番外編
トイレに行って出て来た甚爾であったが、ハンカチなんぞ持ち歩いていなかったので両手はビショビショであった。
トイレの近くで彼を待っていた妹の元へ行けば、言葉も無く当たり前のように白いハンカチが差し出されるので、それで遠慮無く手を拭き、無言のままクシャクシャの状態で突き返す。
そして妹は、突き返されたハンカチを何も言わず畳んでポケットに仕舞う。
そんな一連の兄妹による無言の行動を隣で見ていた五条は、あからさまに「うわぁ…」という気色悪いものを見る目で見て、その場から一歩下がった。
コイツら……マジか…。
五条はそのまま当たり前のように会話をし出す兄妹にドン引く。
兄も兄だが、妹も妹である。
当たり前のようにハンカチを持ち歩かずに、ビショビショの手を妹に見せるだけの兄の、妹に対する依存度も相当だが、妹の度を越えた甲斐甲斐しさの片鱗も気持ちが悪い。
礼の一つも無い、そんな相手に当たり前のように行われた奉仕行動に、お前はそんな奴では無いだろうと言いたくなった五条は、思うがままに苛立ちを口に出す。
「お前が他人に気ィ使うとかキッショ!」
「いきなりどしたの?」
突然会話に割り込んで来た五条を二人して見つめる。
「甲斐甲斐しいお前とか見たくねぇんだけど」
「ああ…今のことね」
五条の言いたいことを理解し、兄をチラリと見上げた後、少女は「はぁ……」と肩を落としながら溜め息をついて言った。
「だってお兄ちゃんハンカチ持てって何回言っても忘れるんだもん、一々あれこれ言うのダルくてさ…もう最近じゃ、やり取りも無言だよ」
「お前が持ってんだからいいだろ」
「一人一枚持つべきだと思うよ」
五条は、今度は驚きに身を硬くした。
コイツがまともなことを言っている…だと……?明日はきっと槍でも降るに違いない。
「五条くん、今失礼なこと考えたでしょ」
「考えてねぇよ」
「じゃあ何考えてたの?」
「お前って可愛いなって」
五条が出任せの全く思ってもいないその場しのぎの言葉を吐けば、その言葉を鵜呑みにした少女は照れたように「ほへへ…」と頬を緩めニヤニヤ笑い、兄に「聞いた?私、可愛いって」と嬉しそうに報告した。
甚爾は五条が追及を逃れるために適当なことを言ったと瞬時に理解したが、妹が喜んでるからいいだろと建前で思い深くは突っ込まなかった。本音はややこしくするのが面倒なだけである。
「私も五条くん大好き!」
「俺、別に好きとは一言も言ってねぇんだけど」
「じゃあ今言って!」
「は?やだけど」
五条がいつものようにクソガキムーヴで少女の好意をわざと突っぱねる、そのままいつものように「大好き」コールが始まるかと思いきや、しかし生憎と本日は彼女の大大大好きな兄が側に居たため、少女は五条の対応をやめ、兄にビタッと勢いよく張り付き、グリグリと頭を兄の胸に押し付けながら「お兄ちゃんも何か言って!」と喚き始めてしまった。
五条はそれにモヤモヤイライラしながら、鼻の上にシワをクシャリと寄せてサングラスの下から甚爾をジットリ睨んだ。
憎らしげな視線に気付きながらも、気だるげに妹の旋毛を見下ろす甚爾は「何って何だよ」とぶっきらぼうに言う。
「私について何か感想を述べよ」
「妹」
「他には?」
「俺のことが一番好き」
「大正解!」
お兄ちゃん大好きー!と元気いっぱいに跳ね上がり、抱き付き直した少女は大層ご機嫌であったが、転じて五条の機嫌は急降下の一途を辿っていく。
俺は何を見せ付けられているんだと舌打ちをし、足先をタンタンと床に叩きつけるように鳴らした。
それを無視して甚爾は自分にじゃれつく妹を軽々と抱えると「じゃあな」と少女を連れて何処かへと歩いて行ってしまう。
奥歯をギリッと噛み、苛立ちながら兄妹の仲睦まじい背を見送る五条はこの後、後輩の七海を取っ捕まえて上記のことを愚痴った。
だがしかし、冷徹な後輩は「何を当たり前のことを言っているんだ」と終始思っていた。
あの人が兄と居る場合は必ず兄を優先することは最早当たり前のルールだ。
病的に兄に執着するあの人は、どのような局面でも兄を優先し第一に考える。
自分の全ては兄のためにあり、兄無くして自分は存在し得ない。と本気で思っているのだから、優先されないのは仕方無いと諦める他無い。
と、思うが、思うだけで言わなかった。
言ったら言ったで面倒臭いので何も語らずに「早く話終われ」とだけ願う七海であった。
「アイツが来るまで俺が一番だったのに」
「…今では三番手ですからね」
「………は?二番誰だよ」
「灰原です。見方によってはアイツが一番ですが」
七海の言葉に五条が固まる。
それを良いことに七海は席を立ち「失礼します」と一言置いてからその場を後にした。
三番手に降格。
横っ面を叩かれた気持ちになった五条は、またもや奥歯をギリッと噛む。
絶対に、絶対に何がなんでも誰にも渡さない。
アイツには誰の物にもならずに、孤高の空に居て貰いたいのだ。
今更人間のフリして馬鹿らしい、お前は誰にも理解出来ない道を歩んでいる時が一番美しく輝いてる。
俺はお前の唯一無二の理解者として、お前に一番相応しい場所を教えてやれる。
お前が居るべきは兄の隣でも灰原の側でも無く、比類無き頂点ただ一つだ。
いつか自分だけが手を伸ばし、話が通じる頂きに少女を登らせるために五条は一先ずあの兄を何とかしようと思った。
五条悟は少女に孤独を与えたい。
自分だけがその孤独を埋めるために、自分だけが理解者であり続けるために。
否、自分と同じ卓越した存在が欲しいがために、自分の孤独を和らげるために。
少女を孤独に追いやりたいのである。
けれど、その悩みをきっと少女が知った時、本人は笑ってこう言うだろう。
「五条くんにはもう夏油くんが居るじゃん」
「そんで、それって私ともっと仲良くなりたいってことでしょ?」
「嬉しいよ、五条くん」
私の孤独を願ってくれるのは今では君ただ一人だ、やっぱり君は私の唯一の理解者だ、と。
つまりは、五条悟が居る限り、少女に真の孤独はやって来ない。
そもそもまずは、自分を飛び越し少女の孤独に寄り添う権利を名実共に得てしまった妻を語る後輩を何とかしないことには、どうしようも無いのであるが…。
トイレの近くで彼を待っていた妹の元へ行けば、言葉も無く当たり前のように白いハンカチが差し出されるので、それで遠慮無く手を拭き、無言のままクシャクシャの状態で突き返す。
そして妹は、突き返されたハンカチを何も言わず畳んでポケットに仕舞う。
そんな一連の兄妹による無言の行動を隣で見ていた五条は、あからさまに「うわぁ…」という気色悪いものを見る目で見て、その場から一歩下がった。
コイツら……マジか…。
五条はそのまま当たり前のように会話をし出す兄妹にドン引く。
兄も兄だが、妹も妹である。
当たり前のようにハンカチを持ち歩かずに、ビショビショの手を妹に見せるだけの兄の、妹に対する依存度も相当だが、妹の度を越えた甲斐甲斐しさの片鱗も気持ちが悪い。
礼の一つも無い、そんな相手に当たり前のように行われた奉仕行動に、お前はそんな奴では無いだろうと言いたくなった五条は、思うがままに苛立ちを口に出す。
「お前が他人に気ィ使うとかキッショ!」
「いきなりどしたの?」
突然会話に割り込んで来た五条を二人して見つめる。
「甲斐甲斐しいお前とか見たくねぇんだけど」
「ああ…今のことね」
五条の言いたいことを理解し、兄をチラリと見上げた後、少女は「はぁ……」と肩を落としながら溜め息をついて言った。
「だってお兄ちゃんハンカチ持てって何回言っても忘れるんだもん、一々あれこれ言うのダルくてさ…もう最近じゃ、やり取りも無言だよ」
「お前が持ってんだからいいだろ」
「一人一枚持つべきだと思うよ」
五条は、今度は驚きに身を硬くした。
コイツがまともなことを言っている…だと……?明日はきっと槍でも降るに違いない。
「五条くん、今失礼なこと考えたでしょ」
「考えてねぇよ」
「じゃあ何考えてたの?」
「お前って可愛いなって」
五条が出任せの全く思ってもいないその場しのぎの言葉を吐けば、その言葉を鵜呑みにした少女は照れたように「ほへへ…」と頬を緩めニヤニヤ笑い、兄に「聞いた?私、可愛いって」と嬉しそうに報告した。
甚爾は五条が追及を逃れるために適当なことを言ったと瞬時に理解したが、妹が喜んでるからいいだろと建前で思い深くは突っ込まなかった。本音はややこしくするのが面倒なだけである。
「私も五条くん大好き!」
「俺、別に好きとは一言も言ってねぇんだけど」
「じゃあ今言って!」
「は?やだけど」
五条がいつものようにクソガキムーヴで少女の好意をわざと突っぱねる、そのままいつものように「大好き」コールが始まるかと思いきや、しかし生憎と本日は彼女の大大大好きな兄が側に居たため、少女は五条の対応をやめ、兄にビタッと勢いよく張り付き、グリグリと頭を兄の胸に押し付けながら「お兄ちゃんも何か言って!」と喚き始めてしまった。
五条はそれにモヤモヤイライラしながら、鼻の上にシワをクシャリと寄せてサングラスの下から甚爾をジットリ睨んだ。
憎らしげな視線に気付きながらも、気だるげに妹の旋毛を見下ろす甚爾は「何って何だよ」とぶっきらぼうに言う。
「私について何か感想を述べよ」
「妹」
「他には?」
「俺のことが一番好き」
「大正解!」
お兄ちゃん大好きー!と元気いっぱいに跳ね上がり、抱き付き直した少女は大層ご機嫌であったが、転じて五条の機嫌は急降下の一途を辿っていく。
俺は何を見せ付けられているんだと舌打ちをし、足先をタンタンと床に叩きつけるように鳴らした。
それを無視して甚爾は自分にじゃれつく妹を軽々と抱えると「じゃあな」と少女を連れて何処かへと歩いて行ってしまう。
奥歯をギリッと噛み、苛立ちながら兄妹の仲睦まじい背を見送る五条はこの後、後輩の七海を取っ捕まえて上記のことを愚痴った。
だがしかし、冷徹な後輩は「何を当たり前のことを言っているんだ」と終始思っていた。
あの人が兄と居る場合は必ず兄を優先することは最早当たり前のルールだ。
病的に兄に執着するあの人は、どのような局面でも兄を優先し第一に考える。
自分の全ては兄のためにあり、兄無くして自分は存在し得ない。と本気で思っているのだから、優先されないのは仕方無いと諦める他無い。
と、思うが、思うだけで言わなかった。
言ったら言ったで面倒臭いので何も語らずに「早く話終われ」とだけ願う七海であった。
「アイツが来るまで俺が一番だったのに」
「…今では三番手ですからね」
「………は?二番誰だよ」
「灰原です。見方によってはアイツが一番ですが」
七海の言葉に五条が固まる。
それを良いことに七海は席を立ち「失礼します」と一言置いてからその場を後にした。
三番手に降格。
横っ面を叩かれた気持ちになった五条は、またもや奥歯をギリッと噛む。
絶対に、絶対に何がなんでも誰にも渡さない。
アイツには誰の物にもならずに、孤高の空に居て貰いたいのだ。
今更人間のフリして馬鹿らしい、お前は誰にも理解出来ない道を歩んでいる時が一番美しく輝いてる。
俺はお前の唯一無二の理解者として、お前に一番相応しい場所を教えてやれる。
お前が居るべきは兄の隣でも灰原の側でも無く、比類無き頂点ただ一つだ。
いつか自分だけが手を伸ばし、話が通じる頂きに少女を登らせるために五条は一先ずあの兄を何とかしようと思った。
五条悟は少女に孤独を与えたい。
自分だけがその孤独を埋めるために、自分だけが理解者であり続けるために。
否、自分と同じ卓越した存在が欲しいがために、自分の孤独を和らげるために。
少女を孤独に追いやりたいのである。
けれど、その悩みをきっと少女が知った時、本人は笑ってこう言うだろう。
「五条くんにはもう夏油くんが居るじゃん」
「そんで、それって私ともっと仲良くなりたいってことでしょ?」
「嬉しいよ、五条くん」
私の孤独を願ってくれるのは今では君ただ一人だ、やっぱり君は私の唯一の理解者だ、と。
つまりは、五条悟が居る限り、少女に真の孤独はやって来ない。
そもそもまずは、自分を飛び越し少女の孤独に寄り添う権利を名実共に得てしまった妻を語る後輩を何とかしないことには、どうしようも無いのであるが…。