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六千カラットの揺籠

結果報告の後、恵くんから一言。


「そのまま反省させとけ」


以上。

というわけで、私の中にはお兄ちゃんが居て、お兄ちゃんは絶賛諸々を反省中なのであった。
これにて回想終了。


あの後は一つの問題を除き、何も問題無く今に至る。
そう、一つの問題を除いて……

「時々凄くお腹痛くなるんだよねぇ」
「なに、お前下痢気味?」
「違うよ、呪いのせいだよ!」

夏油くんに私の状況について説明していた五条くんは、途中で説明が面倒になったのか、伊地知くん救出作業中の私を病室へと強制的に引き摺って行った。
説明を交代させられた私は、今に至るまでのエピソードを一から語り終え、ふぅ……と息をつく。

「呪いを自分のお腹の中に何年も入れてるんだから、腹くらい痛くなるもんだよ」
「むしろ、よくそれだけで済んでるね」
「それはそう」

マジでそう。
でも最近本当によくお腹痛くなる、そろそろ限界が近いらしい。
でも恵くんに「あの、そろそろ…お兄ちゃんに会いたいなって………」ってお伺いを立てに行くと「嫌だ」の一点張りなのだ。
可愛い家族が嫌がっているのだから、私も何とかして頑張りたいんだけど、でもめちゃくちゃ腹が痛いんです……。

「取り出す時どうすんの?」
「ピッコロさんの卵方式だよ」
「口からなんだ…」

五条くんの質問に答えれば、五条くんはピッコロさんに対して良いリアクションをしてくれたが、夏油くんからは若干引かれた。
一応腹をかっ捌く方法もあるけど、面倒臭いからさ、やっぱりオエッとやるのが一番早いよ。別にたいした大きさでもないからね。

まあ、とにもかくにも、私はあれから平和にやらせて頂いている。
夏油くんも無事目を覚ましたし、研究も順調だし、問題は無い。
夏油くんについては、後のことは五条くんが何とかしてくれるだろう。というか何とかしてくれ、私はもうこれ以上はどうにも出来んぞ。

「う、話してたらまたお腹痛くなってきた……」
「早くトイレ行って来いって」
「だから下痢じゃないってばあ!!」

そうこう言ってるうちに痛みは加速していく。
チリチリと内側から焼かれるような熱さを伴った痛みに、思わず呼吸を詰まらせた。

痛い痛い痛い、めちゃめちゃ痛い!えーんっ!わりと本気で泣きそう、目から変な汁出ちゃう、助けてお兄ちゃん………あ、お兄ちゃんは私の腹の中だった……。ここ、笑うとこです。

腹を抑えて身体を丸める、ヤバいなんか気持ち悪くなってきた。吐き出せるものなんて有機水銀化合物くらいしか無いのに、ちなみに水銀は気化して蒸気状態にならなければさほど危険では無いのだが、有機水銀化合物は公害すら引き起こすぞ。そんなものをここで吐き出したら、夏油くんがまた再生ポッドに戻ることになる。

うっ………でもごめん、限界だ…

「は、吐くぅ……」
「じゃ、僕と傑は部屋から脱出ね」
「そうして…オエッ」

水銀にやられる前に早く逃げて~!

痛みはMAX、冷たいはずの身体は寒さに震えるほど発熱し、浮かび上がった涙が一粒ポロッと瞳から落ちた瞬間、せりあがって来た物を盛大に床に向かって吐き出した。

しかし、ドロドロと口から流れ出たのは水銀ではなかった。
これは………液体化したフランシウムか?アルカリ金属のレア元素じゃないか、確か自然界で最後に発見されたのは1939年だったはず、なんでこのタイミングでこんな物が産出されたんだ…と、とりあえずこのフランシウムを回収しなければ、コイツは放射性の高い元素なので放置しておくのはマズイ。

痛む腹に奥歯を噛み締めながら、回収容器にフランシウムを全て納める。
とりあえずこれで大丈夫だ、水銀じゃなくて良かった、気化されたらたまったもんじゃない。


そして、ふぅ………と一息付いた瞬間のことであった。


ミシッと身体から音がしたかと思えば、次の瞬間には口の端からコロリと何かが出てきた。

それは私の腐った眼球の変わりに嵌め込んだ、鉱物で出来た義眼にも使用している鉱物、チタンを含む明るい黄緑をした石、チタン石であった。
次の瞬間、ピキリッとひび割れ砕け散ったチタン石は、目を瞑ってしまう程の光を発する。

「まぶしっ」

眩しさを感じ、体勢が崩れる。
脚を縺れさせた私は、背中から床へと倒れていく。
頭を打つことを覚悟して、痛みに耐えるためにさらに目をギュッと瞑ったが、しかし、私の身に衝撃はいくら待っても襲って来なかった。

変わりに、硬い腕が背中に回る。


「危ねえなぁ」


耳元で呟かれた低い声に、思わず身体を硬直させる。
大きく見開いた瞳に写ったのは、あの日封じた兄の姿であった。
あの、襲撃の日と変わらぬ姿でダルそうにする兄は、私を床に座らせると、その場で身体の動きを確認するために腕や腰を捻ったりし始める。
私はそれを間抜けにもポカンと口を開けながら首を上に反らして眺めていた。

手から取り落とした回収容器がカラカラと床に転がっていく。
静寂が部屋の中を支配する。
そんな中で、兄は遠慮のない大きな欠伸を一つすると、「どれくらい経ったんだ?」と私を見下ろしながら聞いてきた。

「俺の感覚だと3日程度なんだが」
「み、みみみッ!?」
「おう、3日間茶ァ飲まされ続けた」
「………2年半くらい、なんですけど」
「………ほぉ」

え、え???あれ……可笑しいな、みっ………か…?ん?えっと、3日って3日だよね?今日と明日と明後日で3日。

私は思わず頭を両手で抱えてしまった。

わ、私……2年半凄く頑張ったんですけど。
痛みと寂しさに堪えながら、それでもお兄ちゃんを手放したくない一心で………。

足音を立てて近寄って来た兄は、私の前にしゃがみこむと、ニタリと口元を歪ませる。

「で、何か言うことは?」
「…………」
「答えは出たのか?天才様」

黒い瞳が私を見ている。
いつかの昔、私もこの黒い瞳を持っていたはずなのに。
色素の抜け落ちた髪に、鉱物を嵌め込んだ瞳、昔の面影の無い容姿。私達はきっと、並べば他人にしか見えない。
金を働かせれば戸籍だってどうにかなるかもしれない、そうすれば家族になれるかもしれない、兄は簡単に頷いてくれるだろう。今度こそ、責任を理由にして。

でも、それじゃ意味が無いことを私は既に知っている。
私達に必要なのは、紙の上に書かれた関係でも、快楽と欲望を携えた関係でも無い。
1+1はどう考えたって2にしかならないように出来ているんだ、私がどんなに願ったって、私達は1つにはなれない、無理矢理に1つなったって貴方を幸せには出来ないのだ。

私達は別々の人間だ、透明な板を挟んで向き合ったって鏡写しのようにはなれやしない。
夫婦にも、一つの命にも、同じ存在にもなれない。

「傍に居たら……」
「ん、」
「間違えちゃうかも…私、天才なのに」

それでも、理屈では分かっていても、感情が計算を狂わせる。
簡単な足し算すら貴方が居ると出来なくなる。

生命が生きるためには光と水が必要だ。
私にとってはそれが兄であった、兄は私を生かす全てであり、私は兄から与えられる光という名の愛と、水という名の憎しみが無ければ、私として生きてはいけないのだ。

「天才だって間違うことくらいあるだろ」
「………お兄ちゃんが欲しいって思うのは……間違い?」

黒い瞳を見て、今度は私が問い掛けた。

兄は一度だけ力を抜いて笑うと、質問には答えずに、私の手を掴み己の方へと引っ張った。
引かれるがままに身体が兄の方へと傾く、背中に回された両腕に力が込められるのを感じながら、私は2年半振りに肩の力を抜いた。

不思議と涙は出なかった、落ちた溜め息が安堵から来るものなのか、落胆から来るものなのかすら分からなかった。


「俺は最初から」
「うん」
「お前のことを気に入ってたから」
「うん」
「出来るだけ、一緒に居てやりたい」


「うん、我が儘言ってごめんね」
「別に、兄妹なんだからいいだろ」
「そうだね、そうだった」


静かに笑う息の音が聞こえ、私は目を閉じる。

いつか、ただいまも、おかえりも、懐かしい言葉になる日が来たとして、その時にこの温度を少しでも覚えていられたらいいな、と思った。

それが、全ての答えだった。
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