二十五万カラットの憎悪
「わかるか?禪院、高専の敷地内にニオブ超合金で作られた国家最先端技術部品を持ち込むな、頼むから、国から怒られる」
「うぅ……私のニオブコレクションが押収された……」
「仕方無いだろう、持っていれば国家問題だ。諦めなさい」
「eBayオークションのバカーー!!」
ニオブ合金で作られた古臭いミサイル部品だと思っていた物が、空軍基地から盗まれ、軍が血眼になって探していた最先端技術部品だったらしく国に押収された。
海外オークションで手に入れて、これから解体して実験に使おうと思っていたのに、悲しい。
シクシク泣いていたら、夜蛾先生は飴とぬいぐるみをくれた。飴を口に入れて転がし、ぬいぐるみを抱き締めて高専敷地内を練り歩く。飴おいしー!ぬいぐるみ可愛いー!
しかし突如子を失った悲しみは癒えないので、こうなりゃ誰かに慰めて貰うしか無い。寂しい夜……男が女を求めるのと一緒だ、私もニオブ合金の寂しさを紛らわすため、南米の奥地アマゾンへ……。
「ってことで五条くんとこに来たの、遊ぼ」
「お前日に日に頭ヤバくなってね?」
「何して遊ぶ?イッテルビウムの可能性でも探る?」
「探らねえ~~~」
ぬるっと立ち上がった五条くんは私を高く持ち上げ、そのまま上げたり下げたりを数回繰り返し「おしまい」と言った。は?赤ちゃん対応やめて下さい、普通に楽しくて赤ちゃんになっちゃいそうなので。
「つか、合金ならお前いつも術式でドロドロ出してんじゃん」
「私が産んだ子達も可愛いけど…母なる大地から産出された子達も可愛いから、やっぱりコレクションしたくなるんだよね」
可愛い可愛い私のベビーちゃん達、君達も勿論可愛いけどやっぱり他人の家の芝生は青く見えるものだ。隣の大地で眠る原石は可愛い、加熱処理前のアレキサンドライト、研磨前のエメラルド、ありのままの君が素敵だよって囁きたいよね。
だから愛するコレクションが押収されてしまい悲しい。きっと私と離れてしまったニオブ合金も心を痛めて寂しがっていることだろう、ニオブの気持ちを考えるだけで胸が張り裂けそうな思いだ。
クスンクスンと鼻を鳴らして涙を溜めた瞳に哀憐の情を醸し出しながら、五条くんを見上げる。
「五条くんもニオブが可哀想だと思うでしょう?」
「いや、まずお前が何を言ってるのかわかんねえ」
「……Сіз солай ойлайсыз ба?」
「言語の問題を指摘してんじゃねえよ、何語だよそれ」
カザフ語だよ、中央アジアで使われているカザフスタンの国家語にも制定されている言語だよ。
カザフスタンは鉱物資源は勿論、ウランや天然ガスなんかのエネルギー資源にも恵まれた土地だからね、行った時に現地の人と喋れるように練習してるんだ。私は勉強家だからね、様々な言語に精通することで日本以外のニュースや本、論文なんかを知識として読み込めるようにしているのさ、エッヘン!
寂しさを紛らわすために五条くんに絡んだが、全然頼りにならなかった。
駄目だね お坊ちゃんは、研究者の悲しみというものを分かっていない。唇を尖らせながら、えいやえいやとぬいぐるみでパンチしていれば、教室の扉がガラッと開いた。
誰が来たのだろうと振り返れば、そこには五条くんの親友だか盟友だか、つうつうの仲だか何だかの夏油くんが居た。
夏油くんってよく分からないからあんまり関わらないんだよね、私が何を言ってもニコニコしてる、何も面白い話してないのに笑ってるからちょっと理解出来ない。難解な人だ。
五条くんが夏油くんに軽く挨拶をして、夏油くんがそれに答える。
「なあ、カザフ語で挨拶は何て言うんだよ」
「Сәлеметсіз бе」
「セリ…ミッ…?」
「カザフ語?」
カザフ語を引っ張るな、別に話題にするほど楽しいものでは無いでしょうに。
それよか、子供の話である。押収された私のコレクションちゃん、あれで実験をしようと思っていたのに…私の生んだ子と鱗翅目とコレクションちゃんを掛け合わせた作品を作ろうと企んでいたのに、あーあ。テンション下がるなあ、子供はいくら居たっていいんだから。
ブツブツと不平を並べて文句を垂れていれば、仏様のような顔で穏やかに話を聞いていた夏油くんが口を開いた。
「子供が欲しいんだ?」
「うん、前の任務で一匹砕けちゃったから…」
「私で良ければ力になろうか?」
「夏油くんが?」
夏油くんと私の生んだ鉱物を掛け合わせるの…?いくらなんでもそれは駄目だ、流石に同級生を実験素材にしました~!なんて かたく禁じられた行為は許されないだろう、それくらいは私でも分別出来ますよ。
夏油くんが死体にでもなったら利用させて貰おうかな、と考えていれば、五条くんがオエッと舌を出して苦い顔をしながら夏油くんの脚を蹴っていた。いきなりどうしたの。
長い脚と長い脚が戦っている、巻き込まれるのが嫌な私は早々に離れた。
楽しそうに喧嘩を始めた二人に疎外感を感じてしまい、ぬいぐるみを抱き直して教室を出た。
教室からは二人の言い合いだか取っ組み合いだか分からない騒ぐ音がする、それを背に私はてってこてってこ廊下を歩く。
男の子ってよく分からないな、いや そもそも人間って理解出来ない。
私は鉱物や星、元素の方が好きだな、人体そのものには興味はあるけれど、それだって細胞レベルの話だ。硝子ちゃんは解剖生理学に興味を持ってるけど、私は神経細胞や脳回路の緻密な配線とかの方が気になるお年頃だ。
五条くんと夏油くんは元気に青春をしている、私には理解出来ない次元の話だ。春に青いも赤いも無いだろうに。
でも、私もいつか結婚とかしなきゃいけないのかな。
嫌だな、そもそも人間に興味無いし、鉱物は愛せるけど、柔い肉体を持つ知能の低い同じ遺伝子を共有する生命を愛せるか分からないもん。
早く子供を産まなくて済む自己完結された単一生命になろう、頑張って研究を進めよう。
よし、そのためにもコレクションを失った悲しみから立ち直らなければ。
一先ず蝶でも採取しに行こう、今の季節なら蝉もまだ居るはずだ。
オスの蝉の空っぽな腹に命を宿す実験でもしてみようかな。
私は虫籠と網を持って山の中へと向かった。
夏油くんが力になろうかと聞いて来たことは3秒で忘れた。
「うぅ……私のニオブコレクションが押収された……」
「仕方無いだろう、持っていれば国家問題だ。諦めなさい」
「eBayオークションのバカーー!!」
ニオブ合金で作られた古臭いミサイル部品だと思っていた物が、空軍基地から盗まれ、軍が血眼になって探していた最先端技術部品だったらしく国に押収された。
海外オークションで手に入れて、これから解体して実験に使おうと思っていたのに、悲しい。
シクシク泣いていたら、夜蛾先生は飴とぬいぐるみをくれた。飴を口に入れて転がし、ぬいぐるみを抱き締めて高専敷地内を練り歩く。飴おいしー!ぬいぐるみ可愛いー!
しかし突如子を失った悲しみは癒えないので、こうなりゃ誰かに慰めて貰うしか無い。寂しい夜……男が女を求めるのと一緒だ、私もニオブ合金の寂しさを紛らわすため、南米の奥地アマゾンへ……。
「ってことで五条くんとこに来たの、遊ぼ」
「お前日に日に頭ヤバくなってね?」
「何して遊ぶ?イッテルビウムの可能性でも探る?」
「探らねえ~~~」
ぬるっと立ち上がった五条くんは私を高く持ち上げ、そのまま上げたり下げたりを数回繰り返し「おしまい」と言った。は?赤ちゃん対応やめて下さい、普通に楽しくて赤ちゃんになっちゃいそうなので。
「つか、合金ならお前いつも術式でドロドロ出してんじゃん」
「私が産んだ子達も可愛いけど…母なる大地から産出された子達も可愛いから、やっぱりコレクションしたくなるんだよね」
可愛い可愛い私のベビーちゃん達、君達も勿論可愛いけどやっぱり他人の家の芝生は青く見えるものだ。隣の大地で眠る原石は可愛い、加熱処理前のアレキサンドライト、研磨前のエメラルド、ありのままの君が素敵だよって囁きたいよね。
だから愛するコレクションが押収されてしまい悲しい。きっと私と離れてしまったニオブ合金も心を痛めて寂しがっていることだろう、ニオブの気持ちを考えるだけで胸が張り裂けそうな思いだ。
クスンクスンと鼻を鳴らして涙を溜めた瞳に哀憐の情を醸し出しながら、五条くんを見上げる。
「五条くんもニオブが可哀想だと思うでしょう?」
「いや、まずお前が何を言ってるのかわかんねえ」
「……Сіз солай ойлайсыз ба?」
「言語の問題を指摘してんじゃねえよ、何語だよそれ」
カザフ語だよ、中央アジアで使われているカザフスタンの国家語にも制定されている言語だよ。
カザフスタンは鉱物資源は勿論、ウランや天然ガスなんかのエネルギー資源にも恵まれた土地だからね、行った時に現地の人と喋れるように練習してるんだ。私は勉強家だからね、様々な言語に精通することで日本以外のニュースや本、論文なんかを知識として読み込めるようにしているのさ、エッヘン!
寂しさを紛らわすために五条くんに絡んだが、全然頼りにならなかった。
駄目だね お坊ちゃんは、研究者の悲しみというものを分かっていない。唇を尖らせながら、えいやえいやとぬいぐるみでパンチしていれば、教室の扉がガラッと開いた。
誰が来たのだろうと振り返れば、そこには五条くんの親友だか盟友だか、つうつうの仲だか何だかの夏油くんが居た。
夏油くんってよく分からないからあんまり関わらないんだよね、私が何を言ってもニコニコしてる、何も面白い話してないのに笑ってるからちょっと理解出来ない。難解な人だ。
五条くんが夏油くんに軽く挨拶をして、夏油くんがそれに答える。
「なあ、カザフ語で挨拶は何て言うんだよ」
「Сәлеметсіз бе」
「セリ…ミッ…?」
「カザフ語?」
カザフ語を引っ張るな、別に話題にするほど楽しいものでは無いでしょうに。
それよか、子供の話である。押収された私のコレクションちゃん、あれで実験をしようと思っていたのに…私の生んだ子と鱗翅目とコレクションちゃんを掛け合わせた作品を作ろうと企んでいたのに、あーあ。テンション下がるなあ、子供はいくら居たっていいんだから。
ブツブツと不平を並べて文句を垂れていれば、仏様のような顔で穏やかに話を聞いていた夏油くんが口を開いた。
「子供が欲しいんだ?」
「うん、前の任務で一匹砕けちゃったから…」
「私で良ければ力になろうか?」
「夏油くんが?」
夏油くんと私の生んだ鉱物を掛け合わせるの…?いくらなんでもそれは駄目だ、流石に同級生を実験素材にしました~!なんて かたく禁じられた行為は許されないだろう、それくらいは私でも分別出来ますよ。
夏油くんが死体にでもなったら利用させて貰おうかな、と考えていれば、五条くんがオエッと舌を出して苦い顔をしながら夏油くんの脚を蹴っていた。いきなりどうしたの。
長い脚と長い脚が戦っている、巻き込まれるのが嫌な私は早々に離れた。
楽しそうに喧嘩を始めた二人に疎外感を感じてしまい、ぬいぐるみを抱き直して教室を出た。
教室からは二人の言い合いだか取っ組み合いだか分からない騒ぐ音がする、それを背に私はてってこてってこ廊下を歩く。
男の子ってよく分からないな、いや そもそも人間って理解出来ない。
私は鉱物や星、元素の方が好きだな、人体そのものには興味はあるけれど、それだって細胞レベルの話だ。硝子ちゃんは解剖生理学に興味を持ってるけど、私は神経細胞や脳回路の緻密な配線とかの方が気になるお年頃だ。
五条くんと夏油くんは元気に青春をしている、私には理解出来ない次元の話だ。春に青いも赤いも無いだろうに。
でも、私もいつか結婚とかしなきゃいけないのかな。
嫌だな、そもそも人間に興味無いし、鉱物は愛せるけど、柔い肉体を持つ知能の低い同じ遺伝子を共有する生命を愛せるか分からないもん。
早く子供を産まなくて済む自己完結された単一生命になろう、頑張って研究を進めよう。
よし、そのためにもコレクションを失った悲しみから立ち直らなければ。
一先ず蝶でも採取しに行こう、今の季節なら蝉もまだ居るはずだ。
オスの蝉の空っぽな腹に命を宿す実験でもしてみようかな。
私は虫籠と網を持って山の中へと向かった。
夏油くんが力になろうかと聞いて来たことは3秒で忘れた。