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六千カラットの揺籠

扉の向こうから聞こえてくるやり取りに、私は顔をしかめ、灰原は顔を赤くした。
あれから時間も経ったことだし、そろそろ出掛ける頃であるので、チェックをしに来てみればこれである。
扉の向こうからは、艶のある色のついた声で「あんっ、硝子ちゃんのえっち」「ほら、ちゃんとよく見せてみな」「もうっ!」「可愛いじゃん」「あっ、そんなとこ!」などのやり取りが繰り広げられていた。

何をしているんだ、あの人達は………。

米神を指で押さえ、溜め息を吐き出した。
隣の灰原は可哀想なくらい真っ赤になって「ど、どうしよう七海!ノックしていいの!?」と慌てている。
その間にも、「こら、逃げない」「だって…くすぐったい…」「我慢して、ほらこっち見て」「うん……」といった会話が聞こえて来た。

勘弁して欲しい、確かにあの先輩女子二人の仲が良いことは知っているが、仮にも見合い前だというのに。

しかし、ウダウダしていても時間が過ぎていくばかりだ、これは処分寸前の先輩のためであり、その先輩が自分の持つ技術全てを注ぎ込んで回復させようとしている夏油さんのためであり、彼女が引き取って暮らしている子供達のためである………そう自分に言い聞かせ、一呼吸置いた後に控えめなノックをした。

コンコンッと小さなノック音が廊下に響くと、ドアの向こうの会話は止み、「来たか、早いな」「あ~、めんどくさいな~」という声が聞こえて来る。
ややあった後に開かれた扉から出て来たのは、衣服を整えた先輩で、シングルジャケットにパンツを合わせ、靴と同じ色のベルトをしている姿は、一歩間違えれば就活生のようにも見えた。
どうやら本人も同じ事を思っているらしく、「面接しに行くみたいになっちゃったよ」と笑っているが、その顔に施されているメイクは華やかな物であった。

ちゃんとしていれば、それなりの人に見えるのに、普段のこの人は何故薄汚れた白衣に何処で買ったか分からないようなTシャツばかり着ているのだろう。
私の抱いた素朴な感想に答えてくれる者は勿論おらず、先輩は我々に礼を伝えると見合い会場へと向かって行ってしまった。

何事も無く終わってくれたら良いのだが………。
私がこう思っている時は大体何か起きるのだ、ああ…嫌な予感しかしない……頼むからこれ以上疲れるのだけはごめんだ。




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会場に入る前に行った自己暗示はバッチリだ、この外面MAXモードはちょっとやそっとのことでは解けやしないだろう。

和食料理がメインの料亭、向かい合っている男性は自分の話ばかりでつまらない。
自分の話をするのはいいのだが、私は君の話す分野には生憎と明るくなくてね、さっきから適当な相槌しか声に出していない。自分の家がどれだけ財力があるかだとか、今日着けて来た時計はどこどこの限定モデルだとか、過去には有名人やモデルとも関係を持ったことが~…てな話、クッソつまらんな。
硝子ちゃん曰く、「時計を自慢してくるような奴はろくな男じゃない」らしいので、私は彼女の言葉を全面的に信じ、この男は駄目だなと思うことにした。
脳内では既に帰ってから何をしようかという考えでいっぱいだった。

子供達にお土産を買って帰りたい、ゲノム情報の研究を進めたい、夏油くんの治療もそろそろ次の段階に進めなければ。
全くもって暇が無いってのに、こんな所でダラダラと自慢話に付き合わされて………。

それに、お兄ちゃんだってまだ見つけられていないのに。

兄のことが頭に過った瞬間、ピクリッと目尻が動いてしまった。

ふぅ…いかんいかん、確かに気になることではあるが、今は考える時ではない。
兄への気持ちが大きすぎて、兄のことを考えると自己暗示すら解けてしまいそうなのだ。
うぅ……私はこんなにも兄のことを思っているのに、あ、あのバカ野郎…いや、ドブカス…!他の女と失踪するとか、信じらんない、許せない……絶対捕まえて監禁してやる。こちとらいつ出会っても大丈夫なように常に捕獲準備万端なんだからな。

思わず笑顔をひきつらせた私に目敏く気付いたらしい相手さんは、「何か?」と聞いてくる。
私がそれに、いえ何でもありませんよ と伝えるために「い」まで言った所で、何だか廊下が嫌に騒がしいことに気付いた。

なんだ?どした?

「困ります!」というお店の人のものらしき荒げた声が聞こえる。
床を踏みしめる足音が数個重なり合い、ただ事では無い雰囲気が我々の居る個室の中にまで伝わって来た。

もしかして強盗や、襲撃?しかもこの足音…こっちに来てないか?
バッと勢いよく振り返り、私の後ろでやや怯えている男の顔を見る。
金持ちの呪術師一族に属する息子、著名人にも顔が利き、しかして大した力は本人には備わっていない………ともすれば、絶好のターゲット。
なるほどね、えらいこっちゃ。

ゴクリ、唾液を飲み込んで覚悟を決める。

まさかまさかの事態であるが、恐らく相手はこの部屋に来るだろう。護衛も手薄な状況だ、格好の餌食に違いない。
仕方無い、ここで死なれちゃ私の危うい首がさらに危うくなる、コイツを守る他無いだろう。

呪力を回す、呼吸を整える。
白い手首に嵌めた細い金のブレスが波打った。


「きらきら光れ、お空のコウモリ」


起動の合い言葉に合わせ、鉱物生命体の凍結させていた意識が呼び覚まされる。

ピカピカ、トロトロ。

泥のような波状の金は腕から羽ばたき空中で黄金の大きな翼を広げた。
全長およそ1.5m、オオコウモリやメガバットの名で知られる大型のコウモリを材料に産み出された飛行可能な鉱物生命体、その名も…

「トゥインクル・トゥインクル・ビッグ・スター 1号!!」

私の声に合わせて、トゥインクル・トゥインクル・ビッグ・スター1号(以下トゥトゥ1号)は羽を羽ばたかせ、宙をヒラリと舞った。

襖の前で戦闘体勢を取る。
何処からでもかかって来い!返り討ちにしてあげようではないか!!

意気込んで「ウゥゥ~~」と威嚇の声を唸っていれば、近付いて来た足音は予想通りに襖の前でピタリと止まる。
辺りは何だか妙に静かで、肩に重くのし掛かるような緊張感が静寂と共に降ってきた。
自分の呼吸音だけが嫌に大きく聞き取れる、いつの間にか指先は内側へ握り締められており、瞳に乗せた暗示が揺らぐ。

背筋が震える。
腹の奥から怒りがふつふつと沸き立つ。

私はこの感覚を知っている。
何故ならば、私はこの感覚のせいでここまで可笑しくなってしまったのだから。

居る。
何の根拠も無いが、確信を得た瞬間、声がする。


「なあ、なんで探しに来ねぇんだよ」

私の前から二度も姿を消した男の声が、聴覚を甘く、狂おしく、嘲笑うように脳の奥を刺激した。

「お前、俺と仕事どっちが大切なんだ」


グラグラと煮え立つ湯のように呪力が沸き立つ。
両手をポケットに手を突っ込み、中に入れた冷たい石達を握り締めた私は、襖一枚向こうに居る男に向かって怒りを込めて喉を震わせ吼え叫んだ。


「私の愛を、見縊るな!!!」


見えないはずの顔が、憎たらしい笑みを作った気がした。
揺らぐことの無い愛情は、執着となり、憎悪となり、無償の愛へと落ち着いたはずなのに、またしても憎しみへと転じていく。

やはり私達は、呪い合う他に愛する手段を持てないらしい。
運命ならば、仕方がないだろう。
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