼の切る制服の合わせ目に手を掛け、腕に呪力を流し、力を込めて合わせ目を無理矢理開いた。

「なんで俺、初対面の女子に襲われてんの!?」
「ムムッ!筋肉量が多く代謝が良い人間特有の汗の匂い!!」
「ちょ、ちょ!嗅ぐなって!!」
「バランスの良い筋肉、そして丈夫な骨格…素晴らしい!」

こんな素晴らしい肉体を両目宿儺にやってしまうだと!?勿体無い、勿体無さすぎる!
絶対絶対ぜぇえったーい!!私の方が上手く利用出来る!!!
あ、良いこと考えたぞ。

「君、一回処刑されてくれない?」
「なんで!?」
「死んだ君の肉体を使いたいから」
「どんな性癖!?」

性癖?なんで性癖??私に性欲など無いが…ああ、そんなことを勘違いしちゃうくらい溜まってるのかな?
いいねいいね、健康的な身体だね。ますます魅力を感じるよ。

とかなんとか、ワァアワァギャァギャァしていたら、唐突に後ろから声が掛かる。

「何してんですか…博士」
「あ、伏黒!ちょっとこの子止めてくれね!?」

聞き馴染んだ声に一度動きを止める。
目繰り上げたインナーは離さないまま振り返れば、背後には呆れた顔をした恵くんが居て、こちらを見ていた。

「おや、恵くん」
「虎杖困ってるんで、そのへんで勘弁してやって下さい」
「うーん……ま、君がそういうなら仕方無いね…今日はこれくらいにしておくよ」

本当に本当に、心の底から残念だが仕方無い。
しかし、恵くんの友達思いな一面を見れたから良しとしようか。

虎杖くんを掴んでいた手をパッと離し、居住まいを正すと改めて挨拶をすることにした。
コホンッ、一度咳払いをし、名刺を差し出しながら話し出す。

「はじめまして、私は呪術生命研究所の所長だよ」
「あ、どうも」
「そして恵くんの叔母です、うちの子と仲良くしてくれてありがとうね」
「ああ、叔母…叔母!?」

私の挨拶に照れたのか、隣にやって来た恵くんが「別に仲良くとか…」と言っていて微笑ましい。
可愛いなあ〜〜!可愛いので頭を撫でてやろう。よしよし、うりうり。

恵くんの頭を可愛い可愛いと撫でていれば、何に驚いているのかは知らないが、虎杖くんが「叔母なの!?」と、恵くんの方を見ながら聞いていた。

そんなに何度も疑問視するな、悲しくなるでしょ。
確かにあんまり、いや…全然似てないかもしれないけど…何なら同じ血は身体に流れていないわけだけど…でも一応関係上叔母だよ。一緒にお風呂だって入ってたくらいの仲だよ。

「俺の叔母…親父の妹だ」
「……若くね?」

あ、疑問に思っていたのはそこか!

そういえば最近は全然意識していなかったけど、私って外見が全然変わんないんだったね。学生時代から変わった部分がほぼ無いんだった。
そりゃまあ、私の存在を知らない、慣れない人間からしたら驚くか。

なるほどねと、一人うんうん頷く。
その間にも恵くんは私について説明をしてくれていた。

私が禪院家の出であること、五条くんと同級生であること、人間の身体じゃないこと、一緒に暮らしていたこと…。
時々、虎杖くんからの質問があり、それに答えて、また次の会話に繋がっていく。
テンポの良い、敷居の無い会話内容。
まだ出会ってさほど日数は重ねてはいない二人だが、虎杖くんの性格からくるものか、それとも恵くんの頭の回転の早さからくるものか、そのどちらもか。
二人の会話は実に仲の良さそうな、"友達の会話"であった。

ああ、いいなぁ。
話を聞いていたら私も気心の知れた者達に会いたくなってきた。
海外へ仕入れに行っている夏油くんは元気だろうか、出張に行ってからまだ会えていない五条くんはどんな様子だろう?
七海くんから美味しいパン屋を紹介して貰おうと思っていて忘れてたな、硝子ちゃんのとこにもたまには顔を出したい。
灰原くんは………まあ、大体毎日会ってるからいいか……。

目の前で繰り広げられる、輝ける青春の一コマを見守っていれば、思わず口角が緩んだ。

いつまでも眺めていたいが、そうもいくまい。
今日も今日とて私には仕事があるのだ。
都心で開催されている、企業向けテクノロジー展示会に出席することになっている。
白衣を脱いでスーツのジャケットを着て、靴も履き替えて、荷物の用意もしなくては。

名残惜しいが私はこれにて戻るとしよう。丁度、護衛役も迎えに来てくれたことだしね。

後ろから迫る気配に振り向けば、そこには兄がこちらに向かって歩いてくる姿が見えた。
「お兄ちゃーん!」と声を掛ければ、片手をヒラヒラと適当に振り返してくれる。

今日の展示会は国内外の民間企業から、軍事関係者、果にはウェポンディーラーなんかまで来るらしいので、一応念には念をということで、護衛に兄を雇ったわけだ。
本当はこういうのは大体夏油くんと行くんだけどね、彼は今ミュンヘンに鉱物の買い付けに行ってるから…。

「って……お兄ちゃん、今日スーツ着てって言ったじゃん!」

近付いてくる兄の姿を見て気付く。
それなりな会場に行くから、ちゃんとした格好してねって行ったのに、黒いTシャツに履きなれたズボンでやって来たものだから驚いてしまった。

「お前だってまだ着替えてねえだろ」
「私はあとジャケット羽織るだけだもん」
「つーか、あと15分で出る時間だぞ」
「分かってるよ!だからお兄ちゃんも準備準備!ダッシュ、ダーッシュ!」

背中をグイグイ押せば、その背中を反らしてこっちに体重を掛けてきた。
お、おっっっも!!相変わらず重すぎ!?
ちょっと、本当ふざけてる暇無いんだよ!遅れたら駄目なんだからちゃんと歩いてよ、もー!!

「そこの二人も押して、手伝って!」
「何やってんだよ親父」
「ねみぃんだよ」

朝までぐっすり沢山寝たでしょ!貴様はトドか、もしくはトラか!いやどちらにも失礼な気がする…謹んで訂正しよう、惰眠をむさぼるな!たまには働け!!

働け働け!と言いながら背中を押せば、「分かった分かった」と言いながら体勢を戻す。
そして、これでやっと歩き始めてくれるか、と安堵した時だった。

くるりとこちらに向いた兄は、両手を私の方へと伸ばし、腰に手を添え軽々と持ち上げると、肩に担いだのだ。

現在の状況、米俵のように担がれる私。
担がれたせいでバサッと捲れたスカート。
パンツ丸出しでファイナルアンサー。

位置的に絶対、後方に居る学生二人に見えている。

「パンツ!パンツ見えちゃってるよ!!恵くんなおして!」
「虎杖、行くぞ」
「やだやだやだ!ねえ誰かパンツ隠して!!」

嘘でしょ?パンツ丸出しで担がれたまま更衣室まで行くの!?私、五条くんと同い年の列記とした大人なのに!?
この歳になってパンツ丸出しで喚かなきゃならなくなるとか、誰が予想しただろう。

思い出すのは10年以上前…お兄ちゃんが処刑されそうになった時に、パンツを丸出しにすることも厭わず喚いた懐かしき日……あれはあれで酷かったが、今回はさらに酷い。
何せ私、28歳。
大人オブ大人と称される七海くんより年上、大人、成人済み。
成人済みの役職持ちがパンツ丸出しで喚いて、肩に担がれている。
しかも予定に遅れそうになっている。

「お兄ちゃんパンツ!!」
「あ?」
「降ろして!パンツ見えちゃってるの、この体勢!」
「お前足おせぇだろ、俺が走ってやるから黙ってろ」

その言葉と共に、耳の横をブワッと風が鳴った。
向かい風に逆らいながら、突風のように駆け抜ける。
まるで風に溶けるようだった。
何せ目もろくに開けられないのだ、鼻での呼吸も難しい。
あまりの速さに目を回し、喚くことすら忘れて振り落とされないようにとしがみつく。
そしてそんな最中、兄は珍しいことを言った。

「あんまりガキにちょっかい掛けんなよ」
「………へ?」

ちょっかい?さっきのベタベタ触ってたやつ?
いやいや、何を仰るかお兄ちゃんよ。
あれはただの研究目的の行動であって、ちょっかいなどでは…。

「迷惑かけんなら俺だけにしとけ」

迷惑って、確かにあちらからしたら迷惑かもだけど、でも私の行動にはしっかりとした理由と理念があってだね……っていうか、もしかして、これは…。

素直じゃない言葉の向こうにある感情の意味に気が付き、珍しいこともあるもんだと、状況を忘れて口元がニヤけた。

「ヤキモチ焼いてる?あらま〜〜珍しいねぇ〜」
「落とすぞ」

と言いつつも、抱え直してくれる兄の愛しさったら半端ではない。
息子の友達相手にヤキモチなんて、私のお兄ちゃんは超常的に可愛いなあ〜!!

私はお兄ちゃんが一番だよ!この左胸に誓ってね!という喜びを伝えるため、私は息を大きく、大きく、吸い込んだのであった。


「お兄ちゃん、だいすきぃーー!!」
「うるせぇ」


今週のノルマ、達成!
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