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二.五グラムの約束

現在私達は小指の爪ほどの大きさをした色とりどりの小石達を、せっせとお守り用の袋に一個一個詰め込む作業をしていた。

これは、最近小遣い稼ぎ目的で作った『よくまも〜るくんV』という、ちょっとだけ運気向上、健康促進などが見込める石ころである。
ちなみに発案者は夏油くんだ、曰く「君が考えたガチガチのお高い商品じゃなくて、こういうのが猿共にはよく売れるんだよ」だそうだ。やっぱり金儲けの素質あるだろ、絶対。

そういうわけで、研究などへの使い道が無い鉱物を集め、呪いと真心を適当に込めた物を商品として売り出す予定である。

「本当に売れるのかなぁ…」
「売れるよ、灰原なら何となく分かるよね?」
「はい、パワーストーンとかも流行ってますし!」

馬鹿馬鹿しいね、世の中の需要ってのは。
石にパワーも何もあるわけないだろ、石は石だ、それ以下でも以上でもない。
でもまあ、確かに人気があるのは認める。
人間は全ての物事に意味や価値を見出したがる生き物だ、例えそこに何の意味も込められておらずとも、無理矢理に他の事情とくっつけて理由を関連付けたがる。
素晴らしき自己満足、そんなに不明瞭な物事はお嫌いなのだろうか?いや、不安なだけか?分からないことってのは、いつだって人を不安にさせるものだし。

この商品は、そういう人間の理由欲しさに漬け込んだ商品だ。
こんなもん作りたくないし、時間だって裂きたくないが、でも金になるってならやるしかない。
何せ我が研究所は発足したてで金が無いのだから。

「瑪瑙とクォーツばっかだし…」
「駄目なんですか?こんなに綺麗なのに…」
「駄目じゃなくて、単価が安いからさぁ」

安い石を安い値段で売ってもどうなんだろうか…?
ちょっと良いお守りとして売るわけでしょ?お値段1600円で。
確かに見た目はそれなりに洒落ていると思う、白を基調とした布地に同じく白のレースと刺繍で装飾された、ゴテゴテしていないシンプルかつ綺麗なデザインで、中には磨いた石が一個。
同時販売するアクセサリーにするためのパーツも、どんな石にも合うようなデザインだ。
まあ、私は全く趣味ではないが……。
どちらかと言えばゴツゴツしたシルバーの時計とかの方がテンション上がるタイプなので…。

ああ、本当に売れるのか不安になってきた…これでコケたら恥ずかしい、また五条くんのネタになってしまう…。







数日後の話。


「売れたよ」

実験室にてマルエボシツノゼミの解剖をしていた私に声を掛けて来た夏油くんは、開口一発目にそう言った。
何の話かは知らんが、挨拶くらいしてから喋ってくれないだろうか。

マスクを取り、ゴム手袋を外して渡された資料を手に取る。

「お守り、売れたよ」
「ほーん…幾つくらい?」
「勿論、全部」
「…………へぁ?」

え…………え……??

思わず謎の声を発しながら夏油くんを見上げる。
彼は自慢気な笑みを浮かべて、資料を指し示す。
示された通りに白い紙に並ぶ文字を眺めれば、それは売上報告書であった。
並ぶ数字に目を見開いて固まる。

ぜん、ぜ?全部??全部って全部??
あの、十数日前にチマチマ作ったやつ全部??産出したは良いけど使い道が無くて眺めるしかなかった水晶類がこの数字に化けたってのか?
そんなバナナ、こんなことってある?
あれからまだ1ヶ月も経っていないのに?

何したんだコイツ……まさか客と寝たりしてないよな?

そんな思いを込めた訝しげな目を向ければ、「嬉しくないのかい?」と首を傾げられた。

「君のために頑張ったんだけどね」
「な、ナニを頑張ったんですか…」
「普通の営業だよ」
「普通の…営業……」

普通ってなに、なんなの、教えて偉い人…。

「喜んでくれないんだ?」

そう言われてハッ!とする。
いかんいかん、部下を疑うなんて良くないことだ。
夏油くんがあまりにも簡単に金を稼いで来たものだから、驚いて現実を直視出来なくなっていた。
凄い奴だな…私には全くそっちの才能は無いから羨ましい限りである。

うむ、働きには褒美をやらねばな。
一つコホンッと咳払いをし、私は気持ちを切り替えた。

「すごい!素晴らしい!!さすが営業担当大臣!!」
「もっと褒めてくれても構わないよ」
「えらすぎノーベル賞受賞!今この国で一番讃えられるべき人間は君だよ!!」
「ありがとう、頑張った甲斐があった」

ニコニコ、ニコニコ。
人の良さそうな笑みを浮かべている夏油くんは、なんというか快調であった。
Yシャツネクタイに白衣を合わせた姿も大分様になって来たし、教えればすぐに知識も技術も吸収していくので、実験アシスタントとしても重宝しているし、さらには商売上手と来た。
もう……未来が手に取るように見える…。
私はそのうち所長の肩書を持ちながらも、この男の尻に敷かれるのだろう…そしてさらには灰原くんにも頭が上がらなくなり、五条くんには永遠に玩具扱いされ、七海くんからは顔を見れば溜息をつかれる。

間近に迫る未来図に、頭を抱えそうになった。
やっぱりお兄ちゃんだよ、お兄ちゃんしか勝たないよ、他の奴等じゃ駄目だ…他の奴等を相手にすると私の価値が下落する一方だ。
可笑しいな…私、色々頑張って功績立ててるのにな…。

でも、いっか。
皆が楽しめて、私も楽しんでいられればそれでいいだろう。
少なくとも、五条くんからの頼みは叶えられたはずだ。
それだけでも結果オーライ、大円団。

………私の最初の目的は、ついぞ果たされそうにはないが。

「いきなり黙って…どうかしたかい?」
「いや、何でも無いよ」

読み終わった書類を返し、再びマスクとゴム手袋を着けて解剖に戻る。


この解剖も、研究所も、私の身体だって全て、最初は兄を手に入れたくて始めたことが切っ掛けで続いていることだ。
兄を殺して、自分も死ぬために始めた研究だった。
それが兄の「死ぬのは勿体無いだろう」の一言で諦めることとなった。

今も尚、私は兄に呪われている。
でもこれは私が望み、選んだこと。

それでも、時々思ってしまうのだ、死ぬことはそんなに悪いことなのかと。
勿体無いと口に出来る程、生を続けることに価値はあるのか。
兄と共に終われることの方がずっと素晴らしいと思えてしまう私は、やはり今もまだ可笑しいのだろうか。

死は誰かの糧になりうる事情だ。
この、今私に解剖されているツノゼミのように。
きっと誰かの明日に繋がる物なのだ。

だから私は今も心の何処かで期待をしている。
兄が許してくれるのならば、呪いを解いて、そして共に果てる日が来ることを。

祈りにも似た感情で、心の底に仕舞いながら思っているのだった。
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