六千カラットの揺籠
夏油くんの治療に掛かりっきりの私であるが、彼の他にも手を掛けてやらねばならぬものがある。
そう、私の作品の一つであり、何故か妻を自称する後輩の灰原くんである。彼のメンテナンス時期がすぐそこまで迫っていた。
流石に魔窟際まれりな禪院家に彼のような可愛い子を招くわけにも行かず、私は出来る限りのことをしてから、緻密に命令を組み込んだ鉱物生命体数体を夏油くんの治療のために置いてから荷物を持って東京へと旅立った。
メンテナンスもだが、他にも話し合いをしたかったので良い機会である。
私は助けてしまった責任から、子供達と共に再び暮らしたいと思っていたため、外面MAXモードを駆使して金を持て余している金持ち共から資金援助を募りに募っていた。
ウルウルと瞳を潤ませ悲劇っぷりを全面に出したことを何度しただろうか……心の中では毎回自分キショいなって思ってました、温度差芸が板についてきちゃったね。
まあそんなこんなで、得られた資金は全て無駄なく有効活用するつもりである。
ほとんどは東京高専に自分用の研究施設を用意してもらう目的で使う予定だ、流石にいつまでも禪院家でどうこうし続けるわけにはいかない、だっていつ何言われるか分からないし。いきなり嫁に出されたりしたら困るし。
久々にやって来た東京は相変わらずこれでもかと人が居た。
人の量に比例して呪いも多くなる、人間ってのは難儀な生き物だね。
人の流れに従って私も行きたい方へと歩みを進める、駅の外へと出て迎えの車を探して歩いていれば、後ろから元気な声が聞こえて来た。
「せんぱーい!お久しぶりです!」
「おや、灰原くん」
「迎えに来ちゃいました!」
少し照れ臭そうにえへへ…とはにかむ灰原くんは、冬の寒さもなんのそのという可愛さである。
相変わらずのヒロインっぷり、これがアンケート一位の風格か………なんて威力だ、禪院のくすんだ空気に慣れきってしまった身体には些かキツい。
思わず目を細目ながら「ウッ」と呻き声を漏らしてしまえば、灰原くんはすかさず「大丈夫ですか!?」と心配してくれた。
「だ、大丈夫…」
「本当ですか?あ、荷物持ちます!」
「ありがとう、重いから気を付けて」
「了解です!」
うむ、見た感じ彼に問題は無さそうだ。一応色々とデータは取る予定だが、この分だと大丈夫だろう。
車へと案内される道すがら、彼が尋ねる。
「夏油さんはどうですか?」
「ああ、う~ん……」
あれから数ヶ月経ったわけであるが、数ヶ月経ったにも関わらず私が彼に付きっきりであることが答えである。
どうやら私の内部破壊攻撃によって、夏油くんは細胞レベルでやられてしまったらしい。
ウイルスなどの異物分子を捕らえ、T細胞(胸腺にある成熟した白血球)などほかの免疫細胞に引き渡して取り除く樹状細胞の働きが弱まってしまったせいで、あまり芳しくない成果だ。
このままでは彼の身体は壊疽毒で大変なことになってしまうかもしれない、だからかなり大幅な再生治療が必要となる可能性がある。
そのためには、今の施設だけでは不十分だ。だからこそ、早急に研究の場を整えねばならない。
「一先ずは、病原菌のコントロールのためにバクテリアオファージの実験をだね…」
「先輩、せんぱーい」
「ウイルスT4バクテリアオファージはファージ目的以外の病原菌以外には影響を与えることが無いから…」
「せんぱーい!」
「この研究が起動に乗れば、細菌テロ対策にも応用が…」
「先輩!!!」
ハッ!いかんいかん、深く考えすぎて妻の声が聞こえていなかった、これはよくないぞ。
頭をブンブン振って研究や治療のことを一旦端に寄せる。
申し訳ない気持ちを抱えながら、チラリと灰原くんを見上げれば、彼は穏やかに微笑みながら「あんまり根を詰め過ぎないでね」と優しく言ってくれた。
この優しさを禪院家に見習わせたい。
爪の垢を煎じて飲ませてやりたい、直哉くんにお歳暮で灰原くんの爪の垢贈ってやろうかな……本当ちょっとは見習えよ君達、人が廊下歩いてるだけでビクビクしやがって……私はワニか何かか。
「灰原くんは本当に優しいね…」
「先輩も優しいじゃないですか」
「私は君みたいに、本当に優しくなんてなれないよ」
君の優しさが本物だとするならば、私の優しさは己に還元するための偽物だ。
だけどそんなことを言ったって君は笑顔で否定して、私を讃えようとするだけだろう。
「そんなこと無いです!だって先輩は僕を助けてくれたじゃないですか」
ほらね。
君を助けたかもしれないけど、それは君が私と約束を交わしたからだ。私にとって有益で、都合が良い約束を。だから、そもそも前提条件が違うのだ。
私は君を助けたんじゃなくて、君は私と約束をしたら助かってしまったんだよ。
でもこれも言ったってあーだこーだと優しくて眩しい言葉によって否定されて終わるだろう、私から提示する真実を君は受け取らない。それを知っているから「そうだね」とだけ呟く。
何が楽しいのか知らないが、灰原くんは機嫌良くニコニコとしながら私の横を歩く。
私は平素と変わらぬ表情で今後の予定を脳内で再確認しながら車のドアを開いて乗り込む。
迎えの補助監に軽く挨拶をして、シートに背中を預ければ、隣の席に意気揚々と座った灰原くんはあれこれと最近あった出来事を楽しそうに話して聞かせてくれた。
七海くんがナマコと会話をしようとしていただとか、硝子ちゃんが安い酒を飲んでいただとか、他愛無い日常を語る灰原くんを横目で眺めながら高専に到着するのを待った。
今日はいつにも増してよく喋るなあ。
まあ、君が楽しいのならなんでもいいんだけどさ。
そう、私の作品の一つであり、何故か妻を自称する後輩の灰原くんである。彼のメンテナンス時期がすぐそこまで迫っていた。
流石に魔窟際まれりな禪院家に彼のような可愛い子を招くわけにも行かず、私は出来る限りのことをしてから、緻密に命令を組み込んだ鉱物生命体数体を夏油くんの治療のために置いてから荷物を持って東京へと旅立った。
メンテナンスもだが、他にも話し合いをしたかったので良い機会である。
私は助けてしまった責任から、子供達と共に再び暮らしたいと思っていたため、外面MAXモードを駆使して金を持て余している金持ち共から資金援助を募りに募っていた。
ウルウルと瞳を潤ませ悲劇っぷりを全面に出したことを何度しただろうか……心の中では毎回自分キショいなって思ってました、温度差芸が板についてきちゃったね。
まあそんなこんなで、得られた資金は全て無駄なく有効活用するつもりである。
ほとんどは東京高専に自分用の研究施設を用意してもらう目的で使う予定だ、流石にいつまでも禪院家でどうこうし続けるわけにはいかない、だっていつ何言われるか分からないし。いきなり嫁に出されたりしたら困るし。
久々にやって来た東京は相変わらずこれでもかと人が居た。
人の量に比例して呪いも多くなる、人間ってのは難儀な生き物だね。
人の流れに従って私も行きたい方へと歩みを進める、駅の外へと出て迎えの車を探して歩いていれば、後ろから元気な声が聞こえて来た。
「せんぱーい!お久しぶりです!」
「おや、灰原くん」
「迎えに来ちゃいました!」
少し照れ臭そうにえへへ…とはにかむ灰原くんは、冬の寒さもなんのそのという可愛さである。
相変わらずのヒロインっぷり、これがアンケート一位の風格か………なんて威力だ、禪院のくすんだ空気に慣れきってしまった身体には些かキツい。
思わず目を細目ながら「ウッ」と呻き声を漏らしてしまえば、灰原くんはすかさず「大丈夫ですか!?」と心配してくれた。
「だ、大丈夫…」
「本当ですか?あ、荷物持ちます!」
「ありがとう、重いから気を付けて」
「了解です!」
うむ、見た感じ彼に問題は無さそうだ。一応色々とデータは取る予定だが、この分だと大丈夫だろう。
車へと案内される道すがら、彼が尋ねる。
「夏油さんはどうですか?」
「ああ、う~ん……」
あれから数ヶ月経ったわけであるが、数ヶ月経ったにも関わらず私が彼に付きっきりであることが答えである。
どうやら私の内部破壊攻撃によって、夏油くんは細胞レベルでやられてしまったらしい。
ウイルスなどの異物分子を捕らえ、T細胞(胸腺にある成熟した白血球)などほかの免疫細胞に引き渡して取り除く樹状細胞の働きが弱まってしまったせいで、あまり芳しくない成果だ。
このままでは彼の身体は壊疽毒で大変なことになってしまうかもしれない、だからかなり大幅な再生治療が必要となる可能性がある。
そのためには、今の施設だけでは不十分だ。だからこそ、早急に研究の場を整えねばならない。
「一先ずは、病原菌のコントロールのためにバクテリアオファージの実験をだね…」
「先輩、せんぱーい」
「ウイルスT4バクテリアオファージはファージ目的以外の病原菌以外には影響を与えることが無いから…」
「せんぱーい!」
「この研究が起動に乗れば、細菌テロ対策にも応用が…」
「先輩!!!」
ハッ!いかんいかん、深く考えすぎて妻の声が聞こえていなかった、これはよくないぞ。
頭をブンブン振って研究や治療のことを一旦端に寄せる。
申し訳ない気持ちを抱えながら、チラリと灰原くんを見上げれば、彼は穏やかに微笑みながら「あんまり根を詰め過ぎないでね」と優しく言ってくれた。
この優しさを禪院家に見習わせたい。
爪の垢を煎じて飲ませてやりたい、直哉くんにお歳暮で灰原くんの爪の垢贈ってやろうかな……本当ちょっとは見習えよ君達、人が廊下歩いてるだけでビクビクしやがって……私はワニか何かか。
「灰原くんは本当に優しいね…」
「先輩も優しいじゃないですか」
「私は君みたいに、本当に優しくなんてなれないよ」
君の優しさが本物だとするならば、私の優しさは己に還元するための偽物だ。
だけどそんなことを言ったって君は笑顔で否定して、私を讃えようとするだけだろう。
「そんなこと無いです!だって先輩は僕を助けてくれたじゃないですか」
ほらね。
君を助けたかもしれないけど、それは君が私と約束を交わしたからだ。私にとって有益で、都合が良い約束を。だから、そもそも前提条件が違うのだ。
私は君を助けたんじゃなくて、君は私と約束をしたら助かってしまったんだよ。
でもこれも言ったってあーだこーだと優しくて眩しい言葉によって否定されて終わるだろう、私から提示する真実を君は受け取らない。それを知っているから「そうだね」とだけ呟く。
何が楽しいのか知らないが、灰原くんは機嫌良くニコニコとしながら私の横を歩く。
私は平素と変わらぬ表情で今後の予定を脳内で再確認しながら車のドアを開いて乗り込む。
迎えの補助監に軽く挨拶をして、シートに背中を預ければ、隣の席に意気揚々と座った灰原くんはあれこれと最近あった出来事を楽しそうに話して聞かせてくれた。
七海くんがナマコと会話をしようとしていただとか、硝子ちゃんが安い酒を飲んでいただとか、他愛無い日常を語る灰原くんを横目で眺めながら高専に到着するのを待った。
今日はいつにも増してよく喋るなあ。
まあ、君が楽しいのならなんでもいいんだけどさ。