六千カラットの揺籠
アイツが復活したことを知ったのは、たまたまって訳でもなく、意識せずとも耳に勝手に入ってくるくらいには何処でも注目の的だったからだ。
禪院の隠し財産がとうとう表に出てきた、会合や会食に出ては金を動かしているらしい。
殺せば大金になるだろう、しかし、厄介なことに相手は再生技術を有している。
そもそも、彼女の周りを固めている者達の顔触れからして一筋縄どころの話じゃない。
そんなようなことばかりが、聞いてもいないのに耳に入ってきた。
アイツが人間を捨ててまで、俺を求め続ける異常な奴だと分かって、受け入れて、側に居た時間は心地が良かったのに。
それなのに、あの馬鹿は俺のためにと自ら砕けた。
率直に言って馬鹿過ぎる、そんなこと誰も望んじゃいないのに、何でそんなことするんだか。
あの馬鹿な妹は、最後には俺を殺しときゃ良かったとか言っていた、お前には無理だと分かっているはずなのに。
だから馬鹿な妹のささやかな願いを叶えてやるために、約束してやったのに、アイツは俺を探しに来なかった。
理由は全て聞いている。
つまりは、俺がアイツの中の最優先事項では無くなったというわけだ。
俺だけのために生きて、俺だけのために壊れて、俺だけのために死ぬはずの妹が、他の奴を優先している事実については何も思わないようにした。
けれど、一つ許せなかったことがある、それは……
「俺が愛してやるっつったのに、見合いするか?普通」
「痛い、お兄ちゃん……苦しいよ…」
突き立てた呪具を捻れば呻き声を漏らした妹の顔には、浅くヒビが入っていた。
それを眺めながらも拘束は緩めずに腹の上に座っていれば、なんとか上げた右手で弱々しく俺の身体を押した。
弱い、脆い、儚い。
どれだけ戦えるようになろうと、コイツは俺より弱くて小さくて、柔らかくて冷たい。
そんなコイツを手離し難いと思ってしまう程には、俺もこの自分にだけ感情の全てを向けてくる、ひ弱な妹に執着をしていた。
どうやら左手が動かなくなってしまっているらしく、ダラリと床に投げ出された状態になったままとなっている。
俺はその左手を掴んで握ってやった。
「で、説教はもういいか?」
「………お兄ちゃん」
「おう」
「……ごめんな、さい」
項垂れるように首を垂れ、弱々しい声で謝罪を口にした妹に何を謝っているのか聞こうとするも、それを遮るように喋り出す。
「ごめんなさい、ごめんなさい、これは私の我が儘なの」
「……………」
「でも、命を懸けるに値する我が儘なんだ」
「……………」
「私にとっての"かけがえのない"は兄さんなんだよ」
兄さんしか、いないんだ。
目からは涙を流し、鼻と口から赤い液体を流しながら妹は俺の瞳を見つめてきた。
鉱物の輝きを含む瞳の奥、何かが小さく瞬いたのを確認した瞬間、身体が平衡感覚をゆっくりと失っていく。
慌てて身を離そうとする、しかし
「トゥトゥ………」
掠れた声でか細く呟く声に応え、ドロリ、弾けたはずの金が揺らめいた。
貫いた太腿に刺さった呪具を伝うように、黄金がせりあがって俺の片腕を捕らえた。
金の鞭を振り払うために腕を振るも、さらに背後から波打つ金のうねりがのし掛かり身の自由を奪っていく。
明滅する意識の中、溺れるように足掻きながら妹を見れば、彼女は笑いながら俺が乗った腹を指先で撫でた。
「救われてくれないなら、私の中で生きてよ、兄さん」
領域展開
愛執鉱床
鼻先が紅茶の香りを感じ取る。
時計の針が、6時を差していた。
…
領域、愛執鉱床
私の至った技術の果て、呪いの国の、呪われたお茶会。
永遠を生きることを良しとした私と同じ、この領域は永遠に時計が6時を差し示し、ずっとずっとお茶会が続くのだ。
私の中で。
腹のド真ん中、へその下。
展開した領域内で茶会に招き、そのまま相手を鉱物の中に閉じ込める。
相手を閉じ込めた鉱物は私の腹の中だ。
領域が破られない限り、対象は永遠に私の中で共に生きることとなる。
私という鉱床の中にある、愛と執着で出来た監獄は、私が呪いを解くか相手が私ごと領域を破壊しない限り脱出は不可能である。
そんな中に、兄を閉じ込めた。
呪ってしまった。
動かない左手、ヒビの入った首筋と顔、代理血液が溢れた口元と、兄に貫かれた脚。
満身創痍、ボロボロだ。
こんなはずじゃなかったのに、でもこうしなければ兄さんはどうしていた?
きっと満身創痍の私を抱き締めて、富豪の息子を殺した金を持って共に何処とも知れぬ所へ消えていただろう。
恵くんを遺して。
例え、内側から壊され死んでしまうとしても、私にはこれ以外に方法が思い付かなかった。
「恵くんに、なんて言えばいいんだ……」
お父さんを返せって言われたらどうしよう、どうしたらいいんだろう。
なんだか疲れた、目が覚めたら自由になれていればいいのに。
愛なんて知らなければ自由だったのに。
禪院の隠し財産がとうとう表に出てきた、会合や会食に出ては金を動かしているらしい。
殺せば大金になるだろう、しかし、厄介なことに相手は再生技術を有している。
そもそも、彼女の周りを固めている者達の顔触れからして一筋縄どころの話じゃない。
そんなようなことばかりが、聞いてもいないのに耳に入ってきた。
アイツが人間を捨ててまで、俺を求め続ける異常な奴だと分かって、受け入れて、側に居た時間は心地が良かったのに。
それなのに、あの馬鹿は俺のためにと自ら砕けた。
率直に言って馬鹿過ぎる、そんなこと誰も望んじゃいないのに、何でそんなことするんだか。
あの馬鹿な妹は、最後には俺を殺しときゃ良かったとか言っていた、お前には無理だと分かっているはずなのに。
だから馬鹿な妹のささやかな願いを叶えてやるために、約束してやったのに、アイツは俺を探しに来なかった。
理由は全て聞いている。
つまりは、俺がアイツの中の最優先事項では無くなったというわけだ。
俺だけのために生きて、俺だけのために壊れて、俺だけのために死ぬはずの妹が、他の奴を優先している事実については何も思わないようにした。
けれど、一つ許せなかったことがある、それは……
「俺が愛してやるっつったのに、見合いするか?普通」
「痛い、お兄ちゃん……苦しいよ…」
突き立てた呪具を捻れば呻き声を漏らした妹の顔には、浅くヒビが入っていた。
それを眺めながらも拘束は緩めずに腹の上に座っていれば、なんとか上げた右手で弱々しく俺の身体を押した。
弱い、脆い、儚い。
どれだけ戦えるようになろうと、コイツは俺より弱くて小さくて、柔らかくて冷たい。
そんなコイツを手離し難いと思ってしまう程には、俺もこの自分にだけ感情の全てを向けてくる、ひ弱な妹に執着をしていた。
どうやら左手が動かなくなってしまっているらしく、ダラリと床に投げ出された状態になったままとなっている。
俺はその左手を掴んで握ってやった。
「で、説教はもういいか?」
「………お兄ちゃん」
「おう」
「……ごめんな、さい」
項垂れるように首を垂れ、弱々しい声で謝罪を口にした妹に何を謝っているのか聞こうとするも、それを遮るように喋り出す。
「ごめんなさい、ごめんなさい、これは私の我が儘なの」
「……………」
「でも、命を懸けるに値する我が儘なんだ」
「……………」
「私にとっての"かけがえのない"は兄さんなんだよ」
兄さんしか、いないんだ。
目からは涙を流し、鼻と口から赤い液体を流しながら妹は俺の瞳を見つめてきた。
鉱物の輝きを含む瞳の奥、何かが小さく瞬いたのを確認した瞬間、身体が平衡感覚をゆっくりと失っていく。
慌てて身を離そうとする、しかし
「トゥトゥ………」
掠れた声でか細く呟く声に応え、ドロリ、弾けたはずの金が揺らめいた。
貫いた太腿に刺さった呪具を伝うように、黄金がせりあがって俺の片腕を捕らえた。
金の鞭を振り払うために腕を振るも、さらに背後から波打つ金のうねりがのし掛かり身の自由を奪っていく。
明滅する意識の中、溺れるように足掻きながら妹を見れば、彼女は笑いながら俺が乗った腹を指先で撫でた。
「救われてくれないなら、私の中で生きてよ、兄さん」
領域展開
愛執鉱床
鼻先が紅茶の香りを感じ取る。
時計の針が、6時を差していた。
…
領域、愛執鉱床
私の至った技術の果て、呪いの国の、呪われたお茶会。
永遠を生きることを良しとした私と同じ、この領域は永遠に時計が6時を差し示し、ずっとずっとお茶会が続くのだ。
私の中で。
腹のド真ん中、へその下。
展開した領域内で茶会に招き、そのまま相手を鉱物の中に閉じ込める。
相手を閉じ込めた鉱物は私の腹の中だ。
領域が破られない限り、対象は永遠に私の中で共に生きることとなる。
私という鉱床の中にある、愛と執着で出来た監獄は、私が呪いを解くか相手が私ごと領域を破壊しない限り脱出は不可能である。
そんな中に、兄を閉じ込めた。
呪ってしまった。
動かない左手、ヒビの入った首筋と顔、代理血液が溢れた口元と、兄に貫かれた脚。
満身創痍、ボロボロだ。
こんなはずじゃなかったのに、でもこうしなければ兄さんはどうしていた?
きっと満身創痍の私を抱き締めて、富豪の息子を殺した金を持って共に何処とも知れぬ所へ消えていただろう。
恵くんを遺して。
例え、内側から壊され死んでしまうとしても、私にはこれ以外に方法が思い付かなかった。
「恵くんに、なんて言えばいいんだ……」
お父さんを返せって言われたらどうしよう、どうしたらいいんだろう。
なんだか疲れた、目が覚めたら自由になれていればいいのに。
愛なんて知らなければ自由だったのに。