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番外編

廊下を歩いている途中、「はい、これ」と夏油くんから差し出された赤い箱をしたそれは、皆様ご存知 棒状の細長いお菓子…ポッキーであった。
何故いきなりポッキーなんぞ渡されたのか意味は分からなかったが、まあ貰えるのならば貰っておくか……と思い、お礼を一つ言って受け取ろうとした、が、しかし。

箱に手をかけるも、夏油くんは一向に箱から手を離さなかった。
引けども引けども、びくともしない。

おい、何ニコニコしてるんだ!
もしかして見せただけ~とかそういう!?お、お前…私のことおちょくってるのか…?そういうクソガキムーヴは五条くんにのみ許された行動だぞ、お前がするな、何なんだチクショウ。

「いや、あの、なに?くれないなら別にいらないけどさ」
「今日はポッキーの日なんだって」
「商業戦略に踊らされた国民じゃん」

げ、夏油くんともあろう人間が、企業の戦略にまんまと絡め取られている…だと…!?
世間知らずなもので、ポッキーの日は存じ上げなかったが、今日は確か11月11日、確かに数字に直せば棒が四本……いやでも、それ言ったらローマ数字に直せば3月3日のが棒が多くなるじゃんね、安直も安直、捻りも何も無い。そんなんで良いのかこの国は。

とくに感動も無く、意味も無い「へ~」という短音を無造作に伸ばして吐き出し、私はこの話題に対して興味関心がありませんとポージングすれば、彼は変わらぬ笑顔で「ツレないな」と言った。
何を当たり前のことを言ってるんだ。
私が君に興味が無いことなんて今更だろう、これがマイ・ウルトラ・ラブお兄ちゃんであったならば喚いて騒いでいたが、所詮相手はよく理解出来ない夏油くんだ、私は君への理解度を掘り下げるつもりは無いのだ。

「ポッキーの日にポッキーを食べる場合はルールがあってね、ポッキーゲームって言うんだけど…知ってた?」
「なにそれ?」
「おや、知らないのか…君は天才だから、てっきり知っているとばかり…」
「あ?喧嘩なら買うぞ!!!」
「何だか悟に似てきたな…」

いや、お前お前お前ー!!!
お前が売ってきた喧嘩やろがい!!!
なにワロてんねん!!こちとら後にも先にも存在しない、唯一無二のファナティック・マッド・ジーニアスやぞ!!!ポッキーの日がなんぼのもんじゃい!そのくらい、そのくらいなあ!!

「知らないなら君には出来ないか…」
「出来らあ!!!」

出来るに決まってるだろ、ナメるのも大概にして貰おうか!!!
天才に不可能は無いのだ、どんなルールか知らないが…ジャバウォックの創造以上に難しいことなど暫く無いだろう。
さあ、何処からでもかかって来るがいいさ、その腐りきったナメプ根性……私が叩き直してやるよ!!

「まず、こっちの端を咥えて…」
「うん」
「で、食べ進めて行って」
「…うん」
「先に折れた方の負けだからね」
「……はい?」

ほげ…………………
………………………???
……え?これ、え???ん????
や、え???これは、あの…えっと……???

「じゃあスタート」

そう言った夏油くんは、これでもかと良い笑顔をした後に、ポリポリと音を立てながらポッキーを私が咥える反対側から食べ進めて来た。
近い近い近い近い、ムリムリムリムリ、何これ!?馬鹿の遊びじゃん!!!こんなんただの悪ノリじゃん!!!五条くんとでもやってなよ、私でやるなよ、何も嬉しく無いんだけど!?

だがしかし、ここで口を離せば即ち"負け"である。
勝負であるならばやはり勝ちたい、負けたくなんてない。こんな…人の無知を逆手に取って遊んでくるような奴に負けてたまるものか!
私は意を決して、瞳をぎゅっと瞑り、少しずつポッキーを食べ進めていく。

ぽり……ぽり………

あ、味が分からない……なんなんだもう、最悪だよこんなの、私が一体何したってんだ…日頃の行いと言われてしまえば何も言い返せないよ……明日から悔い改めていきます……。
チラリと片目を開いて距離を確認すれば、すぐそこまで夏油くんの口元が近付いており、マズイと思った。
マズイぞ………このままでは食べた分的に見れば私の方が圧倒的に少ない。初動が遅かったことが敗因になってしまったか。

いや………待てよ……?
その時、私の天地を覆す程の頭脳がきらめいた。

これ、ポッキーが折れなきゃいいんだよね?
だったらまだあるじゃん………夏油くんの口の中に!!!
よし、これだ。これしかない。むしろこれ以外に他にないだろう!!!
夏油傑、残念だったな……この勝負、勝たせて貰うぞ!

私は思い付き従うまま、夏油くんの顔が逃げていかないように彼の顔を両手でムギュッと掴み、そして最後の一口を食べ終えた。
彼は珍しく笑みを崩し、細い瞳を見開いて驚きを顕にする。
むちゅっとくっついた唇のことなど私は全く気にせず、むしろ早く口を抉じ開けろと念じながら押し付けた。

早く口開けろ!!中に残ってんのは知ってるからな!!!
何せ夏油くんは咀嚼はしていたが、飲み込んだ様子は無かった………だから、この勝負まだ終わりでは……

「ゴクッ」
「あ」

………………………あ、夏油くん…飲んじゃった……。

頭の中で勝敗を決めるゴングが鳴り響いた。
私は夏油くんから手を離し、一歩、二歩とよろけながら後ろに下がる。
ま、負けた………だと……???
この私が??こんな変な前髪した人の常識で弄ぶような奴に…???
わりとガチめに落ち込むんだけど、いや…待てよ?

「り……リベンジだ!!!」
「いや、」
「まだポッキーあるでしょ!!出して!」
「…これ、私の負けだから」
「嘘じゃん!!!」

慰めのつもりかよ!!
悔しさと情けなさで視界が滲んで来た時、私の五条くんだいすきレーダーが反応した。
後ろの方に気配を感じて振り返れば、少し離れた場所にポケットへ手を突っ込んでアクビをしながら気だるげに歩いている五条くんを発見する。
私は思わず「うわーーん!!五条くん!!!」と声を挙げながら、彼に走り寄った。

足を止めて「は?なに」と聞いてきた五条くんに、走る速度を緩めずそのまま突っ込んでしがみつき、べしょべしょと涙を流す。

「夏油くんがポッキー全部食べたぁ!!!ポッキーゲーム負けちゃったよお!!!」
「はあ!?」
「ゼロ距離まで行ったのに!!」
「ゼロ距離って…お前、まさか…」
「弄ばれたよー!!」

そこまで報告すれば、彼は泣く私を無言でぺいっと放り捨てて、未だその場で突っ立っている夏油くんの方へと走って行ってしまった。
ゲームに負けて、オマケに友人に捨てられた私はこれでもかと惨めな気持ちになりながら、その場を後にしたのだった。
もう二度とポッキーゲームなんてするものか、あと私プリッツのが好き。



その夜、硝子ちゃんがポッキーを買って部屋に遊びに来てくれたので私は最強になった。
硝子ちゃんすき、こういう人とお付き合いをしたい。
間違っても夏油くんみたいなのとは付き合いたくはない、絶対に。
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