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番外編

私にとっての良き兄と言えば甚壱兄さんの方だ、甚壱兄さんとは、額にバッテンマークの付いた男臭い外見をした方の兄である。
ちなみにもう一人の方の兄である甚爾兄さんは嘘でも良い兄とは言えないような奴である。顔は良いけどね。

甚壱兄さんと私の関係については何度も説明した通り、飼育員と世話を焼かれる側の関係で成り立っている。
この私が唯一あの腐りきった古臭くカビ臭い家でまともに言うことを聞く相手と言えば甚壱兄さんだ、私は兄さんのことを他の屋敷の住人と同じように特別信用や信頼などはしていないが、家族として大切に思っているし愛着はある、単純に言ってしまえば大好きなのだ、兄として。

そう、とっても大好きなので、どうか私を置いて行かないで。
私を一人にしないで、ずっと側に居て。
お兄ちゃん、私と一緒に居て………


「駄目だ、離せ」
「やだ」
「離せ」
「やだあーーーー!!!!!!」


ということで、現在私は兄にへばりつき、兄の行動を妨害していたのであった!

ちなみに何故離せと言われているかといえば、兄は風呂に入りたいらしい。
そんなん絶対妨害するに決まってるじゃんね、折角任務ついでに顔見せたんだからもっと構って貰わなきゃ困る、沢山抱っこしてくれ。10分間たかいたかいしろ。なんなら私も一緒に風呂に入るぞ。

女中さんが遠巻きからこちらを見ては引き返す廊下にて、ベチャベチャとへばりつき、兄の胸に頭突きをかます。構え!構え!褒め讃えて撫で撫でしろ!!
私の駄々っ子攻撃に一旦風呂に入るのは諦めた様子の兄は、突然「泊まって行くのか」と聞いてきた。

「今何時だっけ」
「八時過ぎだ」
「えっ、今から東京帰ったら夜中じゃん!」

え~~!今日は早く終わると思ったのになあ…どうやら想定していたより時間が経っていたようだ、どうしようかな…補助監に連絡して、迎えに来て貰うか近くの宿を今から手配して貰うか……でもこんな時間から仕事増やすのも大変かなぁ…でもなあ、家に泊まるとな……

私の部屋、なんか知らないけどベニヤ板打ち付けられて入れないようにされてるんだもん、自室で寝れないとなると大変だ。
何が大変って、時々脳の足りてない馬鹿が襲いに来るのだ。
別に襲われるのはやり返せばいいんだけど、単純に睡眠妨害されるのがウザいのと、寝惚けて加減を間違えて殺しちゃったら悪いからね、だから泊まるのはちょっとどうなのか。

というようなことを説明すれば、お兄ちゃんはいつも通りの仏頂面を崩さずに言う。

「俺の部屋を使えばいい」
「お………お兄ちゃん!!!」
「用意させる」
「ありがとう…一緒のお布団で寝ようね!!うふふっ!」
「やめろ」

なんでよ!!!
今「俺の部屋で一緒に寝よう」って言ったじゃん!!
え……言ったよね?言ってない?あ…はい………。

「はぁ……や、別にいいよ、お兄ちゃんに迷惑かけるくらいなら直哉くんに迷惑かけるよ」
「やめておけ」
「直哉くんを巨大ミルワーム型鉱物生命体のアブソレムくんで丸飲みにして、一晩放置して、私は直哉くんのお布団を使うよ」
「やめてやれ」

そんな……確かにちょっと可哀想かもしれないけど、乙女の就寝を守るためには時に尊い犠牲も必要ってことでさあ…。
私のことを心配しているのか、はたまた私の被害者が増えることを危惧しているのかは分からないが、結局お兄ちゃんは部屋を貸すともう一度言ってくれたので、泊まるのは嫌だけど仕方無いかと思うことにした。

が、しかし。

突然ポケットに入れた携帯が震え出した。
どうやら着信らしい、私は携帯を手に取り緑の受話器ボタンを押して耳に当てる。
誰ですか、こんな時間に。

「もしもし~?」
「もしもし、すみませんこのような時間に」
「あ…いえいえ、何かありましたか?」

どうやら相手は補助監だったらしい。
話を聞けば、緊急で任務が発生したから出てくれないかということだった。

う~~む………今日はもうよく働いたから、正直早く休みたい気分だったが、体力的には問題は無いし、何よりこの家に泊まることは兄の迷惑になるし……。
そこまで考えた私は、電話口で任務を請け負う了承の意を伝えた。

電話を切り、携帯を畳んでポケットに仕舞えば兄は「任務か」と聞いてきた。それに対して「うん、近くまで迎えに来てくれるらしいから行くね」と言えば、「そうか」と短く返される。

「えーーん!頑張ってくるからギュッてして!」
「………」
「ついでに玄関まで抱っこして!!」
「………」

勢い良くベチャリッと引っ付き、胸に頬を押し付け抱っこをせがめば、兄は無言で私を抱き上げ歩き出した。
お兄ちゃんの抱っこだいすき!お兄ちゃんありがとう、お礼に剥き出しのオデコにキスしてあげよう。

「ンーマッ!」
「やめろ、前が見えん」
「んへへ……お兄ちゃんが沢山喋ってくれて嬉しい」
「そうか」

お兄ちゃんが歩けば広い屋敷の中から玄関まであっという間である、玄関の門の所で私を下ろしたお兄ちゃんは無言で見送ってくれた。
私は「また来るねー!」と言いながら手を振り屋敷を後にする。

そうして月の光が照らす中ら暫くえっちらおっちら一人で歩き、指定された場所まで行けば黒い車の側には見覚えのある人物が居た。

………あれは…我がもう一人の兄、甚爾お兄ちゃんではないか!
え、うそうそうそ、なんで!?お兄ちゃんなんで京都に居るの!?え、本当になんで?京都の仕事は着いて来るの嫌がるの知ってるから声掛けなかったのに。

「お兄ちゃん、どしたの!?」
「あ?あー……たまたま…」
「私これから任務なんだけど」
「おう」

いや、「おう」じゃないよ。
私これから任務なんだよ、お兄ちゃんは東京帰るでしょ?それともなんか用事でもあるの?どっちにしろ任務あるから付き合えないよ。
あ、もしかしてこの補助監さんはもしかしてお兄ちゃんの送迎のために居るのかな?
だったら私と約束してる方はまだ来てないとか?
てかお兄ちゃんなんでここに居るの?

そんなことを考えていたら、急に顔を寄せて来たお兄ちゃんは私の首筋辺りをスンスンと鼻を鳴らして匂いをかぎ、「お前クセェぞ」と言い出した。

「…男クセェ」
「え、え~~???」

そう言われたので自分で自分の匂いをスンスンクンクン嗅いだがよく分からなかった、いつも通りのシャンプーやボディーソープの香りはするか、汗とは無縁の生命体なので変な匂いなんてしないはず………あ、いやそういえば先程まで甚壱お兄ちゃんにひっついてスリスリムギュムギュしていたから、もしかしたら甚壱お兄ちゃんの匂いが移ったのかもしれない。そりゃ確かに男の匂いはする。

まあでも任務行かなきゃだし、気にしてらんないよ。
私は車の扉を開いて送迎用の車かどうか確認する。やはりこの車であっていたらしい。
じゃあお兄ちゃんはどうするんだ?と思っていたら、お兄ちゃんは反対側の扉を開いて車に乗り込んでしまった。
……これはもしかしたら、そういうことなのかもしれない。
随分珍しいこともあるものだ、私は瞬きを数回してから同じように車に乗り込み、眠たそうにあくびをする兄の隣に座った。

「早く終わらせてお風呂入るね!」
「そうしろ」
「あと、来てくれてありがとう」
「ん」

何だかんだで私の兄は二人とも良い兄である。
誰が何と言おうと、私にとっては自慢の兄だ、今日のことは絶対に後で皆に自慢してやろう。

私の兄は胸がデカくて優しい兄なのだと。
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