このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

六千カラットの揺籠

角度によって色の変わるシルクのようになめらかな白い髪を結い上げ、装飾の細かな銀細工の髪飾りを差し、濃紺の生地に雪輪の模様が施された着物をしっかりと着て、唇にはピンクがかった紅を差した女がゆるりと微笑みながら集まる人々と話し込む姿を加茂憲紀は遠目から見ていた。


うつくしいひと。


実際に目にしたことは無いが、ダイヤモンドなる宝石はきっとあんな色をしていて、でもあんなに脆そうな雰囲気は無いのだろう。

父に連れられやって来た呪術師の家柄の者達が集う会合にて、その人は誰よりも注目を浴びていた。

「禪院家の宝石令嬢」

呪術師の家系に産まれた者ならば誰もが聞いたことのある二つ名だ、強く美しく価値のある術式と、持って産まれた天賦の才に恵まれた若き天才は、しかして狂気を孕んでおり、一筋縄では行かない相手であると聞き及んでいる。
その昔、自分の一族にも呪術界最大の汚点とまで言わしめる狂気の研究者が居たが、果たして彼女はどうなのだろうか。

二つ名に違わぬ美しき令嬢は、完璧な笑みを携えて物腰柔らかに彼女の周りに集う人々と談笑をしていた。
時に笑みを溢し、時に憂いたような表情をし、時に困った顔をするその人が、あまりに人間離れした美しさを携えているものだから、父の隣で何をするでもなくひたすらに遠目から眺め続けてしまっていた。

自分が住む屋敷にも使用人を合わせて様々な女性は居るが、あんなにも美しい人は初めて見たのだ。長い睫毛に透き通るような肌、指先の所作一つを取っても完璧で、瞳はまるで宝石そのものだった。
五条家の次期当主である五条悟と並んだって見劣りしないだろうその容姿に釣られて、次から次へと彼女の元に人が集まっていく。
聞こえて来る声には哀れみや同情、それから彼女を称える声も混じっていた。

「ですから友を助けるために手段を選んでいられず…」
「なんて友人思いなお嬢さんなんだ」
「そんな……でも、私にとって友は何よりも大切なものなのです…友と比べれば己の命など…」

涙を拭うような仕草に、見ているだけの身でありながら心が締め付けられた。
彼女の身にあったことは父から聞いている、使用人達の間でも噂になっていた。

なんでも、任務で赴いた先の村に住んでいた村人を全て呪い尽くしてしまったらしい。現在その村人がどうなっているかは知らないが、あの涙を見るに、彼女にも引くに引けぬ事情があったようだ。
友人のために自分が処刑されても構わないと思えてしまうなど、優しさ以上の物だ、なんて健気な人なのだろう。

そんなことを思いながら眺め続けていれば、宝石の瞳と目が合った。
思わずハッとして視線を外す、しかし気になってもう一度視線を戻せば、危うさと脆さを携えた瞳で彼女は優しく微笑んだ。

膝の上に置いた両手を握り締める。

上手く呼吸が出来ない、どうしたら良いのか。
こんなのは初めてだ、産まれて初めてだ。
いよいよもってどうしたら良いのか分からなくなって、目をギュッと瞑る。

産まれて初めて美しい物を見た。
あの美しさは、毒のようだった。




___




ちょっと疲れたので休憩、私は席を外して、会合の場になっている会場にある立派なお庭にて息を整え直していた。

は~~~~~~~~~~愛想良くするのしんど~~~~~。
この日のためにバッチリ用意をしてきましたとも、日本は勿論海外の心理学や帝王学なんかの文献をひたすらに夏油くんの治療の合間に読み込んで来た。
でも全然意味分からなかったから、もうこうなりゃ自己暗示をかけるしかないぜ!となって、言動が上手いことなるためのちょっとした暗示を施してきた。
鏡越しに自分の瞳を見つめて術をかける。

「怠惰と悪戯心に抗って」

瞳を伝って精神を一時的に支配する、私の命じるままに、そうあれかしと望むがままに我が物であれ。


そうして外面の良さがMAXになった私は、当初の予定通りシナシナしたりニコニコしたりしながらうま~くやっていた。
でも疲れる、マジで疲れる。早くお家に帰って夏油くんの睫毛の数でも数えたいくらいだ。
頭を軽く振って、さて戻るかと振り返ったら、そこには小さくて綺麗な男の子が居た。
コイツ、さっき私をめちゃめちゃ見ていた小僧じゃないか。
普段の私だったら睨み返していたが、今の私は自己暗示により外面良し良しの良しなので、先程と同じように微笑んでみせた。
どや、美少女の微笑みやぞ!
………まあ、こんな小さな子には良さなんてわからんか。

「きみ、どうしたの?」
「………………ぁ、」
「ああ、挨拶がまだだったね」

自分の家柄と名前を伝える、そうです私がかの悪名高い禪院産マッドガールです、実の兄すら実験材料にしようとする女だよ、よろしくね。なんて思っても、紡がれていく言葉は全く別の物だ。

私の自己紹介に対して「ぁ」だの「ゥ」だのを繰り返した後に、子供は「加茂憲紀、です……」と名乗った。
なるほど、加茂家の子だったか。
線の細い子だな、幾つくらいなんだろ?
サラサラと風に遊ばれる黒い髪が、何処となく最愛の兄に似ていて心がザワついた。

お兄ちゃん元気にしてるかな、落ち着いたら禪院家から出て兄を探しに行かなければ。それに子供達も……とにかく、早くなんとかしなきゃ。
焦る気持ちを無理矢理抑えるも、いつの間にか無意識に目の前の小さな黒い頭を撫でていた。
指通りの良い手入れのされた髪がサラサラと指の間を流れていく。

子供は林檎のように頬を赤く染めながらオロオロと狼狽えた。

会ったこと無いけど、恵くんと同い年くらいだろうか。
無感情に近い気持ちで頭を撫で続ける。

「同じ御三家を支える者同士、よろしくね」

口からは、勝手に都合の良さそうな声が出る。

「はい、よろしくお願い致します…」

震える声で私に答える子供に薄く微笑んで、頭に置いた手を離した。
勝手に会場へと戻ろうとする身体に、待ったを掛けて、私はこちらを見つめ続ける子供の小さな手をキュッと掴んだ。

別に大した理由は無いのだが、そういえばこの子と同じくらいの時に私は兄に置いて行かれたことを思い出したのだ。
あの時、兄に手を掴んで欲しかった。
あの背中に縋りつきたかった。
でもそれは叶わぬ願いであり、事実私は背中を見つめて涙を流すことしか出来なかった。

昔を思い出してしまえば、この一人で彷徨いている憲紀くんとやらをこの場に置いて行くことも出来まい。
だってそれは、過去の私を裏切る行いに他ならない。

「一緒に戻ろう」
「……はい」

こうして、憲紀くん越しに様々な物を感じ取りながら私は会合の場に戻った。

戻ってから知ったのだが、憲紀くんは加茂家の嫡男だったらしい、術式も立派な物らしい。えらいこっちゃ、それならそうと早く言ってくれ。
早く言ってくれたら媚びまくっていたのに。

まあでも子供相手にそんなことしても意味無いか、あーあ…もう二度と会合とか出ないからな。
4/11ページ
スキ