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二十五万カラットの憎悪

人よりも発達が遅い子供だった。
2歳を過ぎる年齢になっても接続詞はおろか、単語を口にすることすら無かった。

どうしてだろうか、何故私は発達が人よりも遅かったのか。

結論を述べてしまうと、私の身は最初から半分人間の物では無かった。

そもそも、私と兄達の年齢には差がありすぎる。
男は種を出せても女は孕めるか微妙な年齢になる母が、はたして何度も出産を経験したであろう身体で私を産めるだろうか?

「私だって産まれて来たくて産まれて来たんじゃないのになあ」

研磨してツルツルになったヘマタイトを口に含み、飴のように舌先で転がしてから飲み込んだ。
喉を滑り落ち、何も無い空間へ転がって溶けていく。

幼い頃から続けて来た実験により分かったことは、私が人工的に作られた命だということ。
父の種と優秀な女性の卵子を組み合わせ、人工の胎盤と人工の子宮を借りて産まれて来た。
胎盤とは、母体と胎児を繋ぎ、へその緒を通して酸素や栄養、二酸化炭素や老廃物のやりとりを行う重要な器官である。
科学技術によって胎盤と同様の構造をもった生体高分子膜を再現し、本物の胎盤同様の物質のやりとりが行われた。
外部からやり取りが出来るということは、薬物実験なども可能というわけだ。
だから、私は生まれながらにして薬物中毒状態であったのだ。そんなことは知らないため、私は端的に言ってしまえば、ずっとラリっていた状態だった。
なので言語を理解することが出来なかったし、まともな意思の疎通も不可能。

私はより強い呪術師を生み出すための研究結果だった。

昔見た覚醒剤防止ポスターの言葉にこういうものがあった。
「薬やめますか?人間やめますか?」
私はこの二択で、人間をやめる選択を強制的に選ばされたというわけだ。
全く酷い話である、お陰様で今では常に末期の薬物中毒者状態、だから私は人の身体を手放すこととした。

半分残っていた人間性を捨て、新たなステージへ登る。

心臓を、肺を、脳を、眼球を、手足を、流れる血を……私は自分の体の全てを使って、この末期状態という呪縛から逃れて自由になるために使い潰した。

結果を語ろう。
手に入れたのは神秘の身体、今の私の体の中は空っぽだ…内臓が存在しない。
皮膚と肉の下には硬い殻がある、この殻に宿る微小の細菌に私の全ての情報が詰まっている。
今こうして語る人格もそうだ、私は蓄積された情報から適宜その場に合わせて最も「私が人間だったならこう反応していた」というパターンを凡例から抽出しているに過ぎない。

人間の脳の寿命は120年程、存在はしていてもあまり使う機会も無くなった脳が死んだところで私が死ぬことは無くなった。事実上の不老不死に近い存在。
そんなものになった影響か、私は人間が持つ当たり前に存在する本能が欠落してしまった。
当然の原理だ、生物の持つ本能としての感情や行動は全て「子孫を残す」ことに直結する、子孫を残す……自らの遺伝子を残すために必要な愛情や性欲などの部類が今の私には存在しない、当たり前だ、最早私に子宮なんてものは存在していないのだから。

不老不死になるということは、生き延びることと繋がる本能が必要無くなるということ。

ずっとずっと皆と同じステージに立ちたかっただけだったのに、だけれど別に良い、弊害らしい弊害も無いのだし。
ただ一つ惜しむことがあるとすれば、私は自分の腹に何かを宿す機会を永遠に失ってしまったということ。
正直自分の遺伝子情報を持つ子供だなんて危険過ぎて産みたくは無いが、しかし同時に、自分に存在した純粋な人間の部分のみを抽出したらどうなったかは気になった。
どんな人生を選び、何を好きになって、誰と愛し合うのか。
自分が一生知ることは今後無いであろうことを、人間としての自分を育てて観察してみたかった。


だから、私はさらなる実験に手を出した。
これを「プランN」と呼ぶ。


この実験には呪力が加わってはならない、私から抽出した純粋な人間成分は酷く脆い物なので、呪力が少しでも加わっただけで破綻してしまう。
そのため、私は呪力の無い人間を欲している。
呪力の無い人間、私の兄…いや、兄と呼称はすれど、元々あった血も無ければ遺伝子的には片方しか合致しない私をあの人は妹とはもう呼ばないかもしれないが…。
禪院甚爾、現在は名字が変わったんだか何だか、とにかく彼の身体が必要だ。

人間として生きられないのなら、人間として生きる自分に全てを託すしか無い。


深く椅子に腰掛け、ぼんやりと天井を見上げる。


小さな頃は、兄が好きだったっけ。
唯一私に構ってくれたから、よく懐いたものだ。けれど兄は私を置いて家を出ていった、彼は私よりも自由を選んだ。

自由と私で自由を選んだ彼のように、私も選ぶ。
完全なる自由とは程遠いけれど、それでも不自由では無いはずだ。私は家に居る他の女の子達よりずっと恵まれている。
それでもさらなる自由が欲しかった、そのためには…兄を殺さなければならない。

もし、兄を殺せたら……そうしたら、人間として僅かに残った幼少期から抱え、飢えて満たされないこの欲求にも諦めがつくかもしれない。
そうすれば今度こそ、完璧に人間を辞められる気がする。
人間をやめて、諦めがついたらやっと終われる気がするんだ。

兄さん、早く、早く私を人間であることから解放してくれ。

私はもういい加減、貴方の手の温度なんて忘れたいんだ。
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