番外編
実家に立ち寄った際の出来事である。
用事の終わった私は兄を訪ねて三千里していた、んも~お兄ちゃん何処にいるの?早く出て来て私を構ってよ、などと やや肩をいからせながらズンズン屋敷内を進む。
躯倶留隊の皆が訓練してるとこにでも居るのかな、行ってみるか。
あまり行きたいとは思わない場所ではあるが、兄を求める私は進行方向を変え、彼等が訓練する場所まで向かった。
近付くに連れて騒々しい音が聞こえてくる、どうやら皆頑張っている様子だ。
ヒョッコリ顔を出し、兄を探していれば近くを通りがかった子が「うわっ!」と声を挙げた。
むっ、失礼なやつだな、人のことなんだと思ってるんだ……捕まえてやる。
一瞬動きを止めた彼の腕を両手でむんずと掴み、そのままズイッと近寄っていく。
「蘭太くん、今うわって言ったよねぇ?」
「言ってません言ってません言ってません」
「あ、ひらめいた!」
「通報させて頂きます!!!」
急におっきな声を出した蘭太くんに気付いた他の方々がこちらを向く。すると、口々に「うわ出た!」「おい誰か甚壱さん呼べ!」「蘭太が捕まっちまった!」「アイツはもう駄目だ、諦めろ…」「捕まったらロボトミーされるぞ!」などと言うではないか。
ムカッ! 君たち私のこと何だと思ってるんだ、別に取って食いやしないってのに。
まあ、ただちょっと…たまに、たまにね?狂わせちゃったりはするけど、そんな別に……。
「まだ何もしてないのになー」
「おい、まだって言ったぞ!」
「精神汚染は嫌だ…精神汚染は嫌だ…」
「せめて弟よ、お前だけでも逃げるんだ!」
散々な言い様である。
「もうやだ、次酷いこと言った子は明日の朝起きたら人面の四肢動物になってると思いなよ」
この前読んだ本が面白かったんだよね、人間の脳下垂体と睾丸を移植された犬が名前を欲しがり、女性を欲しがり、人権を求めた話。
私もちょっとやってみたいなって思っちゃった。
一人くらい付き合ってくれない?大丈夫、作品は大切にするから。
と、言った所で頭上に影が落ちる。
パッと顔を上げればいつも通り鬱屈とした雰囲気を背負った上の方の兄、甚壱お兄ちゃんが居たのだった。
「お兄ちゃん!!!!」
「手を離してやれ」
「いいよ!!」
お兄ちゃんが来たならお前に用はもう無い。
ぽいっと捨てるように蘭太くんの手を離し、勢いのままに振り返ってお兄ちゃんに抱き付いた。
ワーイ!お兄ちゃんだー!!力の入ってない胸筋さいこー!タプタプ!よし、お兄ちゃんの胸にタップという名前を付けてあげようではないか。沢山可愛がってあげるからね、タップ。
「聞いてよ、みんな酷いこと言うんだよ」
「何故そう言われるのか、胸に手を当てて考えてみろ」
胸に手ね、モニモニ。
お兄ちゃんのおっぱいデッケ。
「自分の胸だ」
「あ、自分のか」
こりゃ失敬、合法的おさわりタイム発生したかと思っちゃった。
私は言われた通りに自分の胸に手を当て考えてみる。
うーむ……天才的頭脳を持ってしても分からんな、何がいけないんだろう、私はみんなと仲良くなりたいのにな。
あ、そうか!
「愛嬌が足りない?」
「………」
沈黙。
まあお兄ちゃんが何も言わないのはいつものことだからいいよ。
身体に抱き付くのをやめ、兄の右腕にぴとっとひっつく。そうして兄の顔を見上げながら喋る。
「お兄ちゃん、私のどんな所が可愛いと思う?」
「………」
「やっぱ顔かなぁ、でもちょっと目付きは鋭いよね。でもでも眉が垂れ気味だからパッと見鋭く見えないと思うんだよねぇ」
「そうだな」
だよね、私……顔はいいよね!そこそこ!
そりゃ顔面国宝級の友人や世界で一番美しい甚爾お兄ちゃんと比べりゃあれだけども、私は自分の顔結構気に入ってるんだよね。
だからほら、こんなチャーミングな妹が可愛いことしたら、そりゃもう皆イチコロでしょ。
そうと決まればやるしかない、可愛くキメるぜ新技を!
私は片手を口元に持っていきチュッとキスを兄目掛けて投げる。
どや、渾身の可愛い攻撃!
「……………」
「……………」
「……………」
「…え、なんか言ってよ」
の、ノーリアクション…だと……?
そんなバナナ、こ、こんなにも可愛い妹が投げちゅーしたのに?嘘でしょ?え???
なにこの空気、は?
「お、お兄ちゃん…?」
「なんだ」
なんだじゃないが?何とか言ってよ、可愛いって言ってよ……言わないなら…ならば……。
私は兄から身を離し、キッと目尻を吊り上げると「お兄ちゃんのばか!!」と言い放ってくるりと方向転換し、コソコソ距離を取っていた蘭太くんを視界に捕らえた。
ギクッと身を固めた時にはもう遅い、私は脚に呪力を素早く回して一瞬で距離を縮めると、彼を再度引っ捕らえた。
胸ぐらを掴み、ぐわぐわと揺する。
「お前だなぁ!お兄ちゃんの弟ポジションに居座ろうとしている奴は!可愛がられポジションを奪うつもりなんでしょ!」
「誤解です!!!」
「前頭葉いじくり回して別人にしてやる!ぬとねの区別が出来ない人間にしてやる!」
「誤解なんです!!!」
このやろう!私のお兄ちゃんだぞ!絶対やらんぞ!!
いつの間にお兄ちゃんに庇って貰えるポジションに居たんだ、え?何とか言ったらどうだ。
ふん、でもなあ、お兄ちゃんはずっとずぅーっと私の面倒を見るんだ。私のやり場の無い感情を受け止め続けなきゃいけないの、だからお前になんぞやるものか!!
「じ、甚壱さんは、貴女のことをとても大切に思ってますよ!」
「はあ?そりゃ当たり前だよ、大切にしてくれてなかったら兄だろうとずっと前に殺してるよ」
「え」
「お兄ちゃんが私のこと大事にしてくれてるから、私は禪院家を未だ更地にしてないんだよ、何?知らなかったの?」
「え?」
情報を処理仕切れず固まる蘭太くんが途端につまらなく思えて、掴んでいた胸ぐらをパッと離してやる。
何固まってんの、そんなことも知らなかったの?言っておくけど私がそう思ってることなんて、当主様も扇おじ様も知ってるよ。大体皆知ってるよ。
お兄ちゃんが私のこと大事にしてなかったら、この屋敷含めて周囲一帯を向こう一世紀は生命が住まうことの出来ない地にしていたよ。
そんくらい今の私なら出来るもん。しないのは、お兄ちゃんが私のことを見捨てないでいてくれるから、それだけ。だから私もこの家を見捨てていない。
「だから、お兄ちゃん取らないでね、お兄ちゃん取ったら私禪院家を…いや、京都を私と私の作品が住む国にしちゃうからね!」
「……は、はい」
ま、こんだけ釘刺せばいいか。
靴下で滑るように歩きながら蘭太くんの元を離れ、ヒヤリとする空気になった訓練上を後にするためこちらを静観していた兄の隣を通りすぎて廊下に出る。
通り過ぎ様、一度首だけで振り返り、口元に笑みを浮かべて私は言う。
「だから私のことこれからも大切にしてね、おにぃーちゃん」
そう言えば、兄はいつも通り高揚の無い声で「ああ」とだけ返した。
この家は上から下まで腐っている。
この地獄を続ける意味など現代にはありはしない、いっそ消えた方が世のため人のためだ。
けれど、そうは思えど手を下さないのは兄が居るからに他ならない。
甚爾兄さんを虐げたこの家を私は許しはしない。
けれど、甚壱兄さんが守っているものを傷付けるつもりもない。
他の奴等なんぞどうでもいいが、私は大好きな兄のために未だ恐怖をもたらす蹂躙の一歩を踏み出さずにいるのだ。
私の慈悲を分からぬ阿呆など、例え兄であろうと例外無く殺すだろう。
きっと、その日が来ることは無いだろうが。
用事の終わった私は兄を訪ねて三千里していた、んも~お兄ちゃん何処にいるの?早く出て来て私を構ってよ、などと やや肩をいからせながらズンズン屋敷内を進む。
躯倶留隊の皆が訓練してるとこにでも居るのかな、行ってみるか。
あまり行きたいとは思わない場所ではあるが、兄を求める私は進行方向を変え、彼等が訓練する場所まで向かった。
近付くに連れて騒々しい音が聞こえてくる、どうやら皆頑張っている様子だ。
ヒョッコリ顔を出し、兄を探していれば近くを通りがかった子が「うわっ!」と声を挙げた。
むっ、失礼なやつだな、人のことなんだと思ってるんだ……捕まえてやる。
一瞬動きを止めた彼の腕を両手でむんずと掴み、そのままズイッと近寄っていく。
「蘭太くん、今うわって言ったよねぇ?」
「言ってません言ってません言ってません」
「あ、ひらめいた!」
「通報させて頂きます!!!」
急におっきな声を出した蘭太くんに気付いた他の方々がこちらを向く。すると、口々に「うわ出た!」「おい誰か甚壱さん呼べ!」「蘭太が捕まっちまった!」「アイツはもう駄目だ、諦めろ…」「捕まったらロボトミーされるぞ!」などと言うではないか。
ムカッ! 君たち私のこと何だと思ってるんだ、別に取って食いやしないってのに。
まあ、ただちょっと…たまに、たまにね?狂わせちゃったりはするけど、そんな別に……。
「まだ何もしてないのになー」
「おい、まだって言ったぞ!」
「精神汚染は嫌だ…精神汚染は嫌だ…」
「せめて弟よ、お前だけでも逃げるんだ!」
散々な言い様である。
「もうやだ、次酷いこと言った子は明日の朝起きたら人面の四肢動物になってると思いなよ」
この前読んだ本が面白かったんだよね、人間の脳下垂体と睾丸を移植された犬が名前を欲しがり、女性を欲しがり、人権を求めた話。
私もちょっとやってみたいなって思っちゃった。
一人くらい付き合ってくれない?大丈夫、作品は大切にするから。
と、言った所で頭上に影が落ちる。
パッと顔を上げればいつも通り鬱屈とした雰囲気を背負った上の方の兄、甚壱お兄ちゃんが居たのだった。
「お兄ちゃん!!!!」
「手を離してやれ」
「いいよ!!」
お兄ちゃんが来たならお前に用はもう無い。
ぽいっと捨てるように蘭太くんの手を離し、勢いのままに振り返ってお兄ちゃんに抱き付いた。
ワーイ!お兄ちゃんだー!!力の入ってない胸筋さいこー!タプタプ!よし、お兄ちゃんの胸にタップという名前を付けてあげようではないか。沢山可愛がってあげるからね、タップ。
「聞いてよ、みんな酷いこと言うんだよ」
「何故そう言われるのか、胸に手を当てて考えてみろ」
胸に手ね、モニモニ。
お兄ちゃんのおっぱいデッケ。
「自分の胸だ」
「あ、自分のか」
こりゃ失敬、合法的おさわりタイム発生したかと思っちゃった。
私は言われた通りに自分の胸に手を当て考えてみる。
うーむ……天才的頭脳を持ってしても分からんな、何がいけないんだろう、私はみんなと仲良くなりたいのにな。
あ、そうか!
「愛嬌が足りない?」
「………」
沈黙。
まあお兄ちゃんが何も言わないのはいつものことだからいいよ。
身体に抱き付くのをやめ、兄の右腕にぴとっとひっつく。そうして兄の顔を見上げながら喋る。
「お兄ちゃん、私のどんな所が可愛いと思う?」
「………」
「やっぱ顔かなぁ、でもちょっと目付きは鋭いよね。でもでも眉が垂れ気味だからパッと見鋭く見えないと思うんだよねぇ」
「そうだな」
だよね、私……顔はいいよね!そこそこ!
そりゃ顔面国宝級の友人や世界で一番美しい甚爾お兄ちゃんと比べりゃあれだけども、私は自分の顔結構気に入ってるんだよね。
だからほら、こんなチャーミングな妹が可愛いことしたら、そりゃもう皆イチコロでしょ。
そうと決まればやるしかない、可愛くキメるぜ新技を!
私は片手を口元に持っていきチュッとキスを兄目掛けて投げる。
どや、渾身の可愛い攻撃!
「……………」
「……………」
「……………」
「…え、なんか言ってよ」
の、ノーリアクション…だと……?
そんなバナナ、こ、こんなにも可愛い妹が投げちゅーしたのに?嘘でしょ?え???
なにこの空気、は?
「お、お兄ちゃん…?」
「なんだ」
なんだじゃないが?何とか言ってよ、可愛いって言ってよ……言わないなら…ならば……。
私は兄から身を離し、キッと目尻を吊り上げると「お兄ちゃんのばか!!」と言い放ってくるりと方向転換し、コソコソ距離を取っていた蘭太くんを視界に捕らえた。
ギクッと身を固めた時にはもう遅い、私は脚に呪力を素早く回して一瞬で距離を縮めると、彼を再度引っ捕らえた。
胸ぐらを掴み、ぐわぐわと揺する。
「お前だなぁ!お兄ちゃんの弟ポジションに居座ろうとしている奴は!可愛がられポジションを奪うつもりなんでしょ!」
「誤解です!!!」
「前頭葉いじくり回して別人にしてやる!ぬとねの区別が出来ない人間にしてやる!」
「誤解なんです!!!」
このやろう!私のお兄ちゃんだぞ!絶対やらんぞ!!
いつの間にお兄ちゃんに庇って貰えるポジションに居たんだ、え?何とか言ったらどうだ。
ふん、でもなあ、お兄ちゃんはずっとずぅーっと私の面倒を見るんだ。私のやり場の無い感情を受け止め続けなきゃいけないの、だからお前になんぞやるものか!!
「じ、甚壱さんは、貴女のことをとても大切に思ってますよ!」
「はあ?そりゃ当たり前だよ、大切にしてくれてなかったら兄だろうとずっと前に殺してるよ」
「え」
「お兄ちゃんが私のこと大事にしてくれてるから、私は禪院家を未だ更地にしてないんだよ、何?知らなかったの?」
「え?」
情報を処理仕切れず固まる蘭太くんが途端につまらなく思えて、掴んでいた胸ぐらをパッと離してやる。
何固まってんの、そんなことも知らなかったの?言っておくけど私がそう思ってることなんて、当主様も扇おじ様も知ってるよ。大体皆知ってるよ。
お兄ちゃんが私のこと大事にしてなかったら、この屋敷含めて周囲一帯を向こう一世紀は生命が住まうことの出来ない地にしていたよ。
そんくらい今の私なら出来るもん。しないのは、お兄ちゃんが私のことを見捨てないでいてくれるから、それだけ。だから私もこの家を見捨てていない。
「だから、お兄ちゃん取らないでね、お兄ちゃん取ったら私禪院家を…いや、京都を私と私の作品が住む国にしちゃうからね!」
「……は、はい」
ま、こんだけ釘刺せばいいか。
靴下で滑るように歩きながら蘭太くんの元を離れ、ヒヤリとする空気になった訓練上を後にするためこちらを静観していた兄の隣を通りすぎて廊下に出る。
通り過ぎ様、一度首だけで振り返り、口元に笑みを浮かべて私は言う。
「だから私のことこれからも大切にしてね、おにぃーちゃん」
そう言えば、兄はいつも通り高揚の無い声で「ああ」とだけ返した。
この家は上から下まで腐っている。
この地獄を続ける意味など現代にはありはしない、いっそ消えた方が世のため人のためだ。
けれど、そうは思えど手を下さないのは兄が居るからに他ならない。
甚爾兄さんを虐げたこの家を私は許しはしない。
けれど、甚壱兄さんが守っているものを傷付けるつもりもない。
他の奴等なんぞどうでもいいが、私は大好きな兄のために未だ恐怖をもたらす蹂躙の一歩を踏み出さずにいるのだ。
私の慈悲を分からぬ阿呆など、例え兄であろうと例外無く殺すだろう。
きっと、その日が来ることは無いだろうが。