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ナマコ一匹分の癲狂

ショッボイ爆弾みたいな攻撃があった直後、攻撃の手が緩んだアイツに何やってんだ、ひよってんのかよと思ったら、急にやる気を出したように怪物と共に容赦無く傑に襲い掛かり始めた時には「まあアイツ、イカれてるしな」と、いつものことだろうと流してしまった。

だがしかし、離れた場所から状況を見ていればどうにも妙なであった。

確かに傑を追って捕らえろとは言ったが、戦えとは言っていない。ましてや傷付けろとも。
なのにアイツは、殺す勢いで傑へと容赦の無い追撃を与え続ける。
ジャバウォックとかいう化物の鉤爪が巨大な鳥の翼を切り裂き、体制を崩した傑が空中へと放り出された。
それに対して手を伸ばしながら、着地手段なんて考えていないような勢いでアイツも身を空へと投げ出しながら喜びを秘めた声で叫ぶ。


「お兄ちゃん!!!」


「は?」
思わず口から疑問の単語が漏れ出た。
今、アイツなんつった?お兄ちゃん?誰をそう呼んだ?
……………傑を???
え、アイツらそんな関係になってたの?マジで?嘘だろ、キッショ、オッエ。

俺はドン引きながら落下していく二人を見ていた。
あの二人なら、まあ何とか着地出来るだろう、そう思い着地地点となるであろう場所まで移動することにしたのだ。


アイツは俺を裏切らない、俺のことを唯一の理解者として大切にしてくれているから、大抵こちらの我が儘や命令は聞き入れてくれる。
今回だってそうだ、時間を理由に傑との間に出来た溝を放っておいて、そのケツ拭きをアイツに任せてしまった。正直今回ばかりは流石に甘え過ぎたかもしれないとやや反省したが、アイツはコンビニに行くついでのような気楽さで「いいよー」と返事をしたものだからつい頼りにしたら…大変なことになってしまった。

傑は行方知らず、アイツはアイツで処刑されそうになって自害して、そしてアイツのクソ兄貴はどっか行っちまったし、クソ兄貴のガキの面倒は押し付けられるしで散々だった。ついでにナマコも大量発生したし。
で、傑を見つけたと思ったら何故かアイツも居て、何か知らないけど仲良くしてるわ傑は俺と睨み合ってくるだけでまともに対話しないわで、挙げ句逃げられて。

正直状況を何もかも整理出来ないままに、事態はジェットコースターのようなスピードで進んでいく。


俺はこの日、親友を友人に殺されかけた。



___



「お兄ちゃん!!!」

私に向かって手を伸ばしてきた彼女は、同じように空中に身体を投げ捨てそう叫んだ。

最初誰に言っているのか分からず、思わず口からは無意識のうちに「は?」という単語を漏らしていた。

お兄ちゃん?何処に??
君の兄はここには居ないはず、ということは……まさか私か?言い間違えたのだろうか、それともとうとう本当に可笑しくなったのか。
いや、可笑しいのは元からなのだが、ここ最近は特にめちゃくちゃだったから…。

それよりも近づいて来る地面に対処しなければと着地の構えを取るも、同じく落下最中である彼女は以前変わり無く私に手を伸ばしたままであった。

「君、着地は!?」
「お兄ちゃん!!!」
「頭大丈夫かい!?」
「お兄ちゃん!!!」

これは、本格的にマズイのではないだろうか。
話が通じていない、それどころかこちらを正しく認識出来ていない。
まるで夢でも見ているかのように、私に向かって楽しそうに微笑みながら手を伸ばす様はこんな状況でも無ければ可愛く思えたかもしれないが、現在進行形で地上へ向けて落下中のため真面目に対処する他無い。

伸ばされた手を掴み、自分の方へと無理矢理抱き寄せる。
彼女の小さな頭と細い腰をだき抱え、着地の補助をするために呪霊を一体出し、空中で身を捻って体勢を整えた。


よし、後は着地するだけだ。


こちらにしがみつくでも無く、言葉も発っさずにされるがままとなっている少女に声を掛ける。

「落ち着いたかい?」
「……………………」
「着地するから、舌を噛まないようにね」
「……………………」

何も言葉は返って来なかったが、下手に暴れないだけマシかと思い近付いた地面に向けて伸ばされた脚に呪力を流し込む。
そのまま呪霊の補助を受けながら着地を決めて、固い地面に尻を付けた時であった。


同じく落下して来た彼女の相棒、巨体の怪物が地面を割る勢いでドンッと強烈な音を立てて着地をする。

大地が揺れ、砂埃が舞い上がる。

同時に、私の身も不自然に揺れた。


「は」


それは本当に何の前触れも無く、突然起きた出来事であった。

違和感に気付き少女の身を突っぱねる。
視線を下げれば、自分の腹を、ツヤツヤと輝く美しい鋭い剣が貫いていた。

私は何がどうしてこうなっているのかも分からず、今しがた自分が落下を助けた少女の表情をありえない物を見るように見やる。


「おにいちゃん、なんでわたしのこと、おいてくの」

「にどと、おいてかないで、わたしに、やさしくしないで」


そこには、ポロポロと涙を流しながら剣を握る哀れな"化け物"がいた。


ジワジワと痛みが広がり、血が流れ出ていく感覚を覚えながら、私は自分の考えを改める。
同時に、心の中で彼女に向けて謝罪をした。

……すまない、君を一人の人間として尊び大切にすることはこれ以上不可能かもしれない。
私では君の孤独も、執着も、嘆きも、何もかも、理解してあげることは出来ないだろう。何せ、君曰く私という人間は「理解したくない」部類の人間らしいから、同じく私も心の何処かで君のことを理解したくは無かったのかもしれない、ずっと。

悟が思うことと同じことを思う。
君は高い高い搭の上に一人で居る方が似合っている。
地上になんて降りずに搭の中で自分の世界に浸って生きていてくれることが、一番平和で誰も傷付かない選択だったのかもしれない。


理解出来ない、理解したくない、理解しようとしてはいけない、理解してしまえば…私も狂気に触れることとなる。
正しい解を得るだけが友情では無いのだと、それだけが理解出来た。


ああ、そうだ…何を今更。
最初から分かっていただろうに、落胆の必要などありはしない。
だって、この子はそういう部類の存在なのだ。人ならざるモノであると、この目で誕生の瞬間を見たではないか。
それでも仲良くなりたかったのは、近付きたかったのは、きっと人が月に焦がれるのと同じ部類の気持ちなのだろう。
いっそ狂気にあてられ身を沈めてしまった方が楽だから、彼女を言い訳に少しでも楽に逃げるために……。

気を違え、私には理解不可能な歌を口ずさんで涙を流す少女を見つめる。
およそまともでは無い、正気を疑うような在り方は、人間として彼女を見た場合の感想だ。
だが、人間としてでは無く「化物」として見た場合はどうだろう。

その結論に至った時、思わず口元を綻ばせ笑ってしまった。
君はまるで……おとぎ話に出てくるような……


「ばけ、もの……」


貫かれた腹から止めどなく血が流れ出て行く。
何かしらの呪いがかかっていたらしい剣の効果なのか、身体が得体の知れぬものによって侵食していくような感覚に蝕まれた。

這うように、犯すように。
もて遊ぶように、かき回すように。

ジワジワと身体から力が抜けてその場に力無く倒れ伏す。
ハッハッと犬のように荒い呼吸をしていれば、自分の身体の輪郭が溶けていくような心地がした。まるで身体が小さくなってしまったかのような、いや逆に大きくなったのか。
窮屈なような、消えてしまいそうな。

全てが滅茶苦茶になる感覚を覚えながら、私は目を閉じて意識を手放す。

自分は、死ぬのだろう。
君を友と呼べぬまま。
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