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六千カラットの揺籠

赤い閃光が美しい花々が描かれた襖を無惨に焼き払う。
上がる硝煙の向こうに見えた、風に揺れる真っ直ぐな黒髪と、笑みを浮かべた口元に付いた傷跡を、私が見間違うはずが無かった。

この世で最も美しく、この世で最も愛しく、この世で最も憎らしい、私の愛。
私の呪い。
私の兄。

その指先が私の背後を指差す。

「そいつ殺ったら金入んだよ、見せしめなんだとさ」
「……そんなことだろうとは思ったよ」
「ついでにお前の顔も見れたしな」

差した指をクルリと回し、手のひらが上に来る状態にすると、兄は突き出したままの指をクイクイッと動かしながら言う。

「ほら、約束通り愛してやるから、さっさとこっち来い」
「……………お兄ちゃん」
「どうしたよ」

兄の言葉に偽りは無いのだろう。
そして、悪気も無いのだ、きっと。

兄は兄なりに考えて、その末に出した結論がこれなのだ。
生きるために自分に出来ることをする、私との約束を果たすためにあらゆる手段を使う。
自由の消えた私と、私が兄に望んだ自由。二人で自由に生きるために、恵くんに家族を用意し、金を稼ぎ、そして迎えに来た。

半年前の私だったならば、きっと涙を流して喜んでいただろう。
両手を広げ、思いのままに抱き付いていた。
だが、今は違う。
私には治すべき患者が居て、答えるべき声があり、果たすべき責任がこの肩に乗っているのだ。

それに、私の望みは兄の幸せなのだ。
私は貴方にそんな歪んだ瞳をして欲しかったのではない、私は貴方の呪いになりたかった。
でも同時に救いにもなりたかった、地獄でも二人一緒ならマシだって言ってくれたから、今度は私が貴方を地獄からマシな場所まで連れて行きたかったのに。

貴方は自ら地獄を選ぶのか。
そのために、親としての責任を放棄し、また暗がりに落ちていくのか。

そんなこと許すものか。
例え貴方が自らその道を選んだとしても、私が許さない。妹として、家族として許すことは出来ない。

兄さんのためなら、この命ごと呪いにだってなってやる。


兄の言葉を無視して、私は遠巻きにこちらを窺う人々に視線を配る。
声を張って「逃げなさい、ここは戦場になります、私じゃ守り切れない」と言う。
ただならぬ雰囲気を感じ取った勘の良い何人かがチラホラと後退していけば、続くように人々が周りから去って行く。

「いつの間にそんなに優しくなったんだ?」
「兄さん」
「……なんだよ」

スウッと息を吸い込んで、酸素を溜める。
腹に力を入れて、口を大きく、大きく、開いた。


「バカ!!!!!」


ビリビリと空間を揺らす程の怒りを込めた罵声を放つ。
キツい目付きをさらにキツくして、スーツのポケットから右手を突き出す。


「これよりお説教タイムです!!」
「は?」
「その命を持ってして、責任に報いろ!!!」


赤いハートのガーネットを宙に投げ、左手にはオパールの剣を握り締める。

宙で形を変えた赤く艶めく鉱物が炎を纏って煌めき出す。
ゴウゴウと燃え盛る、三股に別れた尾羽を揺らし、太陽を受けてさらに輝きを増していく。
天国すら照らしだす、真実と光のシンボルであるガーネットを核に焔を灯す異形の鳥は、鼓膜を痛くさせる程に高く鳴くと、大地を焦がしながら兄へと襲いかかった。


「ハートのジャックよ、私に誓え」

その身砕けようとも、この呪いに終止符を。
さすればそなたに名誉と褒美を賜うことを約束しよう!


契約による縛りによって、強制的に力を引き上げる。
メラメラと立ち上がった火柱が、熱気となって空気を揺らす。
ともすればこちらまで焼けてしまいそうな炎熱の中で、兄は武器を奮って炎を叩き斬り、そのまま燃え盛る怪鳥へと刃を何度も何度も突き出した。
だが、怪鳥も宙で体勢を変え、時には攻勢に出て火の玉を吐き出し、尾羽を大きく揺らして風と煙を巻き起こす。

くゆる煙があちこちに立ち、上がる温度に蜃気楼が揺らめいては掻き消える。

烈火の如き攻防を目で追いながら、私はさらなる一手に出た。

「トゥトゥ1号、砲撃構え」

右手を上げて命じれば、後ろで待機していた黄金のコウモリが波打ちながら大砲のような形へと変化していく。
その身を巨大なガンバレルへと変えたコウモリは、砲身の角度を変え、動きを停止させた。

目前で繰り広げられる、熱波を伴う激戦に呪力を奪われながら静かに時を待つ。

まだだ。
尾羽の一つをむしり取られた怪鳥が奇声を上げて苦しんだ。

まだだ。
それでも羽を散らしながら戦い続ける、燃え盛る鳥は、核近くを貫かれて全身にヒビが入っていく。

まだだ。
炎が弱まる、そのタイミング。
空中から兄の上へと落下したその身にて、兄の姿が一瞬かき消された。

今だ。


「撃て」

バキンッ!


硬い物が砕けるような、鈍く高い金属音が鳴り響いた瞬間、砲身から打ち出された金塊が怪鳥と、怪鳥の身が覆う兄目掛けて撃ち出された。
その金塊は怪鳥の右翼を粉々にし、兄へと到達するはずだった。

しかし、

「惜しいな」

先手を読まれ、既に回避行動に出ていた兄は地を這う程地面スレスレに身を前屈させながらこちらへ向かって走って来る。

跳躍後、大きく振りかぶられた呪具が私目掛けて振り下ろされるのに対し、左手に持った細く鋭いオパールの剣で衝撃に構えた。

ガキンッ
バキバキバキッ

打ち合ったが最後、一瞬にして刀身にヒビが入っていくオパールの剣は、美しく煌めきながら瞬く間に形を崩していく。

そのまま呪具によって凪ぎ払われた私の身体は、意図も簡単に吹っ飛び壁に打ち付けられた。
軋む身体に一瞬強烈な痛みを感じたが、それでも素早く起き上がろうとした所で、倒れた私の太腿に呪具が容赦無くグサリと突き立てられた。

「うぁっ」

そして、痛みに声をあげた私の腹の上へと跨がるように乗って来た兄は、楽しそうに、困ったように、しかし何処か真剣な様子で私を見下ろした。

「なあ、もういいだろ」
「何も、良くない…!」
「恵のためか?あれにお前が命を張る価値があるのか?」

………ああ、この人は知っていたんだ。
知っていて、それでいて、いつまで経っても日の当たる場所に自らやって来ない。
黒い瞳に浮かぶ後悔は一体いつの物なのだろうか。
私にはそれを知る由は無いけれど、それでも私は私の見てきた兄さんを守りたい。そのためにここで生きている。

そのためならば成長だって出来るのだ。
ねえ兄さん、私と一緒に生きよう。

この呪いは、命を懸けるに値する物なのだ。
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