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二十五万カラットの憎悪

楽しく忙しく毎日を過ごしていれば、時間はあっという間に流れる。
学年が一個上にあがり、可愛い後輩が出来た頃、「部屋の掃除をしろ」と当主様直々に連絡が来たので掃除をしに実家に帰ることとなった。

私の変わりに大事にしてね……と五条くんに渡した「ラボ33号」と名付けたナマコ型鉱物生命体は「いらね~~~、これ燃えるゴミであってる?」と言われたので、その場に一緒に居た夏油くんにあげた。
凄く嬉しそうに「大切にするね」と言って早速私の名前で呼んでいて軽く引いた。確かに私の変わりに大事にしてねとは言ったが、親から貰った素敵な名前をお前…ナマコに……えぇ…夏油くんやっぱりおかしいって…。

手早く別れを済ませれば、京都のお土産沢山買ってくるね~!と手を振って東京を後にした。
実に一年振りの実家である、毎日メールをお兄ちゃんに送ってはいるし、定期的に手紙も出してはいるが、実際に帰るのは去年の3月振りだった。
皆元気かな、連絡全然返って来ないから心配だよ。便りの無いのは元気な証拠とは言うけど、私はお手紙欲しいよ。
まあ、私は実家ですら扱いに困るような人間だから仕方無いね。
東京校に来たのだって、実家で私の面倒見切れなくなったからだしね。庭の高い値段の鯉と広い池を実験場にしていたのがバレたのがいけなかったかな、2mくらいになった鯉が肉食になっちゃったのが駄目だったかな。二足歩行も出来る鯉が共食いし始めたのは確かに悪かったような気がする。進化の促進、新たな種へ発展させるための手助け、遺伝子情報の改良をさせ過ぎたかもしれない……あの実験については私も反省してる。

東京から京都までは6時間以上かかる、お迎えは寄越してくれなかったから自力だ。

皆元気にしてるといいな、全然家の人の顔と名前覚えて無いけど。
正直お兄ちゃんの顔くらいしか思い出せないけど、あれ…直哉くんってどんな顔してたっけ…。目があって鼻があって口があって…ここまでは思い出せる。
だって一年だ、一年も会ってなければどうでも良い人間のことなんて忘れるものだろう。
私はこの一年で凄く成長したから、皆ビックリするかも、もしかしたら私だって気付かないんじゃない?
髪も伸びたしオシャレもするようになったんだよ、デパコスも薬局コスメも押さえてるし、制服だってアレンジした、下着は沢山可愛いの持ってる。爪の先に塗った淡いオレンジ色が自信を持たせてくれる。リネン素材のシンプルなワンピースは私を大人っぽく見せてくれるだろう。
うん、五条くんも言っていたでは無いか。

「お前マジで一生口開くな、喋らなければ良い女だから」

よーし、自信持って帰るぞ。
待ってろ実家、すぐに片付けてやるからな!(掃除的な意味で)









禪院家の怪人、ファナティック・ガールが帰って来た。
大量の手土産を「女の子達で分けてね」と女中に押し付けると、スカートをフワリと靡かせながら廊下をタッタッタッと駆けていく。

いきなり出会い頭に土産を押し付けられた女中は唖然と惚けてその背を見送る。
……まるで、別人のように美しい。

麗しく艶やかな長い髪に、スラリとした無駄な肉など存在しない手足、伸ばされた背筋には自信の二文字が張り付けられ、流し目の似合う冷ややかで色気のある瞳が同性だろうと心を掴む。
サラサラした生地のシンプルなワンピースが体のラインを美しく見せ、目元を彩るブラウンのアイシャドウが大人っぽさを上乗せさせる。

去年最後にお会いした時は可愛い少女、という感じだったのに、一年振りに見たその姿はもう少女とは呼べない程に麗しく急成長していた。

強くて美しい女の子、憧れと共に不安も襲う。
強くて美しい、それは喜ばしい反面、女の呪術師ならば「結婚」の二文字が必ずチラつくことになる。
何事も無く東京へ帰れると良いが…両手に持った大量の土産物に注意しながら女中は波乱の予感を感じていた。







「こないな所で何してはるの」と、ゴミを移動していたら声を掛けられたので誰だと振り返れば…

「あ、直哉くんだ」
「は?なんや馴れ馴れしい女やな、誰や君」
「直哉くんの大好きな甚爾の妹だけど」

固まる直哉くん、見上げる私。
沈黙すること8秒、固まったままの直哉くんを放って私はゴミの移動を再開することにした。
いやあ、思ったよりいらない物があって。断捨離ってやり始めると楽しいね、とりあえず日記は全部捨てるよ、読まれたら恥ずかしいからね。
直哉くんに背を向けて歩き出せば腹の前に腕が回って来て後ろにグイッと引っ張られた。ぐえっ。

「えらいええ女になったなぁ、男でも出来たん?」
「出来てないよ、実験とお仕事と勉強で忙しいもん」
「何食べたら一年ちょっとで、こないなええ身体になるん?」

腰を撫でていた手がスススッと上にあがって胸を撫でた、人差し指を胸にふにゅっと差すように埋めて「柔らか」と言ってつついている。ハラスメント……!いや、確か法律ではハラスメントは職場において適応される言葉であり、家庭内の問題では適応されない……民事裁判では、えっと…。
そんなことを考えていれば、調子に乗った指先は ほよんほよんと下から掬うように揺らしてみたり、ふみゅんふみゅん と胸をつついたり撫でたりして遊びまくっている。
おい、こら。いくら同じ屋根の下、同じ名字だからと言って年頃の女の子の胸をこんな惜しげも無くぽよぽよと…。

「やめてよ、エッチ」
「男やさかいな、堪忍してえな」
「五条くんだってお尻叩いてくるだけなのに…」
「は?他の男に何させてるん?もっと気ぃ付けろや」

理不尽だ……そもそも他の男って…直哉くん何目線で言ってるの?私は直哉くんの親戚なだけなんですが、確かに私が雑魚だった時代はキミに痛めつけられたりしてましたけど。覚醒後は全然周りとか気にしてなかったから…あんまり交流無かったよね、多分。少なくとも私の記憶にはちょっと見当たらないかな、さっきまで直哉くんの顔も忘れてたし。

腹に腕を回され、後ろにはピッタリ直哉くんが張り付いていらっしゃる状況をどうしようかな、と呑気に考えていれば、耳元に近づけられた唇から息が当たった。わざとらしい色を乗せた息のかかった声が鼓膜を震わす。

「なあ……」
「息が生暖かくて気持ち悪い」
「本当失礼な女やな」

腹に回された腕に力が籠った、ぐええええっ!めちゃめちゃ腕めり込んできた!な、内臓出ちゃうよ、腹に埋め込んである鉱物に影響が!吐く、吐く!
ゴミ袋を手から離し、直哉くんの手をペチペチ叩けば余計に締め上げて来た。胸で遊んでいた方の手を首へ置き、「抵抗したら首締めたるさかいな」と随分物騒なことを言い出した。
なんでそんなに怒っちゃったの~?えぇ~?どうして…?あ、生理とか?直哉くん生理の時に気分荒れそうだもんね、ちなみに私の中でベストオブ生理の重そうな男は扇おじ様だよ、二位は夏油くん。ヤバい、苦しすぎて生理の重そうな男とかいう存在しない概念の話しちゃった、助けて誰か、このままじゃ私 口から「死の灰の成分」であるコバルト60とか出てきちゃう、お兄ちゃんに屋敷内で強い放射性元素を生み出すなって言われてるのに。う、うぅ……出る…。ゴジラになるぅ…。

「ほ、放射、線に…注意……」

口内に鉄の苦味が広がって来たところで直哉くんは腕から力を抜いた。しかし離してはくれなかった、これはどうやっても離して貰えないのだろうか。

「直哉くん離して?ゴミ捨てに行かなきゃ」
「その辺の暇な奴にでもやらしておいたらええやろ」
「その暇な奴が私なんだよ」
「暇なら俺の相手しろや」

横暴だ…これが昨今流行りの「俺様キャラ」というやつなのだろうか…え、直哉くんみたいな人間が流行りとか文化として駄目じゃない?どう考えてもおかしいよ、何で直哉くんが人気あって甚壱お兄ちゃんに人気が無いの?顔?でもお兄ちゃんだってよく見たら可愛いんだよ、クマさんみたいで可愛いと思うよ。額の傷跡だってカレイ煮付ける時につけるバッテンみたいで良いじゃんね。
あれ…私何の話してたんだっけ……?

「直哉くん直哉くん」
「何や」
「私達何の話してたんだっけ…」
「なにして遊ぼかって話やで」

そうだっけ……そうだったような気がしてきた。
ムムム…と私が頭を働かせていれば、直哉くんは私を引き摺るようにして何処かへ行こうとするでは無いか。
待て待て待て、部屋の掃除が終わって無いんだ、まだ掃除機をかけていないんだ、遊ぶのはまた後にしてくれないかな。

遊びたいのは分かるよ、私も直哉くんもこの家では嫌われ者同士だからね。そして同じ人間に執着していたという共通点もある、私達は同士だ。これ言ったら絶対絞められそうだから言わないけど。

足に力を入れて踏ん張り抵抗すれば、頭上から舌打ちが聞こえて来た。
そんな態度取ったって行かないったら行かないぞ、私は掃除を終えて下の子達や女の子達の様子を見たりしなきゃならないんだから。

「なんで抵抗するんや、俺のこと好かんの?」
「いや、だから掃除が…」
「なんでなん?なんで嫌がるん?」

め、めんどくせえ!!この男、めんどくせえ!!!
え、何?どうして面倒臭い彼女みたいなムーヴしてるの?

「甚爾くんも君も、俺のこと放って家出て行くのなんでなん?」
「お兄ちゃんはグレたからだよ」
「何で東京行ったん?何で置いて行ったん?」
「京都校に入学拒否されたからだよ」

私が踏ん張って抵抗すればするほど、後ろからムギュムギュと…いや、ギチギチとへばりつくように抱き締めてくる。この体勢、他の人に見られたくないな、変な誤解を受けたく無い。

「家におった頃もずっと俺んこと無視しはるし、本当なんなん?」

それは…頭がイカれ過ぎて周りが見えていなかったせいですね…。ごめんね…。

「そないに俺のこと嫌いなん?なんとか言えや、乳揉むぞカス雑魚」
「……別に直哉くんのこと嫌いになったことなんて、一度も無いけど…」

事実をありのままに言えば、自分で聞いてきた癖に「は?」と言って直哉くんは固まった。
隙は出来たが腕には力がこもったままなので、腕と胸の間でクルンと身体の向きを変えた。あ、胸が潰れる。

「お兄ちゃん以外だと直哉くんくらいしか私に声掛けてくれる人居なかったもん、だから嫌いじゃ無いよ」

好きでも無いけど。

「置いてってごめんね、今度一緒に東京行こうね」

直哉くんを見上げながら謝れば、瞳をこれでもかと真ん丸に見開いて私を見下ろす。
東京案内なら任せてよ、オススメのカフェから穴場のラーメン屋まで、何だって案内するよ。
お兄ちゃんはきっともう帰っては来ないけど、私はちゃんと直哉くんの居るこの家に帰って来るから安心して欲しい。

しかし、今の言葉に何の不満があったのか、直哉くんは真ん丸にしていた目を、今度は眉間にシワを寄せながら眦を鋭くして、キツい視線で私を睨むように見下ろす。
かと思えば、私の頭に顎を乗せて顎置きにした。
頭上で何かグチグチと言っている、顎を動かすな、地味に痛いだろうが。
ワケわからんな、どうして私は京都まで帰って来てこの面倒臭い彼女(男)(ただの親戚)のご機嫌取りをしているんだ。

でも私は知っている、五条くんから女の扱いについて学んだのだ。
面倒臭くなった女のご機嫌を取る方法はこれが一番!って聞いたやり方を実践しようでは無いか、もし仮にこれで直哉くんの機嫌が直ったらそれはそれでどうかと思うのだが…。

直哉くんの背中に腕を回し、背伸びをして耳元に口を寄せる。
ヒソヒソ話でもするように、声のトーンを落として彼にしか聞こえないように秘密の言葉を囁いた。
そうすれば、直哉くんは至近距離で私の瞳を覗き込みながら「マジで言うてるん?」と聞き返すので、コクリと顎を一度引いて肯定を示す。

肯定した数秒後、私からパッと身体を離し、「準備しとけや」とだけ言って廊下の先へ歩いて行ってしまう直哉くんを見送った。
す、すご~!五条くん直伝の魔法の言葉、本当に効果あった~!あとでお礼言わなきゃ。ポッキーでも貢ごう。

さて、そうと決まれば私も埃やら培養液やらが付着してしまった服を一度着替えよう。


「この後、二人でお出掛けしよ」


五条くん曰く、女の子ってのは好きな人や意識してる人と二人っきりで出掛けたり、何かをしたりするのが大好きらしい。直哉くん女の子じゃないけど。

東京に帰るの、一週間ぐらい先になりそうだなあ。
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