番外編
今日は買い物に行くぞと意気込んでいた少女は、身支度を整えてラッタッタと小気味良いスキップで廊下を歩いていた所、彼女の「妻」を語る後輩、灰原雄に出くわし軽く挨拶をした。
「灰原くんおはよだねぇ」
「おはよですね!」
灰原の衣服はまだ着替えていないのか、はたまた部屋着なのかは不明であるが、上下黒のスウェットであり、適当なツッカケを足先に引っ掻けて寝癖後のある髪を恥ずかしそうに整えながら、自身の先輩を見下ろして小さく首を傾げた。
「何処かにお出掛けですか?」
「うん、ショッピング」
「…誰と?」
丁寧にブローされた髪には紫の紫陽花をモチーフにしたピンが差されており、爪先は同じく薄い紫が塗り彩られていた。
濃紺のAラインのワンピースと、踵がぺたんこのサンダル、丸いキャンティーン・バッグ。
黙っていれば他所行きスタイルの良いとこのお嬢さんである。
灰原は上から下まで眺めて、可愛いなあと ほにゃっと表情を崩してから一つ目の質問をし、その返答に対して深く考えずに尋ねた。
少女は灰原と同じ方向へと首を倒しながら言う。
「一人だけど?」
「そうなんですか?」
「そうだよ、皆忙しいからね」
「お兄さんは?」
「お兄ちゃんをショッピングなんて連れて行かないよ」
何を当たり前のことを、とでも言うような雰囲気を醸し出す少女に、灰原は兄目線で色々と考えてしまった。
自分は妹や母の買い物に付き合うことを苦には思わない、確かに暇だなとか退屈だなとか思う瞬間はあるが、それでも妹や母が楽しげに自分には違いの分からないことで悩んでいる風景を眺める時間を思い返す度に穏やかな気持ちにさせる。
だが、同じ兄妹であっても彼女と彼女の兄は自分達程シンプルな関係では無い。
グチャグチャに絡まったイヤホンコードの如く、複雑怪奇な間柄は見ている第三者すら疲れさせる。
だから、二人は確かに仲良くはしているが、常にベッタリ一緒なわけでは無い。何なら日中は任務時以外は別行動が多い。一緒に居るだけでややこしいことになるからだ。
だから、やっぱり買い物とかは一緒に行かないのかな~?と思ったら、どうやら違うらしい。
「暇になるとのし掛かって来たりするから…」
「猫…?」
「大体あってるかもしれない…」
猫を連れてショッピングは確かに無茶だ、飼い主も猫も双方共に疲れるだろう。
では、犬はどうだろう?
灰原は飼い主に従順なワンコよろしく、少女よりも頭一つ分は高い身長であるのにも関わらず、やや腰を折り上目遣いになって尋ねる。
「先輩、僕も一緒に行っちゃだめ?」
効果音はまさに「クゥ~ン」であった。
後輩パワーにワンコ属性のバフを盛り、さらには嫁スキルも発動させた驚異の一撃は破壊力増し増しであり、少女は身を仰け反らせた。
「クッ!!なんて可愛さなんだ…!IUNCは何をしてる!?早く灰原くんを国際指定保護動物に認定すべきでしょ!??」
「着替えて来ますね!!」
お伺いスタイルから一転、弾ける笑顔で自室へと大きな一歩で駆けて行った背を眺めながら少女は「一言も良いとは言ってないはずなんだけどなあ…」と思ったが、何も言わずに待つこととした。
荷物持ちは居るに越したことは無い、あとは単純に、彼女は妻を名乗る後輩に強く出れないのだ。彼はあまりに温かくて輝いている、荒んだ心を持つ天才にはその純朴さが少しばかり眩しすぎた。
共に居て、焼けてしまいそうだとは思わないが、彼に微笑まれ、光に照らされ続けていると、まるで自分もそちら側の人間であると錯覚しそうになる。
息をすることを望まれ、人として微笑むことを許されていると勘違いしそうになる。
彼は私の孤独を鈍らせる。
孤独は、私を私足らしめるために必要不可欠なものであるのに。
誰よりも真っ直ぐに、正面切って飛び込んで来る後輩から与えられる感情に悩まされている少女の人間らしい葛藤を、それこそが人らしさであると指摘出来る人間は、残念なことにその場には誰も居ないのであった。
「灰原くんおはよだねぇ」
「おはよですね!」
灰原の衣服はまだ着替えていないのか、はたまた部屋着なのかは不明であるが、上下黒のスウェットであり、適当なツッカケを足先に引っ掻けて寝癖後のある髪を恥ずかしそうに整えながら、自身の先輩を見下ろして小さく首を傾げた。
「何処かにお出掛けですか?」
「うん、ショッピング」
「…誰と?」
丁寧にブローされた髪には紫の紫陽花をモチーフにしたピンが差されており、爪先は同じく薄い紫が塗り彩られていた。
濃紺のAラインのワンピースと、踵がぺたんこのサンダル、丸いキャンティーン・バッグ。
黙っていれば他所行きスタイルの良いとこのお嬢さんである。
灰原は上から下まで眺めて、可愛いなあと ほにゃっと表情を崩してから一つ目の質問をし、その返答に対して深く考えずに尋ねた。
少女は灰原と同じ方向へと首を倒しながら言う。
「一人だけど?」
「そうなんですか?」
「そうだよ、皆忙しいからね」
「お兄さんは?」
「お兄ちゃんをショッピングなんて連れて行かないよ」
何を当たり前のことを、とでも言うような雰囲気を醸し出す少女に、灰原は兄目線で色々と考えてしまった。
自分は妹や母の買い物に付き合うことを苦には思わない、確かに暇だなとか退屈だなとか思う瞬間はあるが、それでも妹や母が楽しげに自分には違いの分からないことで悩んでいる風景を眺める時間を思い返す度に穏やかな気持ちにさせる。
だが、同じ兄妹であっても彼女と彼女の兄は自分達程シンプルな関係では無い。
グチャグチャに絡まったイヤホンコードの如く、複雑怪奇な間柄は見ている第三者すら疲れさせる。
だから、二人は確かに仲良くはしているが、常にベッタリ一緒なわけでは無い。何なら日中は任務時以外は別行動が多い。一緒に居るだけでややこしいことになるからだ。
だから、やっぱり買い物とかは一緒に行かないのかな~?と思ったら、どうやら違うらしい。
「暇になるとのし掛かって来たりするから…」
「猫…?」
「大体あってるかもしれない…」
猫を連れてショッピングは確かに無茶だ、飼い主も猫も双方共に疲れるだろう。
では、犬はどうだろう?
灰原は飼い主に従順なワンコよろしく、少女よりも頭一つ分は高い身長であるのにも関わらず、やや腰を折り上目遣いになって尋ねる。
「先輩、僕も一緒に行っちゃだめ?」
効果音はまさに「クゥ~ン」であった。
後輩パワーにワンコ属性のバフを盛り、さらには嫁スキルも発動させた驚異の一撃は破壊力増し増しであり、少女は身を仰け反らせた。
「クッ!!なんて可愛さなんだ…!IUNCは何をしてる!?早く灰原くんを国際指定保護動物に認定すべきでしょ!??」
「着替えて来ますね!!」
お伺いスタイルから一転、弾ける笑顔で自室へと大きな一歩で駆けて行った背を眺めながら少女は「一言も良いとは言ってないはずなんだけどなあ…」と思ったが、何も言わずに待つこととした。
荷物持ちは居るに越したことは無い、あとは単純に、彼女は妻を名乗る後輩に強く出れないのだ。彼はあまりに温かくて輝いている、荒んだ心を持つ天才にはその純朴さが少しばかり眩しすぎた。
共に居て、焼けてしまいそうだとは思わないが、彼に微笑まれ、光に照らされ続けていると、まるで自分もそちら側の人間であると錯覚しそうになる。
息をすることを望まれ、人として微笑むことを許されていると勘違いしそうになる。
彼は私の孤独を鈍らせる。
孤独は、私を私足らしめるために必要不可欠なものであるのに。
誰よりも真っ直ぐに、正面切って飛び込んで来る後輩から与えられる感情に悩まされている少女の人間らしい葛藤を、それこそが人らしさであると指摘出来る人間は、残念なことにその場には誰も居ないのであった。