このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

六千カラットの揺籠

東京でのやることが粗方片付いた。灰原くんのメンテナンスは何事もなく終了し、研究施設についての話し合いも恙無く終了。
久々に会った子供達に京都から持ってきた色々なお土産を手渡し、話をしたり頭を撫でたり構ったりなどして、硝子ちゃんや七海くんとも再会を喜んだ。

任務で不在の五条くんのために買っておいたお土産のお菓子を彼の部屋のドアノブに掛けて、私は足早に寮を後にする。

東京に来たらもう一つやらなければならないことがあるからだ、それが何かと言えば………

「恵くんの様子を見なければ…」

そう、お兄ちゃんの息子である恵くんの様子を見に行くことである。

あれから兄には会えていないが、まあ良い歳した大人なんだから、ちょっとやそっと放っておいても大丈夫だろう、多分。これは希望的観測である。
お兄ちゃんの望み通り、ちゃんと帰って来たよ~と伝えたいが、連絡手段も無いためどうにもならない。
なので、とりあえず兄の行方を探るのも兼ねて私は恵くんの様子を見に行くことにした。
だってほら………ゆくゆくは私、恵くんのことが欲しいので……。より詳細に言うと、彼の遺伝子情報が欲しいので………。だから、何かあっては困るのだ。


ということで、色々なことを片付けて時刻は夕方、私は手土産を片手に恵くんの元を訪れることとした。
一応、いきなり知らん人間が叔母を語ってやって来ても困ると思って、五条くん経由で行くことは伝わっているはずである。

簡素なアパートの一部屋まで足を運び、チャイムを鳴らす。どうやら古い物らしく、音が「ピンポーン」ではなく「ビィー」という鈍い物であった。

程無くしてカチャリと控え目に開かれた扉から出てきたのは、跳ねた黒髪が特徴的な男の子。
鋭さがありながらも、クリクリとした真っ黒いおめめからお兄ちゃんの遺伝子を感じる。うん…つまり、私にもわりと似ている…気がする。
彼は怪しげな瞳でこちらを見ながらも、ペコリと小さな頭を下げた。
私もそれを真似てお辞儀をする。

「はじめまして、伏黒甚爾の妹です」
「……恵です」
「うん、あのさ、」
「親父ならいないけど」
「え」

私が聞きたいことを聞く前に、彼は回答をくれた。

親父がいない。
兄がいない。
ここには、兄さんはいない。

事実を噛み砕き、飲み込む。
そ、そうか………まあ、あの兄だからね、その辺フラついて二、三日帰って来ないなんてザラだから、別に気にしちゃいな……

「女の人と出てって消えた」
「ほげ~~~~~~~~!!?!?」

嘘だと言ってよパトラッシューーー!!!!
持っていた手土産を手から落とし、そのまま両手で顔を覆った。
は、恥ずかしい!身内として恥ずかしいよお兄ちゃん!!私、どんな顔して恵くんと話せばいいんだ、勘弁してくれ!
そもそも女の人って誰!?やっぱお兄ちゃんを最優先すべきだった………なんだってこんなことに、ていうか私のこと待っててくれるんじゃなかったの!?ちゃんと愛してくれるってゆったじゃん!!?

………………次に会ったら絶対許さないからな……。
もう何がなんでも一生離れらんないようにしてやる、何処にも行かないようにしてやるからな………ふざけるなよ、妹のガチラブをナメるのも大概にして貰おうか……。
あと親としてありえないから、本当どうしようもないな……。

ワナワナと震える身体をなんとか落ち着かせようとしていれば、恵くんはさらなる爆弾を投下してきた。

「再婚相手らしい、その女の人」
「バカタレが………………」
「だから、俺と姉貴で今は暮らしてる」
「ドブカス……………………」

思わず直哉くんのキメ台詞をお借りてしまった。
でもそう言っちゃうくらいの怒りなのだ、もう許しておけんぞあの男。
私は天を仰ぎ見ながら細く息を吐き出し呼吸を整える。

やっぱ一回殺すくらいしないと駄目なんじゃないかな。私じゃ殺せないから五条くんに依頼しよっかな。
え?やだな、私は正気ですよ。今回の件に限ってはいつにも増して正気ですとも。
私は本気で兄のことが狂おしい程愛しくて愛しくて愛しくて執着しているが、同時にこの責任能力の無さに怒り浸透なのだ。
いや、無責任な人だってのはよ~~く知ってましたよ、でも妹と息子じゃ違うじゃん。なんで実の息子までこんな……。

「恵くん」
「なんですか」
「その…姉貴さん共々、私と暮らそう、私は絶対君達を無責任に放り出したりしないから」
「……別に、必要な」
「駄目だよ」

膝を折って、彼と目線を合わせる。
扉の間から見えた部屋は、狭く、古く、日当たりも悪かった。
一度唇をギュッと噛み、眉間にシワを寄せながら瞳を瞑って混み上がる感情を心の奥底へと沈める。

私は責任の無いことが嫌いだ、無責任なことが大嫌いだ。
何事も途中で投げ出すことはしたくないし、自分の目の前で自分より苦しい思いをしている人間に我慢をさせる程落ちぶれちゃいない。

私は、灰原くんのように正しい優しさを持ち合わせちゃいない。
全ては偽善で、自分が一番気持ち良いと思う結果を手にするための足掻きでしかない。
けれど、その足掻きで変わる物があるのなら、いつまでも足掻き続けたいと思っている。

自分が親に相応しい人間性を持ち合わせていないことなど知っているし、恵くんは本当に私の助けなんて必要無いかもしれないけれど、私には兄の妹として全うしなければいけない責任がある。

「君達は本来なら、かけがえの無い存在なんだ」
「……そんなわけない」
「わけなくない、いいかい、よく聞いて欲しい」

地面に落としたままの土産菓子の存在なんて忘れて、私は未だ開き切らない扉を無理矢理全開に開いた。
扉で隠れていた先には、件の「姉貴」が心配そうにこちらを見ていたので、手でこちらに来るようにと差し示す。
彼等が二人並んで私を見上げている状態を確認してから、私は、私にとっては兄であり、彼等にとっては役割を全うしない親の変わりに言うべき言葉を真剣な眼差しをしながら伝えた。


「かけがえの無い、という言葉は、君達のためにあるんだよ」


不安と疑心を携えた眼差しを見つめ返し、私は彼等の頭に優しく触れる。
小さくて、頼り無くて、けれど確かに存在している、この世に正しい順序で生を受けた者達を慈しむ。
言葉の意味を正しく捉えきれていないことが伺える様子を微笑ましく思いながら、私は己の胸を一度叩いて自信満々な笑みを浮かべてみせた。

「今は分からなくても、そのうち私が教えてあげよう、天才が教えてあげるのだから絶対に言葉の意味が分かるはずさ」
「おねえさん天才なの!?」
「自分で言うのかよ」
「自分で認めることこそが、天才が天才たる由縁なわけで…」

そうと決まれば早急にこっちに住む計画を進めなければいけないね!
とりあえず、今日は出会いを祝してケーキでも食べようではないか。
ふふん、好きな物を好きなだけ食べたまえ、今日ばかりは天才の名の元に許してしんぜよう。

「あ、ちなみに私のことは好きに呼んでいいからね、敬称には拘らないタイプの天才なのでね」
「また自分で言った…」
「本当のことだからね!」

親の愛情も、求めた兄の温もりも、正しい産まれ方も、健康な肉体も、何も無い私だが、誇れる頭脳だけは持っているんだ。
だからこの私にかかれば、君達に親の温度ってものも伝えられるよ。

任せてよ、なんてったって私は比類なき天才なのだから。
6/11ページ
スキ